鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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弐拾.同床各夢

「うおおあああん!! 炭治郎おおお!!」

「善逸!」

 

 ここは蝶屋敷の病室。

 何を隠そう、任務で負傷した隊員を治療および看護する施設の一室である。

 

 たった今、そこへ柱合会議にて裁判を受けた炭治郎が連れてこられ、先に治療されていた隊員・我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)と対面した。

 那田蜘蛛山に入る直前に別れてしまった彼であるが、その騒がしい気性に変わりはなく、一種の安堵を覚えた炭治郎は胸を撫で下ろす。

 ―――が、

 

「聞いてくれよ、炭治郎おおお!! 俺めっちゃ酷い目に遭ったんだぜェ!? 手足短くなるし髪の毛メチャクチャ抜けるしでさああ!! ほんっと信じらんないよなあああ!!」

「ぜ、善逸。病室でそんなに騒いだら……」

 

「……五月蠅い」

 

「ひぇッ!?」

 

 炭治郎が懸念していた通りのことが起こった。

 見るからに相部屋である病室には、善逸以外にもベッドに横たわっている人影が幾らか目に付く。

 そして本来病室とは静かであるべき場所なのだから、まさしく場違いな大声を上げていれば注意されるのは火を見るよりも明らかだったと言えよう。

 

 こんもりと盛り上がっている掛け布団の中から、不機嫌且つドスの利いた声が言い放たれる。言い放った相手は当然善逸。彼は耳が良い為、相手が自分にどのような感情を抱いているのか等は簡単に聞き分けられるのだ。

 加えて、相手がどれだけ強いか等も―――。

 

「ッ……!!」

「善逸……」

 

 注意されるや否や掛け布団で自分を覆い隠しながら震える善逸に、呆れたような視線を送る炭治郎。

 先程は安心できた様子も、無事を確認できてからは、その度を超えた臆病さに呆れるより他にない。

 

 こうして善逸……遅れて、彼とは真逆に不気味な程静まり返っていた嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)の安否も確認した炭治郎は、裁判にて共に斬首を免れた禰豆子と共に、心身共に療養するべくベッドに横たわるのであった。

 

「すぴー……すぴー……」

 

(あそこで寝てる人、誰だろう?)

 

 ふとした疑問が分かるのはすぐ後のことだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 蝶屋敷に赴き、負傷した体が徐々に回復していく中の出来事だった。

 

「あ、ここか!」

「あれ?」

「ん?」

 

 ピョコ! と病室を覗くように廊下から顔を出す青年。

 どこかで見た記憶がある顔、そして匂い。

 目が合った炭治郎は、暫し曖昧な記憶を掘り下げて、現れた青年が何者であるのか思い返そうとしたが、それよりも早く青年が答えを口に出した。

 

「君は……那田蜘蛛山に居た子だね!」

「あ……はい! 鬼殺隊階級“癸”、竈門炭治郎です!」

 

 記憶が鮮やかに蘇る。

 そうだ、義勇と真菰がしのぶと彼女の継子・カナヲと対立した際、仲介して宥めた隊員が一人居た。彼だ。

 

 四角四面と評される程に真面目な炭治郎は、ベッドに横になっていたにも拘わらず、即座に背筋をピンと伸ばして腰を九十度曲げるようにお辞儀した。

 青年はそんな炭治郎に「自己紹介ありがとう!」と爽やかな笑みを湛えて応える。

 

「僕は氷室凛。よろしくね、竈門君」

「よろしくお願いします! それと、その節はどうもありがとうございました!」

「いえいえ。味方同士で戦うのは僕としても本意じゃなかったし……君の妹さんが何事もなくてよかったよ」

 

 にこやかに微笑む凛。

 鬼の禰豆子に対し、余り良い顔をする隊員が居なかったのは柱合会議でもひしひしと感じたことだ。

 それもそのはず。鬼殺隊に居る剣士のほとんどは、鬼に酷い目に遭わされた者達がほとんどなのだから。良い印象を持つはずがないのだ。

 

 それを踏まえても、彼はそこまで気にした様子ではないように見える。

 炭治郎としても、敵意が向けられるよりはその方が大分有難いことには違いなかった。

 

 改めて感謝を告げた炭治郎は、不意に一つの疑問が脳裏を過る。

 

