鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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捌章.煉獄
弐拾弐.夢幻泡影


 

「な、なんじゃこりゃあああ!!?」

 

 驚愕の色に滲んだ声を上げるのは伊之助だ。

 彼の目の前に佇む鉄の塊。それは列車である。長距離を、しかも多人数運ぶことができる列車はまさに文明の利器と言えよう。

 だが、山育ちで列車を見たことはない伊之助はと言えば「この土地の主」と見当違いの推測を立て、同じく山奥育ちの炭治郎も「守り神じゃないか」と頭の痛くなる意見で、暴れる伊之助を制止しようとする。

 

「黙って乗って」

 

 しかしながら、結局のところ伊之助は同行していたつむじに首根っこを掴まれ、列車の中へと引きずり込まれていく。

 

「うんうん、仲良くなってくれたみたいで良かったよ」

「あれを仲が良いってんなら俺はあんたの常識を疑いますよ?」

 

 微笑ましそうに頷く凛に善逸がツッコむ。

 

 と、炭治郎・善逸・伊之助の三人組に加え、凛・燎太郎・つむじの三人組が列車へと乗り込んだ訳だが、彼等が目的とするのは鬼の出没に備えて無限列車に乗り込んでいる杏寿郎との合流だ。

 炭治郎が知りたいと訴える「ヒノカミ神楽」。少なくとも今日まで接触した隊員は知らない呼吸であるが、代々受け継がれている炎柱の手記ならば何か書いてあるかもしれない。

 そのような一縷の望みを託し、杏寿郎の下までやって来た訳であるが……。

 

「良かったの? もう少し蝶屋敷で休んでても構わなかったんだけれど」

「いえ! 折角取り次いでくれたなら、一刻でも早く行かなければ失礼というものですので!」

「そっか。ならいいんだけれど」

 

 凛の問いにハキハキと応える炭治郎。

 彼は重傷を負っていたはずだったが、僅か一か月と少しで見違えるまでに快復、そして成長を遂げた。

 口にこそ出さないが、彼もまた常中を会得した体で刀を振りたいと考えているのだ。

 それは伊之助も―――善逸も渋々ではあるが―――かねがね同じ。

 浮足立っている訳ではない。ただ純粋に、己の成長を実戦で実感したい。心のどこかでそう思っているのだろう。

 

 一方、ひしひしと伝わる“熱”が一際熱くなっていると感じ取った凛は、過去の自分を懐かしみながら、彼等の心中を察する。

 

(僕もこんな感じだったのかな?)

 

 かつての流やカナエからは、己がこのように見えていたのだろうか?

 そう思うと、その初々しさに気恥ずかしくなってくる。

 だがしかし、自分はこうした若い芽を見守りながら育む世代に突入するほどに年を重ねた。鬼との戦いで命を落とす隊員は少なくないのだ。凛達でも年長者と言って過言でないほど、鬼殺隊は万年人材不足に悩まされている。

 

―――大切にしなければ。かつて、流が自分達を守ってくれたように。

 

(……あんまり見習ってもあれかな? でもなぁ)

 

 考える度に脳裏を過る恩師。

 彼の生き様に囚われてしまうのは、傍から見れば呪いかもしれない。

 それでも、()()()()()()()()と考えれば、彼が辿った道を無視できないのもまた事実。

 同じ道を辿るのであれば、せめて彼が息絶えた場所よりも先へ進まんことを願うばかりだ。

 

 炭治郎達のやり取りを眺め、懐旧の念やらなにやらが湧いた凛は、つむじの後を追うように列車の中へと乗り込んだ。

 切符の購入も済ませ、後は杏寿郎の下へと向かうばかり。

 ここ最近は継子にも拘わらず指導も受けられず、寂しい思いをしていたところだ。ちょっとでも顔を見られたなら嬉しい。こうした感情は、どちらかと言えば仲の良い兄に向けるものに似ているかもしれない。

 

「煉獄さんはぁ~っと……ここじゃないかな。もうちょっと前か」

「分かるんですか?」

「色んな意味で熱い人だからね」

 

 体温的にも精神的にも。

 温度感覚に優れた凛ともなれば、列車という大人数が屯する中に居る杏寿郎の居場所も察することができる。

 あれよあれよと進んでいく内に、漂ってくるのは牛鍋弁当の美味しそうな匂いだ。

 食指をそそる匂いは、直前に食事を済ませてきたとしても腹の音を響かせてしまいそうにする。如何せん匂いが強すぎる気もあるが、それは積まれた空の弁当箱から分かる通り、単純に量が多いからだろうか。

