鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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弐.快刀乱麻

 

「―――やったか、真菰」

 

 白み始めた空を見上げる少年が呟いた。

 狐の面の奥に佇む瞳は、どこか遥か遠くを見据えているようであった。それでいて口元に湛える笑みは(まこと)穏やかなものである。

 

「……達者でな。お前はまだ帰って来るな。ゆっくりで……ゆっくりでいいからな」

 

 徐に霧が現れる。

 その中には十数人ほどの子供らしき人影が見えるが、彼等もまた、少年と同じく晴れ晴れとした様子を見せ、今一度霧の狭間へと紛れていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 最終選別二日目。

 

 怒涛の初日を終えた凛は、成り行きで敵討ちを手伝うことになった真菰なる少女と行動を共にしていた。

 

「えへへ。昨日はごめんね、ぐっすり眠っちゃって……」

「ううん。あんなことがあったら疲れて眠るのも仕方ないよ」

 

 少しでも太陽の下に居られるようにと山の西を目指す二人。

 凛はともかく、真菰は負傷した手足を無理に動かしたことから酷く腫れてしまっている。それでも尚動けていることが彼女の凄まじいところであるが、あと六日間生き残らなければならないことを考えれば、如何せんよろしくない状態であるのは察せよう。

 だからこそ、凛は告げる。

 

「これも何かの縁だよ。最終日まで君は僕が守るから安心して」

「……うん、ありがとう」

 

 少々気が引けるような面持ちを浮かべた真菰であったが、自分の状態が分からないほど馬鹿でもない。

 ここは素直に彼の厚意を受け取りつつ、自分にできる限りのことをしよう。真菰はそう思い至りつつ、彼へ感謝の言葉を述べた。

 

「それで、これからどうする?」

「そうだね……他の受験者を探そう。鬼もそんなに強くないにしたって、一人で居るのは危険だ」

「協力するの?」

「うん。禁止されてないしね」

「……ふふっ、そうだね」

 

 清々しいまでの凛の笑顔に、真菰も思わずつられて笑ってしまった。

 確かに、最終選別で提示された条件は「藤襲山で七日間生き残る」というものだけだ。他の受験者との協力を禁止する旨は一切告げられていない。

 生き延びるためなら何でもする。それが人としての道理を外れていない限り―――そんな気概を持って、凛はこの場に赴いている。

 

「助けられるだけ助けよう。僕たちの手で」

「……うん」

 

 固い決意に満ちた声。まるで自分にも言い聞かせているような声音に、真菰は昨日の己の私情に囚われた行動を反省しながら頷いた。

 

 やや静かになった二人であったが、場の空気を変えようとしたのか、真菰が口を開いた。

 

「ねえ。凛の使ってる呼吸、なあに?」

「僕の? 氷の呼吸だよ」

「氷。初めて聞いた」

「お師匠様は水の呼吸の派生って言ってたけど……」

「へぇ~」

 

 鬼殺の剣士の大半が会得する“全集中の呼吸”であるが、全部が全部同じという訳ではなく、剣道や薙刀といった武術のようにいくつかの流派に別れていた。

 それが全集中の呼吸の場合、基本の呼吸と呼ばれる流派が五つ存在する。

 水、炎、岩、風、雷―――これら五つが鬼殺の剣士の大半が用いる基本の呼吸だ。

 しかし、呼吸には適正がある。一定の力量を持つ剣士であれば、真っ新な状態の日輪刀を握ることで、どの呼吸に適しているかの判断にもなる“色”が浮かび上がるが、人によっては前述の五つの流派、いずれにも適さない色を示す場合がある。

 

 その時、剣士は鬼を滅殺するためにどうするか―――極められる道を探すのだ。

 

 所謂、派生だ。既存の呼吸を元に、あるいは一から作り出すことで、己の肉体に適した呼吸を編み出すのである。

 凛の用いる「氷の呼吸」は、彼の師である元鬼殺隊員の育手が水の呼吸を元に派生させた呼吸法。柔軟な状況対応力と流麗な剣閃な特徴の水の呼吸に比べ、剣閃がより犀利なものとなり、鬼を両断し得るほどに攻撃力を突き詰めたのが氷の呼吸だ。