「お見舞いですか?」

「うん、そうだね。あ、お見舞いの品にお菓子買って来たんだよ。君等も食べる?」

 

 菓子が入っている箱を掲げてみせる凛は、「そんな!」と受け取りに何を示す炭治郎を目にしたが、一方で物欲しそうな雰囲気を漂わせている善逸に気が付き、「みんなで仲良く食べてね」と善逸に手渡した。

 と、菓子から本題へと話は戻る。

 

「つむじ!」

「……ん?」

「ぴぎぃ!?」

「え、何事?」

 

 眠れる傷病人の一人を呼ぶや否や、菓子を貰って浮かれていた善逸が人間のものとは思えぬ悲鳴を上げ、布団の中に潜り込んだ。

 ガタガタと震える善逸に面喰らう凛であったが、眠っていた目的の人物のっそりと起き上がったのを確認し、彼女の下まで歩み寄る。

 

「紹介するよ! 僕の同期、東雲つむじって言うんだ! 相部屋だったけど、自己紹介とか済ませてる感じかなぁ?」

「してない」

「あ、そうなの?」

「……けど、そいつが善逸なのは知ってる」

 

 と、つむじは布団の中で震える善逸を指さした。

 間髪入れず、善逸が絶叫する。

 

「なんで!!? なんで俺の名前だけ覚えられてるの!!? い゛や゛あ゛あ゛あ゛!!! 絶対恨み買っちゃってるじゃん、俺!!! 助けてくれ炭治郎伊之助えええええ!!!」

「善逸、そういうところだと思うぞ」

 

 冷静なツッコミが炭治郎から入った。

 

 想像してみよう。

 一日三回。朝と昼と晩―――その都度、薬が苦い苦いと泣き喚く善逸の様子を。

 寝食を共にしなければならない相部屋の中、そのように汚い高音を響かせる人物が居たとすれば、否が応でも名前くらいは覚えるだろう。

 

「五月蠅い」

「はい」

 

 喚く善逸を一声で黙らせるつむじ。

 特段互いの階級を知っている訳でもないのに、明確な上下関係ができているとは、これまた不思議な話である。

 女好きな善逸が斯様に端正な顔立ちである女性に怖れ慄いているのはよっぽどだ。

 それほど彼の本能がつむじという存在に対し、警鐘を打ち鳴らしているという訳なのだろう。

 

 一方で、そのような彼女と親し気にしている凛達の関係が気になる炭治郎が臆せず問いかける。

 

「お二人のお付き合いは長いんですか?」

「う~ん、そうだね。五年くらい?」

「五年! とっても仲が良いんですね!」

 

 感心するように炭治郎が応えれば、少々恥ずかしそうに凛が頬を掻く。

 

「そう……だね! 今はつむじが入院してるからだけど、普段は同じ家に住んでるし」

「ハァ゛ーンッ?! ど、どどど、同棲してるんですかァ!?」

「うん、あれだよ。もう一人も含めて継子として柱の人の家で面倒を看てもらってるっていう意味だから」

 

 食い気味に布団から飛び出てきた善逸。

 彼の誤解をやんわりと解いたところで、今度は炭治郎が疑問を投げかけてくる。

 

「継子って……」

「蝶屋敷でカナヲちゃんって子、見かけなかった? 彼女はしのぶさんの継子だね」

「はい! じゃあ、氷室さんはどなたの継子なんですか?」

「炎柱、煉獄杏寿郎って人だよ」

「煉獄……?」

「柱合会議に出たから多分竈門君も見かけたはず……長い金色の髪で、声が大きくて、炎みたいな羽織を着てる……」

「ああ!」

「あ、わかってくれた!?」

「はい! 覚えています! 覚えて……いますけれど……」

 

 だんだんと言葉尻が小さくなる炭治郎。

 思い出したはいいものの、余計なことまで思い出してしまったのだ。

 確かその杏寿郎とかいう男は、裁判する間もなく自分と禰豆子を斬首するべしと訴えていた。

 そういった訳もあってか、初対面の印象が良くないのは事実だ。

 もっとも、鬼殺隊員の身の上を考慮した今ではその限りではないが―――。

 

 凛は、言い淀む炭治郎から大体を察する。

 

