鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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拾捌.疾風怒濤

「そう無理に頑張るな。泣けてくるぜ」

 

 黙れ。

 

「愉しい夢を見せてやろうと言っているんだ。何をそう嫌がる?」

 

 何様だ。

 

「おれはただ、皆を救ってやりたい一心なのに……」

 

 迷惑なだけだ。

 

「―――しっ!!」

「っと、危ない」

 

 空を斬る一閃。

 それを寸前で煙に巻いて回避する芙蓉。三丈先が見えぬ視界の悪さの中では、少し離れられるだけで相手の姿が見えなくなってしまう。

 

「チッ!」

「煩わしいか? だがおれもお前の為を想ってやっているんだ。そう邪険にするなよ」

「五月蠅いなぁ……」

 

 思わず語気が荒くなるつむじは、ぬらりくらりと回避に徹する芙蓉へと肉迫する。

 しかし、近づいて斬撃を繰り出したところで、煙の影響で朦朧とする意識の中、芙蓉の予測不可能な―――それこそ酔っ払いのように規則性のない動きを捉えることは難しかった。

 

 これも空ぶる。

 クツクツと嗤う芙蓉の声が煙の中に反響する。

 

「愛い、愛いなぁ。人とは本当に愛い。だからこそ哀れだ。多々ある受難を齎される人生の中では、苦難を乗り越えることを美徳とする価値観を持たなければやっていけないのだろう」

「さっきからベラベラベラベラ……舌を捥ぎ取られたい?」

「怒っているのか? いや、構わない。その怒りもまたお前の人らしさだ。おれは否定しない。お前の全てを認めよう。お前という存在を受け入れよう。おれの作る桃源郷は何人も拒まないからな」

 

 得意げに芙蓉は謳う。

 この麻薬の煙を桃源郷と疑わず、他人を一方的に痴れさせることを救済と疑わず、狂った人々が見る幻覚を幸せな夢と疑わず、歪んだ善性を辺りに振り撒く。

 

「気持ち悪い……本当に気持ち悪い。なんでお前みたいな奴が生きてるの? この世って不思議」

「案ずるな。世界とはそういうものだ。自分の価値観にそぐわない者は一定数存在する。だからこそ、理解を拒もうとする他人を排他するのではなく、少しでも共有できる多幸感を教えることじゃないのか?」

「別に知りたくもないし。この臭い煙の虜になるくらいだったら死ぬ」

「嗚呼……無知ほど残酷なことはない。本来享受できる幸せを感じ取れぬまま死ぬなんて、おれにそんな悲しい真似をさせないでくれ。頼むから自害なんて悲しいことするなよ。命は尊い。有意義に使え」

 

―――すでに酔い始めていることは否定できない。

 

 必要最低限しか喋らないつむじは、この麻薬の煙の中で戦っていく中、次第に頭を蝕まれていた。

 しかし、その影響はまだ“饒舌になる”くらいしか発現していない。

 さながら喋り上戸の如く、今のつむじは舌が回る。

 それこそ普段であれば、思いこそすれど口には出さないことまで話してしまいそうな程に。

 

「知った風な口利かないで。腹が立つから」

 

 血走った目を浮かべ、殺意をむき出しにするつむじは言う。

 

「鬼狩りは悲しい過去があるって言ってたけど、なんで害獣駆除に悲しい過去が必要なの?」

 

 怒りも。

 

「愉しい夢を見させてやるって言ってたけど、お前達の所為で夜もうかうか眠れないんだけど?」

 

 蔑みも。

 

「そもそも愉しい夢って何? 他人に見せられるものじゃない。私が見るものじゃないの?」

 

 疑問も。

 

「たとえ他人に見せられたとしても、それは絶対お前なんかじゃない」

 

 確信も。

 

「私に幸せなのを見せてくれるのは……凛や燎太郎達だけ。会ったばかりで私の幸せを分かったつもりになるな。無遠慮って言うんだぞ、そういうの。これだから酔っ払いって面倒くさい」

 

 胸中に抱いていた信頼を吐き出したつむじは、より鋭くなった眼光を芙蓉へと向ける。―――最後、同居している師範の父親について言及したが、それはさておき。

 

