鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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陸章.陽光
拾陸.酔生夢死


 温泉。

 

 それは人々にもたらされる大地の恵み。魅惑的な語感を響かせる湯の泉に誘われるのは、自然に生きる生き物のみならず、日々の疲れを癒すために訪れた人間。

 

「はぁ~! こんな大きい温泉に入るのなんて初めて! 凄い解放感!」

「ええ、同感です。こんな温泉に毎日浸かれるなんて刀鍛冶の里の方々が羨ましい限りですよ」

「ん……」

 

 美女が三人、温泉に浸かっている光景はなんと素晴らしきことか。

 仲睦まじげに言葉を交わす彼女たちは鬼狩り。日々鬼を倒す激務に駆られて酷使された身体を癒すべく、こうして温泉に浸かっているという訳だ。

 中でも、特に温泉の効能をしみじみと感じ取っている小柄な女性が、とある一人に目を向ける。

 

「それにしても東雲さん。お風呂が平気になったんですね。昔は猫みたいに嫌っていたのに」

「ん~……」

「それでどれだけ私が苦労したか……」

「ま、まぁまぁしのぶちゃん。折角の温泉だし! ね!?」

 

 過去を振り返り額に青筋が浮かんでくるしのぶを宥めたのは、桜色と緑色の色の階調が美しい女性であった。初対面ではその奇抜な髪色に目を引かれるだろうが、実に端麗な容姿と豊満な肉付きは男性陣を虜にすること間違いなしである。

 そんな彼女に宥められ、言葉が刺々しくなったしのぶが「イケないイケない」と自省するように語を継いだ。

 

「そうですね、甘露寺さん。私としたことがつい」

「ううん、気にしないで!」

 

(怒ってるしのぶちゃんも可愛いなぁ~)

 

 わたわたと手を振る女性の名は甘露寺蜜璃。

 鬼殺隊にて最強と謳われる九人の剣士“柱”の一角を担う女傑である。

 用いる呼吸から“恋柱”とも呼ばれる彼女は、同様に“蟲柱”として柱に名を連ねるようになったしのぶと同性ということもあり、友好を深めていた。

 しかし、それよりも前に蜜璃が友好を深めていた人物が、まさに今隣に居る。

 

「へぇ~! でも、つむじちゃんがお風呂苦手なんて初めて聞いたわぁ」

「今はもう平気」

「だよね! そんなに豪快に浸かってたら……って、ひゃん!」

 

 徐に漂ってきたつむじの頭を胸で受け止める蜜璃は、内心「可愛いわぁ!」と歓喜しながら、温泉を存分に楽しんでいるつむじの喉元を撫で始める。

 その光景はまさしく猫と戯れる者そのもの。

 “隠”の間では「ゲスメガネの天敵」として知られているつむじが、こうして蜜璃と友好を深めるようになった経緯は、まず一年以上前に遡ることになる。

 

 炎柱・煉獄杏寿郎の下、継子として稽古をつけてもらっていたつむじ(と、他二名)。

 そこへ他ならぬ輝哉の推薦の下に継子として紹介されたのが蜜璃であった。

 見合いが破談したというきっかけで鬼殺隊の門を叩くことになった彼女は、最終選別を受けるまで、煉獄邸にてつむじ達と同棲していたのだ。

 その間、半分男所帯であった煉獄邸にやって来た蜜璃は、同性のつむじと特に打ち解け、柱となり後輩にも拘わらず上司になった今も、対等な友人として交友を持っている訳だった。

 

 もっとも、傍から見ればつむじが蜜璃に懐柔されているようにしか見えないというのが、同期である男二人の弁である。

 

 閑話休題。

 

「ねえ、二人はどれくらい里に滞在するの?」

 

 つむじを撫でる蜜璃が問いかければ、普段夜会巻きにしている髪を下したしのぶが、湿った髪束を指先で弄びながら応えた。

 

「刀打ち終わるまで」

「そっか! しのぶちゃんは?」

「私は明後日には発つ予定ですよ。たしか甘露寺さんも鉄珍様の刀を打ってもらっているんでしたよね?」

「うん、そうだよー!」

 

