鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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弐拾参.敲氷求火

 横転している汽車。まだ鬼との一体化が解けていない部分には、依然として肉が蠢ているものの、時を待てば灰燼と化していくだろう。

 

「ふぅ……ひどい目に遭った……」

 

 線路が走らされている土手から少し離れた場所に立つ凛。

 炭治郎達が鬼の頚を斬った直後、鬼が苦しみもがいて汽車ごと暴れた際、少しでも横転の衝撃を減らそうと技を繰り出した彼の顔には疲弊が浮かび上がっている。

 しかし、同じことを考えていた杏寿郎達も居た為、横転の衝撃は最大限に留められたと言えよう。

 

「負傷者の確認をしなくちゃ……」

 

 炭治郎と伊之助は傍に居たこともあり、安否の確認は済んでいる。頭を打ち、気を失っているものの、出血はしていない。脈拍も安定していることから目覚めるのは時間の問題だ。

 となれば、一般の乗客を運び出すのが先決か。

 泣き声や呻き声が闇の中に響いてくる。きっと痛みで苦しんでいるのだ。

 死と違い、苦痛は想像できてしまう。今尚苦痛にもがく人々を助ける為には、一刻も早く手当をしてやるべきだ。

 

 凛も軽い応急手当ができる道具は持ち歩いている。

 流が死んで以降、手当の術はカナエ等から教えてもらい、どこにでも携えていくようにしていたのだ。

 流石に三百人もの乗客を手当てできる量ではないが、ないよりはマシだろう。

 

「まあ、兎にも角にも……」

 

 せっせと乗客を運び出す凛。

 ほとんど無傷で済んでいるような者も居れば、打撲や出血で苦しんでいる者も居る。中には意識を失っている者も居るが、幸いにも命にかかわりそうな怪我を負っている者は見られない。

 乗客を人質にとっては幸福な夢で手玉に取ろうとした鬼と、それに立ち向かった七人の剣士。勝利した側が後者であり、尚且つ犠牲が出ていないのだから、劇的としか言いようがない。

 

(後は隠の到着を待って……)

 

 一通り状況把握が済めば、遠くから足音があっという間に近づいてくる。

 

「うむ! 無事だったようだな、氷室少年!」

「煉獄さん、そちらもご無事で!」

 

 あれだけの事故が起きながらも掠り傷の一つも窺えない杏寿郎がやって来た。

 バンバンと肩を叩いて凛の無事を確認した彼は、「あちらで倒れている黄色の少年の手当てを頼む!」とだけ告げて、炭治郎達の下へ走って行く。

 忙しない、と言うよりも忙しない状態が常であるのが柱だ。

 気に掛けることから始まり、とうとう辿り着いて手を伸ばすまでが間に合ってしまう彼にしてみれば、時間が幾らあっても足りない。

 底抜けに面倒見がいいと苦労が絶えない訳だ。

 

(まあ、僕も人のことは言えないかな)

 

 反面教師ではなく、鏡として、あるいは鑑として杏寿郎を見送った凛は、指示通り黄色の少年―――もとい善逸の下まで駆ける。

 頭から血を流している彼の傍には、竹を噛まされた禰豆子が心配そうに彼を見つめていた。

 人の血を見て尚、鬼の本能に踊らされず、あまつさえ心配してみせるとは、やはり彼女は普通の鬼とは一線を画す存在なのだろう。

 

「ムー……」

「大丈夫だよ、禰豆子ちゃん。血は流れてるけど大した傷じゃないから」

「ムー?」

 

 「ホント?」と言わんばかりに首を傾げる禰豆子に、繰り返し「大丈夫」と笑顔で返す凛。

 彼の言葉を信じてくれたのか、彼女の心配一色だった面持ちも僅かに綻んだ。緊張が解けたのだろう。

 安堵の息を吐く禰豆子。今度は別の物が気にかかるのか、辺りをキョロキョロと見渡す。

 何を探しているのかと凛が勘ぐれば、風のようにふわりと現れる人影が、四角い箱をドサリと置いてみせた。

 

「これ?」

「ムー!」

「つむじ! 怪我はない?」

「無い。お腹空いた。弁当食べればよかった」

「乗る前あんなに食べてきたのに……?」

「八分目」

 

