立ち入り禁止であるはずのデパートの屋上には、いくつもの人影があった。それらはそれぞれ個性的な見た目をしており、中には人ではないのモノも含まれている。いや、人間がいなかった。彼らの中には異形がいたが、第三者から絶対に見えないようになっている。なぜならこの屋上は結界で覆われているからだ。
その証拠に青いはずの空は赤色が混ざって、赤から青へとグラデーションを描いている。結界内にはメフィラス星人をはじめとする宇宙人が放つ、あの不気味な音が絶えず鳴り響いていた。しかし、これだけ集まっているというのに、誰一人として話していない。そんな沈黙を破ったのはヴィータの怒りだった。
「おい、本当にはやては仮面の男が消したんだよな」
「……その通りです。あの話し合い中に仮面の男が乱入して、『闇の書』を掲げるとヒロシ君とそちらの八神はやてを吸い込んでしまいました。詳しくはシグナムさんに聞いた方が早いのでは?」
バツが悪そうに俯くシグナムが、メフィラスの言葉が真実であると物語っていた。
「我々には大切な主、リーダーがいながらその両方を失っています。それがあなた達、守護騎士が被害者であると判断できました」
八神はやてを助けるために怪獣達と戦った守護騎士が八神はやてを『闇の書』に収集する訳がない。よって、守護騎士とは別の勢力が関与していることが分かる。ヴィータ達が気を失っている間に、はやてが消えた。それは彼女達にとって悔しく、その怒りをぶつける相手はいない。
しかし、本当に傷ついたのはシグナムだ。仲間である他の騎士たちを怪獣達との戦いで戦闘不能に追い込まれた挙句、守るべき主を目の前で失った。ヴィータ達三人が目を覚まし、事情を説明した後で、切腹しようとするくらいに。
「黒幕が別にいるということが分かりました。おそらくはあの仮面の男でしょう。また、フェイトさんの乱入により、仮面の男が二人以上いるということも分かりました。彼らに親玉がいるのかは分かりませんが、我々の敵であるに違いありません」
「メフィラスさんたちはどうなっているの?」
シャマルが訊ねた。
「結論から言いますと、我々は崩壊しました。グローザム率いる、守護騎士を敵と決めて戦いを仕掛けようとするグループ。メトロンをはじめとする、管理局と協力して『闇の書』の解析を優先しようとするグループ。そして我々、守護騎士とつながりを持ち情報を整理しようとするグループ。大まかには三つにね。
スコーピスとゾイガー達は海を縄張りにして生活しているようですが、まあ彼らなりに理由があるのでしょう。詳しくは分かりませんが、被害を出さない限り放っておくのが一番です。あとは……ゼットンとゴモラは姿を消しました。彼らもゾイガーたちと同じ扱いでいいでしょう」
すずかの予想は適中した。浩というリーダーを失うことは怪獣達にとって重大なことだ。
しかし、ここまでバラバラになっているとは思わなかった。メフィラスグループ、メトロングループ、グローザムグループ。多くても三つには分かれていると思っていたが、ゾイガーやスコーピスのように怪獣で組織をつくるとは思わなかったし、ゼットンやゴモラが単独で行動しているのも考えられない。何物にも縛られないのが、怪獣らしいといえばらしいが。
「ところで、すずかさん。管理局側の人間は貴方だけです。管理局がつかんだ情報を教えてくれませんか」
お互いの主を失ったことで、シンパシーを感じている守護騎士とメフィラス達。すずかだけ信じれもらえていない。だから手始めに自分も仲間に入ることが先決だと考えた。シグナムやメフィラスの見ていないところでスマホを使えば、なのは達と連絡は取れる。メトロン達が管理局側に着いたとしても、守護騎士がいるメフィラス組を押さえておきたい。だからこそ、この情報を開示した。
「なのはちゃん、フェイトちゃん。それぞれのデバイスにカートリッジシステムが取り付けられました」