 柔軟さで言えば水の呼吸に一歩劣るものの、水の呼吸ではあと一歩及ばぬ硬さの敵を斬り得る攻撃力は、先の手鬼との戦いでも遺憾なく発揮されただろう。

 

「氷の呼吸かぁ。私も練習したら使えるかな?」

「できると思うよ! お師匠様は元々水の呼吸の使い手だったらしいから……」

「そうなんだ……あ、じゃあ逆に凛は水の呼吸使えるの?」

「僕? 流石に水の呼吸までは習ってないけれど……派生した呼吸だから、基本が似てるし、練習したらできるかも」

「じゃあ、今度私が教えてあげるね」

「えっ、真菰が?」

「うん。私が凛の育手になってあげる」

「はははっ、それもいいかもね」

 

 他愛のない会話を経て、すっかり打ち解け合った二人。

 その後も食料の調達や飲み水の確保、薬に使えそうな植物を採集しながら進んでいる内に日が沈んできた。

 

「他の受験者は見つからないね……」

「みんな必死だもん。夜の内は、鬼に見つからないように息を潜めるんじゃない?」

「そうだね……」

 

 視界の悪い夜に動くのは得策ではない。

 月光に照らされる開けた場所でもなければ、夜の山はほとんど周囲を窺えない。そのため、鬼殺の剣士になる者は夜目を鍛えるようにしているのだが、それでも暗黒の中では反応が遅れる。

 一瞬の隙が生死を分ける。しかし、その一瞬の為に夜が明けるまで神経を集中させることは並大抵の精神力では為し得られない。

 となると、やはり大人数で協力した方が互いに死角を補えられ、生存率を上げることに繋がるだろう。

 

 今宵、凛と真菰に襲撃した鬼は二体。

 だが、どちらも闇夜の中とは思えぬ反応速度を見せた凛により頚を斬られ、塵も残さず炭化していった。

 

 最終選別三日目。

 

「凛は鼻が利くの?」

「え?」

 

 日が昇っている内に睡眠を取ろうとした凛に、ふと真菰が問いかけた。

 

「鱗滝さん―――私の育手はとっても鼻が利くの。鬼がどこに居るかとか、相手がどういう人なのかとか……そういうことまでわかっちゃうくらい」

「それは凄いね……でも、僕はそんなに鼻は利かないよ」

 

 闇夜に乗じて襲い掛かる鬼に対して、まるで初めから来ることが分かっていたような反応速度の凛に疑問を覚えていた真菰。

 もしや、剣の師のような特別優れた感覚があるのだろうかと訝しんだのだが、それは半分当たっていた。

 

「僕は、そうだな……なんて言うか、温度に敏感なんだ」

「温度?」

「熱さとか冷たさとか……そういう物が放つ“熱”を感じ取れる。集中すれば目を瞑ったってどんな物が周りのあるのかも分かるし、人から放つ熱で、その人がどんな感情を抱いているのかも大体なら分かるよ」

 

 温度感覚。凛の優れている感覚は、まさにそれのこと。

 熱さを感じ取る“温覚”と、冷たさを感じ取る“冷覚”―――凛は、この両方が人並外れて敏感であった。位置把握のみならず、相手の感情を推し量るに至るまで。最早温度感覚と呼ぶことさえ憚られる万能さを有するに至っていた。

 

「んっ……じゃあ、今の私がどういう感情か感じ取ってみて」

「え!? う~ん、そうだなぁ……」

 

 唐突な無茶ぶりに応える凛は、掌を真菰の方へと突き出し、しばし彼女の体から放たれる“熱”を感じ取る。

 

「……体表からじゃなくて、内側からぽかぽかしてる感じ……ずばり、『疲れた』! 『眠い』! 違う?」

「正解っ」

 

 頷いた真菰は、今にも眠りに落ちそうな瞳を浮かべている。

 だが、それはきっと自分も同じなのだろう。狭まっていく視界と重くなる体。夜中、ずっと気を張っていた分、今彼が浮かべている顔はなんとも緩いものだ。

 「よっこいしょ」と腰を下ろした二人は、疲れを癒すため、そのまま眠りについた。

 

