鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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拾章.血
弐拾捌.鬼家活計


 

 落ちる。

 

(御屋形様……)

 

 命が落ちる。

 

(真菰……)

 

 景色が落ちる。

 

(みんな……)

 

 落ちる。

 地の底に。

 

 落ちる。

 血の海に。

 

 思い返すのは鮮烈な出来事。

始まりは闇夜を紅蓮に染める爆炎だった。吹き抜けた爆風に混じる血と肉が焼けつく香りの中に、命のともし火が幾つか消えた冷ややかさを覚え総毛立つ間もなく、鬼殺隊は鬼が待ち受ける居城へ落とされた。

 

 そして怖気を覚える冷たさを孕む隙間風を撫でながら襖に手をかけ、望んだ光景の中央に座していたのは、

 

「ん? あれぇ、来たの?」

 

 討つべき怨敵。

 

 

 

 ***

 

 

 

『真菰!』

『凛!』

 

 互いに手を伸ばすも届かなかった。手繰り寄せられなかった。

 くっ、と歯噛みする暇を与えられることなく敵の術で招かれたのは、血鬼術で造られたと思しき天地がひっくり返った前後不覚な城の中。

 斯様な出鱈目な、されども幻想的とも言える仄かな光に満ちる廊下に凛は立ち尽くしていた。

 

 握りしめた掌には空虚の感覚だけが残る。

 地面に現れた障子の中に吸い込まれたのは一瞬の出来事だった。

 並走していた真菰とも引き離されてしまい、現状敵陣の真ん中で孤立。芳しくない状況だ。

 

―――ズズッ、ズッ……。

 

 しかも、異様な音が聞こえたかと思えば人外の姿形をした鬼共が群がってくる。

 知性を感じさせぬ獣染みた挙動だ。

 だが、肌を突き刺す冷たさはこれまでに戦ってきた雑魚鬼とは比べ物にならない―――それこそ幾度か刃を交えた下弦の鬼に匹敵する程に刺々しい。否、()()()()()()()と言うべきか。

 

「―――すみません」

 

 鬼がうなりを上げて飛びかかる。

 刹那、不香(ふきょう)の花が手向けられた。

 

 氷の呼吸 伍ノ型 (そそぎ)

 

 迫りくる鬼の頚を瞬きする間に刎ね飛ばす慈悲の剣閃。

 紛れもない生命の綱を絶たれた鬼は間もなく崩れ去る。ボロボロと白い欠片となる様は灰か、はたまた雪と捉えられる光景であった。

 しかし、そこには敵を倒した安堵や達成感は無い。けれど、無情という訳でもない。

 喉元まで湧き上がる感覚―――これは憎悪だ。どす黒い、それこそ雪とは正反対の禍々しい色の感情。

 

「赦さないぞ……無惨!!」

 

 獣ほどの知性しかなくなった雑兵の鬼とは言え、死ぬ直前には恐怖を覚えていた。

 微かに肌に縋り付く生への執着。生温い余韻が酷く不快な熱を浴びせられた凛は、彼らを道具以下に見なしている鬼の首領・鬼舞辻 無惨への義憤で怒り狂っていた。

 

 奴は言った。

 今宵鬼狩りを鏖殺すると。

 地獄に堕とすと。

 

(地獄を()()のはお前一人で十分だ……!!)

 

 だが、それは全ての鬼殺隊員こそ言い返したい言葉であった。

 地獄に堕とすだけでは足りないと心が唸る。慈悲など不要と叫ぶ。

 

―――頚を洗って待っていろ。

 

 誰もが抱く言葉を胸に仕舞い込み、鬼の城―――無限城を突き進む。

 襲い掛かる鬼を一蹴しつつ、考えることは二つ。

 一つは味方と合流すること。残る十二鬼月も上弦の参から壱までだ。新たな鬼に挿げ替えられている可能性も捨てられないが、どちらにせよ柱数人がかりでなければ倒せない相手に一人で挑むのは得策ではない。

 

 そしてもう一つは仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

―――グチャ。

 

 肉が潰れる音が聞こえる。

 

―――ボリッ……ボリ。

 

 骨を噛み砕く音も。

 

