あの後、母の事を軽くではあるが知る事ができた。
俺が黒森響華の息子だと言うと、全員が驚いた顔を見せ、すぐに表情を曇らせる。
この人たちは後悔しているのだ。自分たちの実験で未来への希望を失ったと。
そして、あの時泣き叫んでいた少年にも本当に悪いことをしてしまったと、頭を下げて謝られた。
俺はそんな謝罪の言葉が欲しいわけでは無い。俺が知りたいのは、母さんがどんな事をして、どんな風に生きていたか。それを知りたいのだが、みんなは口を揃えて知らないと答えた。
ドクターの反応も概ね、そんな感じだった。
「しかし、仲良くしていた人なら知っていますよ」
ドクターはナスターシャ教授という人物を教えてくれた。
しかし、その人は研究を推し進める派の人間だったらしく、この街には居ないらしい。
困ったな……この街の人は俺に罪悪感があるのかはしれんが、こうも……やりにくい……。
先決すべきはナスターシャ教授という人物を探さないといけないみたいだ。
俺はセレナが作ってくれたスープを難しい表情で食べる。
すると、セレナが勘違いしたのか、「おいしくなかったですか?」と寂しそうに聞いてきた。
俺は焦って否定する。
「いや、すごく旨い。すまんな難しい顔をして」
「いえ、それなら良かったです」
そのまま俺は作られたご飯を食べ進める。
少し豪華なステーキにスープ。そして、テーブルの真ん中にはバケットとサラダが置かれていた。
うん、すごく旨い。スープに至っては頰が落ちそうだ。
「……あの、鍵音さん」
「なんだ?」
「貴方が良いのなら、ずっとここに住んでても良いんですよ?」
「……」
この街はレセプターチルドレンの保護も行なっている。
あの事件以来バラバラになった子供達を安全な場所へ避難させておきたいと言う大人達の優しさだ。そしてその子供の中に俺も含まれているのだろう。
しかし、この街の人たちは優しすぎる。それが仇になってしまうくらいには。
「姉さんが強硬派について行ってしまい、あの日以来私は一人ぼっちなんです……そして、姉さんと喧嘩別れしたのも原因かもしれません」
だから……誰かに一緒にいて貰うと、嬉しいんです。
セレナは俯いたまま、悲しそうに呟いた。
ああ……多分この子も後悔してるんだろうな。姉と喧嘩してしまったことや、自分の無力さに。
だけど……俺には。
「すまん、それは出来ない……待ってる人が居るんだ」
「……そう……ですか」
セレナは立ち上がり、自室へ向かう。
そして最後にポツリと。
「もう一度……貴方と一緒に居たかった……」
呟いて、部屋から出た。
俺はその姿を見ながら、セレナが言った言葉を反芻する。
「もう……一度?」
数分考えた後、ハッとした。
それは母親が亡くなったショックで、その前の記憶が混濁しているのもあった。
しかし、今思い出した。セレナと俺は友達だったんだと。
そういえば、俺の後ろをコソコソ着いてきてた姉妹が居たな……。
日本人が珍しいのか、輝くような目で俺の事を見つめる小さな姉妹。
姉の方の名前は未だに思い出せないが、それでも、セレナは今ハッキリと思い出した。
そうか……アイツ知ってたんだな。
全部知ってて、俺を助けたのか。
俺はセレナの自室の前に立つ。
そして、軽くドアをコンコンと二回叩いた。
「あーごめん。今思い出した。なんで忘れてたんだろうな、あんなに毎日遊んだのに」
「……」
「ほんと、自分の記憶力の無さに嫌になるよ。これは生まれてきた時から呪われてるとしか思えんな」
そして俺は昔、セレナの事をこう呼んでいた。
「セレナ姉ちゃん。ただいま」
するとドアが勢いよく開き、俺に抱きついてくるセレナの姿がそこにはあった。
「おかえりなさいっ!」
涙目になりながら力強く抱きしめられる。
いや待て、力強すぎない? 痛い、なんかすごく痛い。背骨が痛い。
「ずっと……! 思い出してくれるのを待ってました! あの日……! 行ってきますって言ったきり帰ってこなくて! 心配してて……! そうしたら急に空から……貴方が……! うわあああ!」
「あ、あの……セ……セレナさん?」
「小さい頃とよく似てたから、もしかしたらと思って……」
あっ、やばい。意識が。え? なんでこんな力強いの? めちゃくちゃ怖いんですけど。
背骨の痛みでセレナの話を聞くどころじゃなかった。
それに女の子に抱きつかれているという事実も素直に喜べない。
セレナの抱擁は文字通り、痛い思い出となった。
そして俺の意識もそこで途切れた。
後に聴くと、毎日薪割りをしてたら力が強くなっていたらしい。
なんだそりゃ。