「ま……まあ、詳しいことは見てないから分からないけれど、いつもは情熱的で責任感の強い人だから……?」

「そ、そうなんですね! 今度会ったら、ちゃんとお話してみようかと思います!」

「それがいいね! うん!」

 

 百聞は一見に如かず。結局のところ、面と向かって話さなければ杏寿郎という人間は見えてこない故、これにて話はまとまった。

 

「それにしても……そっちの子静かだね」

「いや、伊之助は……その……」

「猪の顔……」

「その……それはまた別の話で……」

 

 炭治郎と和気藹々になって談笑していた凛であったが、ついに伊之助に触れた。

 今でこそ縮こまって静かにしている伊之助であるが、普通にしていれば善逸に負けず劣らず騒がしい男だ。つまり、今は普通ではない。

 

 意気消沈している伊之助にも触れた凛は、仲睦まじげな三人に自分達の姿を重ねる。

 

(僕も、もう子供じゃないんだなぁ……)

 

 新人だった頃が懐かしい。

 今よりも若く、経験もなければ力もない時代。

 それでも三人一緒であれば、心強く、何者にも負けないと思える勇気を互いに分け与えられたものだ。

 天涯孤独となって鬼殺隊の門を叩く隊員にとって、志を共にする仲間と築く友情とは何物にも代えがたいのはよく理解している。

 

 だからこそ―――。

 

「……一つだけいいかな?」

「はい! なんでしょうか……?」

「三人共、ずっと仲良しで居てね」

「え? ……はい、勿論です!」

 

 凛の言葉に一瞬首を傾げた炭治郎であったが、さも当然と言わんばかりの真っすぐな瞳を浮かべて頷く様は、凛にとって眩いばかりであった。

 願わくば彼等の友情が末永いものであることを。

 

 と、細やかな願いを込めている凛の耳が捉えたのは、何者かが廊下から近づいてくる足音だった。

 

「失礼します。皆さん、お体の具合は如何でしょうか?」

「しのぶさん!」

 

 現れたのはしのぶだ。

 ニコニコと微笑みを湛える彼女に、善逸は途端に鼻の下を伸ばしてデレデレになる。

 が、彼女にとって用があるのは彼ではない。

 

「炭治郎君と伊之助君、よろしいですか? 体の方も少し良くなってきたようですし、機能回復訓練に移ろうかと思うんですが……」

「機能回復訓練?」

「うわぁ~、懐かしいなぁ」

 

 聞き慣れぬ単語に首を傾げる炭治郎の一方で、凛は昔のしのぶとのやり取りを思い出す。

 と、懐古する凛を横目で見ていたしのぶは、「そうだ」と手を叩いた。

 

「どうです? お時間があるようでしたら氷室くんも見に行きますか?」

「え、僕もですか?」

 

 「まあ、大丈夫ですけど」と了承する凛。

 そんな彼に見えない位置でしのぶが拳を握った意図は、何人たりとも知る由がなかった。

 

 と、それはさておき。

 

「さ! それでは場所を移しましょうか!」

 

 満面の笑みを浮かべるしのぶに案内されるがまま、三人は訓練場に向かうのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 凛にとっても見慣れた光景である訓練場は、昔と変わりなく蝶屋敷に残っていた。

 ここで行われるのは前述の通り機能回復訓練だ。療養の間に鈍ってしまった体を療養以前の状態にするべく行われる訓練は、控えめに言って厳しく辛いものである。

 だが、柔軟と鬼ごっこはともかく、薬湯を掛け合う訓練は言葉だけでは分かり辛い部分もあるだろう。

 ここはあれこれ言うよりも見た方が早い。

 という訳で、

 

「それじゃあ氷室くん。私と一緒にお手本を見せましょうか」

「あ、僕はその為に連れてこられたんですね」

 

 わざわざ連行された理由を理解した凛は、早速薬湯の入った湯呑がズラリと並べられている机を挟み、しのぶと向かい合うように座る。

 

「まあ、お手本ですから。軽くやりましょうか」

「わかりました」

 

 頷く凛。

 始まりの合図は一通り説明してくれたアオイが告げた。

 

 刹那、向かい合う二人が目にも止まらぬ速さで手を動かし始めた。

 相手に中身をぶちまけるべく持ち上げようとする手を押さえて、押さえ返される。

 

「わぁ、速い……!?」

「……なんじゃあそりゃああああ!! 面白そうだぜェ!!」

 

