鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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肆章.流
拾.鬼哭啾啾


 

 麗らかな陽気に溢れる蝶屋敷に、少々不似合いな喧騒が奏でられていた。

 木材同士がぶつかり合うような甲高い乾いた音。遠方まで木霊するような音は、屋敷のどこに居ても聞こえてくる程だった。

 しかし、日常と化した音を前に気に留める人間は居ない。

 

「ふっ! はっ! でやぁ!」

「ッ……!」

「どおりゃあああ!!」

 

 木刀を手にして、一人の男性に突っ込んでいく凛、つむじ、燎太郎の三人。

 すでに火傷も癒えた彼等は、火傷痕の残る上半身を晒しつつ(つむじは流石にさらしを巻いているが)、滝のような汗を流し稽古に没頭していた。

 対峙する相手は水柱・伴田 流。流麗な剣閃で次々に迫りくる攻撃を受け流す彼の身のこなしは、彼が両脚義足という事実を忘れさせるだろう。

 

 数で言えば三対一と一見凛達が有利な状況に見えるが、実際はその逆だ。

 まず、最初に斬りかかった凛の一閃を、流が木刀の刀身で滑らせるように受け流して無力化。すかさず、体勢を崩した凛へ義足による強烈な蹴撃が叩き込まれた。

 

 そうして吹き飛ばされた凛に構わず、背後から飛び掛かるつむじ。人間にとっての死角たる背後からの強襲であるが、目の見えない流にとっては死角という概念が無い。失われた視覚を補うかの如く研ぎ澄まされた他の五感が、瞬時につむじの位置を正確に察知し、風を切る旋風の如き一閃を、いとも容易く回避してみせた。

 しかし、そこで止まるはずのないつむじは、二撃、三撃と連撃を繰り出していく。

 真っ当な太刀筋の攻撃もあれば、曲芸染みた攻撃も織り交ぜてくる。初見であればまず対応に困るような連撃であったが、相対する流は全てを捌いた後、斬り下ろしてきたつむじの木刀目掛けて刺突を放つ。

 

 水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 

「ッ……!?」

 

 目にも止まらぬ速さの刺突が、つむじの木刀を根本からへし折った。

 これには流石のつむじも目を見開く。その隙に、掬うような太刀筋でつむじの胴へと流の木刀が叩き込まれ、彼女もまた弾き飛ばされた。

 

 最後に襲い掛かって来る燎太郎。一撃一撃が強力な彼の剣であるが、水柱たる流には如何せん甘い狙いだと言わざるを得ない。

爆炎を幻視させる斬撃を、流々と留まることを知らない水流が、時に柔らかく、そして時に激しく呑み込んでいく。

 そして特に強力だった一閃を受け流し、すれ違いざまに胴へ一撃が叩き込めば、燎太郎はうめき声を上げてその場に崩れ落ちてしまった。

 

 これにて三人は戦闘不能。

 広がるのはまさしく死屍累々の光景。

 途中、洗濯物を干すべく廊下を通りがかった際に庭を一瞥したしのぶも、その光景に頬が引きつっていた。

 

「ぜぇ……はぁ……!!」

「うっぷ」

「うごご……!」

 

「……一先ず休憩だ」

 

 ぶっ通しで数時間稽古していた凛達にようやく休憩を言い渡す流。

 今にも干からびそうな量の汗を流す三人に比べ、彼はほんのり額に汗が滲んでいる程度だった。

 常中を会得し、強くなれたと感じていた三人をどん底に叩き落すには十分すぎる隔絶した実力差を、今まさに見せつけられているようだった。

 

 誰が言ったか、全集中の呼吸は初歩の初歩。

 柱まではあと一万歩ある段階だ、と。

 

 そんな訳で一万歩―――否、百万歩経て柱となった流は、蹲る面々を見渡す。

 

「前よりは良くなった。が、まだまだだ」

 

 柱一人に一太刀も浴びせられないようでは、まだまだ先は長い。

 その現実を体に叩き込んだところで、ではどうすればより強くなれるのかを教えるのが先達の務めである。

 

「まず、凛。型の動き自体は前よりも洗練されてきた。だが、お前……というよりも氷の呼吸の独自の癖か。型を繰り出す前の溜めの硬直の時に隙だらけだ」

「は……はい!」

「呼吸の特性上、隙ができてしまうのは仕方がないが、硬直から動作に移る一連の動きの切り替えを滑らかにできるようになれば、その限りじゃなくなるだろう」

「切り替えを滑らかにですか。それはどうやって……」

「回数をこなせ。それ以外に道はない」

「はい!」

 