「分かった? つまり、お前邪魔。さっさと死んで」

「……なんて、なんて悲しい奴なんだ。他人に死を要求するなんて」

「お前が散々私のことイラつかせたからって分からない? 頭の中蕩けて鈍感になってるの?」

 

 矢継ぎ早に言い放たれる罵詈雑言の嵐。

知り合いが見れば驚愕すること間違いなしの姿であるが、そんな彼女を前にしても芙蓉はけだるげな様を崩さない。

 

「鈍感に……か。確かにそうだ。酔い痴れているとは鈍感であることに等しい。だが、おれの血鬼術は如何なる苦難も感じず、快楽だけを享受する……そうあるべきだと頭に教え込む」

 

 血鬼術 夢死遊生(むしゆうせい)

 

 それが芙蓉の血鬼術の名。体から放つ麻薬の煙が人々を蝕み、一生夢を見ているかのようなぼんやりとした死を迎えさせる。それこそが救い。激動の人生など必要ない。ただ漠然と安寧な一生を過ごせればいいと考え至った芙蓉を体現する術だ。

 

「そして酔い痴れている者は、そもそも自分が痴れていることすら分からない。眠りにつく者がその瞬間を自覚しないように……気が付いた時には」

 

 次の瞬間、つむじがガクリと膝から崩れた。

 

「こちら側にお前は居る」

 

 寸前で手を地に着けて体を支えた彼女だが、いよいよ無視できないほどの脱力感が全身に巡っていた。

 じっとりと額に滲む脂汗が流れ落ちる。

 それなりの時間戦っていたこともあり、大量の煙を吸い込んだ所為だろう。

 そんなつむじを見つめる芙蓉は、実に嬉しそうな笑みを湛えて歩み寄って来る。

 

「もうすぐ……もうすぐだ。程なくしてお前は真の意味での幸せを知る。今日まで築き上げられた尊くも矮小な価値観など馬鹿馬鹿しく思えるような……な?」

「―――臭い口閉じなよ」

 

 風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 煙を穿つように駆け抜けるつむじ。

 杏寿郎の下で稽古をつけられた彼女の型は、以前よりも数段洗練された威力を発揮する。それこそ突き進むだけで周囲の空気が捩られる程の鋭さだ。

 

 ところが、それすらも避けるのは流石十二鬼月―――下弦の壱と言ったところだろう。

 ひらりと刺突を紙一重で避けた芙蓉は、張り付いた笑みを浮かべたまま、つむじの背後にぬらりと現れる。

 

「愛いなぁ。お前の抵抗はこごッ」

 

 刹那、轟音が突き抜ける。

 同時に何か話そうとしていた芙蓉の口が―――正確には下あごがぐちゃぐちゃに吹き飛んでいた。湧き水のように溢れ出すどす黒い血は、彼が着ている着物をみるみるうちに赤く汚していく。

もっとも、元々汚れていたのだから大差はないだろうが―――そこにつむじが意識をしていれば口にしていただろうが、生憎彼女の()が捉えていたのはもっと生産的な部分だ。

 

「後ろ取るの好きだよね、お前」

「がぼっ……あ゛、あ゛ぁ……」

 

 芙蓉の血に染まる瞳が捉えたのは、彼自身が放つ煙ともまた違う煙を立ち上らせる銃口。

 そう、日輪銃だ。

 ここまでの戦闘の間、芙蓉の立ち回りの規則性を見出したつむじがわざと(けしか)けるように型を繰り出し、その陰で背後に来るであろう芙蓉に狙いをすませていたのだ。

 

 まんまと引っかかった鬼に、彼女は憮然と言い放つ。

 

「馬鹿の一つ覚えみたい」

「ん、ん゛んっ……!」

 

 顎を撃ち抜かれ、よたよたと後退する芙蓉。頚こそ吹き飛んでいないが、大きな傷を負った彼は焦燥した様子を覗かせる―――こともなく、まだ皮が再生しておらず歯茎がむき出しになっている口を歪な形に吊り上げた。

 

「いじらしいことだッ……夢見心地でも尚抗うとは……子供が薬を苦いと嫌がる微笑ましさを覚えるぞ」

「論外。お前の薬は誰も治せない。誰も幸せにしない。誰の役にも立たない」

 