敵を欺くにはまず味方から。すずかは高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人が新しく手に入れた力を教えることで信じてもらおうとした。
「あー、また強化か。ヒーローはピンチになるとすぐにパワーアップするから困んだよ。初代ウルトラマンみたいに最初から最後までスペシウム光線一筋で戦えよな」
デスレムが頭を抱える。過去になのはとフェイトに倒されたデスレムは強化前の二人の強さを知っている。浩もなのはには散々頭を悩ませてきた。なのはを倒すためにベムスターやキングジョーを創るほどに。それなのにさらに強化されたら果たして勝てるのだろうか。とはいえ、しばらく地球は平和だろう。
「あとは、フェイトちゃんとアリサちゃん、リニスさんとアルフさんが独断で別行動しているよ」
「本当ですか? 理由まで分かりますか」
すずかは腕を組んでしばらく考えると、話始めた。
「分からない。私の推測になっちゃうけど、シグナム達と戦うためだと思う。たぶん」
「根拠は」
イラつくヴィータに怯みながらもすずかは懸命に答えた。
「フェイトちゃんはヒロシ君を助けられなくて、すごく後悔していた。その後に管理局は様子見を決めたんだけど、その直後にフェイトちゃんたちが居なくなったの。だからフェイトちゃんたちにとって、様子見は都合が悪いのかなって」
「シグナム達を早く倒したい、なのに上は待機しろと、だから離脱した。トドメに、すずかがここにいる。フハハハハ、管理局も崩壊してんな」
デスレムが愉快そうに笑う。怪獣達、ヴォルケンリッターはリーダーを失ったが、管理局はフェイト・テスタロッサという主戦力を失った。バルディッシュにカートリッジシステムを搭載したことを考えると、その損失は計り知れない。アリサやリニスも腕の立つ魔導士だ。おまけに月村すずかがここにいる。かなり戦力が下がったといえる。
一方でメフィラスは焦っているようで。
「困りましたね。フェイトさんがヒロシ君の敵討ち、復讐のために守護騎士と戦う。それもパワーアップした状態で。これって何かに似ていませんか?」
メフィラスの問いかけにすずかもデスレムも首を傾げた。
「『赤い球』が引き起こした事件にそっくりです。なのはさんに怪獣を倒されたヒロシ君、彼が新しく強力な怪獣を創って戦闘を仕掛ける。お互いに大切なモノを守って、平穏な日々を過ごしたかっただけなのに、お互い望んで戦いを引き起こす。復讐劇の結末は『時の庭園』の崩壊が物語っています」
「それじゃあ」
かつて時空管理局とメフィラスや浩の間で起こった大事件。事件そのものは証拠がなく、闇へと葬られた。しかし、当人の間では鮮明に思い出せる。
鹿島浩の趣味を拒絶した友達への報復として始まったこの事件。彼が『時の庭園』で『赤い球』に願い、怪獣軍団を創り上げ、地球に放ち破壊の限りを尽くそうとした。なのはを倒すために創られたキングオブモンスはまさしく復讐の象徴。破壊と復讐を掲げた一人の少年は邪悪に染まるも、キングオブモンスが倒され、『時の庭園』と一緒に消えて終幕となる。
最終的にメフィラス達が浩を助けて生きていたものの、彼は普通の人として過ごすはずだった人生を失った。フェイトが深い傷を負い、なのはやすずか、アリサ。戦いに無関係だった人を戦闘に巻き込んだ事件。
あれと同じ事件が再び起きれば今度は誰が傷つくのか、復讐にかられた浩が一番被害を受けたのならば、今回、これと同じことが起きて一番傷つくのはフェイトだろう。
そのことに気づいたすずかはハッとして、焦りを見せるが、デスレムが制止した。
「俺たちはフェイト達の敵という位置にいる、守護騎士と協力しているからな。フェイト達を止めるのは俺たちの役目じゃない、なのは達の役目だ。俺たちにできることは、せいぜい守護騎士たちとフェイトを合わせないこと……くらいか」