 推定十個以上。こんなにも牛鍋弁当を食べられるのは、知っている限りでは蜜璃か関取か、もしくは。

 

「煉獄さん、お久しぶりです」

「うまい!」

「それはよかったです」

 

 戦いに向けて英気を養っているのだろう。牛鍋弁当を掻き込む杏寿郎が、現れた六人に対し、挨拶代わりに弁当の味を告げてきた。

 

「本当にこの人が炎柱なんすか……?」

「ああ! こんな金色の御髪を靡かせる御仁は早々見間違えないからな」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 善逸は何やら言いたげそうにしていたが、燎太郎の説明を受けるや否や「ああ、やっぱやめとこう」と言葉を呑み込んだ。

 と、そうこうしているうちに牛鍋弁当を平らげた杏寿郎が、早速炭治郎が聞きたがっている話について語り始めた。

 

「溝口少年! ヒノカミ神楽とやらだったらな!」

「いえ、俺は竈門ですよ」

「竈門少年! 残念だが、俺の知っている限りではヒノカミ神楽という呼吸はない!」

「えぇ、そんな!」

「戦いに応用できたことは実にめでたいが話はこれで終い……という訳でもない! 確かに歴代の炎柱が残した手記にならば手掛かりはあるかもしれん! だが、生憎俺はそれを読んだことがない!」

 

 雷に打たれたような衝撃を受けた顔を浮かべる炭治郎。

 それもそうだ。彼はてっきり杏寿郎が手記を読んだとばかり思っていたのだから、まさか一文字も読んでいないと告げられるとは予想もしていなかった。

 これだけでは杏寿郎が書物に興味のない人間と誤解されてしまうかもしれないが、彼は指南書を読み込んで炎柱まで上り詰めた男だ。寧ろ、鬼狩りに関する書物に対しては人一倍熱心に読み込んでいるとさえ言える。

 そうした彼が手記を読まない理由は一つ。父が読み耽っていた―――物理的にも心理的も読みづらい環境にあった。

 

「だが、安心するといい! 今日まで任務で家に帰られなかったというのもあるが、帰宅次第手記を探してみよう! 竈門少年も来るといい!」

「いいんですか!?」

「ああ! 俺の継子になるといい! 面倒を見てやろう!」

 

 杏寿郎が面倒見の良さを発揮する。

 誰に対してもとりあえず継子にならないかと打診するのは彼の良いところでもあり悪いところだが、見慣れている継子三人に関しては今更とやかくは言わない。

 それよりも、だ。

 

「どこに鬼が居るんだか……」

「え? 鬼出るんですか、この汽車!?」

「ああ、出るぞ!」

「降ります!」

 

 燎太郎の呟きに対し過敏に反応する善逸。

 というのも、まさか鬼の出没場所に向かっているのではなく、現在地が鬼の出没場所と今知ったからだろう。

 

「乗客が四十名以上! それでいて送り込んだ数名の剣士が消息を絶った! だからこそ、柱である煉獄の兄貴が送られてきたという訳だ!」

「はぁー! なるほど! 降ります!」

「挽き肉になりたいなら降りたら?」

「横で怖いこと言わないでええええ!」

 

 泣き言をいう善逸に対し、つむじが辛辣な物言いをする。

 柱一人にその継子が三人、加えて平隊員が三人とかなりの戦力を送り込んだ訳であるが、実際に件の鬼の討滅に送り込まれたのは杏寿郎だけ。継子三人は、各々の任務地へと向かう移動として同乗しただけである。とどのつまり、()()()に杏寿郎の任務の手伝いをする訳だ。

 

(今のところは何も感じない……)

 

 泣き喚く善逸を横目に、鬼の気配がないか集中する凛。

 しかし、まだ鬼らしき寒気を覚えることはない―――が、同様に気配を探っている燎太郎は得も言われぬ掻痒感に違和感を覚えているのか、忙しなく視線を泳がせている。

 居るには居るがまだ遠い。

 

(汽車内に隠れている?)