 弾を込める時間が惜しい―――今は少しでも身軽になりたい。

 それら二つの解として日輪銃を投げ捨てる。鉄火松には申し訳ないと思いつつ、死に物狂いで作り出した好機を逃さんと跪坐姿をとるや否や、地面を蹴り爆発的な加速をつけて走り出す。

 

 疾風の如く、刃が奔る。

 

 

 

 風の呼吸 拾ノ型 疾駆狂飆(しっくきょうひょう)

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

 防御の為に突き出した右腕が縦に裂ける。

 一拍遅れて吹き抜ける風。その向かった先を追うかの如く、弾かれるように振り向けば、今度は視界が暗転した。

 

 目に突き抜ける痛みを受け、咄嗟に後退した芙蓉。

 だが、今度は膝に同様の痛みが突き刺さった。

 その間、僅かながら再生した視界で覗いた彼が見たものは、左手に指の間に暗剣を挟むつむじの姿。

 

「器用だなッ」

 

 彼を怯ませたのはつむじの暗剣であった。

 麻薬の煙で意識が朦朧とする中でも、ここ一番の正念場で常軌を逸した集中力を以て狙いを外さない。それが東雲つむじという鬼狩りの凄まじさであり、「鬼」と揶揄された由縁でもある。

 だが、怒涛の連撃は終わらない。

 疾駆狂飆はつむじが考案した彼女だけの型。刀、暗剣、銃―――あらゆる武器と手段を用い、相手を逃がさぬよう周囲に張り付いて大嵐の如き猛攻を叩き込むのである。

 

 旋風は過ぎ去らない。明日の夜明けを見る邪魔をする鬼を駆逐するまでは。

 

「―――ッ!!!」

 

 髪を振り乱し、仲間から贈り物としてもらった髪紐が外れるのも厭わず、芙蓉の周りを駆け巡っては刃を振るう。

 

「ぎッ!」

 

 左手が舞う。

 

「ん゛ぐッ!」

 

 右足が転がる。

 

「ふッ!」

 

 斬り開かれた腹から腸が溢れる。

 

「くひッ!」

 

 目玉に突き刺さった暗剣が蹴り飛ばされる衝撃で、肉が幾らか付着したままの目玉が転がり落ちる。

 

「くはは、ばッ!」

 

 漏れる笑い声を黙らせるように喉笛に刃が滑り込む。

 

 十二鬼月の再生速度を以てしても間に合わぬ猛攻を受けても尚、芙蓉の笑みは崩れない。

 彼は頚を斬られぬよう限限(ぎりぎり)の攻防を制し、なんとか命を繋いでいた。

 彼にしてみれば、あくまで目的は人を救済すること―――現世の苦しみに悶える者達を麻薬の煙に溺れさせることだ。殺人自体は目的ではなく、鬼狩りを倒すのも時間さえ稼げればどうとでもなる。前任の下弦の壱も風の呼吸の使い手―――現風柱に滅殺されたが、致命傷を避ける立ち回りだけで言えば、芙蓉は前任をはるかに上回る。

 

「殺されて……なるものかッ、なぁ!? 安心しろ! おれはお前を人殺しになどさせない! 死なない! 桃源郷で夢を見る者達の為にも死ねんのだ!」

「いや、死んでよ」

 

 尊大な救世心が為に生き永らえようとする芙蓉と、そんな彼を殺さんと刀を振るうつむじ。

 果たして常人から見て鬼であるのはどちらであろうか?

 いや、この光景こそ彼女が追い求めていたもの。過去に「鬼」と呼ばれ、育手にも「鬼になれ」と伝えられた彼女がようやく至った境地。

 

 鬼人が如き戦いぶりこそが望み。鬼さえ恐れ戦慄く程の。

 

 (ころ)す。(ころ)す。死な(ころ)す。

 

 是が非でも、

 

「ぶっ殺す」

 

 持っていた暗剣を使い果たし、糸を通す穴程度だった隙を、確実に頚を斬り飛ばせる懐まで入り込める好機に至らせたつむじが、穏やかでない言葉を吐きだして腕に力を込める。

 死の予感が芙蓉の脳裏に過った。

 ならん。それだけはならん。思考ではなく本能が警鐘を鳴らす。

 その瞬間、芙蓉の全身にハスの花托を彷彿とさせる穴が無数に開く。

 