 緊張感のない会話のやり取りをしてくれるのは、禰豆子の根城でもある桐の箱を携えてきたつむじであった。

 お気に入りの箱を目の前にした禰豆子はと言えば、のそのそと扉を開け、こじんまりとした空間に自ら収まっていく。意味は違うが、凛の脳裏に「箱入り娘」という言葉が過る。

 

「って、ご飯は帰ってから食べてもらうとして……燎太郎は―――」

「ここに居るぞォ!!」

 

 汽車の陰から飛び出してきたのは、無論、燎太郎であるが。

 

「血塗れ!! 大丈夫なの!?」

「はっはっは! なに、汽車が倒れる時にほんの五、六人庇って、ちょっと額が切れただけだ」

「そ、そう……?」

 

 顔面にべっとりと血が付いていた衝撃的な光景を前にしては、驚かずには居られまい。

 本人曰く、額を切っただけとの談でこそあるが、見た目は他の怪我人に混ざっていてもおかしくはない。

 呼吸で既に止血しているとは言え、見た目が落ち着かない為、凛は清潔な布を取り出して彼の血を拭う。

 

「もう……心配させないでよぉ……」

「何をお袋みたいなことを」

「だって、夢から覚めたと思ったら二人がさっさと行ってたから……顔を見れて安心したよ」

「「……フッ」」

 

 ヘナヘナとしながら告げる凛に、思わず燎太郎とつむじが噴き出した。

 前者はともかく、つむじまでが噴き出すとは珍しい。

 

「何を言ってる! 俺達が勝手に死んでるタマだと思ったか!」

「心配し過ぎ」

「い、いやぁ……だって、友達だからさ」

 

 笑い飛ばしていた燎太郎も、淡々と言い放つつむじも、凛が言い放った言葉にピタリと動きを止める。

 友達だから―――面と向かってこそ言わなくなったが、確かに三人の関係に当てはまる言葉だ。

 固い信頼関係に結ばれている「仲間」でなく、「友達」ならば心配してこそかもしれない。

 苦笑を浮かべて言い放った凛を前に、若干気恥ずかしくなる二人。

 しかし、フッと頬を綻ばせては彼に応える。

 

「そうだな! 俺達は友達だ!」

「ん」

「……うん」

 

 九死に一生を得るような死闘を経て、改めて互いの関係性を確認した三人。

 これにて一件落着―――かと思いきや。

 

 轟音。

 

 まるで、間近で火薬が爆ぜたかのような衝撃と振動が地を伝ってきた。

 

「なんだ!?」

「煉獄さんの方だ……急ごう!」

「ん……!」

 

 ただならぬ気配を感じて駆け出す三人。

 鬼が出るか蛇が出るか。どちらにせよ、辿り着けば分かることだ―――否応なしに。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――何度でも言おう。君と俺では価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも鬼にならない」

「そうか」

 

 夜の帳がまだ空を覆い尽くしている。

 そんな中、杏寿郎ともう一人―――全身に刺青のような模様が奔った鬼が対峙していた。

 目が覚めた炭治郎が呼吸を忘れてしまいそうになる程、重苦しい空気が辺りに迸る。杏寿郎は勿論であるが、対峙している鬼もまた、只ならぬ強者であったかからだ。

 

(上弦の参……猗窩座(あかざ)!)

 

 瞳に刻まれた文字が知らしめる。

 十二鬼月でも百年不変の地位に座する鬼達。下弦の鬼とは別次元の強さを誇る、それが上弦の鬼だ。

 その中でも参は上位に位置する数字。

 何たる鬼気か。離れた場に居るにも拘わらず総毛立つ圧迫感は、確かに上弦と信じる他ない。つい先ほど、汽車で対峙した下弦の壱がちっぽけに思えてしまう程だ。

 隣に居る伊之助でさえ考え無しの突撃を憚っている。

 

 本能に訴える強さを有す猗窩座。彼は杏寿郎に鬼になるよう勧誘し、たった今断られたところであった。

 さして残念そうに見えない面持ち。しかし、その瞳には溢れんばかりの好奇が宿っている。

 直後、何かの武道の構えを彷彿とさせる猗窩座の足下から、雪の結晶の如き紋様が光り輝いた。

 

「鬼にならないなら殺す」

 