 起きてからは昨日と同じ動きだ。普通に食べて生きていくことがどれだけ大変かを思い知りながら食糧を調達する。互いに万が一の為の携帯食は持ち合わせていたが、これはあくまで最後の手段。余力の残っている内は、可能な限り現地調達するのが得策だろう。

 それにしても、人並外れた体力を求められる鬼殺隊であるが、一週間山の中で自給自足しなければならないのは厳しいと言わざるを得ない。

 

 他の受験者は何人生きているのだろうか。そのようなことを考えつつ迎えた夜の出来事だった。

 

「っ……!」

「あ」

 

 闇に響く剣戟のわななき。

 辛うじて日輪刀で襲撃を捌いた凛が目にしたのは、日輪刀を手にした鬼―――ではなく、人間だった。

 鬼ではなく人間に襲撃されたことに困惑した凛であったが、斬りかかった少女は「しまった」と言わんばかりの声を漏らす。

 

 今回は凛が反応できたからよかったものの、先ほどの一太刀は完全に頚を狙っていた。もしも対応に遅れていたら、襲撃してきた少女は人殺しになっていただろう。

 そうならずに済んだ安堵と共に、確認もせず躊躇いもなく斬りかかった少女へ、思わず凛も声を荒げた。

 

「いきなり斬りかかるなんて危ないじゃないか!」

「間違えた」

「間違えたって……!」

「じゃあ」

「あ、ちょっと! 待って!」

 

 止める間もなく、長髪を一つ結びにした少女は去っていってしまう。

 余りにも淡泊な声音だった少女に「なんだったんだろう……」と疲弊した面持ちを浮かべる凛に、真菰は「とりあえず怪我がなくてよかったよ」と労う。

 いつ命を奪われるかもわからない極限状態。見かけた人影が人か鬼かも近くで確認しなければわからない以上、ああして先手を打つのも理解できなくはない。だが、確認不足で殺されるのも、相手を人殺しにさせるのも御免である。

 

 それはそれとして、たった今出会った少女と合流し人数を増やしたい考えもあったが、早々に立ち去ってしまったために叶わなくなった。

 

「嵐みたいな子だったなぁ……」

 

 サッと訪れて、サッと暴れて、サッと去っていく。まさしく嵐。

 

 そんな一幕を経て、鬼と一戦交えるよりも疲れた凛であったが、その日はそれ以外何事もなく朝を迎えられた。

 

 最終選別四日目。

 

 ようやく折り返しとなる日数が経った。

やや疲労の色が見え始めた二人であるが、今日はそんな疲れを忘れるようなめぐり逢いが訪れた。

 

「他の受験者も守るべく協力しようということか! わかった! 是非とも手を貸そう!!」

 

 溌剌とした少年に出会ったのだ。

 彼の名は明松 燎太郎。赤みがかった髪と瞳が特徴的だった。竹を割ったような性格の彼は、凛たちの申し出を快諾してくれた。四日目にして元気が有り余っている彼は、「そうともなれば動かずにいられない!」と、人を見かけた場所まで案内してくれるではないか。

 すると、怪我で動けない受験者を発見できた。

 突然大所帯で現れた凛達を前に、怪我をした受験者は藁にも縋る想いで「助けてくれ!」と訴える。

 当然、見つけたからには看病だ。大分痛みがマシになってきた真菰が看病を担当し、凛と燎太郎はと言えば、真菰達の護衛と受験者の捜索を交代で行っていた。

 その甲斐あってか、四日目にしてさらに二名の受験者との合流にも成功。

 最初こそ単独行動を取っていた面々であるが、他人が居ると居ないとでは安心感が違うのか、合流した者達は皆全身の強張りが抜けていた。

 

 負傷者が集う分、傷口や衣服から漂う血の臭いを嗅ぎつけ群がって来る雑魚鬼が数体居たが、腕の立つ凛と燎太郎により鬼は一蹴される。

 

 こうして守りの固くなった集団で夜を乗り切り、迎える最終選別五日目。

 