 

 

 血鬼術 不語仙曼荼羅(ふごせんまんだら)

 

 

 

 芙蓉の全身の穴から、濃い桃色の煙が解き放たれた。

 その勢いは凄まじく、確実に頚を斬るだろうという間合いに居たつむじの体を無理やり吹き飛ばす。

 芙蓉からすれば間一髪。

 しかし、これは最終手段に等しい血鬼術だった。

 この術を使って暫くは体から麻薬の煙を放出することができない。まさしく追い詰められたイタチの最後っ屁のような術。

 

 けれども、敵としては麻薬の煙を至近距離で喰らうハメになるのだから馬鹿にはできない。

 

「ッ……!」

 

 吹き飛ばされた先でなんとか立ち上がるつむじ。

 散々武器を用いても尚、相手の頚を斬れなかった事実を前にして不服していると言わんばかりに顔を歪めていた彼女だが、すぐさま距離を取ろうとする芙蓉の下へ向かっていく。

 

 逃がすものか。

 と、そこで聞こえたこの場に居るはずのない男の声。

 

「東雲さん!」

「!」

「弾……込めましたよッ!!」

 

 煙の中から現れた人影。それは鉄火松であった。

 一旦つむじが捨て置いた日輪銃に弾を込めたと訴える彼は、芙蓉を間にしている形で正反対に位置するつむじへ、銃を投げつける。

 

 欲しかった得物に向かうつむじ。

 その間、芙蓉もまた獲物の下へ向かう。

 

「お前はぁ……何をしているッ!? おれたちの夢の邪魔をするな!!」

「ぐぅっ!?」

 

 生えてきたばかりの手で鉄火松の頭部を掴み上げる芙蓉。

 途轍もない握力に掴まれ、頭蓋骨の前にまず着けていた面がメキメキと音を立てて割れていく。

 

「無駄なんだぞ、全ては! 高潔な誇りも! 純粋な愛も! 人の生は夢幻泡影! それを何故分からない!? 有限な時間の中で何故他人の幸せの邪魔をする!?」

「う、ぐッ……!」

「いいか!? 人の世はな! 何も残らない! 何も残せない! 後世で囃し立てられたところで当人の知る由はない! 無駄なんだ! いいか、無駄なんだ!? その儚さを知るならばこそだ! 一生を己の幸福に費やすべきじゃあないのか!?」

 

 数秒もしない内に砕け落ちる面の破片。

けれども、割れた先にあったのは絶望することなく戦う意志を猛々しく灯らせる男の瞳であった。

 次の瞬間、芙蓉の胸に刀が突き立てられる。鉄火松がここに来る間に拾った、鬼殺隊士が落としたと思しき日輪刀だ。それを少しでも鬼に傷をつけられるようにと―――。

 

「無駄なんかじゃあ……ないッ!」

「なにィ……?」

「アンタにアタシの何が分かる!? 他人の物差しで無駄って決めつけられるほど、アタシの人生安かぁないんだ!!」

「……!?」

 

 叫びながら深々と刀身を押し込んでくる鉄火松に、芙蓉の目が見開かれる。

 しかしながら、それは彼の言葉にハッとしたからではない。

 

(風の流れが……煙が薄く……?)

 

 いつの間にか煙が薄くなっている。

 それもかなりの風の勢いだ。この盆地においては、まるで天狗が団扇でも振るったかのように錯覚するような風の流れ。

 ゆっくりと、恐ろしいものを確かめるように振り返る。

 

 そこに広がっていたのは紅蓮の地獄。ついさっきまで滞留していた煙で目に見えなかった、大火の広がりであった。

 村の家屋に火が付いている。ある程度まとまった平屋を焼き尽くす火勢は凄まじく、それこそ上昇気流で悪しき瘴気を天へと昇らせる勢いだ。

 

「馬鹿な……おれの……」

 

「―――やっぱりマッチと油は持っていて正解だったわね。っと、いけないいけない。ついついはしたない口調を……」

「素のしのぶちゃんも可愛い……大胆なところも素敵……」

 

「!」

 