 流の助言を受け、奮起するように立ち上がる凛。

 

 ちょくちょく流に稽古をつけてもらっている凛であるが、未だに彼に一太刀も浴びせられてはいないものの、不貞腐れることなく精進している。

 最近では氷の呼吸の零ノ型・零閃を習得するべく、水の呼吸も扱えるようにと流に師事していた。幸い氷の呼吸は水の呼吸の派生。大抵の型が水の呼吸を基にしているだけあって、飲み込み自体はそれなりに良かった。

 それでも流からすればまだまだ毛が生えた程度の練度である為、時間があれば水の呼吸の真髄をその身に叩き込まれている。

 その都度コテンパンにされては、コテンパンにした流共々しのぶに「やり過ぎだ」と叱られるまでが習慣となりつつあった。

 

柱を叱る平隊士とは、これ如何に。しかし、出会った当初よりも友好を深めたしのぶが、本来の生真面目な性格を発揮し始めているからには、致し方ないことと言えるかもしれない。

 

『今度怪我しても手当しませんよっ!』

 

 と、窘めながらも、結局負傷したしのぶには、凛もほとほと頭を下げるばかりであった。

 恐らく、一生彼女には頭が上がらないと予感している。因みに、一応凛としのぶ(ついでに燎太郎とつむじも)は同期でこそないものの、同い年である。

 

 閑話休題。

 

 こうした流による稽古は、ここ最近そう珍しいことではなかった。

 黒縄との一戦から早半年。半ば蝶屋敷が拠点と化している三人に、流が気を利かせて顔を出しに来てくれるのだ。

 その際、稽古の後にこうして助言をもらい、各々が精進に励んでいる。無論、襤褸雑巾のようになった彼等を治療するのはしのぶである為、毎度お小言をもらっているが、彼女なりの優しさだと気付いている凛は黙ってお小言を聞く姿勢に徹していた。

 

 しかし、何にせよ格上の相手と戦うのは自身の強さに直結する。

 積み重ねた経験ほど自信に直結するものはない。

 

 負け慣れず、最初こそ不貞腐れていたつむじも、最近は積極的に(殺意を持って)流と稽古に励んでいた。

 そんな彼女への助言は、

 

「次につむじ」

「ん」

「相手の意表を突くような動きは悪くない……が、如何せん自分の身を省みない攻め方をし過ぎだ」

「何が悪いの?」

「お前が最後の一撃と思って繰り出したもので仕留められなかったらどうする? 他人に任せるのか? いいや、違う。お前が仕留めなければならない」

 

 思い切りがいいのは、裏を返せば彼女が捨て身―――延いては自分に無頓着であるからだ。

 しかし、中には捨て身の攻撃に打って出ても倒せない敵が現れるだろう。

 その時に敵を倒せなかった場合、辿る結末は死のみ。

 故に如何なる攻撃においても“次”を考えながら動かねばならないのである。

 

 数秒、頭の中で木魚を鳴らして考え込んでいたつむじであるが、ようやく理解ができたのかこくりと首を縦に振った。

 

「わかった」

「どの攻撃も、次に繋げるられるようにと心得ておけ。常に最後の一撃と渾身の力を込めつつな」

「……ん」

「……刀だけで戦うにはお前の才が窮屈な思いをするだろう。戦いに使える小道具を手配するよう、鎹鴉で刀鍛冶の里の者に頼んでおこう」

「ありがとう……ございます?」

「ああ」

 

 鬼殺隊の武器はなにも日輪刀だけではない。

 各々の戦い方によって、武器も様々だ。

 しのぶがいい例だろう。彼女は専用の日輪刀の他に、靴に小さな刀を仕込んでいる。鬼に致命傷こそ与えられないものの、隙を生み出す小道具を仕込んでいる者は、鬼殺隊の中にもそれなりに居る。

 

 つむじの変則的な動きもまた、そういった者達に習い、鬼の間隙を突くような小道具が必要だろう―――そう考えた流は、彼自ら刀鍛冶の里の者に道具を手配することを告げたではないか。

 そんな流に、自分の為に便宜を図ってくれたと察したつむじは、たどたどしい目上の者に対しての感謝の言葉を告げた。

 

 苦節数か月。最初は感謝の「か」の文字も知らなかった少女が、曲がりなりにも感謝を口にしている。

 彼女を見つめる凛と燎太郎の瞳は、妹を見る兄か、はたまた娘を見る親のように温かいものであった。

 