 昼はいつも通り。夜に関しては、人数が増えた分警備を交代するなどして休息を取りやすくなった。

 鬼を迎撃し、なんなく五日目を終え、六日目、そして七日目へ。

 さらに合流した者も増え、ここまで来れば守りに徹するだけで最終選別合格が大分現実味を帯びてくる。

 しかし、油断大敵だ。気の緩みこそが必要ない犠牲を生む。

 

「よし、今度は僕が見回りに行くよ」

「いいのか? ここまで来たら固まって行動していた方が安心だと思うが」

「ほら。僕、周りの気配に敏感だし。それにまだ見つけてない人も居るかもしれないから」

「むう……お前がそういうなら俺は止めないぞ!」

 

 集団から離れた場所の様子見を買って出る凛に、燎太郎は最初こそ渋ったが、彼の索敵能力の高さも買っていたため、最終的には頭を縦に振った。

 

「気を付けてね。約束だから」

「うん、わかってる」

 

 くれぐれもと真菰から釘を刺されつつ駆け出す。

 そんな彼が探しているのは、先日刃を交えた少女だ。

 

(彼女……他の受験者より強そうな“熱”を感じたけれど無事かなあ?)

 

 腰にも届く長髪を首の後ろで結んだ彼女は、凛の目から見ても中々の実力者であった。

 彼女であれば、藤の牢獄に閉じ込められた鬼に負ける可能性は低いが、万が一ということもある。

 できる限りのことはせねば―――そんな使命感に駆られていた。

 

(それに……)

 

 ふと腕に刻まれた傷を見つめる。

 手鬼と戦った時、意図的に傷つけた自傷のようなものだ。すでに傷薬を塗って塞がっているものの、一つ懸念点があった。

 それがあえて集団から離れた理由だ。

 

(多分鬼は……っ!)

 

 急停止する凛。

 どこからか忍び寄って来るかのような厭な熱を感じ取ったのだ。こうした熱は十中八九鬼のものだ。

 いつ襲われてもいいように日輪刀の柄に手を掛け、感覚を研ぎ澄ませる。

 

 どこからだ。どこから来る。

 

 風の唸り声や、木の葉の(ざわ)めきの陰に隠れる物音に耳を澄ませた。

 鬼が向かって来るのは、

 

「―――上か!」

 

 刹那、悲鳴にも似た音が鳴り響いた。

 両者の振るった刃が衝突した火花は、夜の帳が降りていた山中を眩い光で照らし上げる。

 

(っ、刀!?)

 

 凛が目の当たりにしたのは、武骨―――というよりも歪な形状の刀を腕から生やした鬼であった。刀鬼とでも称しておこう。その刀鬼から延びる刀はまるでドロドロに溶かした鋼を無造作に固めたような見た目だ。刀鍛冶を生業とする者からすれば、刀と呼ぶことさえ烏滸がましい不格好さである。

 しかし、血を吸って錆びた赤鰯の如き歪な刀は、相手に威圧感を与えるには相応しいように見える。魂を込め丹念に砥がれた刀とは正反対に、ただただ質量で叩き斬る―――そうなった時を想像すると背筋に寒気を覚えた。

 

(この鬼……強い!)

 

 たったの一合で対峙した刀鬼の実力を感じ取った凛の頬には、一筋の汗が伝う。

 手鬼と同等―――否、それ以上かもしれない。

 

 迂闊には近づけないと後退る凛。すると、刀鬼は虚ろな瞳で凛を見据えつつ、ニタリと粘着質な笑みを浮かべた。

 

「お前……稀血か」

「……それがどうした?」

 

 「稀血」という言葉に凛の眉尻が一瞬動いた。

 それを見逃さなかった刀鬼は、一層粘着質な笑みを湛えながら右腕に生える刀を舐り始める。

 

「稀血……稀血……そうかぁ、やっぱりお前からいい匂いしたからな……」

 

 何かを思い出すような瞳を浮かべる刀鬼は続ける。

 