 刹那、猗窩座の姿が消える。

 爆音にも似た音を置き去りにして肉迫する彼に対し、杏寿郎もまた日輪刀を握りしめ、吶喊する。

 

 炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

 両者の攻撃がぶつかり合った瞬間、夜の静寂を貫く轟音が響き渡った。

 目にも止まらぬ速さの攻防。炭治郎の瞳には、杏寿郎が何をしているのか把握することさえできない。気がつけば地面が抉れ、音が虚空を過ぎ去っていくのだ。

 

「今まで殺してきた柱の中に炎はいなかったな。そして俺の誘いに頷く者もなかった」

 

 死闘を繰り広げているにも拘わらず、喜々として饒舌になる猗窩座は続ける。

 

「なぜだろうな? 同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに」

 

 口から出るのは鬼という種族への称賛。

 それは炭治郎―――家族を殺され、妹を鬼にされた者として認めがたきもの。

 当然のことながら、杏寿郎の眼光も鋭くなる。

 そのような彼に、猗窩座は嗤いながら告げた。

 

「素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく。俺はつらい! 耐えられない、死んでくれ杏寿郎! 若く強いまま!」

 

 破壊殺・空式

 

 虚空を殴る猗窩座。すると地を蹴って走っている杏寿郎の下まで、打撃の衝撃が襲い掛かってくる。

 一撃でも喰らえば体勢を崩され、その隙を付け入れられて()られるだろう。

 応戦しようと構える杏寿郎。

 だが、その直前に一つの人影が現れた。

 

 氷の呼吸 拾ノ型 紅蓮華

 

 見えぬ弾丸を残らず叩き落す剣舞。

 これには技を繰り出した猗窩座も、「ほぅ……」と感嘆するかのような声を漏らした。

 

「お前は……」

「煉獄さん! 助太刀に入ります!」

「気をつけろ! 上弦の参だ!」

「!!?」

 

 空式を斬り落としたのは、遅れて参上した凛であった。

 肌身で感じる“熱”が普通でないことから察していたが、まさか彼も上弦が現れるとは思っていなかった。

 

(参……!)

 

 かつて流を殺した鬼は“弐”だった。

 それを踏まえた瞬間、彼の脳裏に過った考えはただ一つ。

 

(こいつを倒せなきゃ、仇は取れない……!)

 

 “参”を倒せなければ“弐”は倒せない。単純な話だ。

 しかし、私怨は程々に抑えて猗窩座を見据える。

 そうこうしている間にも燎太郎とつむじも駆けつけ、鬼殺隊側の戦力は一気に増えた。

 突然の上弦の鬼の襲来にも動じず日輪刀を構える継子三人。

猗窩座は力を推し量るように彼等をねめつけては、一気に距離を詰めた。

 

「その太刀筋、杏寿郎の弟子か何かかっ!?」

 

 彼が狙ったのは、まず凛だった。

 空を殴りつける速さの拳は、並の鬼狩りであれば反応することさえままならず、体を穿たれる威力を孕んでいる。

 しかしながら、猗窩座の視界に映ったのは、頭部が吹き飛ぶ凛などではなく、鈍い緑色の光を放つ刀身。

 

「疾っ!!」

 

 一瞬の間に凛の前へ躍り出たつむじが、猗窩座が腕を振るった側の脇へ刃を滑り込ませていた。鬼の頑強な肌に食い止められることもなく、刃はするりと肉を裂き、骨を断っては腕を斬り飛ばす。

 これで攻撃は無力化された。

 そこへ続けざまに燎太郎が豪快な一振りで、猗窩座の両脚を斬り飛ばした。

 体勢が崩れる。

 と、まるで倒れる方向が分かっていたかのように正確な斬撃が、猗窩座の頚へと振り抜かれた。

 

 氷の呼吸 壱ノ型 御神渡り

 

 炭治郎達からすれば、瞬き一つする間に繰り広げられた攻防だった。

 猗窩座の速さは勿論であるが、彼に合わせて咄嗟に連携する三人の動きは、驚愕や感動を超えて恐怖に値するものがある。

 

 それでも刃は―――。

 

「いい動きだ」

 