 鉄珍とは刀鍛冶の里の長である老爺のことだ。

 その刀鍛冶の腕は勿論高く、時には刀と呼ぶのも疑わしい特異な形状の日輪刀を打つことさえある。

そんな彼に日輪刀を打ってもらっているしのぶと蜜璃だが、余りにも特異な形状の刀を用いていることから、刀を打ち直してもらう度に調整の名目で刀鍛冶の里を訪れていた。

 

今回はちょうどそれと機を同じくして、つむじも里にやってきたという訳だ。

 

「つむじちゃんは?」

「ん?」

「刀鍛冶、誰にお願いしてるのかなぁって!」

「んん……鉄火松って人」

「鉄火松さん? うーん、私は聞いたことないなぁ」

「私の暗剣とか作ってくれてる」

「暗剣」

 

 つむじの言葉を蜜璃が口に出して反芻すれば、

 

「あ、私もですよ」

「しのぶちゃんもなの!?」

 

 まさか女友達の口から暗剣などと物騒な言葉が出るとは―――そして同じ刀鍛冶に打ってもらっているとは思わなかった蜜璃は愕然とする。

 

「女の隊員って暗剣作ってもらうのが普通なのかしら……!?」

 

 「私の隊服があれだったし」と蜜璃が慌てていれば、「そんなことないですよ」としのぶが落ち着かせつつ、問題の隊服に言及する。

 

「寧ろどうしていつまでもあの隊服を着てるんですか。新しく作り直してもらえばいいのに」

「えぇ!? で、でも、折角作ってもらったって思うと捨てるのが忍びなくて……」

「わざわざ着ていたら相手が調子に乗ります。東雲さん。貴方が前田さんに破廉恥な隊服を渡された時にどうしたか甘露寺さんに教えてあげて下さい」

「ヒラヒラが気に入らなかったからそいつの服を剥いで奪った」

「つむじちゃーん!!?」

 

 初耳かつ衝撃的な内容に、これまた蜜璃は驚愕した。

 ちなみに、その後つむじに身包みを剥がされた前田は、つむじに着させるために繕った煩悩丸出しの隊服を自分で着る嵌めになり、同じ“隠”の同僚に汚物を見るような目を向けられるようになったとかならなかったとか。

 無論、それ以降前田がつむじに繕う隊服は普通の物になった。

 しかし、三人の中で最も後から入隊した蜜璃に彼の毒牙がかかっているとなると、まだ懲りていないのは明白。

 

「やはりカナヲに油とマッチは持たせておいて正解のようですね」

「刀の方がいい。刻んで済む」

「ああ、()()()()()を。なるほど、去勢すれば手っ取り早いですね」

「ん」

「しのぶちゃん!? つむじちゃん!? どっちも過激だよぉー!!」

 

 (したた)か過ぎる友人二名を前にし、蜜璃は戦慄せざるを得なかった。

 

 と、日頃の不満や疲れを熱いお湯でさっぱりと流し終えた後は、待望の食事の時間である。

 

「う~ん! とっても美味しいわぁ! 何杯でも食べられちゃいそう!」

「……いつ見ても凄い食べっぷりですね」

 

 平均的な食事量を摂るしのぶの横では、蜜璃が力士の食事後の如き空になった器の山を築き上げていた。

 そう、蜜璃は途轍もない健啖家であった。白飯を十杯食べる杏寿郎よりも食べるのだ。

 

「え、そうかな? これでもほんのちょっぴり遠慮してるつもりだったんだけれど……」

 

 しかし、まだまだ本領は発揮されていない様子。

 次元の違う食事量に遠くを見つめるような瞳を浮かべるしのぶは、フッと口元を緩ませる。

 

「いえ、私はたくさん食べる甘露寺さんが好きですよ」

「しのぶちゃん……!」

 

 ともすると愛の告白に聞こえなくもない言葉に、蜜璃は頬を紅潮させた。

 すると横から、

 

「蜜璃の大食らいは今に始まったことじゃない」

「ゔっ」

「東雲さん。もう少し歯に衣を着せてくれませんか?」

 

 つむじの遠慮ない物言いに蜜璃が咽る。

 これには流石にしのぶもつむじを窘めたが、彼女は意に介していない様子だ。

 

「わざわざ嘘を吐くことでもない」

「言い方大事ですよ? 言い方」

「だ、大丈夫。そうピリピリしないで、二人とも。私全然気にしてないから」

 