 と、そんな二人の内の燎太郎に流の視線が向く。

 

「燎太郎。お前は以前よりも技の威力が増していた。そこは良いところだ」

「はい!」

「だが、狙いがまだ甘いところがある。特に動いている相手に対してはだな。それを自覚しているんだろう。お前は凛とつむじの二人が攻勢に出ている時、一歩身を引いて自分一人が攻めに出られる隙を見つけようとしている」

 

 図星を突かれたように燎太郎の顔が歪むが、流の助言は止まらない

 

「それでは折角の力も宝の持ち腐れだ。周りに気を遣い過ぎて自分の長所を発揮できないのは本末転倒だろうに」

「は……はい!!」

「お前の課題は太刀筋の矯正だな。それを克服できればお前はもっと伸びる」

「はい!!!」

 

 柱相手に「伸びる」と告げられた燎太郎は奮起。

 疲弊しきった体にも拘わらず勢いよく飛び上がった彼は、「うおおおお!」と雄叫びを上げて、倒れている凛とつむじの下へと駆け寄った。

 

「鍛錬だ鍛錬だ鍛錬だぁー!! やるぞ、二人とも!! 俺達はもっと高みへと昇れる!!」

「も、もうちょっと待って……!」

「お昼のが戻る」

「つむじ! 持ちこたえて!」

「喉まで来てる」

「桶ぇー! 桶は何処へぇー!」

 

 顔面蒼白となって嘔吐しかけるつむじの背を擦りながら、桶を所望する凛。

 そんな三人のやり取りを遠目から眺めていたしのぶは、深いため息を一つ落とす。

 

「今日はその辺りにしたらどうですか? お風呂沸かしておいたので、一先ず汗を流してきてください」

「……だ、そうだ」

 

 気を利かせて湯船を張ってくれていた模様のしのぶに、凛は安堵の表情を、燎太郎はやや不服そうな顔を、そしてつむじは戦慄したかのように目を見開いていた。

 というのも、

 

「さて……まずは東雲さん。貴方です」

「ッ……!」

「そんな目で懇願してもダメなものはダメです。不衛生は病気の元。嫌ならさっさと済ませちゃいましょうね~」

「ッ……!!」

 

 しのぶに捕えられ浴室へと連行されるつむじは、凛と燎太郎に助けを求めるような視線を送る。

が、しのぶの言い分ももっともなので―――そして彼女を怒らせると怖いので―――黙ってつむじを見送ることしかできなかった。

 

(頑張って、つむじ……)

 

 せめてもの激励を、凛は心で唱えた。

 

 しのぶがつむじの風呂嫌いに業を煮やしたのは、ここ最近の話。

 トラウマなんてなんのその。つむじを強引に浴室に連行し、彼女の頭のてっぺんからつま先までピカピカに洗うのが、しのぶの習慣になりつつある。その光景は水を嫌がる猫を連れていくそれだった。

 

 近頃は「面倒だから」という理由で、しのぶもつむじと一緒に湯船に浸かっているらしい。

 本人が無頓着なだけで、つむじはああ見えておめかしすれば中々端正な顔立ちだ。

 風呂場にうら若き美少女が二人。想像するだけで頭の中には花畑が広がるが、仔細を把握しようとするものならば、薬に何の毒を混ぜ込まれるか分かったものではない。

 

 なるべく邪な考えは捨て置き、凛と燎太郎は出来うる範囲での片付けに勤しむのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 つむじを一番槍に次々に入浴を済ませた三人は―――蝶屋敷にある来客用の部屋で、流と共に茶菓子を頬張っていた。

 茶菓子は流が気を利かせて買って来た物だ。

 基本的に鬼殺隊の給料は階級が上の者ほど高い。柱ともなれば、なんと欲しいだけ貰えるという羽振りの良さである。

 しかし、大抵必要最低限の物にしか金銭を用いない流は、今まで平隊士よりも少しばかり良い給料を貰っては、贅沢もせず貯金していた。その貯金を切り崩し、最近は頑張る三人に英気を養わせるために美味しい茶菓子を買ってきているという訳だった。

 

「ありがとうございます、流さん! いつもいつもお土産なんか買ってきてもらって……なんだか申し訳ないです」

「気にするな。元々使い道のない金だ」

 

 そう言って茶を啜る流に、凛は「そんな!」と声を上げた。

 

