一ヶ月目。
立花響は後ろの方にあるポツンと不自然に空いた机を見る。
あそこは、本来なら鍵音が座っている予定だった場所だ。
中卒で高校を行ってない鍵音に弦十郎と国は特別に試験免除でリディアンに在籍する事を認められた。
リディアンには男が鍵音一人だけではあるが、共学化のシミュレーションと思えば何もおかしくは無いはずだ。
響はその事を弦十郎に聞いて以来、事あるごとに後ろの空いた席を見る。
それはもう頻繁に見て、先生に怒られるぐらいだ。
(……未だに連絡がこないなんて……)
ルナアタック事変以来、国の総力を挙げ、黒森鍵音の調査が行われた。
しかし、日本国内で見つける事は叶わず、国外へ入るとしたら日本政府は一旦手続きをしないといけない。しかし、その手続きは何年もかかりそうな気が遠くなるような作業らしい。
響は一人でも探しに行くと聞かなかったが、奏が冷静に。
「アイツが帰ってくるって言ったんだ、信じようぜ」
と言った。
その顔はとても悲痛な顔で、今にも泣き出しそうだが、それでも必死に堪えて今も奏は歌っている。
鍵音に歌が届くように。
(そうだ……私が信じなきゃ、誰が信じるんだ!)
鍵音は一回も響との約束は破ったことはなかった。
だから、今回も必ず帰ってくる。
そして、響に向かってこう言うのだろう。勝負だ! お前を今日こそ超えると。
──ー
二ヶ月程経ったある日。
凄まじい轟音とともにサンドバックが宙へ舞う。
響の横にいた弦十郎も目を見開いた。
それもそのはず、響が殴ったサンドバックが、殴ったところではなく内側から破裂するように逆方向に穴が空いていて、そこからサラサラと砂が流れ出る。
色々と吹っ切れた響はここに来て急激に力を持った。
その爆発力と共に俊敏さまでもに磨きがかかっていた。
(俺が、響君と同い年の時……ここまで出来ていただろうか……)
並みのプロボクサーなら、すぐに瞬殺されてしまうようなジャブを響は繰り出す。
そこから徒手空拳の構えに変わり、すぐさま鋭い蹴りを繰り出した。
「ちぇすとー!」
空気が揺れる。
蹴りから発せられた風に鳥たちが驚いて一目散に逃げ出した。
(鍵音君はもっと強くなってるはずだ! だったら負けないように私も頑張らなきゃ!)
そうして、鋭い突きを木に放つ。
響が殴ったところが抉れ、そのまま木は弦十郎の庭の池に落ちた。
「あ」
「おおう……」
「ご、ごめんなさ────い!!!」
──ー
日本へ出発する前。
俺はボブさんに最期の稽古をつけてもらうことにした。
お互い長い棒を持ち、牽制し合う。
先に動いたのはボブさんで少ない挙動でいくつもの突きを不可解な感覚で繰り出してきた。
俺はそれを、目を瞑り気を感じながら突いてくる方向から逃げる。
右、右、右、左、斜め上。
「いや、目を瞑ったら危ないよ」
ボブさんが間髪入れず俺の横っ腹に棒を叩き込む。
痛さで悶絶してる頃に、ボブさんは俺にこう言った。
「でも、感覚的には合ってる、その技、磨いたら、もしかしたら」
ボブさんが言うには柔の素質が備わっているみたいで、相手を受け流して隙を作り、そこから一転攻撃に移る方がやりやすい。
ボブさんも柔の武術家らしく、それに加えて強と弱も収めているらしい。
強と弱というのは文字通り強弱のことで、一撃必殺となるような豪快な技が使えるのなら強。一撃必殺とはならなくても、己の技量で乱撃必殺となるような技が使えるなら弱。
俺の母さんは剛、柔、強、弱を身につけていたらしい。
一度はその領域に達してみたいという気持ちが膨れ上がった。
「頑張って、ウェル、時々暴走するかも、そうなったらかぎね、抑えて」
「はい」
そうして俺はボブさんに師事を受け、日本に旅立ったのだった。
後から少し疑問に思ったのだが、ボブさんは一体何者だったんだ……。
弦十郎さんのアレを見た後だったから素直に受け入れてしまったが、普通に怖い。
ボブさん:黒人のアフロヘアをした陽気なOTONA。
昔、日本へ遊びに行った時棒術に出会ってそれ以来我流でOTONAに上り詰めた。
実力は弦十郎より下。