 若干剣呑な雰囲気になる場に、慌てて蜜璃が止めに入る。が、彼女の手に持つ箸は止まったままだ。

 ここで、不思議そうに首を傾げるつむじが言い放った。

 

「別にいつも通りの蜜璃でいいって意味で言った」

「え?」

 

 思わぬ言葉に口元を手で覆い隠す蜜璃。

 そう、決してつむじは彼女を貶めるつもりで先の大食らい云々を言い放ったのではない。

 ありのままの自分で居ればいい―――当人としては、そう伝えたかっただけなのだ。

 

「つむじちゃん……! そうよね! ほんのちょっぴり遠慮しちゃってたけれど、いつも通りたくさんお腹いっぱい食べちゃおうっと! そうだもん、こんな私でも認めてもらえるようにって鬼殺隊に入ったんだから、わざわざ自分を取り繕わなくても大丈夫よね!」

「……まあ、甘露寺さんがそう言うのであれば構いませんが。それでも東雲さん、言い方を考えなきゃ不用意に他人を傷つけたりすることもあるんですからねっ!」

「気を付ける」

「よろしい」

 

 素直かつ正直であるのがつむじの良いところだ。ふぅ、と一息吐いたしのぶは心底そう思った。

 これで是が非でも自分を曲げない頑固者であったならば、今日という日まで何度衝突したことか分からないだろう。

 

「私はありのままのつむじちゃんが好きよぉー!」

「ん」

 

 しのぶがあれこれ考えを巡らせている横では、蜜璃がつむじに一方的な熱い抱擁を交わしていた。

 その光景を見ていたしのぶはと言えば、

 

(ありのまま……か。ありのままの私を好いてくれる人なんているのかしら)

 

 姉・カナエと違い、刺々しい態度を改められない自分の性格を好いてくれる好事家など居るだろうか?

 居たとしても、逆に自分がその人物を好きになれるかどうかなど、()()()()()とやらを掴むのには中々の壁があるように思えて仕方がない。

 

(はぁ……どこかに手間もかからず頼り甲斐のある殿方でも居ればいいんだけれど)

 

 半ば無理だと諦めているしのぶは、他人の素敵な部分に逐一ときめいてしまう蜜璃を羨ましく思うのだった。

 

 それからも三人は他愛のない会話に花を咲かせる。

 

「この前つむじちゃんに化粧してあげたの。そしたら、それ見た燎太郎くんが顔真っ赤にしちゃってね!」

「結構初心なところあるんですね、彼」

「面白かったからまたやって、蜜璃」

 

 等と、話題の種は尽きない。

 だが、そろそろ腹ごなしも済んで眠気が訪れた頃を見計らい、三人はようやく床についたのであった。

 

 程なくしてしのぶと蜜璃の穏やかな寝息が聞こえてくるが、つむじはその限りではない。

 所謂、まだ体力が有り余っている状態だからだ。寝付こうにも中々寝付けない。

 とは言え、することもないのだから、ボーっと天井を見つめ、ひたすらに夢の世界に誘われる時を待つしかできない。

 

『―――いいかい、つむじ』

 

 ようやく微睡みを覚え始めた頃、不意に声が脳裏を過る。

 それは自分を地獄の底から引き揚げた恩人の声。鈴の音のように凛とした心地よさを感じさせる輝哉のものだった。

 彼の声を思い出すと、不思議なほどに心が落ち着く。

 

『君はまだ世界がどういうものかを知らない。勿論私も全てを知っている訳じゃないけれど。でも、私からつむじに大切にしてほしいことを教えるよ』

 

 今でも()()は心に留めている。

 

『真実だけを口にすること。そうだね……世の中は自分をよく見せようと嘘を吐く人が居るけれど、それは余りにも拙い真似だ。そして虚実で築き上げられた己という人物像がいつ崩れ去ってしまうかと怯えなければならない。だからね、嘘を吐きさえしなければ不必要に怯えずに済むし、自分が吐いた嘘をわざわざ覚えずに済む。たったそれだけのことで、案外心にゆとりができるものさ』

 

 敬愛する輝哉の言葉だからこそ、今まで従ってきた。

 凡そ他人に話さない方がいい過去も偽ることなく語り、時には怯えた目や化け物を見るような目で見られることもあった。

 しかし、得たものも確かにある。

 人を殺したような過去を背負っていても、ありのままの自分を受け入れてくれる者の数々。

 

