熱いお湯に揺られ、思わずうとうと。
「……ああー……気持ちいい……」
意識が深いまどろみへと誘われそうになる。
いかんいかん、このままだと眠ってしまいそうだ。顔を叩いて眠気を飛ばして湯から上がり、近くのベンチに座る。
ああ、火照った体に冷たい夜風が染みる……!見上げた空には満天の星空。絶景である。
ここはセレンラルナ温泉の露天風呂。当然混浴なんてものはないので男湯である。なのでスバルもティアナもいない。残念だったな!
それはそうとして、入浴客は結構多いがそれに負けないレベルで温泉の種類が多い。
一回の入浴で全てを堪能しきるのは難しそうだ。さすがに時間が足りない。うむむ……どこに入るかねぇ。
「おっ。あれ良さそうだな」
見つけたのは薬湯。俺が住んでいるミッドチルダの中心部の温泉では意外と見かけないレアな存在だ。
なんでだろうな?需要はあると思うんだが。少し不思議に思いながら薬湯に向かう。
温泉横の看板に今日の薬湯について解説があった。ここの薬湯は日替わりで変えているようだ。
今日の薬湯は……
「ヨモギ?なんじゃそりゃ?」
「ん、お前さん知らんのか」
見慣れない名前を見て首をかしげていると、既に薬湯に入浴中のおっさんが話しかけてきた。
「ヨモギっていうのは血行促進や美肌効果を持つ第97管理外世界の植物だよ。
最近管理局の広報誌でも話題になってるエースオブエース「高町なのは」の出身世界だよ。知らない?」
「あー、はいはい地球か。そんなところの植物の薬湯がよくあるな……」
「このセントラルナ温泉を作ったとされる人物は元々旅好きでな。
いろんな世界や国を旅して薬草を集め、その薬草をもとに薬湯をこの場所でやっていたんだ。
だから今でも世界各地の薬草を使った薬湯をやってるんだよ」
「ほほーう。それはいいことを知った。ありがとう」
「そりゃよかった。てかその様子だとお前さん観光客か?」
「ああ。今日から三日間この街に滞在する予定」
「そうか。俺はこの街に住んでいるんだが、楽しいものが一杯あるから飽きないぜ。
それに明日の夜はこの温泉の誕生祭があるんだ」
「マジで!?」
「マジな。てか知らなかったのか」
それは知らなかった。祭りか……ふふふっ、明日が楽しみになってきた!
スバルとティアナにも風呂あがったら教えてるか。予算にも十分余裕がある。明日は祭りを楽しむか!
「ま、ゆっくりと楽しみなよ。さて、俺はもう上がるか。ここの温泉ちょいと熱めだからな、あっさりとのぼせちまうんだ。兄ちゃんも気を付けろよ。
あ、そうそう。ちなみに俺は明日の祭りで射的屋やるからよかったら来てくれよ兄ちゃん」
「OK、射的屋ね。忘れずに行くよ」
一杯お金落としていってくれよー、とか笑いながらおっさんは薬湯を出て行った。
……いいおっさんだなぁ。年取るならあんな感じでちょっとした親切ができるおっさんになりたいものだ。
それじゃ、そろそろ薬湯を堪能するとしますか。
「おっ?……ちょっとさっきまでの温泉とは湯の感じが違うな……」
心なしかちょっぴり湯が重たい感じがする。ほんの少しだが。だが、これはこれでいいんだよな。圧迫される感じが好きなんだよ。
湯に全身をつけると葉っぱの香りが漂ってきた。これがヨモギの香りか。
初めて嗅ぐ香りなのになんだか懐かしい気がする……ああ、心が安らぐ。これはいいな。
ヨモギの香りを堪能しながら湯につかる。はぁ……疲れた体にしみる。10分程浸かったところでうっかり長風呂しそうになるが、我慢我慢。
温泉はまだまだあるからゆっくりしてたら時間が足りなくなってしまう。次のところに行くか。