(みたいだな)

 

 二人は視線のやり取りだけで意思疎通を図る。

 いつでも刀を抜けるよう気を張り詰めながら、窓から吹き込む風を浴びる。その風もどこか不快だった。総毛立つような冷たさ―――否、寒気だ。ぬるりと肌を撫でる感触もまた不快感を一層煽る。

 確実に汽車の中には居る。

 そうして情報だけではない確信を得たところ、切符の確認にやって来た車掌がやって来た。

 

(どこだ? それに……この胸のざわつきは……?)

 

「切符……拝見いたします……」

「あぁ、よろしくお願いします……」

「―――待て、凛! その切符を貸せ!」

「え?」

 

 ハッとした燎太郎が制止するも、すでに手渡された切符には車掌が切り込みを入れてしまった。

 パチン、と小気味いい音が車内に響く。

 それはまるで意識が途切れる音喩が如く七人の鼓膜を震わせる。

 刹那、彼等の瞼は固く閉じられ、それまでの緊張感とは打って変わって安らかな寝息が立てられるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 冥い道がずっと前へと続いている。

 その果てに何があるのかなど知る由もない。

 しかし、だからといって来た道を戻る気にはなれなかった。

 

 漠然と、ただ歩を進める。

 この感覚にだけは―――覚えがあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……あれ?」

 

 凛は、突然覚醒したように視界が開けた。

 眠っていたにしては余りにも目覚めが良い。そもそも立ったまま寝ることなどできようはずがないだろう。

 

(ここは……?)

 

 記憶が曖昧となる中、現在地を把握しようと辺りを見渡す。

 次第にここがどこかが分かってきた。蝶屋敷の庭だ。散々指導をつけてもらった思い出の場所である。

 風に乗って漂ってくる洗濯物の匂いが鼻を吹き抜ける。それに加えて、庭先に植えられた花と、屋敷から仄かに感じ取れる消毒液の匂いもまた、ここが蝶屋敷だと理解させたのだった。

 

―――どうして蝶屋敷に居るんだろう?

 

 前後関係があやふやだ。

 何故ここに来たのかが分からない。

 任務で来たのであれば、もう少し記憶がはっきりとしていいものであるが……。

 

―――カツリ。

 

 不意に屋敷の方から聞こえた。

 聞き慣れた、それでいて久しく聞くことがなかった音を耳にし、弾かれるように振り返る凛。

 

「あ……あぁ……!」

 

 屋敷の縁側に一人の人物が立っていた。

 見間違うはずもない。痛ましい義肢の姿を晒しつつも、どこか頼り甲斐を感じさせる精悍な顔つき。鬼に刻まれた顔の傷跡は忘れられるはずもない。

 

「……凛」

「流……さん!」

 

 気が付いた時には駆け寄って抱き締めていた。

 そこに流という男が居る事実をしっかりと確かめるように。

 

「あああ! うわああああ!」

「……大声で泣いてどうした。らしくもない」

「だって……! ……あれ? なんで……でしょうかね?」

「……ふっ。おかしな奴だ」

「あ、あはは……」

 

 何故自分が泣いてしまったのか。

 その理由は、まるで靄がかかってしまったかのようにうまく思い出すことができなくなってしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……」

「あら? 起きたの、つむじちゃん」

 

 そう言って顔を覗きこんできたのはカナエだった。

 彼女の膝枕で眠っていたのだろう。後頭部の柔らかい感触から察したつむじは、寝ぼけることもなく体を起こした。

 

「ふぁ~あ……」

「よく眠ってたわね。最近は忙しそうだったからだけど、ちゃんとお休みしないと駄目よ?」

「ん」

 

 いつも通りの受け答え。

 余りに簡素な返事でも、カナエは微笑みで応えてくれる。

 そうした彼女と一緒に、しばらく部屋でのんびりとしていれば、時折しのぶやカナヲといった蝶屋敷の住民が廊下を通っていく姿を窺えた。

 何の変哲もない日常。惰眠を貪っては親しい者の傍で時間を過ごす。つむじにとって、それ以上の幸福はなかった。

 

「お~い!」

「ん?」

「あら、お客さんが来たみたい」

 

 不意に玄関から声が聞こえた。

 応対の為にカナエが席を立つが、何の気なしにつむじも彼女へと付いていく。

 

「お邪魔します!」

「お邪魔しまーす!」

「邪魔するぞ、胡蝶!」

「いらっしゃい、燎太郎くん。蜜璃ちゃん。煉獄さん」

 