 片脚しかない猗窩座が、限限のところで残った片腕で虚空を殴り、一閃を潜り抜けた。

 凛の斬撃が惜しくも空を斬る間、片腕両脚を再生した猗窩座は、そのまま飛び退き、微かに血が流れる頚を指でなぞる。

 

「その闘気……今まで殺してきた柱に匹敵する。素晴らしい……素晴らしいぞ! 杏寿郎、お前も! よくぞこれほどまでの闘気を持つ弟子を育て上げたものだ! やはりお前は鬼になれ! お前という才能を無駄にしたくはない! どうだ、お前達も」

「ねえ、()()五月蠅い」

「聞かなくていい。鬼の戯言だ」

「いいや……戯言以下の侮辱だよ」

 

 つむじ、燎太郎、凛の順で猗窩座の言葉に辛辣な感想を述べる。

 よもや、鬼になれと勧誘を受ける等と思っていなかったが、いざ誘われてみると不快感で吐き気を催すものだ。

 温厚な凛でさえも、今は修羅の形相を浮かべて猗窩座を睨みつけている。

 さも当然のように四肢を再生する鬼。奇しくも、()と同じ場所を失ったというのに、尋常でない速度で再生され、今ではその事実の見る影さえない。それが大層彼の癇に障った。

 

「平静を保て」

 

 昂る三人に向け、冷水のように激情を冷ます落ち着いた声が紡がれた。

 

「敵は上弦だと言った。一瞬の隙が命取りだぞ」

「……はい!」

 

 鬼狩りが鬼への憎悪で冷静さを失ってやられることは少なくない。

 柱でさえそうなのだから、杏寿郎は強く念を押した。

 だが、猗窩座にとって死んだ者に固執するのは愚劣で無価値な行為でしかなかった。

 

「どうした、お前達は鬼に誰かを殺されたクチか? 殺された弱者等に構うな!! 俺に集中しろ!! 全力を出せ!!」

 

 唯一価値があるとすれば―――生き残っている強者の力を引き出す礎に利用するくらいか。

 

 三人の目の色が変わる。

 風一つ立たない水面のようでありながらも、猛々しく燃え盛る怒りの炎が宿るかのように。

 

「俺が先行するっ!!」

 

 赫怒に満ちる三人の前へと躍り出る杏寿郎が、飛び込んできた猗窩座と斬り合う。

 熾烈な殺し合い。一瞬の隙を晒すことも許されない戦場の中、彼等の動きに付いて行ける三人は、ある時は互いを援護し、ある時は己が前に出て猗窩座と斬り合う。

 四対一。数だけであれば杏寿郎側に軍配が上がる。

 しかし、

 

(何たる戦いぶり……修羅め!!!)

 

 率先して猗窩座の前へ出る杏寿郎が、心中で驚愕する。

 彼も上弦の鬼と相まみえる経験は初めてだ。自他共に認める腕の立つ剣士―――その自負には慢心も傲りもない。

 だが、こうまで通用しないものか。

 自分や継子が隙を作り、誰かが攻めに打って出たとしても、猗窩座は躱すか受け流してみせる。間もなくすれば傷も完治し、何事もなかったかのように嗤う。こんなふざけた話があるだろうか。

 

 基本、一人で鬼と戦う機会が多い鬼殺隊であるが、組織内でも炎柱とその継子の連携は最も統制されているとされている。

 事実、長年時を過ごした四人は言葉を介ずとも、各々の動きから次の動作を予想し、効率よく攻め入れるだけ呼吸を合わせられる。

 そんな四人でさえ、猗窩座という修羅の頚を一つとることさえままならない。

 

「おおおおおっ!!」

 

 吼える杏寿郎が炎虎を繰り出し、猗窩座の破壊殺・乱式と打ち合う。

 互いの援護の甲斐あって致命傷こそ避けているが、四人の体は猗窩座によって打ちのめされていた。

打撲は数えればキリがない。骨にもいくつか罅が入っていた。激痛が体を蝕み、感覚を鈍化させる一方で、死の予感をより強く覚えさせる。

 

「それでもっ!!」

 

 今度は凛が前に出た。

 既に両方の日輪刀を構え、猗窩座の懐へと飛び込む。

 

「お前の名はなんだ!!」

「氷室……凛っ!!」

「そうかっ!! 凛!! 俺も長年鬼殺隊を屠ってきたが、二刀流の剣士とやり合うのはお前が初めてだ!!」

 