 思ったよりも激しい動きに驚く炭治郎と、興味が湧いて歓喜の雄叫びを上げる伊之助。

 彼等を見物人として始まった薬湯の掛け合い。

 

「あの……」

「……」

「しのぶさん? いつまで続けるんですか……!?」

「どちらかが負けるまで、ですかねぇ」

「あ! しのぶさんったら本気わぶッ!?」

 

 悟るや否や、湯呑を押さえる手で自分の羽織を安全圏へ放り投げた凛。

 その隙もあってか、彼の顔面にはしのぶが持ち上げた薬湯が豪快にぶちまけられた。哀れ、凛。されど千寿郎に繕ってもらった羽織を守ることはできた。

 

 水も滴るいい男になった凛は、「こんな感じだよ」と説明を締めくくりながら、アオイから渡された手拭いで顔を拭う。

 一方でしのぶがしたり顔を浮かべていたものだから、忍び足で炭治郎に近寄った凛は、炭治郎と伊之助に問う。

 

「(大丈夫? しのぶさん、怖くない?)」

「(いえ、とても良くしてもらってますけれど……)」

「ハァン!? あんなちっけぇ女、怖ぇ訳ねえだろ!」

 

「誰が怖いんですか?」

 

「「「……」」」

 

 迸る覇気に、男三人は部屋の片隅で震えた

 

「……じゃあ、僕にだけ当たりが強いのかなぁ」

「というよりも、自然体なだけだと……」

 

「竈門君。余計なことは言わなくていいんですよ」

 

「はい!」

 

 割って入られた炭治郎は、雨に濡れた子犬のように震える。

 蝶屋敷に来てからというもの、胡蝶しのぶという人間は傷病人を労う優しい人間という印象を抱いていたが、それはあくまで身内以外に対する外面なのだろう。

 本来の一面は、それこそ親しい間柄の人間にしか見せない。それこそ姉のような肉親に加え、長い付き合いの凛等にだけ……。

 

(しのぶさんはああ言ってるけど、案外仲が良いんだなぁ)

 

 友情とも違う信頼関係。炭治郎は素直に感心した。

 凛にも言われたことであるが、善逸や伊之助といった鬼殺隊に入ってからの友人を大切にしよう―――そう思えた。

 

 いつの間にか震えも止まった炭治郎は、伊之助と共に気合いを入れて機能回復訓練に臨む。

 地獄のような柔軟に悲鳴を上げ、アオイとの鬼ごっこでひぃひぃ喘ぎ、カナヲとの薬湯の掛け合いでびしょ濡れにされる。

 

「いやぁ、懐かしいね……」

「懐かしいって……貴方幾つですか」

「確かしのぶさんと同じ……」

「爺臭いことを言っておきながら私と同い年とか言わないでくれませんか? 私も老けてるように見られるので」

「ご、ごめんなさい!」

 

 自分の後輩があくせくと頑張っている光景を微笑ましく眺めていた凛であったが、余計な一言が祟り、しのぶに窘められるかの如く刺々しい言葉をもらうハメになった。

 炭治郎はこれが自然体と言ったが、それにしては余りにもツンツンし過ぎではなかろうか。

 

(助けて、カナエさん……!)

 

 ちなみにこの時、カナエは現在買い物に出かけていた。

 戻ってくるまでの時間、凛は延々と(なじ)られるハメになったとな。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日の夜。

 日が落ちる少し前、機能回復訓練を終えた炭治郎らは疲労した体を引き摺り、やっとの思いで床につく。

 しかし、眠りについてからしばらく経ってから、炭治郎は突然の尿意を催し、厠で用を足したのだった。

 

 淡い月白が窓から差し込み、病室へと戻る炭治郎の影を浮かび上がらせる。

 夜と言えば、鬼殺隊になってからは鬼が本格的に活動を始める時間帯―――つまり、鬼殺隊にとっても主な活動時間帯になる訳だ。

 今日のように穏やかに月を見上げるのは久しいかもしれない。藤の花の家紋を掲げる家で療養していた時でさえ、どこか心が休まなかった。

 だが、今となっては禰豆子の存在も鬼殺隊公認のものとなった。

 あとは柱合会議で啖呵を切るように言い放った「十二鬼月を討つ」―――これを成し遂げるのだ。

 その為に、今は一刻でも早い復帰を目指して機能回復訓練をこなすしかない。

 

(でも、カナヲが凄く速いんだよなぁ……一体どんな鍛え方をしたらあんな動きができるんだろう?)