 凛はどんな時も相手を慮ってくれる。

 燎太郎はなんだかんだ面倒見がいい。

 しのぶは小言を漏らしながらも治療してくれる。

 カナエはひたすらに可愛がってくれた。

 杏寿郎は文句を言わずに稽古に付き合ってくれる。

 蜜璃はたくさんの美味しい食べ物をご馳走してくれた。

 

(―――あ)

 

 流は、もう居ない。

 その現実を思い知らされた瞬間、意識は深い闇の中へと落ちていく。どこまでもどこまでも深く。現実から意識が解き放たれる夢の世界へ誘われたつむじは、せめて夢の中では幸せであれるようにと祈った―――が、

 

(幸せって……なんだろう)

 

 過去に鬼と揶揄されるほどの悪行を働きながらも、こうして人としての感性を得ていく中で浮かび上がった疑問を胸に、つむじは眠りにつくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 明朝。どこからともなく鉄を打つ音に起こされた三人は朝餉を済ませた後、各々の日輪刀を担当している刀鍛冶の下へと向かっていった。

 つむじの日輪刀を打つのは、鉄火松と言う名の青年だ。

 

「調子どう?」

「いやはや、東雲さん。いつも通りっスね。あ、いつも通りっつってもしっかり刀は良い感じに仕上げるんで安心してください」

「ん」

 

 と、今の会話から分かる通り飄々とした印象の刀鍛冶である。

 だが、その一方で過去には鬼殺隊に入り、鬼と戦った経験もあるという、刀鍛冶の里出身の者にしては珍しい経緯を持っていた。

 早々に足に怪我を負って引退してからは、刀鍛冶の家に生まれた者らしく日輪刀を打っている訳だが、数少ない現場で経験を積んだ者らしく、刀以外で戦いの役に立つ小道具を作っているという、手先が器用な一面を有している。

つまり、暗剣などを多用しているつむじの担当にはもってこいという訳だ。

 

「いやぁ~、東雲さんの担当になれてアタシも鼻が高いっスよ」

「なんで?」

「なんでって……そりゃあ継子さんの刀打ってるんスから。うちの里じゃ、実力のある剣士の刀打てるってことを誉れにしてる人も少なくないスし」

「ふーん……」

「ま、東雲さんはそういう地位だりなんだりは気にしなさそうな人に見えますし、だからなんだって感じでしょうがね」

「それより」

「はい?」

 

 話の流れなどなんのそのととある物体を指さすつむじ。

 

()()なに?」

「おおっ、()()に目をつけるとはお目が高い! ちょいと待ってくださいね、持ってきますから」

 

 そう言って部屋の奥に立てかけられていた物体を持ってきた鉄火松。

 彼の手には重厚な鉄の筒が二本水平に並び、そこから引き金のついた持ち手が伸びている―――所謂、銃に似た代物が握られていた。

 

「これは散弾銃っスね。もっと詳しく言えば、水平二連銃って種類のっス」

「さんだんじゅう」

「そっス。外国から輸入されてきたモンをアタシが仕入れてきて弄ってるんスよ」

「鬼を殺すのに使えるの?」

「使えるよう弄ってる段階が今っスね」

「ふーん」

 

 傍から聞けば興味がなさそうな受け答えに見えるが、刀鍛冶としてそれなりに付き合いの長い鉄火松からすれば、彼女の声音が散弾銃に興味を惹かれていることがひしひしと伝わってきていた。

 

「気になるっスか?」

「ん」

「じゃあ、是非ともお手に取ってみてください」

 

 言われるがまま、散弾銃を受け取ったつむじ。

 銃把(じゅうは)を握り、ズシリと腕にのしかかる重みを感じ取る彼女は、しばらくあちこちへ銃口を向ける等、取り回しの挙動を確認していた。

 と、その途中で急に眉間に皺が寄る。

 

「……どう使うの?」

「ありゃ。もしかして銃見るの初めてっスか?」

「ん」

「それじゃあ分からないっスよね。そのー、引き金を引くとですね、その先っぽの穴から弾が出てくる―――」

「ふーん」

 

 と、引き金を引くつむじ。

 刹那、撃鉄の音が轟いて弾丸が銃身から飛び出る―――

 

「―――ことのないように、まだ弾は込めてないんスけどね」

「んんっ」

 