 振り上げられる刃。それは寸前で上体を反らした猗窩座の胸板を軽く斬りつけるが、その程度なら瞬く間に癒えてしまう。

 実際、傷には構わず猗窩座は拳を振るう。

 凛の側頭部を殴りつける軌道。

 が、直前で彼も上体を反らして飛び退いた為、拳は虚空を殴る結果に終わる。

 そんな猗窩座の拳は、真下から降り上げられた刃に斬り飛ばされる。

 

「!」

 

 水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 とんぼ返りした凛が、もう片方の日輪刀で繰り出した技。

 二刀故、一振りだけとは違う瞬間に刃が襲ってくる。

 片手で振る以上、一刀流の剣士よりも膂力を鍛えなければならない為、実戦で活躍させるのは難しい。

それでも血反吐を吐く錬磨を重ねて彼はここに居る。積み重ねた月日は裏切ることなく上弦の鬼の腕さえも奪ってみせた。

 

「やる!」

 

 感嘆の声を漏らす猗窩座。

 斬られた手を再生せんと集中すれば、凛の背後から迫って来る影が現れ、目を見開く。

 響く銃声。咄嗟に生えたで防いだが、細かい弾丸が腕や体のあちこちにめり込む。

 

「銃か……」

「シイアアア!!」

 

 さして痛がる様子も見せない猗窩座は、冷めた声音を発しながら、甲高い呼吸音を響かせつつ日輪銃を構えていたつむじを見据える。

 

 風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐

 

 日輪銃で目晦ましした直後での斬撃。

 腕ごと頚をもらおうという気概のつむじは、血走った瞳を浮かべながら刃を滑らせる―――が、

 

「小賢しい」

「っ!」

「女が戦場に出しゃばるな」

 

 破壊殺・脚式 飛遊星千輪(ひゅうせいせんりん)

 

 迫るつむじに対し、上へ向かって蹴り上げる猗窩座。

 黒風烟嵐と交差する形で繰り出され、両者は互いに直撃を免れようと体を逸らしたものの、辛うじて蹴りを受け止めたつむじが吐血しながら後方へと吹き飛ぶ。

 

「ごぶっ……!!」

「つむじ!!」

「これで邪魔者はいなくなったな!! 男の死合(しあ)いに女はいらん!!」

「貴様ぁ!!」

 

 つむじを傷つけられ、激昂する燎太郎が背後から斬りかかる

 

 炎の呼吸 伍ノ型 炎虎

 

 破壊殺・脚式 冠先割(かむろさきわり)

 

 虎を彷彿とさせる苛烈な斬撃。

 それを蹴り上げて弾き飛ばす猗窩座は獣のように鋭い笑みを湛える。

 

「違うか? 小物まで用いらければならない弱者等……武を極める者として無粋とは思わんか!?」

「鬼が武を語るか!!」

 

 攻撃を弾かれても尚怯まぬ燎太郎は、猗窩座の傍で備える凛と共に、挟撃を仕掛けようとする。

 だが、まるで分っているかの如く動く猗窩座は、肉迫されるより前に技を繰り出した。

 

 鬼芯八重芯(きしんやえしん)

 

 炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 

 氷の呼吸 玖ノ型 銀花繚乱

 

 それぞれ左右に四発繰り出される打撃。

 負けじと技を繰り出して対応する二人だが、その頬には冷や汗が伝う。

 

(どこに目がついているんだ!? まるで全部見透かされているような……!!)

(まるで近づけん!! いや、それよりも……!!)

(こっちの動きに!!)

()()()()()()()!!)