 訪れたのは三人だった。いずれも見慣れた顔だ。特に驚く相手ではない。

 それからは、土産の品を携えてきた三人を屋敷へと招き入れ、客間で談笑することとなった。

 笑い声が絶え間ない客間。その中でも、つむじは食い意地を張るかのように土産の品に手を付けては頬を膨らませる。

 彼女の遠慮ない食いっぷりに触発されてか、少しの間我慢していた蜜璃、そして杏寿郎もまた土産の品を手に取り始めた。

 

「……?」

 

 しかしながら、食べても食べても一向に減る気配のない土産品につむじは首を傾げた。

 おかしいと顔を上げれば、杏寿郎の背後に積まれた土産品の箱が目に入る。

 なるほど、彼自身を含めて食い意地を張った三人が居ることを考慮し、それだけの量を買って来たのだろう。

 ひとまずは納得するつむじ。

 だが、不意に耳に入った話に違和感を覚えることとなった。

 

「凛はどこに?」

「凛くんなら庭で流さんに稽古をつけてもらってますよ」

 

 杏寿郎とカナエの会話だ。

 なんだ、凛も蝶屋敷に居たのか―――と、呑気な考えが脳裏を過るのも束の間、一旦受け止めた内容のおかしさに気が付いた。

 

「流……?」

「どうしたんだ、つむじ」

「流って誰?」

「おいおい、寝ぼけているのか。流の兄貴は流の兄貴だろ」

「そうじゃない」

 

 燎太郎が呆れたように諭すが、問題はそこではないのだ。

 居ても立っても居られなくなったつむじは、腰を上げるや庭先へと急ぐ。

 すると、いつのまにやら普段着の着物が鬼殺隊の隊服へと変貌しているではないか。最早、今見ている光景が現実ではないのは明らかだ。

 

「!」

「あれ、つむじ?」

 

 大した時間もかからず庭先へ出れば、カナエの言っていた通り、凛が流に稽古をつけてもらっていた。

 同姓同名の別人ではない。あの頃のままの流だ。

 その姿に懐かしさを覚えないと言ったら嘘になる。

 だがしかし、それ以上に彼女の胸に湧き上がる感情はただ一つ。

 

「―――失せろ」

 

 怒りを孕んだ声色を発するつむじは、懐から日輪銃を取り出し、そのまま流の頭を撃ち抜いた。

 血飛沫が上がり、庭が一気に血に染まる。

 折角乾かしていた洗濯物も。可憐に咲き誇っていた花々も。彼との日々の思い出の場も。

 どす黒い血が辺りを染めるが、知ったことではない。

 夢か幻か、はたまたそのどちらでもない虚像か。何にせよ、贋物であると分かっている以上、引き金を引くのに躊躇いは覚えなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 混沌。

 この場を言い表すのであれば、それ以外の言葉が見つからない。

 寺に立ち寄り和尚や子供に会った後、土産を蝶屋敷に携えてくるまでは平和そのものだった。

 だが、つむじが流を撃ち殺すという暴挙に出たのだ。

 あれほど慕っていた流を彼女が射殺するとは到底思えない。夢だと思いたくなってしまう。

 

(いや、これは夢なのか……!?)

 

 燎太郎は鮮烈な痛みが奔る頭を押さえた。

 突然靄が晴れ、苛烈なまでに輝く日光が視界を埋め尽くしたような感覚。思わず立ち眩んでしまったが、次第に混乱していた思考がまとまってくる。

 その間にも凛とつむじは言い争っていた。

 一触即発―――と表現するには、もう遅い。彼等が斬り合うのは時間の問題だった。

 

「どうして、どうして流さんを……!」

「分からない? じゃあ、凛も幻? なら……っ」

「待て、二人共!!」

 

 強引に間へ割って入る燎太郎。

 錯乱気味の凛に対しては、力に打って出る他止める術がない。それも仕方がないことだ。例え幻覚だとしても、目の前で大切な人間を殺されれば少なからず動揺するものだ。

 だからこそ発現した無数の違和感。

 それらは少しずつ……少しずつではあるが、三人が見ていた夢幻を暴き始めていた。

 

 きっかけを作ったのはつむじだ。

 認めたくはない。認めたくはないが、彼女が導いた答えこそが真実である。

 

 無造作に転がる流の死体。

 目を背けたくなる惨い死体を前に、頭を手で押さえながら激痛を堪える。

 そうだ、彼は―――。

 