 不用意に引き金を引かれて大事になったら大変だという鉄火松の先見の明が光り輝いた瞬間であった。

 

「普通の人間だったら腕なんて簡単に吹き飛んじゃう威力っスからね。東雲さん、くれぐれも人に向けちゃ駄目っスよ」

「分かった」

「と、ホントならすぐさま渡したい所なんスけど、まだ試作段階でして……」

「どこらへんが?」

「弾っスよ、弾。鬼に普通の鉛弾ぶち込んでも倒せないっスから」

 

 通常、銃に用いる弾丸の素材には鉛が用いられることが多い。

 しかし、鬼殺隊では周知の事実であるように、鬼は日輪刀―――延いては、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた武器で頚を絶たねば絶命させるに至らない。

 鬼を殺せる銃となれば、弾丸に用いる素材は猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が望ましい。

 とは言えども、本来刀に用いる素材を弾丸の形にするというのは中々難儀なことになる。それこそ刀鍛冶とも別の手先の器用さが必要になってくる訳であり、

 

「ちょうど今、仕入れて来た猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で弾作ってる最中っス」

「どれくらいかかるの?」

「んー、そうっスねー。一週間もあればできるかと」

「できたら銃くれる?」

「いやぁー、清々しい。んまあ、東雲さんの為に仕入れて来た物なんでもったいぶる必要もないんスけれどね」

 

 人によれば厚かましい口振りに聞こえなくもない発言であるが、鉄火松が誂えようとしている散弾銃は、元より彼女にと仕入れ、調整を加えているものだった。

 数百年もの間鬼と戦ってきた鬼殺隊では、当然の如く鬼とは刀で戦うものだという認知が定着してしまっている。

 しかし、なにも刀だけで戦う必要はないではないか。その他の道具も駆使し、結果的に被害を抑えて鬼を倒せれば万々歳であるのに、なぜにそこまで刀に固執するのか―――鉄火松はそう考えていた。

 

「どうっスか? その銃……言うなれば日輪銃、試し撃ちしてみますか?」

「? 弾ないんでしょ?」

「普通の鉛弾ならたくさんあるっスよ」

 

 「ほら」と戸棚の中から数多の弾丸を取り出してきた鉄火松は、被っているひょっとこの面の奥から笑い声を響かせ、こう続けた。

 

「ささっ! アタシお手製の射撃場に案内しますんで!」

「ん」

 

 やや高揚した様子の鉄火松に連れられたつむじが案内されたのは、射撃場と呼ぶにはお粗末な開けた林の中であった。

 そこに立ち並ぶ木々のいくつかに、本来は弓道で用いる的が括りつけられている。

 なるほど、そこを狙えばいいのかと察したつむじは、鉄火松から装填に際しての注意事項を傍で教えられながら、たどたどしい手つきで弾丸を込めていく。

 

「これでいいの?」

「はい、大丈夫っス。そんじゃあ気張っていきましょう!」

「ん」

 

 言われるがまま、狙いをすませるつむじ。

 自然と片目を細め、感覚で的の真ん中を撃ち抜くよう構えた彼女は、そのまま引き金を引いた。

 躊躇いもなく引き金を引かれた銃は、撃鉄の音を轟かせ、銃口から二つの弾丸を奔らせる。

 一瞬の間に宙を疾走していく弾丸は、そのまま的を貫く―――ことはなく、狙いよりかなり上の木の幹に命中した。

 

「……」

「あちゃー。まあ、最初はそんなモンですよ」

「次は当てる」

 

 発砲の反動で狙いを逸れた事実を省みたつむじは、その怜悧な瞳の奥に猛々しいやる気の炎を灯し、せっせと弾丸の装填に勤しむ。

 一度目よりも大分早く弾を込め終えたつむじは、今度こそはと狙いをすませ、改めて引き金を引いた。

 

 再び轟く轟音。

 すると弾丸は、今度は明後日の方向ではなく、括りつけられていた的の木枠を掠めるような軌道を描いた。

 爆ぜる木っ端が宙を舞う。これには鉄火松の感嘆の息を漏らした。

 

「おお! いい感じっスね! 次撃ったらもう当たるんじゃないスか!?」

 

 と、鉄火松が興奮している様子を横に、つむじはさっさと弾丸を込めていた。

 三度目にして大分手慣れてきた様子。

 装填してから銃を構える姿もそれなりに様になってきた。

 