 

 明らかに猗窩座に動きを読まれているように、先回りされるのだ。

 それでは折角の連携も功を奏しない。

 時間を経れば動きに慣れられ、その一方ではこちらの体力が尽きていくばかり。なんとふざけた戦いか。

 だが、理不尽には慣れっこだ。

 

「おおお!!」

「!」

 

 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 打ち潮を繰り出す凛。

 だが、ただの打ち潮ではなく、左右の日輪刀を持ち換えてからの一撃だ。これまでの戦いで水の呼吸が短刀から繰り出されると覚えた猗窩座にとって、間合いが急変する事態は意表を突く行動であった。

 尋常ならざる反射で避けようと試みるも、身体のあちこちに斬撃が入る。

 

 血に濡れる日輪刀を振り抜いた凛。

 明らかに息が荒れてきているが、その動きの繊細さが乱れることはない。

 ギラリと光る眼光は、依然猗窩座を捉えたままだ。血管が浮かび上がるほど握りしめた手にさらなる力を込める彼は、息をする間も与えんという気迫を発しながら、太刀を返す。

 

 水の呼吸 拾ノ型 生生流転

 

 一撃目よりも二撃目が、二撃目よりも三撃目が。

 回転を増す度に威力が上がる水の呼吸の奥義を繰り出す凛は、応戦する猗窩座に絶えず斬撃を繰り出していく。

 激しい絶技の応酬。

 それでも彼を倒すには至らず、攻防を潜って抜けてくる攻撃が掠り、凛の体から血が溢れていく。

 

「ぐぅっ……!!」

「称賛しよう!! その気迫!! その精神力!! だが悲しいかな、人間は脆い!! すぐに衰えては死にゆく不完全な存在だ!!」

「驕るな!! 鬼とて生命(いのち)だ!! 死にゆくだろうに!!」

 

 再度、凛と挟撃を仕掛ける燎太郎が叫びながら刃を振るう。

 水の龍と炎の虎。

 吼える二人の刃―――しかし、修羅の如き強さを誇る猗窩座には届かない。

 

 破壊殺・砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ)

 

 猗窩座の振り下す拳が地面を砕く。

 その衝撃に体を煽られた二人は、決死の攻撃も虚しく、強引に彼から放されてしまった。

 それでも彼に近づく影が一つ。猗窩座の瞳には、未だ赫々と燃え盛る炎を幻視させる闘気を放つ男だ。

 

「猗窩座!!」

「お前もそうは思わんか、杏寿郎!!」

 

 杏寿郎の斬り下ろしと猗窩座の突き上げた拳が衝突する。

 そのまま他者を寄せ付けぬ熾烈な死合いを披露する二人。一歩でも間合いに入れば死ぬ。そうした雰囲気を辺りに振り撒く程、彼等から放たれる闘気と鬼気は火花を散らしていた。

 

「何故弱者を守る、杏寿郎!! 弱者は須らく淘汰される存在だ!! お前が守ろうともいずれは死ぬ!! 必ずな!! それを守って何の意味がある!? 何の価値がある!?」

「彼らは誰かの大切な人だ!! 守る道理はあっても守らぬ道理はない!!」

「無情だな!! 弱者を生き永らえさせるよりも、お前のような強者が力を高めることこそ価値のあるものだ!! 何故それがわからん!?」

「くどい!! 俺と君とでは価値基準が違うと言った!!」

 

 少しでも継子三人を休めさせようとしているのか、杏寿郎は三人から離れるように動きつつ猗窩座を相手取る。

 その代償として、彼の体にはみるみるうちに傷が増えていった。

 それでも止まらない。止まり等しない。

 これほどまでに激しい死闘の中、彼の脳裏に過っていたのは、どう動くべきか、どうすれば倒せるか等よりも、亡くなった母の言葉だった。

 

「俺にとって!! 人を傷つける力に価値はない!!」

 

 血反吐を吐きながら叫ぶ。

 心を燃やす。母の言葉を燃料に。

 

「力とは!! 弱き人を守る為にある!!」

 

 特大の轟音を響かせては猗窩座を押し返す杏寿郎。

 肋骨には罅が入り、内臓が傷ついて口から血が溢れているものの、微塵も闘志が消え失せた様子はない。

 

「―――それが俺の責務だ。弱き人を守ることこそ、俺の……俺は責務を全うする!!」

 

 赫き炎刀を構える杏寿郎が吼える。

 肌を焼き尽くすような闘気を放つ彼に、距離を取っていた猗窩座も自然と口角が吊り上がる。

 互いに次の一撃の為に構えた。

 杏寿郎は、炎の呼吸が奥義“煉獄”を繰り出す為に。

 猗窩座も途轍もない鬼気を迸らせて力を溜めたが、彼と杏寿郎とでは強さ以上に違うものがあった。

 