「流さんもこれから結婚とかして家族ができるかもしれないんですから、貯蓄があるのに越したことはないですよ!」

「家族……か」

「そうじゃなくても流さん自身、自分を労うのに色々使っていいと思いますよ! はい!」

「……そうか」

 

 邪気なく言い放つ凛に、思わず流も頬を綻ばせる。

 親に捨てられた日から、凡そ一般人が思うような幸せとは縁もゆかりもない人生を送るとばかり思っていた。

 それが今は後輩に所帯を持つよう勧められるとは、人生分からないものだ。

 

「……とは言えだ。やはり俺には縁の無い話。こうして食い物の差し入れをするくらいがちょうどいい」

「……そうですか。流さんがそう思うなら……あ、そうだ! じゃあ、今度は僕達で流さんに何かご馳走しますね!」

「なんだと?」

「この前、カナエさんに勧められて寄ったお店であいすくりぃむ? っていうのを食べたんですけど、とっても美味しかったんですよ! きっと流さんも気に入ると思いますから、皆で食べに行きましょう!」

 

 あいすくりぃむ―――もとい、アイスクリームとは巷で流行り始めた氷菓子だ。

 かき氷とも違う滑らかな舌触りと口融け。芳醇な香りが鼻を抜けた時には、舌の上で優しい甘さがふわりと広がる。まさに新感覚の甘味であった。

 凛が口述した通り、カナエに勧められて食べた三人は、その余りの美味しさに何回かおかわりした程だ。そして、凛を除いた二人が頭痛に苛まれつつ腹を下した。冷たい物の食べ過ぎは注意である。

 

 美味しさの反面、値は張るものの、一食の価値はあり。

 是非とも他の人にも知ってほしい味だと凛は語る。

 

 そうした熱い氷菓子の話を聞いた流は、数秒逡巡した後、「わかった」と頷いた。

 

「……時間が空いていたらな」

「はい!」

 

 後輩に奢られるといった約束をするのも初めてだ。

 どこかこそばゆくなるもどかしい感覚。しかし、不思議と不快感はない。

 

 もっとも、このように邪気のない満面の笑みで誘って来る相手を断るのも不作法だ―――と、流は自分を納得させるように心で言い聞かせた。

 

「楽しそうにお茶していますね」

 

 と、そこへやって来た女性。

 

「カナエさん!」

「こんにちは、みんな。伴田さんも一緒にお茶なんかして……すっかり仲良しですね!」

 

 柔和な笑みを湛えて参上したカナエは、部屋に腰を下ろしていた四人を見渡してから座る。今からどこかに出かけるような装いの彼女であるが、まだ出発までの時間はあるのだろう。

 

 そうして現れたカナエに対し、一旦「蝶屋敷の者達にも」と別に用意していた茶菓子を差し出す流。

 彼は、それから何とも言えぬ表情を浮かべてカナエに口を開く。

 

「俺はそんなつもりは……」

「隠さなくてもいいんですよ、伴田さん。最近はすっかり三人の面倒を看てばっかり。これで継子じゃないって言うんですから驚きですよ」

「だから俺は継子は取らないと……」

 

 言いかけたところで、凛の「え!?」という驚愕の声が上がった。

 

「僕ら、継子じゃなかったんですか?」

「待て。何を思って継子だと……」

「だって、柱の方は忙しいから継子以外には稽古をつけないって……こんなに稽古してくれたら……!」

「あらら。伴田さんが勘違いさせてしまったばっかりに」

 

 クスクスとおかしそうに口元を隠すカナエに、流は困惑するばかりだ。

 確かに言われてみれば継子と勘違いされてもおかしくない扱いをしていたが、当の流としてはそのつもりなどまったくなかった。

 

 ただ、ついつい気に掛けるような隊士に、その同期もくっ付いてきた為、半ば自然と三人とも稽古をつけていただけであり……、

 

「だが……三人など……」

「別に一人じゃなければ駄目という決まりもありませんよ。将来有望な隊士を守り育むのも柱の役目……折角ですから、正式に三人を継子として面倒を看てあげましょう!」

「待て。勝手に話を進めるな」

 

 うっかりすればカナエの調子に巻き込まれてしまうと、流は制止するように掌を控えめに突き出した。

 が、

 

「じゃあ、どうすれば継子にしてもらえますか?」

 

 残念そうな面持ちの凛の問いに、思わず流は口を噤む。

 そもそも取る気がないのだから、何をすれば継子にするという条件を提示する必要もないのだが、だからといって断固として付き返すのも忍びない。

 