さて、次の温泉は……おっ。たまたま空いてるしあそこにしよう。
俺が目を付けたのは陶器製の温泉だ。陶器のサイズは人が二人入るのがやっとのサイズの小さなものだ。
一人だけならゆったりつかりつつ体を伸ばす余裕もあるといったところか。
それじゃ、いざ入浴。
「……ふーむ」
湯の質は普通だな。さっきまで入ってた大浴場と大差ないように思う。
ただ風呂が陶器製になっているだけ。それだけなのに不思議と落ち着くなぁ。
風呂が狭いからだろうか?人間は狭いところにいると安心する、とかどこかで聞いたのをふと思い出す。
ぐぐーっと風呂の中で体を伸ばす。それだけで気持ちがいい。ぐでーっとしながらふと空を見上げる。
夜空に星が輝き、月が優しく照らしていた。そういえばここから見える月は中心部で見えるものとはちょっと違うんだよな。
ミッドチルダに月は二つあるのだが、軌道の関係で見える月と見えない月がある。この時期のカーラルナから見える月はこの時期ミッドチルダでは見えない。ちょっぴりレアな光景だな。
ここでふと時計を確認すると、そろそろ風呂に入り始めてから一時間がたちそうだった。
そろそろ出るか。二人を待たせるわけにはいかない。ああ、いい湯だったー。
「ふぃー……あー、暑っ」
施設内の待合所。二人を待ちながら休憩中の俺はさっきもらったうちわでパタパタ体を扇いでいた。
お湯がいいのか保温性がとんでもないんだ。まだ体が温かいぜ……うーむ、風呂あがる前に水風呂に入って体を冷やしておくべきだったか。
「あー、うちわいいなー。ねぇねぇ、あたしも扇いでよ」
……ペシッ。
「ふぐっ。なんで叩くの!?」
いつの間にか隣にいたスバルをうちわで叩く。
「なんとなく。ほれ、顔出せ」
「むうー……あー、涼しい。ありがとね」
「はいはい。ところでこんなものがあるけどいかがかな?」
「わ、何それ?アイス?」
「最中アイス。さっき売店で買ったんだけど二個セットだったのよこれ。一個いる?」
「いるー」
手のひらサイズの丸型の最中アイスを一個スバルに渡し、俺も食べる。
「……美味しい!濃厚なバニラ味がたまらないねー。甘いんだけど甘すぎない。このちょうどいい匙加減の甘さが意外とないんだよねー。
そして最中のパリっとした食感がしっかりしてる。おかげで頭が冷えてキーン、ってならないしいいアクセントになってるよ。
さいっこう!!こういうアイスが食べたかった!…ねえねえ、これお土産で持って帰れないかなぁ」
……可愛いなぁ。バッグからカメラを取り出して構える。
意図を察したスバルがアイスを咥えてピースしてくれた。可愛いんですけどぉ!
迷うことなくシャッターを切る。これは楽しみである。
「売店の広告によると一番通りの土産屋に土産用の10個セットがあるらしい。郵送もやってくれるみたいだからそっちで頼めばいいぞ。俺も職場に送ろうかねぇ。
あれ?そういやティアナはどうした?」
「もうちょっと浸かってから出るって。あたしはもうのぼせちゃったし早めに出たの。
ここのお風呂ちょっと熱めなんだよねー。気持ちいいんだけど少し苦手かも。
まだ汗かいてるし……しっかり冷ましたつもりなんだけどなぁ」
じっとスバルを見てみる。額や頬、首元とよく見れば汗が垂れていた。
その汗は胸元に流れ落ちて……なんか色っぽい。むぅ……
「……フィオー、女の子を見すぎ。そんなんじゃ嫌われるよ?後なんでカメラ構えてるの!?」
「おっと、悪い。カメラ?いったい何のことだ?……はっ?!いつの間に!?」
左手にはうちわ。そして右手には使い捨てカメラが!