「おおおおお!!!」

「チッ……俺と杏寿郎の戦いに水を差すな!!!」

 

 猗窩座に斬りかかる燎太郎。

 千寿郎から贈られた羽織を投げつけ、視界を遮るようにして渾身の一閃を振るう。

 羽織を斬り裂きながら猗窩座を両断せんとする刃。

 それでも、まるで剣閃が分かっていたかのように動く猗窩座が、拳を横に振るって刃を折ってみせたではないか。

 なんたる神業。これには燎太郎も目を見開く。

 

「なっ……!?」

「失せろ!!」

 

 破壊殺・脚式 流星群光(りゅうせいぐんこう)

 

 刃を失った燎太郎目掛けて連続蹴りを繰り出す猗窩座。

 腕で防ごうとするも、鬼の蹴りを前にすれば紙同然の防御だ。骨が折れる鈍い音を響かせながら、燎太郎は後方へと吹き飛ばされる。

 

「ごはっ……!!」

「フゥー……っ!?」

 

 しかし、一人退けて息を吐いた猗窩座が腹部に突き刺さる暗剣に気がついた。

 一体どこから―――辺りを見渡せば、肩で荒々しく息をするつむじが、ギラついた瞳をこちらへと向けていたではないか。

 

「女……!!」

「……ふん」

 

 つくづく癇に障る真似をする剣士だ。恐らく、羽織で視界を遮られた隙に投擲したのだろう。

 感嘆すべき連携だが、忌々し気に吐き捨てる猗窩座は今度こそ杏寿郎へ向かい立とうする。

 刹那、グラリと視界が揺らいだ。

 

(なんだ、これは……?)

 

 初めての感覚だった。

 間もなく回復するだろうが、腹部から血の臭いに紛れて香ってくる忌々しい匂いには覚えがある。

 

(藤の花の匂い……毒か!!)

 

 ギリ、と歯噛みする。

 暗剣に塗られていた藤の花の毒が効いたのだ。上弦の鬼にとっては短時間で解毒可能であるが、毒にやられた事実以上の苛立ちが、彼の胸の内には湧き上がっていた。

 

 毒。女。血の臭い。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ―――。

 

「邪魔だ……俺の中から消えろおおおおおっ!!!」

「はああああ!!!」

 

 錯乱したように絶叫する猗窩座。

 今までと様子が違いを見せる彼であるが隙だらけだった。

 燎太郎とつむじが必死に作った隙を無駄にせぬ―――そして杏寿郎へと繋ぐ為、凛は極限まで感覚を研ぎ澄ませる。

 嗅覚はいらない。聴覚もいらない。味覚は当然の事、必要のない感覚は全て()()()

 そうしてこそ、この一閃が完成するのだ。

 だが、猗窩座も黙ったままでは居ない。

 

「退けろおおおおお!!!」

 

 凛を退かし、強引に押し通ろうとする彼は、毒でグラつく視界の中で飛び出した。

 杏寿郎へ放つ拳を振り翳す動作で凛を押し退ければいい。

 人間等、その程度で十分だ。

 線となる景色の中、黒い隊服に身を包む剣士を横切ろうとした瞬間、思考していた通り腕を振り翳すついでに横へ薙ぐ。

 

(―――手応えがない)

 

 まるで空を切ったかのような感覚。否、この軽さは―――。

 

(腕が……無い! 斬り落とされた!!)

 

 振り翳した腕の肘から先がない。

 骨が露わになっている断面からは血さえ溢れていない。

 

「馬鹿な!! 今の一瞬で!!」

「フゥゥゥウ……!!」

 

 驚く猗窩座に対し、凛は血の滴る刃を振るう。

 

 氷の呼吸 零ノ型 零閃

 

 刹那に閃く反撃で鬼の腕を斬り飛ばされ、僅かながら猗窩座は冷や汗を掻く。

 何故ならば、目の前から構えていた杏寿郎が奥義の準備を終え、こちらに向けて走り出したからだ。

 だが、まだだ。腕を斬り飛ばされたとしてもすぐに―――。

 

(……しない。何故再生しない!?)

 

 待てども待てども腕が再生することはなかった。

 ハッと断面を見れば流血さえしていない。それどころか凍りついていたのだ。

 

(これは!?)