「……俺に一太刀でも浴びせられるようになったら考える」

「成程! それなら頑張って流さんに剣を当てられるよう精進します!!」

「俺もだ!!」

「んぐっ……あむっ……」

「……つむじちゃんはのんびり屋さんね」

 

 奮起する凛と燎太郎の一方で、つむじは淡々と茶菓子を食べ進める。

 そんな彼女の頭にぽんぽんと手を置いたカナエであったが、「そろそろ……」と席を立った。

 

「これから任務ですか?」

「ええ。最近、私の警備区域で若い女の子が居なくなってるらしくてね」

 

 柱を出し抜き食人に走るとは、そこそこ隠密性に長けた鬼なのだろう。

 だからといって野放しに出来るはずもなく、まだ日も上っている内からカナエは警備区域に向かい、鬼の手がかりを探すとのことらしい。

 

「私も一緒にですよ」

「しのぶさん!」

 

 カナエに遅れてやって来たしのぶが、彼女に同行する旨を口にし、腰に差している日輪刀へ目を遣る。

 鬼の頚を斬れぬ彼女用に、刀鍛冶の里に住まう鉄珍という刀鍛冶が鍛えた極細の刀身を持つ刺突特化の日輪刀。特殊な仕組みの鞘では、納刀する度に毒の配合を変えられるようになっており、まさしく毒使いであるしのぶ専用の武器となっている。

 

 長いこと鬼を倒せぬことに苦悩していた彼女であるが、毒が完成してからはその悩みも和らいだのか、大分角が取れてきた。

 が、逆に当たりが強くなったような気がするのはまた別の話。

 

「藤の毒も実戦に通用する段階まで完成しましたからね」

「私はしのぶが来る案件じゃないって言ったんだけれどね……しのぶがどうしてもと駄々を捏ねるから……」

「ちょ……カナエ姉さん! 私は駄々なんて捏ねてない! いい加減なこと言わないで!」

「うふふっ、そんな怒らないで。姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなぁ」

「じゃあ怒らせないでよ! 人前なのに、もう!」

 

 かんかんと怒りをあらわにするしのぶを前に、カナエの他にも凛も微笑ましそうな笑顔を浮かべる。

 しのぶは、身内以外に丁寧な言葉遣いを使う。言ってしまえば他人行儀なのだ。

 ある程度打ち解けた凛に対しても丁寧な言葉遣いは続いてしまっているが、だからこそ彼女が本来の口調になれる姉・カナエとの会話に新鮮さと微笑ましさを覚える。

 

 と、いつまでもニヤついていれば、これまたしのぶに叱られると、ほどほどの所で凛然とした顔つきに戻し、

 

「カナエさん。任務はしのぶさんと二人だけで行くんですか?」

「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

「いえ、折角なら僕も一緒に行こうかなと」

「あら。でも皆はお休みなんでしょう? 気持ちは嬉しいけども、休める時にはしっかり休んでおかなきゃ」

 

 これから任務へ赴くカナエ達とは違い、本来凛達はこれから数日休暇のはずだった。

 激務をこなす鬼殺隊にとって、数少ない休暇は貴重そのもの。日頃の死闘の疲れを癒さなければ体がもたない。

 カナエとしては自分達の手伝いよりも、彼等自身の身を案じて欲しいところではあるが、

 

「いい考えだな!! 俺としては今すぐにでも伴田さん……いや、伴田の兄貴の教えを実行したいところだ!!」

「……兄貴?」

 

 燎太郎に兄貴と呼ばれ困惑する流。

 と、彼はさておき。

 

「でも……」

「あ、そうだ。カナエさんの警備区域って、前にあいすくりぃむの美味しいお店があるって言ってくれた場所ですよね?」

「うん? そうだけれど……」

「じゃあ、ちょうどよかったです! 流さんとあいすくりぃむ食べに行くついでに手伝いますよ! いや、なんだったらカナエさん達もご一緒に!」

「まあ。どうしようかしら」

 

 突然の提案に目を真ん丸と見開くカナエであるが、やぶさかではない表情だ。

 一方で、生真面目なしのぶは「ちょっと!」と眉間に皺を寄せる。

 

「氷室くん! カナエ姉さんも! 行楽に行くんじゃないんだから!」

「う~ん、でもねぇ。しのぶもあのお店お気に入りなんでしょう?」

「そういうことは言わなくていいから!」

 

 かき氷とも違う冷たくて甘いハイカラな食べ物は、どうやらしのぶもお気に入りの様子。

 そのことを知られ、一層「それなら!」と同行する意思を露わにする凛に、しのぶはやれやれと首を振る。

 