 

 明らかに次元が違う動きだ。

 もし敵と仮定した場合、自分が勝った姿をまったく想像できない。

 それほどまでに自分とカナヲ―――そして凛や柱とは実力が隔絶しているという訳なのだろう。

 ではどうすればいいのか?

 炭治郎は自分なりに考えた結果、結局のところ鍛えが足りないのではないかと考えていたが―――。

 

「……ん?」

 

 縁側に人影が見えた。

 この匂いは、

 

「氷室さん。こんばんは」

「ああ、竈門君。こんばんは。こんな夜遅くにどうしたの?」

「いえ、ちょっと厠に……」

「そっか。それじゃあ止めない方がいいかな」

「そんな。もう済ませてきたので……こちらこそ、何かお邪魔してしまいましたか?」

「ううん。ちょっとぼんやり空を眺めてただけかな」

「今日は月が綺麗ですもんね。あ、隣いいですか?」

「うん、いいよ」

 

 他愛のない会話を経て、凛の隣に座る炭治郎。

 確かに今日の月は綺麗だ。空は澄み渡り、満点の星が瞬いて見えている。

 しかし、こんなにも美しい夜だというのに、どこかでは鬼が人を襲い、罪のない人が犠牲になっていると思うと居た堪れなくなる。

 夜空も純粋に展望できぬのも、鬼―――延いては鬼舞辻無惨が居るせいだ。

 炭治郎はギュッと拳を握り、改めて決意を固めた。

 

 そんな時だった。

 

「竈門君」

「はい?」

「妹さんとは仲がいいの?」

「禰豆子とですか? はい! 今は鬼になってしまって言葉を交わしたりはできないですけど、大まかな意思疎通だったら! あ、鬼になる前ですか? そうだったら……」

「……ふふっ、とっても仲がいいんだね」

 

 炭治郎が皆まで言う前に、彼と禰豆子の仲の良さ―――もとい、絆の深さをひしひしと感じる。

 フッと微笑む凛は、キラキラと、それこそ太陽のように輝く瞳で禰豆子への思いを語る炭治郎の話に、しばし耳を傾ける。

 

 数分後、あらかた話し終えた炭治郎がふぅと息を吐けば、うんうんと相槌を打っていた凛がこう告げた。

 

「―――君は、お日様みたいな子だね」

「はい?」

「ポカポカと温かい“熱”を感じるよ。冷たくなった心には染み入るように温もりを与えてくれる……でも、たまーに鬱陶しいと思うくらいに熱い時もある。そんな子だ」

「そ、そうですかね?」

「うん。でも、太陽のように絶対に必要とされる子だと僕は思うんだ」

「は、はあ……」

 

 面と向かって「必要」と言われるのは、なんだか気恥ずかしい。

 赤面する炭治郎は照れるように頬を掻く。

 凛は、初々しい彼にクスリと頬を緩ませながら、優しい光を宿す瞳をじっと向ける。

 突然見つめられる炭治郎は、反応に困ってワタワタとするが、凛から嗅ぎ取った匂いが真剣そのものであることを察し、真摯な面持ちで言葉を待つ。

 

「……竈門君。君からはとっても優しい熱を感じるんだ」

「……はい」

「鬼にも優しく……慈悲の心を向けられる。鬼殺隊の中にはそれを良しとしない人も居るだろうけれど、僕は君を応援する。それを伝えたかった」

「あ、あの! それはどうして……」

「僕は君になり損なった人間だから」

「……?」

 

 言葉の意味を勘ぐる炭治郎に対し、凛は庭の方へと目を遣った。

 瞼を閉じれば鮮明に思い出せる情景がある。

 ()と共に過ごした時間を―――。

 

「母親が鬼だった。生まれた僕は人だったけれど。母親を討った人が僕の育手になってくれた」

「っ……!?」

「それから鬼殺隊に入ったんだ。僕は鬼にも慈悲を与えられる剣士になりたいと思った。母親が最期に人の心を思い出してくれたって聞いたから。しばらくして水柱……冨岡さんの前任だね。その人のお世話になるようになってた」

