鬼滅の流儀   作:柴猫侍

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参.砥柱中流

「この度最終選別を突破されたこと、心よりお祝い申し上げます」

 

 最終日まで生き抜き、藤襲山の入り口にあたる部分に集った受験者を迎えたのは、麗しい美貌を持った女性であった。

 彼女は、鬼殺隊当主である産屋敷 輝哉の妻のあまねだ。

 最終選別を取り仕切るのは、彼等産屋敷家の務め。しかし、当主である輝哉の容態が芳しくないことから身重の身でありながらこの場に赴いている。

 

 そんな彼女が用意していた物は、武骨な見た目の塊―――否、玉鋼だ。

 

「これから貴方方が鬼を滅殺する為の日輪刀の原料……それは他ならぬ貴方方自らがお選びになさって下さい」

 

 太陽に最も近い山「陽光山」から採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石より作られる玉鋼が、鬼を滅殺し得る唯一の武器、日輪刀として生まれ変わるのだ。

 大きさ、形とそれぞれ違った見た目であるが、素人目からすればどれを選んで良いものか分かったものではない。

しかし、それでいいのだ。直感で選ぶのである。

 

 生き残った面々がうんうんと悩みつつ、あるいは適当にさっさと選ぶ中、凛は一つの玉鋼に引き寄せられるかのように歩み寄っていく。

 徐に玉鋼に手を置いた。

 最初に玉鋼の冷たさで目が冴えるような感覚を覚えるも、次第に玉鋼に体の熱が伝わっていき、不思議と手に馴染むようであった。

 

「えっと……僕はこれで」

 

 他の玉鋼を吟味することもなく、ただただ直感で選んでしまったが後悔はない。

 玉鋼が日輪刀へと打たれるには数日かかると告げられ、次に階級や隊服についての説明、そして指令の伝令に使われる鎹鴉と呼ばれる言葉を話せる鴉を支給された。なんとも珍妙な生き物だとは思ったが、鬼なる生物が存在している以上、言葉を話せる動物が居たところで大して驚くことでもないのかもしれない。

 そうして最終選別を突破した者達への説明も追え、後は帰路につくだけとなった。

 最初の任務は日輪刀が打たれてから―――それまでは最終選別の疲れを癒すことが主な目的となろう。

 

「真菰、本当に大丈夫?」

「うん。まあ、ちょっと時間はかかるだろうけど、鱗滝さんならきっと許してくれるだろうから。それに凛にも待ってくれてる人が居るんでしょ? だったら、凛こそ早く帰ってあげなきゃ」

「……うん」

 

 大分マシになってきたものの、真菰の怪我はまだ完治していない。

 そのことを案ずる凛が付き添いを申し出たが、彼女の言う通り、凛にも帰りを待ってくれている者が居る。一刻も早く無事を知らせるために帰るのがなによりの恩返しではなかろうか。

 真菰に諭された凛は、彼女の意思を尊重して自身の帰路につくことにした。

 

「じゃあ、また」

「またね」

 

 端的ではあるものの、万感の思いが籠った別れの言葉を交わして踵を返す。が、

 

「凛!」

「ん?」

「ありがとう!」

「……どういたしまして!」

 

 不意に振り返って笑顔を咲かせた真菰の感謝の言葉。それを聞いた凛も笑顔を浮かべ、手を振って応える。

 また生きて出会えたらいいな―――そのような思いを胸に抱かせるには十分すぎるほど眩しい思い出となった。

 

「うむ! 出会いもあれば別れもあり! まさに一期一会だな!」

「うわっ!? りょ、燎太郎かあ……吃驚した」

 

 突然、背後から大声を上げて歩み寄って来た燎太郎に驚いた凛。七日間鬼の居る山で過ごしたにも拘わらず、随分と元気が有り余っているように見える彼は、スッと手を凛へ差し出す。

 

「はははっ! なにはともあれ、最終選別突破おめでとう!」

「うん、君こそおめでとう」

 

 握手に応え、互いの健闘をたたえ合う。

 これからは共に鬼殺隊として鬼を狩る同僚ということになる。友好的に接する分にはなんら問題はない。

 

「これからが大変だと思うけど……お互い頑張ろう」

「ああ! 鬼を滅殺し、市井の人を守る! 俺達が再び出会うのは、その道の先だ!」

「うん!」

 