「俺も数日前に喰ってな、いやぁ美味かった……! それに、それによ……喰ったらメキメキ力が沸き上がってきたんだ……!」

「っ……!」

「ああ、今まで狙って喰ってこなかったのが馬鹿みたいだ……こんな山ン中でひもじい思いしてたのがな!!」

「お前……!」

「お前も稀血なんだろ? だったらつべこべ言わず首置いてけや」

「!!」

 

 地面が爆ぜる音が響くと共に、刀鬼の姿が視界から消える。

 瞠目する凛であったが、厭な熱を頭上から感じたため、ほぼ反射的に頭上へと斬撃を放った。

 

 全集中・氷の呼吸 壱ノ型 御神渡(おみわた)

 

 咄嗟であったものの、全力で繰り出した斬撃は刀鬼の斬り下ろしに真正面からぶつかり合う―――が、

 

(押される……不味い!)

 

 腕にかかる力でこのまま受け止めるのは拙いと判断した凛が、即座にその場から潜り抜けた。標的を失った斬撃は代わりに地面を斬りつける。その跡はかなり深く、荒々しいものであった。仮にあのまま鍔迫り合いに発展していたら―――想像したくないものだ。

 

「ちょこまかと……逃げんな!」

「逃げるつもりは……毛頭ない!」

 

 雄叫びを上げて迫って来る刀鬼に対し、凛は臆することなく剣戟を繰り広げた。

 とは言うものの、真正面から斬り合えば日輪刀を折られる危険性が出てくる。得物が似ている以上、膂力が上回っている方が有利になるのは想像に難くない。

 

(なんとか避けるかして……!!)

 

 刀を振りかぶる刀鬼に対し、凛は跳躍した。

 

 全集中・氷の呼吸 玖ノ型 銀花繚乱(ぎんかりょうらん)

 

 全集中の呼吸で飛躍的に身体能力が上がった状態で、周囲の木々をも足場にして飛び回る。水の呼吸に存在する水流飛沫・乱から派生した銀花繚乱は、雪が舞うかの如く柔らかく、そして時には吹雪激しく俊敏な動きで敵を攪乱する歩法だ。

 刀鬼の得物は、その巨大さ故に重く、それに伴って動きも鈍重なものとなる。

 

(今だ!)

 

 そうした刀鬼の弱点を突くかの如く動きで翻弄した凛は、背後から斬りかかるべく飛びかかった。

 だが、鬼も馬鹿ではない。相手の狙いが自身の頚と分かっている以上、頚を斬られまいと行動を起こす。

 徐に左手を頚の後ろに回した刀鬼。すると次の瞬間、刀鬼の左手から大量の血が流れ出る。まるで赤熱した鉄の如く真っ赤な血は、みるみるうちに固まっていき、これまた巨大な刀を形成したではないか。これでは折角背後から斬りかかったにも関わらず、頚を斬ることが叶わない。

 

(それでも!)

 

 眼光と刃が閃いた。

 

 全集中・氷の呼吸 肆ノ型 ()()

 

 敵の防御を崩すための型が繰り出された。守りの固い箇所ではなく、無防備な部分を狙うことにより、相手の姿勢を崩し、結果的に防御を無力化する型だ。

 馬鹿正直に刀鬼の刀を狙うことはせず、刀を支える腕―――特に肘や肩を削るかのように刃を振るう凛は、見事狙い通りに刀を支える部位を斬り飛ばした。鬼の再生能力故、持続的な効果こそ見込めないものの、一瞬の隙を作るのであれば十分。

 支えを失った刀鬼の左腕は、生やした刀の重みでダラリと下がる。それにより頚は無防備となった。

 

「はああああ!!」

 

 好機―――これを逃す訳にはいかない。

 

 全集中・氷の呼吸 捌ノ型 氷瀑(ひょうばく)

 

 全身全霊の斬り下ろしにて刀鬼の頚の切断を試みる凛。

 しかし次の瞬間、彼の視界に鈍い光が閃いた。

 

「っ!」

「チィ! 惜しかったのによ……」

 

 型を寸前で止めて飛び退いた凛の頬を、鋭い一閃が斬りつける。

 危なかった―――そう内心で述べる凛は、呼吸とは別の理由で早く脈打つ鼓動を覚えつつ、刀鬼の右肘から生えた刃を見据えた。

 

(手の甲からだけじゃなかったのか……!)