「その様子じゃあ、どれだけ行ったって着いて来るんでしょうね……分かりました。氷室くん達もどうぞご勝手に」

「やった! 流さんはどうしますか?」

「……話の流れを察するに、俺が居なければ話にならないだろう。もののついでだ。俺も任務に加わろう」

「はい!」

 

 流も同行することが決まった今、憂いなくカナエの任務に参加できるようになった。

 柱が二人も居れば、大抵の任務はあっさりと終わってしまうことだろうが、凛は柱に負けぬ活躍をしようとする意気が満ち満ちている。

 と、その前につむじに振り向き、

 

「つむじも来る?」

「どこに?」

「カナエさんの任務に。帰りにあいすくりぃむを食べに行くんだ」

「あいす……あの甘くて冷たいの?」

「うん」

「行く」

「分かった! じゃあ支度しよっか」

「ん」

 

 食べ物への執念が凄まじいつむじの同行も(当然のように)決まった。

 無理を言って同行を願い出た三人は、カナエ達を待たせないようにさっさと隊服に着替える等支度を整え玄関へ。そんな三人よりも早く支度を整えた流に驚かされたものの、こうして柱二名に隊士四人という少々過剰な戦力が揃った今、六人は現場である町へと赴くのであった。

 

 

 

 空は―――清々しいまでの青空であったが、雨も降っていないのに虹がかかっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それでは二人組になって探しましょう」

 

 そう口にするカナエの指示により、凛と燎太郎、つむじと流、カナエとしのぶの組み合わせとなり散開する面々。

 すでに日も落ちた町は、不気味なほどに人気を感じられない。連日人が行方不明になっている事件が起こっているのだから、夜分に出かけるのを控えていることは想像に難くない。

 

 閑散とした街並み。

 不気味に思えるほどの静けさの中、二人の跫音のみが晦冥の如き夜を駆け抜ける。

 

 しかし、数時間の捜索も虚しく手がかりは得られない。

 携帯している懐中時計を確かめれば、一刻も経たぬ内に夜が明ける時間になっているではないか。

 

「……」

「どうしたの、燎太郎?」

 

 何やら悶々としている様子の燎太郎。

 一体何が原因であるのか? もし原因が自分にあるのであれば―――と思い問いかけた凛に対し、彼は得も言われぬ表情で口を開いた。

 

「凛、お前はカナエさんと仲がいいのか?」

「カナエさんと? そうだね~。カナエさん、とっても優しいから……って、どうしてそんなこと聞くの?」

「いやだな、どうにもお前がカナエさんと話している時の雰囲気が俺達と違うものだから気になってな」

「違うって……どういう風に?」

「何というか、心を開いている! いや、今のお前が俺に隔たりを覚えてるという意味じゃないぞ? ただな、どうにも俺達とは違う方向性でカナエさんには心を開いている風にな……」

 

 言語化が難しい感覚を必死に言葉で紡ぐ燎太郎に対し、なんとなく察した凛は僅かに俯いた。

 

「確かに……カナエさんには気兼ねなく話せる話とかもあるよ。多分それじゃないかな?」

「それとはなんだ?」

「カナエさんは鬼相手にも同情してくれる優しい人だから―――」

 

 それから凛は自分の身の上話を簡潔に語った。

 特に鬼の胎から産まれたこと―――これがまた厄介なものであった。

 

「晴れて僕は日の下を堂々と歩けているけれど、時折どうしても思っちゃうんだ。自分は他人とは違うって。自分が鬼の子だって事実を忘れられなくなる」

 

 いつから意識するようになったのかは定かではない。

 しかし、近頃は不意に脳裏を過る―――自分と他人が違うという事実が。

 

「でも、カナエさんは鬼に同情して、その最期に哀れみを持ってくれる……そんな人相手だと気兼ねなく話せるんだ」

 

 どうしても拭えない疎外感。

 自分が鬼に同情し、哀れむ理由は、まさしく自分が鬼の胎から産まれたという経緯によるものだった。

 運命が違っていたならば、自分もまた鬼として生まれてきたかもしれない。そうでなくとも自分は間違いなく鬼の血を引いている。

 

 そうした時、鬼に苛烈な憎悪を覚える者や淡々とその命を切り捨てる者達の居る鬼殺隊に、ふとした瞬間居心地の悪さを覚えてしまうのだ。

 そんな中、鬼殺隊の中でも異端な考えを持っている―――鬼に哀れむ―――カナエであるならば、自分の身の上を全て理解した上で受け入れてくれると感じていた。

 