 桃色が転じて黒煙と化した中から現れ出たのは、散開して以降音沙汰がなかったしのぶと蜜璃であった。

 少し煤けた頬を拭うしのぶは、「あっ」と何かに気が付いたように声を上げる。

可憐な、妖艶な、それでいて蠱惑的な笑みを浮かべる彼女は芙蓉に言い放つ。

 

「ご安心を。貴方の言う天人さん方は安全な場所まで運びましたので。火を扱う時は安全第一ですから」

 

 してやった。しのぶの顔はそう言わんばかりのしたり顔であった。

 

 経緯はこうだ。

 つむじと別れて以降、襲って来る村人を気絶させながら打開策を考えていたしのぶは、途中で鎹鴉に案内されてやって来た鉄火松と合流した。

 彼は藤の花の家に住まう子供からもらった猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を用い、予備の日輪銃の弾を作って持ってきたのだ。その鉄鉱石は、昔に鬼殺隊と所縁のある者同士だからと藤の花の香り袋と交換されたお守りの中に入っていた物。

 

 使うことが憚られる経路で得た代物だが、どうか鬼殺隊の役に立ってほしい―――そうした少女の純粋な想いを届けずには居られないとやって来た鉄火松であったが、いざ来てみてしのぶに頼まれた事柄は、家に火をつけ回ってほしいという荒行。

 

 曰く、前田に貰った隊服を燃やした時を思い出した案とのこと。

 家を焼く大きさの炎ならば、村全体を包み込む煙もなんとかできると考えたのだろう。その時のしのぶは、間違いなく昂っていた。しかし、それが現状を打開していることには間違いない。

 

 鉄火松が火をつけ回っている間、しのぶは襲って来る村人の対処と安全な場所まで運搬をし、途中で合流した蜜璃も交え―――そして今に至る。

 

「無駄じゃあ……ない」

 

 茫然自失となる芙蓉に、息も絶え絶えとなっている鉄火松が言い放つ。

 

『お前が鬼殺の剣士になってどうするんだ! お前は刀鍛冶の息子なんだぞ!』

 

『わざわざ貴方がならなくても……ねえ?』

 

『お前はどうして刀を打つ道じゃなくて、持つ道を選んだ?』

 

『そう深く考えなくても大丈夫だ。確かに居るんだ。君のおかげで助かった人々が―――』

 

『助けてくれてありがとう、鬼狩り様!』

 

 走馬燈のように過る数多くの人々、そして思い出。

 己の人生を否定する者が居た一方で、肯定してくれる者が居た。

 どちらでなくとも、感謝してくれた人が居たのは―――決して夢の中の出来事ではない。

 

「事実はッ!! 滅びない!! 永遠だ!! 記憶に残らなくたって、あの瞬間があったことだけは!! 絶対に!!」

「―――!!」

 

 その言葉に正気に戻った芙蓉。

 酔いもさえ、余裕綽々であった彼の面に笑みはなく、ただ目の前の人間を道連れにしようという殺意だけが張り付いている。

 しかし、彼の手が鉄火松の命を捥ぎ取るよりも早く―――それこそしのぶと蜜璃が動く必要がないと断じた程に詰め寄っていたつむじが刃を閃かせた。

 

「さよなら」

 

 大車輪と化し、宙でグルグルと回る頚。

 そこへ引き金を引く音が続けば、大火によって紅蓮に染まる空に血肉の花火が咲いた。

 過剰なまでの追撃を経て間もなく鬼の体が灰燼と化す。

 

 ようやく頭から手が離れた鉄火松は、「ぷはぁ!」と止まっていた呼吸を再開する。緊張の糸が切れた彼は、地面にへたり込み、日輪銃をまじまじと見つめるつむじを見遣った。

 すると、

 

「……改良の余地あり」

「……は、ははっ。そりゃ……腕が鳴りますね」

 

 精一杯の強がりを言い放つ。

この震えは、これからも彼女の要望に応えていく責任感か、はたまた胸の中で高鳴る期待による武者震いか―――今はまだはっきりとしない。

 

 と、場違いな柏手が響く。

 振り返れば、強張った笑顔を浮かべるしのぶが口を開いた。

 

「さて! 鬼を倒したなら、これ以上火勢が広がらないよう消火活動ですよ」

「えぇ!? た、たった四人で……!?」

「……水使う?」

「たははっ、今日は徹夜っスね……」

 