 熱い闘志を燃やす燎太郎の言葉も聞いた凛は、「よし! 全力で帰るぞ!」と走り去っていった燎太郎の背中を見届けた後、やっと帰路についた。

 

(結局あの子の名前も聞けなかったけれど……)

 

 心残りは、結局刀鬼のトドメを刺した少女の名前を聞けなかったことだけ。玉鋼を選ぶ場に居り、しっかりと存在を確認できはしたものの、大体の説明を聞き終え「いざ!」と思った時にはすでに居なくなっていた。

 礼の一つでも伝えたかったが、居ないものは仕方がない。

 いつか、任務なりなんなりで再会することを願いつつ、疲れで鉛のように重い足で自宅へと向かう。

 

 だが、ふと足を止めて藤襲山へと振り返る。

 

「……成仏してください」

 

 鬼を倒す度に拝んでいた凛であったが、藤襲山を去る前に今一度鬼が成仏できるようにと合掌して拝む。

 鬼となり、一人では抜け出すことさえ叶わぬ藤の牢獄に捉えられ、鬼殺の剣士となる者の試験と称されてその頚を斬り落とされる。人としても鬼としても悲惨な一生だ。ならば、せめて彼等の命を踏み台とし、鬼殺の剣士となることができた自分達が供養しなければならないだろう。

凛はその一心で祈り続ける。彼らが生まれ変わった時は、幸せに生きていけるようにと―――。

 

「……よし」

 

 長い黙祷を終えた凛は今度こそ帰路につく。

 待ってくれている恩人の下へ向かわんと。

 

 

 

 ***

 

 

 

 凛と彼の育手が住んで居る場所は、人里離れた山奥の中。

 産まれてから十数年過ごした馴染み深い土地は、標高の高さ故に空気も薄く、気温も非常に低い厳しい環境の中にある。

 しかし、そのような環境で鍛えられたからこそ、今の凛があると言っても過言ではない。

 

 人が足を踏み入れることを許さぬ土地。

 そこへ訪れたのは、剽軽な印象を与えるひょっとこの面を被った若い男性であった。

 

「私がこの度日輪刀を打たせて頂いた鉄穴森と申す者です。若輩者ではありますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 ひょっとこの面とは裏腹の丁寧な対応に、まさに面食らった凛であったが、これでようやく自分の日輪刀を手に入れることができた。

 白色の柄巻きが清廉な印象を与える日輪刀は、六花を模した六角形の鍔がこしらえられている。

 専門的な知識こそないものの、幼い頃より刀に触れてきた凛の目から見ても見事な逸品だ。

 

「こんな凄い刀……ありがとうございます!!」

「い、いやいや……まだ里の者に比べたら全然……あ! しかし、だからといって鈍らではありません! さあ、ぜひ刀身を抜いてご覧ください」

「は、はいっ!」

 

 素直な称賛を受けて赤面する(見えないが)鉄穴森は、それを隠すように凛へ日輪刀を鞘から抜くことを進める。

 日輪刀は「色変わりの刀」とも呼ばれ、持ち主によって色が変わる。

 凛程の剣の腕があれば、色は変わるだろうと育手は口にはしているが、いざ抜くとなると緊張するものだ。

 

「そ、それでは……!」

 

 恐る恐る抜くのも恰好が悪いと、少し離れて勢いよく抜刀してみせた凛。

 すると、鈍色に輝いていた新品の刀身が徐々に白く染まっていく。その様はさながら濡れた鉄器の表面に霜が張るかの如く。

 遠目で見守っていた育手の老爺も鉄穴森も、白く―――少しばかり角度を逸らせば陽光で青色に煌めく刀身に感嘆の息を漏らした。

 

「おぉ、これはなんとまた……!」

「ふむ……やはり儂よりも……」

 

 色変わりの瞬間を目の当たりにして感動する鉄穴森の一方で、育手の老爺は凛の日輪刀の色に納得したかのように頷いていた。

 一見白色にしか見えない刀身だが、僅かに垣間見える青色が水の呼吸―――延いては氷の呼吸に適正がある何よりの証拠。

 