「―――っ!」

 

 カッと目が見開かれると同時に、引き金も引かれた。

 銃口から爆ぜる光にも目が慣れ、腕にかかる射撃の反動についても体が覚えている。

 狙いはブレることなく、空を斬り裂くようにして突き進む弾丸は、見事的のど真ん中を貫いた。

 飛散する木っ端に加え、銃口辺りから漂う硝煙の臭いが混ざり、辺りには何とも言えない臭いが立ち込める。

 

「おぉ……!」

 

 その一部始終を目の当たりにしていた鉄火松は、感極まった様子でつむじに駆け寄って来た。

 

「凄いっスね、東雲さん! 射撃の才能ありありですよ!」

「ん……」

「あら? どうかしたんスか?」

 

 興奮する鉄火松の一方で、当のつむじは余り喜んでいるような様子ではなかった。

 熟考している様子のつむじに、何事かと首を傾げて「なにか問題でも?」と恐る恐る問いかける鉄火松に対し、彼女はこう応える。

 

「装填に時間がかかる」

「それは……まあ銃の宿命というべきか……」

 

 つむじが訴えるのは、発砲から装填までの()だ。

 超人的な身体能力を有する鬼に対し、隙は一分たりとも見せない方が賢明である。

 そうした観点から見た場合、散弾銃は威力こそ十分であれど、いちいち装填の為に隙だらけになるのはいただけない。

 一瞬の隙が命取り。そうして死んだ鬼狩りはごまんと居る。

 となれば、一発外したら装填のために手間取らなければならない銃よりも、刀で戦った方がいいのではなかろうか?

 

 暗にそう訴えるつむじ。

 だが、鉄火松もまた唸るような声を漏らして考え込んだ後、重々しいため息を吐いて面を上げた。

 

「なにも銃だけで戦ってほしいっつー訳じゃないスから。()()()使()()()()()()。そんな感じの気概でアタシはこれを実戦に耐えられるよう弄ってます」

「ん」

「東雲さんにはピンとこないかもしれないっスけど、皆が皆鬼の頚を斬れるくらいに剣の腕がある訳じゃないス。アタシも一時期鬼殺隊に勤めてたから分かるっスけど、襲って来る鬼に()が立たないなんてザラでした」

 

 自分たちの努力を嘲笑うように立ち塞がる鬼。

 下級の鬼こそ命からがら倒せた鉄火松であったが、ほんの僅か格が上の鬼が現れるだけで、まるで戦いにならなかった。

 結果、鉄火松はとても戦いに戻れない怪我を足に負って引退したのだ。

 それがトラウマであり、今、こうして鬼との戦闘に役立つ小道具を作ろうと思い至った彼だからこそ、胸に抱いている意志があった。

 

「アタシは臆病者っス。最初は刀鍛冶に向いちゃいないって逃げて、それで鬼殺隊になっては鬼から死にかけながら逃げて……結局刀鍛冶になった訳っスけど、臆病者なりにできることがあるんじゃあないかって思ってるんスよ」

「例えば?」

()()()()()()()()。そう思うと不安で仕方ないんス。だから、もっと色んな手を持っていれば鬼との戦いにも安心して挑める。東雲さんに作った暗剣も、きっと役に立ってるはずっスよね?」

「ん」

「よかった。それなら報われるってモンっスよ。……そんな風に臆病者のアタシがひいこら考えて作った物が鬼殺隊の皆さんの役に立てるならって、あれこれ思索を巡らせて……」

 

 「昔から細かい作業は好きでしたから」と続ける鉄火松は、決してつむじには見えないが、面の奥で柔和な笑みを浮かべた。

 

「んまあ、今だからこそ言うっスけど、一度鬼殺隊になってよかったっス。そうじゃなきゃ、アタシは一生()()()()()の臆病者でしたから」

 

 鬼の恐ろしさを思い出せば、今でも足の傷が疼き、膝がガクガクと震える。

 それでも、それでもだ。今も尚、命を賭して鬼と戦う鬼狩りたちを想えば、不思議と脚の震えも止まるのだ。

 止まってはならないと―――気が付いたのだ。

 