 カナエと()()()()仲が良い理由がこれだ。彼女の姉か、はたまた母のような包容力は、その母性を与えられなかった凛にとって渇望する程に甘美で蠱惑的であった。

 彼女との相談を経た凛は、鬼殺隊として一年以上戦い、とある疑問に答えを出した。

 それは一度カナエに告げられた言葉。

 

「僕は多分、皆程鬼を憎んでないから哀れむとか言えると思うんだ。そこがカナエさんや……燎太郎達と違う」

 

 真に美しいのは、カナエのような経験を経て尚、鬼に同情できること。

 一方で自分は()()()()大切な人を奪われていない。他の隊士と決定的に違う部分がそこであった。

 経験を伴わない思想程軽薄なものはない。

 自分の鬼に対する同情が、鬼を憎悪する経験の無さ故ではないかと考え至った凛は、己の立てた芯が酷く脆いものではないかと懐疑的になっていた。

 

 そして恐れる。ようやく手に入れた大切な者を失うことを。

 今、彼が強さを追い求める理由はそれだ。鬼を倒し人を救うことが目的だったはずなのに、いつの間にか自分本位な理由が原動力になってしまっている。

 

「こんな僕が鬼殺隊に居ていいのかな……?」

 

 薄氷を踏むかのような芯を抱き、鬼殺隊に入ってしまったのではないかと、凛はずっと悔悟していたのだ。

 

 全てを聞いた燎太郎は、これまた得も言われぬ難しい顔を浮かべて唸った後、それは深いため息を一つ落とした。

 

「―――俺の育て親は鬼だった」

「え……?」

「孤児を拾い育てる寺の和尚でな。どこから鬼だったのかは俺も定かじゃあない。だが、なんであれ鬼だった者に育てられたのは事実だ」

 

 予想だにしなかった燎太郎の身の上話に、凛は言葉を失う。

 悲痛な面持ちを浮かべる燎太郎は、徐に日輪刀の柄を握り、その余りの力に全身が震えていた。

 

「そんな育て親を……俺がこの手にかけた」

 

 空気が凍り付くような感覚を覚えた。

 普段はあれほど熱血な姿を見せる燎太郎が、ここまで落ち着いているのも実に不気味だ。だからこそ、彼の紡がれる言葉の一つ一つを聞き逃してはならないと意識させられる。

 

「人喰いの化け物だ。野放しには出来ないとな。だが、鬼だとしてもその人が俺の命を救ってくれた恩人であることには間違いない。俺は自分を納得させるようにしたんだ。鬼は悪だ。そもそも存在を許してはならない、とな」

 

 以前、燎太郎が口にした流儀―――鬼は悪。人間は救う。その考えの理由が語られた瞬間だった。

 自分の行いを正当化しようとする程にドツボに嵌る。ならば、難しく考えるのはやめよう。そうして鬼を絶対悪と見なすようにした。

 それが最も楽だった。恩人を手にかけた現実を直視せずに済む唯一の逃げ道だったのだ。

 

 凛とも違う凄絶な過去を経験した燎太郎は、遠い場所を見やるように面を上げる。

 

「今でもその考えは変わらない。まだまだ俺は弱い。己の過ちを認められる程強くはない。だからという訳でもないが、俺はお前やカナエさんのような考えを持った人が幾らか居てもいいと思うぞ」

「え……?」

「憎しみだけで鬼を狩っていると、いつしか鬼が人だったことを忘れてしまう。だからお前のような奴も居たら、そのことを忘れずに済む」

「そう……かな」

「ああ。きっと鬼だった人も浮かばれるだろう」

 

 その言葉にハッとして燎太郎の横顔を見つめるが、当の彼は凛に対してそっぽを向いている。

 それから少しばかり顔を手で覆ってから、パンパンと頬を叩き、気合いを入れ直す。

 

「っと、辛気臭い話になってしまったな!! 気を取り直して鬼を探すぞ!!」

「っ……うん、そうだね。ねえ、燎太郎」

「ん? なんだ」

「ありがとう」

「……やめろ! そんな尻の穴が痒くなるようなことを―――っ!?」

「どうしたの?」

 

 突然深刻そうな面持ちを浮かべた燎太郎を怪訝そうに見つめる凛。

 すると彼は不意に袖を捲り、ポツポツと発疹が浮かび上がり赤く染まった肌を露わにしたではないか。

 