「……」

「でも、その人は鬼に殺された」

「え……」

「目の前で大切な人が死んだんだ。それからだね。心のどこかで鬼が憎くて堪らなくなったんだ」

 

 ありふれた悲劇。

 かいつまんだ話だが、それでも壮絶な人生に炭治郎は絶句した。

 辛いだろう。悲しいだろう。憎いだろう。そんな当たり障りのない慰めの言葉等、投げかけられるはずもなく、炭治郎は耳を傾けることにした。

 

「今は折り合いをつけたから、鬼に慈悲をって気持ちと、仇をとりたいって気持ちは別々にしたけれど……したつもりだけれど、それでも一人じゃ心細くてね」

「氷室さん……」

「同じような夢を持ってくれる人が後ろに居ると思っただけで、なんだか気が楽になるんだ。僕の選んだ道が、拓いた道が、後輩の道の一つになってくれるならって」

 

 ホッ、と。

 (わだかま)りが融けたように息を吐いた凛に、炭治郎は次々と胸に込みあがってくる感情や言葉を一旦飲み込んだ。

 

 喜怒哀楽だけでは表せぬ複雑な匂いだった。

 そんな先達の気持ちを、新人の自分が形容できるものだろうか。

 だからこそ、感謝を告げた。

 

「……っ、ありがとうございます! お辛いことを話していただいて……」

「ううん、僕が勝手に話したことだから。こちらこそありがとうだよ。なんだか、暗くなるような話しちゃって」

「いえ! 俺も心強いです! 俺にも氷室さんの夢のお手伝いができたら……!」

「ふふっ、ありがとうね。それじゃあ兎にも角にも強くならなきゃ」

「あ、うっ! そ、それは……」

 

 昼の機能回復訓練を思い出し言い淀む炭治郎。

 そんな彼に、昔は自分も四苦八苦していたなあと思い出す凛は、何かを閃いたようにポンと手を叩いてから一つ提案する。

 

「そうだ! 炭治郎君達に常中を教えてもらえるよう、カナエさんにお願いしておくよ」

「カナエさん……って、しのぶさんのお姉さんですか?」

「うん! 暇があったら僕も行くから! それとそうだなぁ、つむじと燎太郎……あっ、僕のもう一人の同期ね。二人にも頼んでおくから!」

「は、はい?! し、東雲さんですか……」

「ちょっと不愛想に見えるけど怖くはないから!」

 

 善逸だけ名前を覚えていたつむじ。

 炭治郎の中では怖い印象でしかない彼女であるが、凛がこう言うのであれば、実際は大丈夫なのだろう。

 一抹の不安は拭えないものの、頼りになる指導者をつけてもらえることに内心わくわくする。

 

「それじゃあ、燎太郎さんという方は?」

「本名は明松燎太郎。情に厚くてね! 面倒見もいいから、きっと皆に良くしてくれると思うよ!」

 

 もう一人の同期を端的に紹介する凛から感じ取る匂いは、非常に楽し気なものであった。

 

―――本当に仲の良い友人なんだな!

 

 是非とも自分も会いたいと思う炭治郎であるが、途端に表情を曇らせた。

 

「でも、いいんですか? 俺達なんかに時間を使わせて……」

「遠慮なんかしないでいいんだよ! 後輩に指導しないで何が先達! って感じじゃない?」

 

 穏やかな笑みを湛える凛は、炭治郎を真っすぐな瞳で見つめる。

 

 何とも強い瞳だ。深い蒼。厚い氷を穿った奥底に望める、抽出された空の蒼色に似ている。

 

「誰かを頼っていいんだ。人は一人じゃ生きていけない」

 

 まるで自分にも言い聞かせるような声色だった。

 

「仲間を生かす為なら僕達は協力を惜しまない。託せるものは全て託す。繋ぐ為に」

「……はいっ!」

 

 力強く頷く炭治郎。

 ここまで言われては、遠慮する方が無礼だ。そう理解した。

 

 と、彼が快諾したのを受け、凛は徐に立ち上がる。

 

「よしっ……それじゃあ氷室凛! 炎柱が継子の誇りにかけて、君達三人―――とことん鍛えるよ」

「よろしくお願いします!!」

 

 月夜の下、また新たに繋がりが生まれる。

 その光景に微笑むように月は弧を描いていた。

 

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