 聞くのも堪え難い悍ましい咀嚼音は廊下の先から聞こえてきた。

 一歩、また一歩と近づいていけば隠し切れぬ寒気が迸る部屋の前まで辿り着く。

 

(血の、臭い)

 

 ここ鬼が居る。

 

 それも桁違いの強さを誇る存在が。

 肌を撫でる冷気は訴える。この先に行ってはならない。さもなければ死ぬ、と。

 本能は自分を死から遠ざけようと最大限の警鐘を打ち鳴らしている。

 

 だが、今更なんだ。

 死は疾うに覚悟している。

 そして何よりも覚えがある冷たさが、委縮し、凍り付こうとする体を怒りと憎しみで焼き焦がしていく。

 

(この“熱”は―――)

 

 意を決し、障子を開ける。

 

 広がっていたのは死屍累々。

 統一された服に身を包む女性の屍が無数に転がる。いずれも体の至る所が欠損し、喰い転がされていた。

 床に広がる血の海を前に、凛の眼光は鋭くなる。

 

 そしてねめつける。

 血を被り、今も尚人肉を貪る鬼を。

 

 間違えない。

 

 沸々と沸き立つ激情を抑えつつ、凍てつく殺気のみを迸らせながら日輪刀の柄に手をかける。

 

 すると微かに鳴り響く音に気がついたのか、鬼は振り返った。

 

「ん? あれぇ、来たの?」

 

 血と、屈託のない笑みを張りつけながら。

 ()()()()と刻まれた鮮やかな虹彩を放つ瞳を向けた男は、死体に囲まれているとは思えぬ穏やかで優しい声音で紡いだ。

 

「やあやあ、初めましてかな? いや、でもその顔どこかで見たことがあるような……ああ、ちょっと待ってくれよ。今思い出すから。あっ、そう言えば自己紹介がまだだったな! 俺の名は……」

 

 そして忘れもしない。

 

 

 

 

「―――童磨ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 氷の呼吸 漆ノ型 垂氷(たるひ)

 

「おっと!」

 

 神速の刺突が構えた右手ごと「弐」と刻まれた瞳を穿つ。

 抉るように捩りを加えた一突き。肉の繊維が引き千切れた傍から掻き混ぜられる感覚は、ビリビリと掌へ伝わる。

 

「ととっ。速いな、君は。柱かな?」

「おおおおおっ!!」

 

 眼孔を貫かんとする刺突から逃れんと飛び退く童磨だが、即座に第二の斬撃が振り抜かれる。

 

 水の呼吸 肆ノ型 ()(しお)

 

 押し寄せる波濤を思わせる流麗な、それでいて怒涛の勢いの斬撃。

 恩人の形見である深い青色の刀身を有す日輪刀は、以前の所有者に勝るとも劣らない練達な動きで鬼に迫る。

 

 が、波濤は堰き止められる。

 凛の視界にて閃く銀光。肌を突き刺す殺気が本能を刺激し、反射的に体を突き動かす。

 

 甲高い金属音が鳴り響いたのはその直後。カッと振り撒かれる火花が瞬く間に、武器を構えた両者は一旦距離を置き、相手を見据えていた。

 

「わあ! 凄いね、君。今の一瞬で人を抱きかかえるなんて」

 

 賞賛する口振りの童磨は、この場で唯一生き残っていた信者の女性を抱きかかえる凛に熱烈な視線を向ける。

 

「反応もいい。俺と真正面から打ち合える膂力。それに二刀流で二種類の呼吸も使える……」

 

「大丈夫ですか?」

「はぁ……はぁ……は、はい……!」

「ここは危険です。ここから逃げてどこか身を潜めてください。必ず僕の仲間が貴方を助けに来ます」

 

「―――面白いね」

 

 女性に逃げるよう諭す凛に対し、対の鉄扇を仰ぎながら観察を続ける童磨が独り言つ。

 彼は上弦。歴戦の鬼であり、挑みかかって来た鬼狩りの剣士は圧倒的な実力でねじ伏せてきた。

 しかし、自身の過去を省みてもここまでの剣士は数えるほどだ。

 それこそ鬼狩りの組織において最強の称号と謳われる“柱”に匹敵するかもしれない。

 