 

 思い込みとは恐ろしいものだ。刀鬼が手の甲だけから刀を生やしているものだから、それ以外の部位から生やすことはできないとばかり考えていた。

 しかし、それは囮。実際は今のように体の至る部分から刀を生やし、不意を突くこともできるのだろう。

 

(どうする? これじゃ近づくことさえ難しいぞ……!)

 

 巨大な得物はともかく、全身から刃物が生えるのは余りにも危険過ぎる。

 

 応援を呼ぶ―――いや、巻き込んでしまう。

 朝まで逃げる―――いや、それまでにこちらの体力が尽きる。

 どこかに隠れる―――いや、傷を負わされた以上匂いで追いつけられる。

 

 となれば、やはり倒すしかない。

 

(仕方ない。()()()()()しか……)

 

 頬から流れ出る血を指で掬い、刃に塗り付ける凛。

 普通であれば切れ味を落とす愚行でしかないが、勿論何の考えもなしに行っている訳ではない。

 その理由をいざ眼前の刀鬼で試さんと意気込んだ凛であったが、不意に頭上で緑色の淡い光が瞬いた。

 

 旋風が走り抜ける。

 瞬く間に数度火花が散った。それが音もなく斬りかかった少女が刀鬼と切り結んだからであると気が付いたのは、眼前に少女が着地したのを目の当たりにしたからだ。

 

「む……斬れない」

「チィ、新手か……!」

「君は……!!」

 

 知った顔だ。というより、忘れられない顔だ。

 先日確認もせず斬りかかっていた少女その人だった。しかし、凛の驚いた声に聞く耳も持たない少女は、刀鬼を斬れなかったことを怪訝に思いつつ、再度刀鬼との剣戟を繰り広げ始める。

 

「ちょっと、一人じゃそいつは!!」

 

「―――ぐ、ぎぃ……!?」

 

「危な……!?」

 

 危ないと制止しようとした凛であったが、いざ目にしたのは疾風の如き怒涛の剣技で刀鬼を押し返す少女の姿であった。

 速く、重く、それでいて鋭い。明らかに自分たちとは一線を画す実力を持った少女にしばし茫然と見入ってしまう凛であったが、すぐに我を取り戻すように頭を振る。

 

 今はまだ少女が優勢と言えど、いつまでも彼女の体力が続く訳ではない。それに加え、少女の実力を以てしても刀鬼の頚を斬るには至っていない。それだけ刀鬼の守りは固いのだ。

 

 やはり応援は必要か―――そう思い至った時、不意に背後から足音が響いてきた。

 

「凛!」

「燎太郎! どうしてここに!?」

「激しい戦いの音が聞こえてな! もしやと思って来てみたら! 安心しろ! 向こうの奴らもそんなにヤワじゃあない!」

「……うん! 来てくれて助かったよ!」

「そうか! そう言ってくれると来た甲斐があるというものだ!!」

 

 戦闘音を聞いて駆けつけた燎太郎が応援に来てくれたことで、光明が差した。

 赤みがかった刀身の日輪刀を抜き、七日間の疲れも見せない好戦的な笑みを浮かべる燎太郎。彼ならばやってくれる―――凛は声を上げる。

 

「あの鬼、体から刃物が生えるから気を付けて! 刀は硬い! どうにかして頚を斬れるようにするんだ! 今はあの子が押してるけれど、長くはもたないだろうから……」

「加勢して突破口を開け!! とどのつまりはそういうことだな!! 任せろ!!」

 

 凛の説明を聞いた燎太郎は徐に構える。

 構えて、構えて、構えて―――限界まで、極限まで集中して力を溜めた彼は、薪をくべられた炎の如き激しい呼吸音を放ちながら、その場から駆け出した。

 凛はその姿に、燃え盛る炎を幻視した。

 

 全集中・炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄(れんごく)

 