「いいか、凛」

「燎太郎……?」

「流の兄貴は、もう死んでるだろう?」

「―――」

 

 涙に曇っていた凛の瞳に光が差した。

 そうだ、誰だって目を背けたい。

 自分自身、鬼となった和尚を殺した事実や彼に殺されてしまった子供達を生きているものと都合よく幻視していたのだ。とやかくは言えない。

 それでも―――燎太郎は人目をはばからず、滂沱の如き涙を流しながら、震えた声で紡ぐ。

 

「殺されたんだよ……!」

「あっ……」

 

 彼の言葉が静寂と化していた庭に響く。

 気持ち悪い程に澄み渡る声。

 すると、突然硝子が砕け散るような音が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 肩に置かれた燎太郎の手が強く握られる。

 痛い。痛い。痛い。

 肩ではない、胸が。

 あれほど温もりで一杯だった胸が、今や空っぽになった冷たさで凍えて裂けそうだ。

 

「……夢ならいっそ、もっといいのを見させればいいのに」

 

 沈痛な面持ちのつむじが口を開いた。

 

「だって……本当に良い夢だったら、二人は鬼なんか斬ってないでしょ? でも、私は……」

 

 俯くつむじ。

 彼女にとっては孤独に生きた幼少期よりも、鬼殺隊に入り凛や燎太郎達と出会ってからの日々を幸福と感じていた。

 それ以外の幸福を知らないから―――。

 故に、生きている者達の中にただ一人佇む流の幻影に気が付いた。

 彼が生きている方が幸福であることは否定しない。だが、彼の死を否定すれば、それを乗り越えて杏寿郎と過ごした日々をも否定しなければならなくなる。

 

 心の底から辛そうに紡ぐつむじ。

 そんな彼女の肩にそっと手が置かれた。

 

「……だとしても、目の覚まし方が強引だよ」

 

 手を置いた凛が、得も言われぬ苦笑を浮かべながら告げる。

 

「ごめん」

「まったくだな!」

 

 素直に謝るつむじに続き、燎太郎が溌剌とした声で陰鬱な空気を吹き飛ばそうとする。

 もう庭には死体も血痕も残ってはいなかった。

 それは綺麗な記憶通りの光景。春には桜吹雪が舞い、夏には緑が映え、秋には紅葉に染まり、冬には雪化粧が施される庭だ。

 春夏秋冬の景色を楽しんだ庭先に佇む三人の姿は隊服へと戻っていた。夢と分かった以上、いつまでも夢見心地な恰好で居る訳にはいかない。

 

「鬼の攻撃はすでに始まってるってことかな?」

「知らない」

「いっそ清々しい返しぶりだな!」

 

 すっかりいつもの調子に戻った三人。

 しかしながら、夢と分かっているのに起きられないというのも不思議な状況だ。血鬼術で強制的に見せられている夢だとするならば、如何なる手段で現状を打破すべきか。

 

「いっそ死んでみる?」

「「……」」

 

 三人寄れば文殊の知恵とも言うが、些か一人の出す案が物騒以外の何物でもない。

 とは言うものの、それ以外に目ぼしい手段がないのも事実。

 

「でも、それで現実の体に影響が出たら……」

「その時はその時」

 

 懸念を口に出すや、銃口をこめかみに当てたつむじが引き金を引いた。

 轟く銃声と共に倒れるつむじ。

 夢と言えど、友が血を流して倒れる光景は堪えるものがある。

 

「はぁ、思い切りが良すぎるよ……」

「はっはっは! あいつらしいな。だが、俺もさっさと行かせてもらう」

「燎太郎! せめて……」

「いや、いい」

 

 今度は燎太郎が刃を自身の首に当てた。

 自害するにはそれなりの精神力が必要だ。仮に痛みを感じるのであれば、いっそのこと自分が干天の慈雨か(そそぎ)で介錯しよう―――そう伝えようとしたが、暗に察した彼は迷いなく断る。

 

「凛。俺はな、中途半端な幸福なんていらん。これしきの夢……これから掴む未来に比べればちっぽけなものだからな」

「……うん」

「だが、まあ……三人同じような夢を見ていたと思えば……悪くは感じないな!」

 

 「最初の頃に比べればな」と締めくくり、自刃する燎太郎。

 彼もまた夢の世界から発っていった。残るは自分だけ。

 

「はぁ……」

 