「ねえ、ちょっといいかな? 君の名前を教えてくれよ」

「黙れ」

「えー。つれないこと言わないでくれよ」

「お前と問答を交わす気はない」

「随分目の敵にされてるなぁ。あれ? なんか俺君にしちゃったっけ?」

 

 その呆けた態度が凛の逆鱗に触れた。

 

 既に謎の冷気に満ちている部屋に、絶対零度と錯覚する凍てつく殺意が満ち満ちていく。

 

「忘れたなんて言わせない……童磨!!! お前は僕の大切な人を殺した……!!!」

「ん? ああ! 思い出した、あの義手と義足の剣士に守られてた子だね! いやー、合縁奇縁! あの時は食べてあげられなかったけど、こうやって再会するのって……運命だね!」

「運命? 巫山戯るな」

 

 黒く、そして暗く彩られた言の葉。

 普段の優しい面影を残さぬ激情を露わにする凛は、そのまま切っ先を童磨へ向ける。

 

「これは……宿命だ。運命なんて生温い言葉を使ってくれるな」

「宿命だなんて! 君はなんて可哀想な奴なんだ……前世なんてものはこの世に存在しないんだよ。天国も、地獄も」

「いいや、ある。地獄なら……今日ここで見せる」

「へぇ。それは楽しみだ―――ねっ!」

 

 血鬼術 蓮葉氷(はすはごおり)

 

 童磨が鉄扇を薙げば、氷の蓮が咲き乱れると同時に凍て裂く風が吹き荒ぶ。

 足場の橋やその下に広がる池に氷を張る冷気は、瞬く間に凛へと迫りくる。

 この技の凶悪たる一面は凍てつく速度ではなく、視認できないという点だ。冷気は肉眼で捉えられない。橋や水面が凍り付いた時、既に冷気はその先へと至っている。

 

 しかし凛はと言えば、冷気が辿り着くよりも前に動き出す。

 まるで冷気が視えているようだった。血鬼術を繰り出した童磨が驚嘆する程に技の隙間を縫い、肉迫していく。

 

 氷の呼吸 終ノ型 絶対温感(ぜったいおんかん)

 

 温度感覚に秀でた凛だからこそできる芸当。

 僅かな気温の変化さえも見逃さず、ほぼ視認不可の冷気を掻い潜り、彼は日輪刀を振りかぶる。

 対する童磨も薄笑いを張り付けたまま鉄扇を仰ぐ。

 

 氷の呼吸 肆ノ型 ()()

 

 血鬼術 枯園垂(かれそのしづ)

 

 守りを打ち崩す連撃に相打つ氷の舞い。

 結果は引き分け。互いに決定打を与えることもなければ傷も負わない。

 

「やるね。それならこれはどう?」

 

 血鬼術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 童磨の背後に現れた氷の蔓が一斉に凛へと押し迫る。

 

「はっ!」

 

 氷の呼吸 参ノ型 細氷(さいひょう)()

 

 直後、銀色の光がまばらに輝いたかと思えば、振るわれた氷の蔓のほとんどが斬り落とされていた。

 

「いいね! 二刀流な分、手数は多そうだ。じゃあ、次行ってみよう」

 

 血鬼術 ()(ぐもり)

 

「!!」

 

 童磨が扇を振るうと共に溢れ出す冷気。

 他の血鬼術とは違い、肉眼でも十分に捉えられる冷気の白波が童磨を中心に広がっていく。

 その光景、そして肌を刺す感覚に本能が警鐘を鳴らす中、凛は即座に足元を一閃しつつ飛び退いた。

 

 何の真似だと首を傾げる童磨であったが、直後に敵の動きの理由を知る。

 飛び退いた先でも足元の橋を斬る凛。こうして二点を斬られた橋は、凛が全力で踏み抜くことで凛の居る方向とは逆側が跳ね上がった。

 簡易的な冷気から身を隠す盾だ。浸食する冷気を全て防ぐには面積が足りないが、無いよりはマシだ。

 

「これじゃ駄目だよね、分かってた! だから……」

 

 屈託なく笑う童磨は牽制に繰り出した技とは別に本命を仕掛ける。

 

 血鬼術 寒烈(かんれつ)白姫(しらひめ)

 