 少女と刀鬼の剣戟に割り込んだ燎太郎の斬撃が、刀鬼の刀の片方に叩きつけられた。流石の硬度故、両断するには至らないものの、それでも少しばかり刃が食い込んだ末に刀鬼の刀を地面に埋めることに成功した。これで片腕を封じられた。

 

「てめっ……!」

「凛っ!!」

「任せて!!」

 

 邪魔をした燎太郎にもう一方の刀を振るおうとする刀鬼であったが、すでに駆け出していた凛の日輪刀が閃いた。

 

 全集中・氷の呼吸 奥義 拾ノ型 紅蓮華(ぐれんげ)

 

 目にも止まらぬ(はや)さで振り抜かれた刃が、刀鬼の腕を斬り刻んだ。刀の生えた部分を器用に避けた怒涛の斬撃は、瞬く間に月下に血の華を咲かせた。

 

「この程度で……!」

 

 しかし、刀鬼は即座に再生して返り討ちにしようと画策した―――が、斬り刻まれた部分は一向に生えてこない。

 思いもよらぬ事態に刀鬼はあからさまに動揺する。

 

「なっ……!?」

「―――鬼から産まれた所為か否か」

 

 凛の澄んだ声が密かに響く。

 

「僕の血は……()()()()()()不思議な血なんだ」

「んだと……!?」

「再生だって止まる……それをやっと確信できた」

 

 その力は鬼の異能に等しい。稀血の中でも最上級に希少性の高い部類に含まれるであろう血を、凛は有していたのである。稀血とはよく言ったものだ。

 これで両腕を封じ込めた。残るは反撃が来る前に頚を斬るだけ。

 

「今だ!!」

 

 凛が叫ぶ。

 

「ん」

 

 返ってきたのは、返事とも呼べぬ淡々とした声。

 しかし、ビリビリと肌を削るような殺意を放つ少女は、凛と燎太郎の二人が作った隙をわざわざ見逃すはずもなく、緑がかった刃を薙いだ。

 

 全集中・風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐(こくふうえんらん)

 

 刃に旋風が纏わりついていると幻視するも束の間、少女の繰り出した斬撃は刀鬼の頚を斬り飛ばした。しかも、確実に殺せるようにとあえて攻撃範囲の広い斬撃を繰り出して、だ。

 それを察してか否か、直前に身を引くなり屈んだ二人は辛うじて少女の斬撃を逃れることができた。

 

「あ、ああっ、危なかった!」

「おい! 今、俺達ごと斬ろうとしただろう! 手心を加えろ、手心を!」

「手心ってなに? おいしいの?」

「こいつ!」

 

 けろりとした顔を浮かべる少女に喰いついた燎太郎であったが、少女は刀鬼を倒して用が済んだのか、またもやさっさと去っていってしまった。

 

「一体なんなんだ、あいつは……」

「まあ、あれだけ強いなら朝まで大丈夫そうだけど……」

 

 朝まで残り数時間。それまでの間であればなんなく生き残れそうな実力を垣間見て、ホッとするようなゾッとするような奇妙な感覚に陥る凛であったが、とりあえずは無事に済んだことに胸を撫で下ろした。

 

「よしっ……戻ろっか」

「ああ、そうだな!」

「っと、その前に……ちょっと待って!」

「ん? いいぞ!」

 

 皆の下に帰る前に、少女に頚を斬られて灰になった刀鬼の下に向かう。残っているのは衣服だけ。

 しかし、確かに彼が生きていた温もりをそこに感じ取った凛は、無言で合掌しつつ、黙祷した。

 

「……」

 

 鬼になってしまったことは悲劇でしかない。鬼も一人の被害者だ。

 来世はどうか鬼にならぬように―――そう祈る凛の瞳には憐憫の色が浮かんでいた。そんな彼を見つめる燎太郎の面持ちはどこか複雑そうであったが、黙祷も済み「帰ろっか」と笑顔で訴える凛に、すぐさま快活な笑みで応える。

 そうして真菰たちの下へと帰っていく二人。

 その足取りは重いものの、どこか浮足立っているようにも見える。

 

 

 

 もうすぐ、長かった夜が明ける―――。

 

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