 憂鬱そうにため息を漏らす凛。

 それも仕方がない。過去のことだと割り切っていたはずなのに、いざ流を前にして乱れてしまったのだから、自分の未熟さにほとほと呆れてしまう。

 

(でも……)

 

 ふと、頬が綻んだ。

 

―――そんな僕を、きっと貴方は許してくれる。

 

 ぶっきらぼうで優しい彼ならば。

 

 そう確信できるほど信頼に値する人間に出会えたことは幸運だ。他人に愛されること自体が、である。

 それを気付かず間違った方向へ一生懸命になっていた時期もある。

 まず誰よりも自分自身が己を大切にしなければならないのに―――あの頃は、随分と周りの者には迷惑をかけてしまったことだろう。

 

「もう大丈夫です」

 

 夢の中ならば。

例え相手が虚像だとしても伝えられると、凛は口に出す。

 

「行ってきます」

 

 力強い声色で刃を首にあてがう凛。

 

―――守ってこい。

 

 頚を斬って意識が朦朧としていく最中に響いた声は幻聴か。

 はたまた―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「!!」

 

 がばりと上体を起こすように目を覚ます凛。

 車内は乗車した当初とは違う悍ましい空気に包まれていた。間違いない、鬼はすでに動いている。

 そして、近くの座席に座っていたはずのつむじと燎太郎の姿がない。

 座席から仄かな熱が感じ取れることから、席を立ってからそう時間は立っていないだろう。

 

(先に動いて……)

 

 姿が見えない以上、動きを見せた鬼を討滅するべく他の車両に移ったことは明らかだ。

 

「!」

 

 どこに向かうべきか思案している途中、車両の壁が肉のように蠢いて襲い掛かってきた。

 咄嗟に日輪刀を抜いた凛は、迫りくる肉の触手を斬り落とす。

 

 氷の呼吸 弐ノ型 霰斬り

 

 少しでも再生を遅らせるべく、細切れにしてみせる凛。

 しかし、頚を絶たないことには無尽蔵に再生し、いずれは乗客へ手が伸びてしまうだろう。

 

(炭治郎君達の姿が見えない? もう起きてるのか? だとしたら、車両を守ることは難しくないけれど……!)

 

 問題は鬼の潜む場所。

 軽く指先を斬り、刀身に彫られた血流しへ血液を垂らす。

 それから乗客にも襲い始めた肉を斬り飛ばせば、断面が凍結してそれ以上再生することはなくなる。

 知能があれば別の面から生やせば済むが、そこまで意識は回っていないのだろう。心なしか攻撃の手が緩んだ。

 

 これならばやれる。

 そう確信した瞬間だった。

 

「うたた寝している間にこんな事態になっていようとは!! よもやよもやだ!!」

「煉獄さん!」

「氷室少年! 先に起きていたのか!」

 

 この場において誰よりも強い男が目を覚ます。

 赫き炎刀を構えるや否や、凍っていない部分から伸びてくる肉の腕を叩き切る杏寿郎は、そのまま状況を確認するように辺りを見渡した。

 

「ふむ! なるほど!」

「煉獄さん!」

「皆まで言わずともよし! 付いてこい!!」

「はい!!」

 

 刹那、二人は黒い影となって車両を駆け抜けていく。

 後方の車両から前方の車両へ。道中、蠢動する触手と化す壁や天井に斬り込みを刻むのも忘れない。

 数秒の間だった。あっという間に誰かの姿が見えたと思えば、それは黒刀を振るう炭治郎であった。

 

「煉獄さん! 氷室さん!」

「竈門少年! 君は氷室少年と猪頭少年と共に鬼の頚を探せ!」

「えっ!?」

「俺は後方五両を守る! 残りの三両は明松少年と黄色い少年、竈門妹に任せる! 東雲少女は屋根の上から汽車全体を斬り回っているからな!」

 

 それだけ伝え、宣言通り後方五両を守りに向かう杏寿郎。

 流石にもう少し分担してもいいのではないかと考える凛であったが、彼はやると言ったらやる人間だ。

ここは全幅の信頼を置き、自分の役目を全うするべきだろう。

 

「聞こえていたかい、伊之助君!!」

『うるせえぇ、聞こえてんだよぉ!!』

「そこに居たのか、伊之助!?」

 