 みるみるうちに生み出される二体の氷像。

 美しい女性を模った像は、凛に如何なる技か考えさせるよりも早く極寒の吐息を紡いだ。先ほどの血鬼術が優しく見える速度と威力。白姫の目の前はあっという間に銀世界へと彩られていく。

 

 氷の呼吸 拾壱ノ型 白姫散華(しらひめさんげ)

 

 刹那の出来事。

 白姫が紡いだ吐息は、舞姫のように艶やか且つ苛烈な回転の勢いで斬り払われるや、塵と化して霧散する。

 

「へぇ、そんな型もあるんだ! まるで()()()()()()()()()みたいな技だったね」

 

 白々しく語る童磨に凛は歯噛みする。

 その通りだ、この型は童磨の血鬼術を破る為に編み出した型の一つ。氷の呼吸の中でも特に大振りで素早く振り回す剣舞によって風を生み出す。そうして迫りくる冷気を遮断するのだ。

 

 だが、童磨にはたった一度見せただけで見破られてしまった。

 腐っても上弦。観察眼には優れているのだろう。

 

(でも……それでもだ)

 

 目の前に居る鬼は流の仇。

 カナエにも癒えぬ傷を与えた。

 周りに転がる信者の死体だけ見ても、童磨という鬼が今までにどれだけの人間を傷つけ、貪り、その腹の中に収めてきたかなど容易に想像がつく。

 

()()はここで倒さなきゃならないんだ。他の誰でもない……僕が!)

 

 ただ怨敵だからという理由だけではない。

 肉眼には捉えられないが、童磨の鉄扇からは肺胞を壊死させる粉末状の氷が撒き散らされる。呼吸こそが鬼と相対する手段である剣士にとって、呼吸を封殺される血鬼術など天敵に等しい。

 温度感覚に優れた凛だからこそ吸わずに済むが、他の剣士であれば多量に吸い込んで間もなく()()()()だろう。

 

 だからこそ自分がやらねばならない。

 最小限の犠牲で童磨を倒すには、自分が先陣を切って刃を振るうしかない。

 

 日輪刀を構え直す凛。

 そんな彼に対し、童磨はヘラヘラと余裕ぶった笑みを湛えたまま鉄扇で自身を仰ぐ。

 

「いやぁ~、君と戦ってると体が温まってくるよ! こんな感覚も久方ぶりだ!」

「……」

「う~ん、そんなに俺と話すのが嫌か?」

「……一度でも」

「ん?」

「一度でも、人を殺して申し訳ないと思ったことはあるか?」

 

 鋭く細められた眼光が童磨を射抜く。

 

「申し訳ない、か。そりゃあ俺も元は人間だぜ? ちゃんと喰った人たちには()()()()()()()()()()()()!」

「―――そうか」

 

 刹那、ゾワリと肌が粟立った。

 思わず童磨も張り付いた笑みが崩し、反射的に距離を取る。

 

 これは寒気だ。氷が張り巡らされているが故の厳寒が理由ではない。

 心が―――感情が欠落した童磨は、初めて覚える“恐怖”に困惑した眼を浮かべていた。

 

(なんだ、これ? ()()じゃない。これは無惨様の―――)

 

 鬼の細胞が震える理由。

 鬼ならば須らく持ち得る鬼の始祖の細胞。そこに刻まれた“記憶”が細胞を通じ、童磨に恐怖という感情を呼び起こしていた。

 

 他ならぬ、凛の姿を目の当たりにして。

 

「―――へぇ、成程」

 

 そして理解した。

 

「君にとってはそっちの方が秘策みたいだね」

「どうだっていい。お前を倒せるのなら、どんな手を使ってだって……」

 

 凍てつく空気が満ちる中、凛の体からは白い煙が上がり始める。

 極寒の中、体温が高温の域に達しているからこその現象。白煙を纏いながら日輪刀を構える姿は、勇ましくも幻想的であり、さながら氷の精であるかのようだった。

 

 最後、()()が咲き誇る。

 

 もう後戻りはできない。

 そう悟った凛は、先程まで渦巻いていた激情が嘘であったかのように落ち着き払い、童磨を見据えた。

 

「僕は心も守りたかった」

 

 血流しに己の血を伝わせる。

 吐き出した呼気が瞬く間に白く染まる中でも熱く流れる血潮は、仄かに凍えていた刀を紅に滾らせていく。

 