「鬼気……!」

「え?」

「そう前の話じゃない! 少し前にここを鬼が通った!」

「なんだって!?」

 

 感じた鬼の気配を追うように駆け出す燎太郎を、凛もまた追いかける。

 一体どうやって鬼を察知したのか―――そう問いかけようとした凛に被せる形で、燎太郎が口を開く。

 

「言っていなかったが、俺は鬼の気配に敏感でな! いや、過敏故に発疹が出る始末だ! 痒くて堪らん!」

 

 掻痒感。それこそが燎太郎の突出した感覚であった。

 “痒み”によって、それ以外の感覚では感知できない鬼の存在を察することができる。凛とはまた違う方向で探知に秀でているのだ。

 そのような彼に行先を任せる凛であるが、段々表情が険しくなっていく燎太郎に、怪訝そうに眉を顰める。

 

「燎太郎?」

「遠い? いや、こんなにも……しかし」

 

 うわ言のようにボソボソと喋る燎太郎であるが、その平静で居られず頬に冷や汗を流す彼の様子の訳を、凛はすぐさま理解する羽目になった。

 

 案内を任せて進む最中、尋常ではない“熱”が肌身に襲い掛かる。

 

(なん……だ、これ……?)

 

 通りの角の奥から感じ取った“熱”。

 今まで感じ取ったどの鬼の“熱”よりも冷たく、一歩踏み出すことさえ躊躇われる近寄り難さを覚えた。

 不用意に近付けば―――死ぬ。

 予感ではない、これは確信だ。

 鬼と対峙した瞬間、凍えるような冷気に充てられた全身が凍り付き、白い骨の茎の先に裂けた肉の合間から血の華が咲くことになるだろう。

 

 よもすれば吐きだしてしまいそうになる重圧を覚える二人。

 膝は震え、あと一歩先に踏み出す勇気が出てこない。

 それほどまでに隔絶した実力の差というものを、遠く離れた場所からひしひしと感じ取っていた。

 自分達の手に負える相手ではない。ここは一旦退き、流かカナエのどちらかを呼びにいかねば―――そう思った時であった。

 

「この音は……!?」

 

 恐怖で立ち止まっていた凛の耳に届く、金属がぶつかり合う甲高い音。

 すでに誰かが戦っている。

 この鬼気を有す相手に()()()者など、数は限られる。

 

「っ……!」

「おい、待て凛!!」

 

 震える膝を殴りつけ、やっとの思いで駆け出した凛。後ろから燎太郎の制止する声が聞こえてくるが、それを聞く余裕もないほど焦っている凛は、とうとう通りの角を曲がってしまった。

 

 濃密な鉄臭さと凍える冷気が鼻をつく。

 とある人影の奥には、口から血を流し膝を着いているカナエと、そんな彼女に泣きながら駆け寄るしのぶの姿が見えた。

 

「―――おやぁ?」

 

 男だろう。

 不気味なほどに白い髪は白橡のよう。

 こちらを見据える瞳には虹が宿っているかのような虹彩を収めていた。

 

 一見、醜さよりも美しさの印象が先に来る鬼。

 だが、頭から血をかぶったような血生臭さと、にこにこと屈託なく笑う様が、どうしようなく不気味であった。

 

「増援の子かな?」

「っ……!」

「あー、可哀そうに。声も出ないくらいに怯えてしまって。なに、そう不安がることないぜ? なんたって俺は優しいからなぁ」

 

 血が纏わりついた鉄の扇を舐る鬼。

 その間もこちらを見据えている鬼であるが、まったくといっていい程に感情を読み取ることができない。

 空虚だ。

 その鬼の居る空間だけ、ぽっかりと“熱”が浮いてしまっている。

 余りにも異様。それを感じ取ったのと同時に、鬼の瞳の数字をようやく確かめることができた。

 

 上弦―――弐。

 

「おっと、自己紹介しなくちゃな。俺は童磨。よろしくな!」

 

 骨の髄までしゃぶり尽くされそうな予感が、寒気となって全身を蝕む。

 

―――なんだ、この冷たさは?

 

 命の灯が消えた死体を彷彿とさせる“熱”が、凛の体の末端をかじかんでいるかのように震わせる。

 

 ひたり、ひたり。

 終わりの足音が背後に忍び寄る幻聴が聞こえた。

 

 

 

 暁闇に佇む中、朝日をこれほど待ち遠しいと思った時はない。

 どうか、夢ならば醒めて欲しいと。

 

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