 些か豪快過ぎる打開策に打って出た弊害は、これから一晩中寝ずに消火活動と化す。

 鎹鴉が隠を呼んでくれるだろうが、その間にも最低限山に火が移らぬよう、テキパキ働かなくてはならない。

 不眠不休の戦いが、今まさに始まる。

 

 因みに、

 

 

 

「ありゃド派手な火だったなァ!」

 

 

 

 後に駆け付けた音柱・宇髄天元はそう語った。

 

 ついでにもう一人。

 

 

 

「姉として今後同じような真似をしないようしっかりと叱っておきますので」

 

 

 

 元花柱・胡蝶カナエはそう語った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 下弦の壱・芙蓉の討滅から一週間後、蝶屋敷にて。

 本来休む傷病者の為に静かであるべき医療施設であるが、今日は足音が騒がしい来客が訪れた。

 

「つむじちゃーん! お見舞いに来たよぉー!」

「恋柱様、静かにしてください!」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい……」

 

 入室するや否や、先客に注意されてしょんぼりする蜜璃。今日彼女が訪れた理由は、自分としのぶとは違い、かなりの量の煙を吸ったことから念のために長期休養を取っているつむじの見舞いだ。

 しかし、前述の通り先に部屋で働いていた少女が、柱を前にしても臆することなくぴしゃりと注意してみせた。

 

 彼女の名は神崎アオイ。鬼殺隊士ながら、蝶屋敷にて看護師のような役割を担っているしっかり者の女性だ。駄目なものは駄目とはっきり言って見せる毅然とした態度は、昔のしのぶを彷彿とさせる。

 

「東雲さんなら眠ってますので」

「あちゃあ……そっかぁ」

「すぴすぴ……」

 

 彼女が注意したのは、当のつむじがぐっすりと眠っているからである。

 しのぶが作った薬と日光浴で大分体は良くなっているが、それ以上に普段の疲れがあったのだろう。

 

(寝顔もかわいいなぁ)

 

 と、和んだところでアオイに問いかける。

 

「あ、そうだ! 凛くんと燎太郎くんもお見舞いとかに来たのかしら?」

「氷室さんと明松さんですか? カナエ様から聞いた話ではまだ立て込んでるので来れないとの話ですが……」

「そっか。二人も忙しいものね。でも、弱り目こそ男の子にお見舞いに来てほしいのに!」

 

 プンプン! と頬を膨らませる蜜璃に対し、アオイは「はぁ……?」と怪訝そうにする。

 

「そういうものですかね? 東雲さんですよ?」

「つむじちゃんだって女の子だもの! 私だったら長年一緒に頑張って来た男の子にお見舞いされたら……はぁ」

「そ、そうですか……」

 

 蜜璃の世界に共感できる人材は、生憎ながら鬼殺隊には少ない。こうしてときめく場面を説いてもピンと来ていない生返事をされるだけだ。

 しかし、蜜璃にだけは分かっていた。

 

「ねー? つむじちゃん♪」

 

 穏やかな寝息を立てるつむじに囁く蜜璃。

 同居していたのは杏寿郎の下で過ごした間だけだが、それでも十二分に彼女が()()()()に特別な感情を抱いているのは察せた。本人すらも自覚できていないだろうが―――。

 

「どっちを選んでも私は応援しちゃうから!」

「……」

「あ、そうだ! しのぶちゃんは居る?」

「しのぶ様ですか? しのぶ様なら確かお館様から召集を受けたとか……」

「えっ、聞いてない!」

「なんでも危険な鬼だとか。カナヲも連れていくみたいですし」

「カナヲちゃんも? そっかー、前も十二鬼月と戦ったのに皆大変ね……」

 

 下弦の壱という上弦の鬼を除けば最上位に位置する敵を打ち取っても尚、鬼による被害は収まらない。

 いつ鬼を殲滅できるのだろうか。

 遠い未来か、はたまたもうすぐか。

 しかしながら、ただ一つだけ言えることはある。

 

「ちなみにどこに行くとか言ってなかった?」

「そうですね、確か……

 

 

―――那田蜘蛛山と」

 

 

 

 物語の歯車は、着々と廻っている。

 




*陸章 完*
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