「鬼も……元々は人だから。鬼だろうと人だった頃の心を忘れてないなら、精一杯の慈悲を送ろうと僕は剣士になった」

「そうかそうか! なら君も俺に慈悲を与えてくれるのかい? それは愉しみ―――」

「けど、お前は空虚(からっぽ)だ。些細な喜びも、燃え上がる怒りも、蹲るような哀しみも、分かち合える楽しみも……何もかも理解出来てないんだろう?」

「……」

 

 笑顔を張り付けたままの童磨は言い返さない。

 

 事実、凛の言う通り童磨という鬼は人間の頃から感情が欠落していた。

 母親が父親を刺殺しようとも、母親が服毒自殺しようとも、感じたのは淡々とした不快感だけ。波一つ絶たない水面は、さながら凍り付いているようだった。

 

 それを見透かした凛は語を継ぐ。

 

「もう一度言う。僕は人の心を守る為に剣士になった」

 

「お前にはその心がない」

 

「鬼だろうと、一つの生命として生きようとする健気さが」

 

「いつか死んでしまうんじゃないかという恐怖が」

 

「お前からはその何も、何もが感じられない」

 

「お前は何の為に生きてるんだ?」

 

「酷い事を言うかもしれない」

 

「けれど、必死になって生きる理由が。想いがだ。それがないんだったら」

 

「潔く―――ここで頚を斬られて死んでほしい」

 

 人の心を守る剣士になりたかったからこそ赦せない、童磨という鬼の存在が。

 斯様に空虚な命の為に、これ以上犠牲を強いる訳にはいかない。

 

 そう告げた凛に、童磨は―――嗤う。

 

「面白いことを言うな、君は! 生きるのに大層な理由も高尚な理由も要らないだろう。どんな気持ちで生きたって死んだら肉も骨も土に還る……はい! それで終わりさ!」

 

 畳んでいた鉄扇を開き、周囲に霜を降ろす童磨。

 そして、逆鱗に触れた。

 

 

()()()()()()()()。何をやったってね」

 

 

 

「……そうか。()()()()

 

 白が奔る。

 次に凛が居たのは童磨の目の前。懐から血を被った鬼を睨み上げ、血を滴らせる刃を振るう。

 

 氷の呼吸 拾ノ型 紅蓮華(ぐれんげ)

 

(速い! さっきよりも格段に!)

 

 咄嗟に飛び退いた童磨であったが、一拍遅れて胸から鮮血が咲く。

 盾として鉄扇が広がり切るより前に叩き込まれた神速の斬撃。尚も迫りくる凛を前に、童磨は牽制の一手を打つ。

 

 血鬼術 (ふゆ)ざれ氷柱(つらら)

 

 凛の真上、それから進路上に生み出された鋭利な氷柱。

 人一人なら容易く串刺しにできる大きさの氷柱は、童磨が鉄扇を振り下ろす合図で一斉に落ちていく。

 

「フゥー!!」

 

 氷の呼吸 陸ノ型 白魔(はくま)吐息(といき)

 

 回避して迫ることは不可能。

 その場に留まり迎撃に迎え撃った凛は、頭上の氷柱を一つ残らず叩き切る。

 

「首ががら空きだ」

 

 その僅かな合間に回り込んだ童磨が彼の背中から鉄扇を横に薙ぐ。

 しかし、鉄がかち合う甲高い金属の悲鳴が上がる。

 手に伝わる感触から受け流されたと理解する童磨。が、振り抜いた腕が己の肩から離れていく光景に目を見張る。

 

「あれ?」

 

 氷の呼吸 零ノ型 零閃(ゼロせん)

 

 目にも止まらぬ反撃の一閃。

 微かに童磨の頚を傷つけたが切り落とすまでには至っておらず、凛の眉間にも深い皺が刻まれる。

 まだだ。刀はもう一本ある。

 零閃に続き、童磨の頚を刎ねようとする水面斬りは鬼気に慄くことなく童磨の頚へ迫っていく。

 

(これで!)