「んでも、臆病者でも進もうとする勇気があるんなら何か少しでも変えられる……そんな気がするんス。アタシの努力が鬼殺の新たな可能性を少しでも拓けたら……」

「……」

「って、一介の刀鍛冶が偉そうな口叩いてすんません! つまらない話を―――」

「ううん」

「……え?」

 

 恥ずかしそうにする鉄火松であったが、己の話に対する自虐を否定され、思わず唖然としてしまう。

 彼の瞳には、大分手に馴染んできた銃の銃身を肩に担ぐようにするつむじが、こちらを真っすぐな―――それはもう曇りのない青空の如き澄んだ瞳で見据えている姿が映った。

 

「興味が湧いてきた」

「興味……っスか?」

「貴方は私の刀鍛冶。貴方が可能性を指し示すなら……」

 

 刹那、俊敏な動きで弾丸の装填を開始するつむじ。

 そこには最早手間取る気配など一向になく、流れるような手つきであっという間に弾丸が込められた銃身が、元通りの形へと戻った。

 やおら狙いをすませるつむじ。そのまま銃口から放たれた弾丸は、真っすぐ宙を疾走していき、すでに木っ端になる寸前であった的に直撃し、案の定的は原型を留めることなく四散した。

 

 思わず見とれてしまうほどの流麗な動きだった。

 そんな光景に目を奪われる鉄火松に対し、銃口から立ち上る煙をフッと吹き飛ばすつむじが、平然と、そしてさも当然と言わんばかりに言い放った。

 

「……私の力で知らしめる」

 

 傲慢などではない。

 固い決意だ。

 

「東雲さん……!」

「……でも、色々と口は出すから」

「望むところっスよ! こういうのは現場の方々の意見が大事っスから! ぜひぜひ!」

 

 しのぶが開発した藤の毒とは別に、新たな鬼殺の道を拓くかもしれない武器―――日輪銃の開発は、今まさに鉄火松だけでなく、つむじも含めた二人三脚で進むことになった。

 

 今日もまた、健やかな風に吹かれて流れる雲の隙間から、煌々と光り輝く日輪の光が里に降り注ぐ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 日差しさえも遮る桃色の雲が空に流れる。

 この世のものとは思えぬ空模様の下、死人のような青い顔色で彷徨い歩く人々もまた、とても生者には見えぬ様相だ。

 

 それ以外は至って普通の村の風景だが、当の彼等が目の当たりにしていたのは酒池肉林。

 まさに、苦難が絶え間なく降りかかって来る現世における最後の桃源郷。

 鼠をたんまりと脂の乗った豚肉と信じて疑わず貪り、地面に溜まっている泥水を酒だと思っては浴びるように飲む。

 

「さあ、もっと騒げよ」

 

 その狂宴の坩堝の中央に佇むのは、いかにも病んだ血色の悪い顔を引きつらせるようにして微笑む鬼。

 やせぎすな体はあばら骨が浮き出ており、ほんの少しぶつかっただけで枯れ木の如く容易く折れてしまいそうな危うさを孕んだ男のようにも見える。

 汚れた着流しから頭が蕩けそうな甘美な香りを迸らせる彼は、爪先同士をつま弾かせて火花を散らし、携えていた煙管に火をつけた。

 

 すると、其処彼処(そこかしこ)で楽しんでいた者達が、こぞって鬼の下に駆け寄って来る。

 狂ったように求めるのは立ち上る桃色の煙。

 それを我先にと求める群衆の醜悪で無様な姿を肴に、鬼は腰に下げていた瓢箪の中身―――腐った血を煽っては哀れんだような目を群がる者達に向ける。

 

「この世は辛いことが多いだろう悲しいことが多いだろう。だが安心しろよ。おれがそんな苦難から逃れさせてやる」

 

 煙管から桃色の煙を立ち上らせる鬼は、クツクツと痰が混じったような笑い声を漏らす。

 

「もっと吸えよ。酔えよ。おれの下に居れば一生醒めない夢が見られるぞ。夢ならば全てが自由だ。飽きるまで酒を飲むのも。果てるまで女を抱くのも。脚を失くした奴でも虚像の足で天まで高く昇ることもできるだろう」

 

 吹き付ける風でさえも払いのことのできない桃色の暗雲は、未だ陽光を遮っている。

 

「鬼も人も関係ない……酔生夢死の一生、共に死ぬまで愉しもうぜ……!」

 

 まだ空は晴れない。

 

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