おかしいな、さっき締まったはずなんだが。無意識のうちにに構えていたというのか……我ながら怖いぞ。
「それはそれとして汗だくスバルを撮らざるをえない」
「なんで!?ちょ、ちょっとやめてよ!!」
「そしてフィオはあたしが一発殴ったからほっぺたが腫れてるの」
「あ、アンタはもう馬鹿というかなんというか……ちょっとスバル席を外してくれる?説教あるから」
風呂あがってきたティアナにスバルが事情説明。そしてどこかへと行くスバル。
チクショウほっぺたいてぇ。
「あのさぁ。なんでそれができるのに告白できないのよ、ヘタレ。
そこまで好きな女の子いじれるのになんで告白しないのよ、ヘタレ。このっ、ドヘタレ!」
「ヘタレ連呼するのはやめてくれないか。ふざけないと照れてまともに喋れないんだよ」
「馬鹿!何のためにあたしがわざわざ風呂に長く入ったと思ってるの!?
アンタらを二人きりにしてちょっとでも仲を進展させようと思ったのに……これじゃあたしのぼせ損なんだけど!?」
「そ、その……ごめんな?てかのぼせるくらいなら水風呂に入るか涼んでいればよかっただろ」
「……せっかく温泉に来たのならちゃんとつからないといけないと思ったのよ。種類もたくさんあったし」
ちょっとだけバツが悪そうに言うティアナ。お前変なところでまじめだな。
「というかこんな調子で大丈夫なの?あたし結構不安なんだけど」
「俺にもわからん。でも旅ってこんなもんだろ?」
「ダ メ す ぎ る 。あたし頭の中でもう帰ること検討してるんだけど……
大体汗だくの女の子を普通に撮影するアンタも悪いわよ。なんで撮った?」
「カメラに関しては完全に無意識だ。いつの間にか構えてて正直俺も怖い」
「……帰ったら機動六課本当に来ない?いい医者がいるのよ」
割とマジで検討します。
はてさて、風呂も上がった。そんな俺たち三人に待ち受けているのは。
「お腹空いたー……」
「それなー……Ok、ティアナ。近くの飯屋どこ」
「アンタ本当私の扱いが雑ね」
空腹である。割と歩き回り、ゆったりと風呂に入ってたらそりゃ腹も空く。昼飯もちょい少なめだったし。
これは晩御飯をがっつりと食べたいところである。大盛りを所望する!
「ま、それはさておきどこがいいかしら……二人共何か希望は?」
「あたしは量が多かったらどこでもいいかな」
「俺は……麺物が食いたいなぁ」
「OK。それなら心当たりがあるわ。こっちよ、行きましょう」
ティアナについていき、一番通りへと向かう。夜の一番通りはまだまだ観光客でにぎわっていた。
やはりこの時間帯は夕食目当ての客が多く、どんどん飲食店へと入っていく。しかし、俺たちは通りの飲食店には目もくれず、どんどん進んでいく。
ティアナについていき、一番通りへと向かう。夜の一番通りはまだまだ観光客でにぎわっていた。
やはりこの時間帯は夕食目当ての客が多く、どんどん飲食店へと入っていく。しかし、俺たちは通りの飲食店には目もくれずに進む。
一体どこへ行くのやら。
「えーっと……ここね」
店の名前を指さし確認するティアナ。なるほど、この店はパスタ屋か。これは楽しみだな。
「ってあれ?どこ行くのティア?」
店に入るのかと思いきや、その隣の道へと進む。裏通りへの道だ。
「この店も美味しいって雑誌には書いてたけど、あたしが行きたい店はここの裏にあるの。ほら、早く着いてきなさい」
そして、ティアナについて行って俺たちは裏通りへと足を踏み入れる。
裏通りは若干薄暗い雰囲気だが、それなりに人通りはあった。こちらは表の通りとは違って土産物は全くない代わりに飲食店オンリーの通りのようだ。
そんな裏通りを進んでいき、あるビルの前で立ち止まった。
「あったあった。ここよ、「ラーメンハトムギ」。
最近できたお店でひそかに人気が上がってるそうよ」
ビルの三階にラーメン屋があるようだ。早速俺たちは階段を上り始めた。
「おーっ、ラーメン!いいね。さすがティア、いいお店見つけたね」
「ほほう、ラーメンか……俺も結構食ってるし好きな料理だよ。
ミッドチルダでも最近ラーメン屋増えてきたよな。管理外世界の地球の料理なのに普及スピード早すぎだろ。
俺が子供の頃はラーメン屋なんて全くなかったぞ」
「美味しいものは人気になり、人気が出れば店も増える。
ミッドチルダオリジナルのラーメンを出してる店もあるって聞くし、異世界の料理であっても少しずつ私たちの生活の一部へと変わっていくのよ。
あたしたちが普段食べてる料理も出自をたどればミッドチルダ由来の物と異世界由来の物が半々なんじゃないかしら」
「なるほどー。あたしは美味しいものが食べれたらそれでいいかなー」
「ははっ、スバルらしいな」
ふふーんと胸を張るスバル。可愛いです。
そんなこんなで雑談しながら階段を上りたどり着きましたラーメンハギム。いざ、店内へ。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「3名です」
「3名様ですね。カウンター席へどうぞー」
「わかりました。行きましょう、二人共」
店員さんに案内されて中へ。若干暗めの店内は少しくすんだ色の木製の床およびカウンターと、使い込まれているのがわかる。
年季が入ってるなー。なんだか秘密基地みたいな雰囲気があって少年心をくすぐられる。いいねぇ。
座ったカウンター席の目の前に厨房があった。そこではいい感じのおっさんがラーメンを作って……ってんんー?