 凛が声を張り上げると、ちょうど真上の屋根に乗っていた伊之助が応答した。

 彼と三人で向かうのは鬼の急所。

 汽車と一体化になっている以上、頚を探すのは至難の業だろう。

 しかしながら、鬼にとっての最大の不運は、この場に居る三人が鬼の気配に敏いことだ。嗅覚、触覚、温度感覚―――人並外れた感覚が嫌な気配を感じ取る方向はただ一つ。

 

「前だ!! 煙が上がっている方!!」

『言われなくとも俺はビンビン感じ取ってたぜぇ!! 伊之助様を舐めんなっ!!』

「なるほど! 急ぎましょう!」

「うん!」

 

 匂いも熱も風で流れる中、誰よりも早く鬼の急所を探っていた伊之助が先行していく。

 彼を追う形で凛と炭治郎も前方の車両へと進んでいけば、石炭が積まれている先頭車両へたどり着いた。

 そこには眠っていない車掌が居たが、このような状況であるにも拘わらず「出ていけ!」と叫ぶ。

 

「すみません、有事なので!!」

 

 そんな車掌を押し退け、壁が蠢動する車両に乗り込んだ三人が見つめるのは、真下の床だ。

 

「おらァ!! 退け退けぇ!! 伊之助様のお通りだぁ!!」

 

 獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

 直感のままにボロボロ刃毀れした日輪刀を振りかざす伊之助。

 荒々しい太刀筋ながらも豪快な一閃は、分厚い車両の床を斬り開いた。

 そこに収まっていたのは巨大な頚の骨だ。人間の骨と比べれば余りにも太い。丸太と見間違えそうだ。

 だが、鬼が汽車と一体化しているならば、この大きさにも納得がいく。

 

「これか!」

 

 急所が分かるや否や飛び掛かる凛と炭治郎。

 その瞬間、壁や床から浮かび上がる眼と視線がかち合った。「夢」と刻まれた瞳と目を合わせると、瞬く間に体が脱力し、意識が闇の中へと引きずり込まれてしまう。

 

(血鬼術か!)

 

 理解し、眠りに落ちるや否や目を覚ます。

 ただし瞼は開かない。視線が合うことが血鬼術の発動条件と看破した以上、わざわざ目を開いてやる義理はない。

 

 氷の呼吸 終ノ型 絶対温感

 

 視界を閉じて温度だけで辺りの状況を把握する凛は、敵の血鬼術の他に襲い掛かる腕を斬り落とす。伊之助は被り物のおかげか、眠らされては覚醒を繰り返す炭治郎とは違い、立て続けには眠らされていない。

 ならばと凛は、すぐさま炭治郎の目を手で覆う。

 

「炭治郎君!!」

「っ……は、はい!!」

「周りの目と腕は僕に任せて!! 僕が手を離した後に合図を出すから、それから君と伊之助君で頚を斬るんだ!!」

「分かりました!!」

「いいかい!? ()()()()()()()んだ!! 離すよ!!」

 

 手を離してすぐにもう一振りの日輪刀を抜く。

 流の形見だ。すっかり手に滲む柄を握り締め、彼は集中する。

 刹那、汽車の疾走する音を掻き消す呼吸音が鳴り響いた。吹雪が荒れ狂うような甲高い―――。

 

 氷の呼吸 陸ノ型 白魔の吐息

  水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦

 

 二つの技が車両の中をズタズタに斬り裂く。無数に伸びていた腕や眠りに誘おうと開かれていた眼も全て。

 二振りの日輪刀が振り抜かれた直後、鬼の急所が隠される車両がまったくの無防備と化した。

 

「今だ!」

「おっしゃあああああ!!!」

 

 合図通り動き出す伊之助が、先の技よりも鋭い紫電を奔らせた。

 

 獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

 

 続く炭治郎の刃が間に合うように刻まれた斬撃。

 大きく露出した頚の骨だが、今だけは何物も守りはしない。

 

()()()……()()()()!!)

 

 先輩と同期が作ってくれた機会を無駄にせぬべく、振りかざす一閃に全身全霊をかける炭治郎。

 そう、全てを。

 水の呼吸も―――ヒノカミ神楽さえも。

 二つの呼吸を併せた炭治郎の一閃は、水の如く流麗に、陽光の如く燦然たるものだった。

 

 ヒノカミ神楽 碧羅(へきら)(てん)

 

 日輪を描く刃が頚を絶つ。

 

 

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