すずかは、フェイトの仇のシグナム達と関係を持ってしまった。もし、それがバレたらフェイトは、すずかが裏切った。と思ってさらに落ち込み、心を閉ざしてしまうかもしれない。結局、すずかは裏方に徹して、フェイトの事はなのは達に任せるしかない。情報収集係として信頼を獲得し、なのは達に情報を流しつつサポートをしよう。すずかは改めて決心した。
「あとは……管理局が持っている『闇の書』の情報って何かあるか」
デスレムに聞かれて、すずかが返事をする。
「はい。『闇の書』は元々、いろんな魔法を記録するためのデバイスって聞きました。主と一緒にいろんな世界を歩いて、主が死んだらまた別の主に転生するって」
「その情報は間違ってないです。私たちも様々な主の元を旅してきましたから」
シャマルが補足した。守護騎士本人がそう言っているのだから、おそらく本当の事だろう。メフィラスはこれを基準に考える。
「なるほど、八神はやてが死んでいたらシグナム達は転生している。しかし、今こうして話している。つまり、八神はやては生きている。もしかしたら、ヒロシ君や怪獣達も本の中で生きているかもしれませんね」
「問題は、どうやって『闇の書』の中に入って、ヒロシたちを助けるんだ? だって守護騎士たちにも扱えるとは言え、収集みたいな簡単なものなんだろ? 外からじゃどうしようないし、『闇の書』の主は本の中、操作できる主がいない」
デスレムの挙げた問題点。すずかがまた腕を組んで考え始めた。そして、
「シグナムさん、あなた達は『闇の書』のプログラムだって聞きました。えっと、他にシグナムさんみたいなプログラムは居ますか? だって、魔法っていう、複雑なモノを扱っているんです。それも他人の魔法を。
私もグロッケンっていうデバイスで戦ってますが、魔法をいくつも並列して使えません。なのはちゃんやフェイトちゃんですらデバイスのAIがサポートしているくらいですから。アレを一人でやってのけるアリサちゃんは化け物だと思います。だから人一人の力じゃ全部制御できないと思うんです。協力して魔法を扱う何かがあってもいいかなって」
なのはのレイジングハートは戦闘を中心に扱われているが、インテリジェントデバイスとしてAIが組み込まれている。対して『闇の書』には『闇の書』という魔法を収集する機能と、収集した魔法を使う機能。それとは別にシグナム達をはじめとする守護騎士プログラム。
記録を目的として作られたデバイスなのに、その用途は多岐にわたり複雑だ。レイジングハートよりも複雑な処理を行うのに、レイジングハートのようなAIが組み込まれていないのはおかしい。とすずかは考えた。
「つまり、すずかちゃん。こういうこと? 魔法を集める私たちの他に、『闇の書』を動かす専門の守護騎士みたいなプログラムがあって、それが『闇の書』を使うときに助けてくれる。言い換えれば管理人格みたいなプログラムがある」
シャマルがすずかの意見をまとめ、ザフィーラが頷いた。
「一理あるな」
「なるほど。今は『闇の書』自体が不完全だから管理人格が起動していないだけで、完成したら動き出すと」
「もしそうなら、主はやてを助けることができるのか」
デスレムも納得し、シグナムにいたっては希望を見いだしている。すずかの推測の範疇で、『闇の書』のプログラムであるはずのシグナム達も見落としていたため、実際にあるかは分からない。だが可能性はあるといっていいだろう。主のはやてと再び会える、守護騎士たちの戦意を高めるのには十分だった。
「よし、そうと決まったら『闇の書』を完成させなくちゃな」
「我々があなた達をサポートします。戦闘要員として表舞台に立つことは基本しないと思ってください。ですが、拠点の確保や転送、敵情報などは任せてください」
「なら、私は情報収集担当をします。頑張って管理局の情報を収集します」