 

 鬼を凍らせる凛の血液“凍血(とうけつ)”。

 猗窩座が流血していないにも拘わらず、先ほど彼が刃を振るったのは、己の血をたっぷりと刀身に滴らせていたからだ。

 別の意味で赫く染まる刀身に斬られれば、鬼自慢の再生能力も形無しと化す。

 

「チィ!!!」

 

 数秒に満たぬ攻防。だからこそ、一瞬の隙が命取りと化す。

 腕に再生に手間取り、あまつさえ再生が叶わなくなった腕では攻撃も糞もない。

 しかしながら、強引に突破して肉迫した以上、相手の間合いに入ってしまった。

 受けて立たなければならない。炎の呼吸の奥義を。

 猛る闘気を前にして、猗窩座が出来ることは身構えるのみ。

 

「うおおおお!!!」

「―――っ!!!」

 

 

 

 炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄

 

 

 

 業火が爆ぜた轟音が辺りを駆け抜ける。

 見ていた誰もが息を飲む一瞬。激突した両者の間には砂煙が舞い上がり、上手く様子を窺うことさえできない。

 

「げほっ! 煉獄さん! 煉獄さん!?」

 

 安否を確かめるよう必死に声を上げる炭治郎。

 次の瞬間、砂煙を突き破るようにして人影が抜け出してきた。

 

「猗窩座!?」

「……屈辱だ。俺はかつてこれほど業を煮やしたことはない……!!」

 

 着地する猗窩座は、側頭部が抉れていたり、もう片方の腕が斬り落とされていたりと、散々たる姿を晒している。

 だが、それ以上に彼が許せないものがあった。

 無粋な小道具や毒を用い、己の戦いを邪魔した剣士―――。

 

「女あああああっ!!!」

「東雲少女!!!」

 

 猗窩座に遅れて杏寿郎が砂煙から現れる。

 彼もまた少なくない傷を負っているが、それ以上に鬼の標的がつむじへと移ったことを焦っていた。

 

「っ……!」

「つむじぃ!! 逃げろぉ!!」

「伊之助!! 東雲さんを守るぞ!!」

「っ、任せやがれええええ!!」

 

 杏寿郎よりも彼女に近い場所に居た凛が駆け出し、遅れて炭治郎と伊之助も動く。今まで静観するしかできなかった彼等だが、負傷してロクに動けない者を救う為であれば、命を賭ける覚悟があった。

 四人が猗窩座からつむじを守るべく走る。

 しかし、人間よりも鬼の方が足は速い。瞬く間につむじと距離を詰めていく猗窩座は、杏寿郎へ撃ちそこなった一撃を、腹いせとして繰り出さんと力を溜めた。

 

「……どうせ逃げられない」

 

 迫りくる猗窩座を前に、腹を括ったつむじが刀を構える。

 そして、

 

 

 

 風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 

 

 破壊殺・滅式

 

 

 

 真正面からぶつかり合う攻撃。

 再び巻き起こる砂煙を前にしても足を止めない四人はそのまま突き進むどころか、凛に至っては自ら視界を晴らそうと技を出す。

 

 氷の呼吸 拾壱ノ型 白姫散華(しらひめさんげ)

 

 辺りを振り払う連閃。

 強引に開く視界。その先に佇んでいたのは、血塗れた拳を眺める猗窩座と、地面に赤い模様を残して倒れているつむじ。

 暗くてよく見えないが、脇腹辺りから溢れ出る液体は、ドクドク、ドクドクと留まることを知らない。

 

 血の臭いが―――鼻をつく。

 

「―――っ!!!!!」

 

 慟哭に似た絶叫を上げて斬りかかる凛。

 しかし、超絶的な反射神経で反応する猗窩座は、難なく彼の斬撃を回避してみせた。

 それどころか、避けた先で倒れたつむじを鼻で笑っては、こう告げる。

 

「これで邪魔者は消えたな」

「おおおおお!!!」

 

 斬撃は虚空を断つだけだが、続けざまに返す太刀で攻めかかる凛は叫ぶ。

 

「お前を……斬る!!!」

「やってみせろ!!!」

 

 朝日が昇るまで、まだ時間がある。

 鬼殺隊が殺されるのが先か、鬼が滅殺されるのが先か。

 はたして勝敗の行方は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ピクッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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