「薬湯のおっさん?」
「おっ、観光客の兄ちゃんじゃねえか。さっきぶりだな」
「ほほう。そこの女友達二人と一緒に旅行にと。羨ましすぎるんだが。二人共美人さんじゃねえの」
薬湯のおっさんもといこの店の店主のハギムさん。
生まれはこのカーラルナで、ある時旅行で地球に行ったらしい。そこでラーメンに出会ってほれ込み、修行の日々を送る。
そして十年間修業してラーメンの技術をマスターし、生まれ故郷にラーメン屋を作って現在に至るとのこと。
「えへへー、ありがとうございまーす。ちょっぴりサービスとかないですかね?」
「じゃあ兄ちゃんのチャーシュー減らして嬢ちゃんのラーメンに乗っけとくわ」
「ちょっと!?」
気のいいおっさんだけどチャーシュー減らすのはやめてくれないか!
俺が注文したのチャーシュー大盛りのガーリックラーメンなんだけど!ちなみにこの店おすすめ!
「ま、せっかくだしチャーシュー一枚サービスしてやるよ。これもなんかの縁だろうしな。
……よし、ガーリックラーメン三人前できたぞ。熱いうちに食いな」
ゴトン、と音を立てて目の前にどんぶりが置かれる。
透き通った小金色のスープに細麺、薄いチャーシュー4枚にネギ、そして焦がしガーリックがスープに浮かんでいた。
うむうむ、食欲がわいてくる綺麗な光景である。
「ありがとう。それじゃ一足先に俺はいただくぜ」
「後で一口ちょうだい?」
「いや、スバルも同じやつなんだし待てよ……うぉっ、うまい!なんだこのラーメン、初めての味だぞ!?」
「美味しい!ふわぁ……たまらないなぁ。このスープ、塩ベースだと思うんだけどそこに焦がしガーリックが加わっていい味してるよ。ちょっぴり苦いのが何とも言えない。スープ単体でもすごく美味しいのに……もう反則級だよ!」
「やるわね、ガーリックラーメン……ニンニクと聞いてちょっと忌避感あったけどこれにしてよかったわ」
後評価するとしたら、薄いチャーシューは不安だったんだが……このチャーシュー薄くても上手い!安い肉かと思って不安だったが全然そんなことはなかった!ごめんなハギムさん!
細麺自体の味もしっかりしていて後れを取ることなく存在感をアピールし、腹を満たしてくれる。いいバランスだ!
「ははっ、旨そうに食べるじゃないの。ところで兄ちゃん、ちょっと提案あるんだが。
さっき話してた使い捨てカメラとかいうの借りてもいいか?」
そして、今日の最後の写真はハギムさんの提案に乗って撮影した。
どんな写真になったか?それは最終日のお楽しみって奴だ。ゆっくり待っていてくれよな。
八枚目:「アイス加えたスバル。可愛くないはずがない」
八枚目:「汗だくスバル……怒られないよな?もう怒られてるけど」
九枚目:「秘密!」
「ふふふふー。俺は満足である」