「フハハハハ、なら俺とレイキュバスですずかの護衛をしよう。よければ異次元にお前の部屋を用意する。いいよな、メフィラス」
「勿論です」
「ありがとうございます」
今まで不機嫌にお菓子を食べていたヴィータに笑顔が戻った。
こうして管理局、怪獣達、守護騎士たち。という本来敵対同士の三グループの会議が終わった。結論はフェイトと仮面の男達、管理局に気を付けながらも『闇の書』の完成を目指す。その後、『闇の書』の管理プログラムにアクセスしてはやてと浩を助け出す。
守護騎士たちが収集に努め、メフィラス達がサポート。すずかが情報収集担当、その護衛にレイキュバスとデスレムが付く。三勢力が知恵を出し合っただけあって、今後の展開に希望が見えている。最初は暗かった守護騎士たちも帰るときには少し明るくなっていた。
「世話になった」
丁寧にお辞儀をするシグナムと、それに続く守護騎士たち。すずかとメフィラスは彼女たちを見送って、本日は解散となった。怪獣達も片づけをはじめ、ギマイラが指揮をとっている。
すずかも自宅に帰る準備をしていると、メフィラスに声をかけられた。
「すずかさん。今日の推理はお見事でした」
「え、あ。そんなことないよ」
今までのこともあって、すずかにとってメフィラスの印象は最悪だった。しかし今回の会議で、話し合いで協力を持ち掛ける姿勢に、すずかは感心している。今後の評価を見直してもよさそうだ。
「一つご質問があるのですが」
いつになく真剣なメフィラスにすずかは耳を傾ける。
「守護騎士の他に管理プログラムがある。それについては私も納得いきました。しかし、その管理プログラムを守護騎士たちが認知していないのは何故でしょうか? それに、魔法を集めるデバイスなのに何故『闇の書』。闇ですよ、魔法の収集と何の関係もありません」
「それは……たしかに。そうかもしれません」
何が違っていたのか。すずかは改めて自分の考えを見つめ直した。どれだけ考えても、メフィラスの太鼓判が押された、あの意見に間違えがあるとは思えない。すずかが優れているという訳はなく、判断材料が少ないという意味でも否定できない。
深刻に悩むすずかに、メフィラスがヒントを出した。
「逆です。すずかさんの仮定はあっている、間違っているのは『闇の書』。管理プログラムの他に重要な秘密があの本に隠されているとは思いませんか? 『赤い球』を基準に考えると、人間一人が持つには強力すぎる力です」
メフィラスの疑問にすずかは何も返せない。だけど、その意味は痛いほど理解できた。
一人の人間が持つ力として魔法を記録し、それを使えるようになる魔導書。かつてウルトラマンマックスを苦しめた完全生命体イフのようなコピー能力。それだけでも人の身に余る。それに加えて、怪獣やなのは、フェイトを一対一で倒してしまう守護騎士が四人もついている。主は何もしないで魔法が集められるシステム。まるで『赤い球』のような、全て我々デバイスや魔道具に頼って下さい。と言わんばかりの性能。
高町なのはのように、自分の努力でデバイスを使いこなそうとするのではなく、デバイス頼りになり、デバイスに使われていると思えてくるような使い方。すなわち、依存。
「……魔法は両刃の剣。頼れば頼るほど闇に飲まれ、光の魔法はいつしか黒魔術に姿を変える」
かつて、メフィラスが『時の庭園』で言った言葉だ。あれは『赤い球』に向けれられた言葉だったが、『闇の書』にも当てはまるのではないか。『闇の書』の管理プログラムに頼るということは、『闇の書』に頼るということ。『闇の書』の闇という単語とメフィラスの言葉の闇、この二つが偶然のものと思えない。すずかはそんな気がした。
結界が解除され、すずかの頭上には青い、青い空が広がっている。その下の人たちはみんな一斉にスマホを手に持って操作していた。そしてビルの換気扇や自動車からは汚れた空気があふれ出し、青い空を汚している。そのことに、すずか以外の人は気づいていない。