 

 その時だった。

 

 氷の扇が凛の刃から童磨を守る。たかが氷―――と侮ることはできない。

 硬い。岩でさえ切り裂いた凛の刃が、一瞬止まってしまう程に。

 

「があああああああ!!!」

 

 それでも力を振り絞り、何とか膂力で砕き斬る。

 その間、腕を斬り飛ばされた童磨は凛から離れ、落ちていた腕を切断面に接着していた。

 

「うんうん、流石だ。俺の見立て通り。遊ぶにしても、君とはちょっと危なさそうだなーと思ったんだよ」

 

 呆気なく腕が元通りになった鬼は、視線の先で踊る()()を見遣る。

 

「だから、その子も混ぜてもらうよ」

 

 結晶ノ御子(けっしょうのみこ)

 

 立ちはだかるのは童磨にも劣らぬ冷気を放つ氷の人形。

 大きさこそ本体程ではないが、先程の硬さからして単なる身代わりとは考えられない。寧ろそれ以上に恐ろしい力を秘めていると、冷気に晒されている肌が悲鳴を上げていた。

 

(……本命にはまだ届かないか)

 

 覚悟はしていた。上弦を倒す為にはこの命を賭す必要があると。

 それでも、それでもだ。

 

「……人形に取らせる程、僕の命は安くない。童磨、無惨の傀儡のお前にも……!」

「まあまあ、そう熱くなるなよ。肩の荷を下ろしてくれ。誰に殺されても同じ死だろ?」

「違う。これは―――僕が望む人生だッ!!!」

 

 未来の為に未来を捨てた今、引き下がる道など疾うに失われていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――敵陣で合流できたのは僥倖でしたね、カナヲ。けれどくれぐれも油断はしないように」

「はい!」

 

 無限城を突き進む二名の剣士。

 一人は蟲柱、胡蝶 しのぶ。

 そしてもう一人は彼女の継子、栗花落 カナヲ。

 鬼殺隊士のほとんどが戦力を分散させる為に散り散りに無限城に引き落とされた中、彼女たちは比較的早い段階で合流することが叶った。

 

 柱とそれに匹敵する継子。

 城内を闊歩する雑魚鬼では相手にならぬ戦力が揃ったものの、それでも柱三人分に匹敵する実力の上限の鬼には心細い。

 

「他の柱との合流が望ましいですが、こんな状況です。いつ上弦の鬼と会敵してもいいように構えていなさい」

「はい……ッ!」

 

 しかし、常に引き離そうと蠢く城内では味方との合流も難しい。

 最悪を想定しつつも前に進む二人。だが、不意に隣を並走する鎹鴉がけたたましい鳴き声を上げた。

 

「カァー!! 氷室 凛、上弦ノ弐ト遭遇!! 現在戦闘中!!」

「!! 氷室くんが……」

「師範!」

「ええ。一番近い柱は?」

「蟲柱!! 蟲柱ァー!!」

 

 奇しくも一番近い場所に居る味方は自分たちだった。

 その事実に武者震いするしのぶは、カナヲに目配せしながら鎹鴉に案内を任せる。

 

「この先ですね? 彼が戦っている場所は」

「カァー!! モウスグ!! 場所ハァー、モウスグゥー!!」

 

 死闘が繰り広げられているであろう場所へと近づくにつれ、辺りの気温が冷え込む。

 

「もうすぐ……!」

「師範、あれを! ……えっ?」

「どうしました、カナヲ?」

 

 視力に優れたカナヲが何かを捉えたようだ。

 まだしのぶには見えない。

 しかし、隣で狼狽える弟子の様子はありありと目に映る。良からぬことが起こっているのかと内心慄くも、表情は平静を取り繕いカナヲの先を行く。

 

「!」

 

 そして目の当たりにする。

 襖を怒涛の吹雪。それらを受け流しながら部屋の外に弾き出される凛の姿を。

 辛うじて五体満足。されど、身に纏う隊服の至る場所が凍り付いている。

 幸いであったのは間もなくして、彼の激しい動きと体温が張り付く薄氷を瞬く間に振り払ったことだろう。

 

 だからこそ()()()

 

(あれは……!)

 

 頬に浮かぶ六花の紋様。

 

 鬼神が如き力を得る呼吸を極めた剣士の証。

 

 

 

()が……!!)

 

 

 

 心を燃やし、命が融けていく。

 

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