 氷の呼吸の創始者たる凛の育手だが、どうやら弟子は自分以上に氷の呼吸に適正がある。

 その事実を確りと目にすることができ、自然と彼の口角は吊り上がって行った。

 そうした喜びに伴う熱を感じ取った凛は、日輪刀を鞘に納めてから、満面の笑みを浮かべて問う。

 

「どうですか、お師匠様?」

「……うむ」

 

 多くは語られないが、凛と育手も長い付き合いだ。大抵言いたいことは所作の一つや二つで伝わる。

 

「……今まで育ててくれてありがとうございました、お師匠様。貴方のおかげで僕は鬼殺隊に―――鬼の手から人を守れるようになりました」

 

 深々とお辞儀をし、感謝の言葉を伝える。

 するとふと場の温もりが膨らんだ気がした。そのまま頭を上げぬままフッと笑みを零す凛。今顔を上げれば、見られたくない顔を必死に隠す育手の姿を見てしまうだろう。ならば、師の威厳が保たれるよう零れるものが止まるまで待つのも弟子としての務めだ。

 しばらくして、感極まる想いよりあふれ出す熱が収まったのを感じ取って面を上げる凛。

 すると、不意に鎹鴉が室内まで入って来たかと思えば、はばたく音を鳴り響かせながらけたたましい鳴き声を上げる。

 

「任務デスヨ! 任務デスヨ! 場所ハ南西ェ! 場所ハ南西ノ漁村ゥ!」

「任務……!」

 

 ついに転がり込んだ初任務の伝令。

 途端に凛々しい顔つきになった凛が育手へと振り向けば、普段通りの厳めしい顔つきの育手が無言で頷いた。

 

「っ……行ってきます!」

 

 一刻も早く現場へ。

 凛は逸る想いのまま飛び出した。

 

「あっ、凛殿!! 刀に何かあったら、鎹鴉で連絡してくださーい!!」

「はい、わかりましたァー!!」

 

 鉄穴森の声も耳にしつつ、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続ける凛。

 どこかあどけなさを残すものの、鬼殺の剣士として逞しく立派に育った顔つきを、いつまでもいつまでも育手の老爺は見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 初任務の伝令を受け、南西の漁村を目指して走ること数時間。

 余力を残したまま凛が目にしたのは、地平線の先まで広がる海であった。

 

「うわぁ~……!」

 

 今までの人生の大部分を山の中で過ごしてきた凛にとって、どこまでも広がる水面の揺らめきは衝撃的なものである。

 まだ日が昇っていることもあってか、任務のことも忘れ、感動のままに漁村を望める高所から辺りを展望する凛が目にするものは様々であった。

 

 白波が照り返す陽光。

 さざ波の音を優しく受け止める砂浜。

 潮風から陸を守るべく植えられた立派な杉の群れ。

 振袖に石を詰め込み、身投げを図ろうとする少女。

 のびのびと青空をはばたく海鳥たち。

 

「海ってこんなに気持ちいいんだぁ~! ……ん?」

 

 一つおかしい。

 改めて目にした景色を振り返るように見渡す。

 波、砂浜、杉、身投げを図ろうとする少女―――なるほど。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!!」

「はっ!?」

 

 断崖絶壁の上で身投げを図ろうとしていた少女に気が付き、顔面蒼白となりながらも全力疾走で駆け出す凛に対し、当の少女は「気づかれてしまったか」と焦った面持ちを浮かべつつ踏み込んだ。

 しかし、寸前で凛が少女の着物の裾を掴んだため、ロクに跳べないまま地べたを這う形に顔面から着地した。

 

 若干鈍い音がしたものの間一髪だった―――と思いきや、今度は顔面鼻血塗れの少女が、嗚咽を上げながら暴れ始めた。

 

「うわあああん!! 死なせて!! 死なせてください!!」

「待って!! 落ち着いて!! なにがあったかわからないですけど、一旦落ち着いてくださいって!!」

「いやあああ!! 誰!? 離して!! 誰!? 離してください知らない人!! 貴方に助けられる道理はありません!!」

「奇遇ですね!! 僕も貴方のこと知りません!! だから確かに助ける道理がないかもしれませんけれど!! 一旦落ち着きましょう!! ね!? ね!?」

 

 そのような攻防を続けること数十分、ようやく身投げを図ろうとしていた少女・昭子の癇癪が止まった。数十分全力で抵抗した昭子が疲労困憊である一方、まだまだ余裕がありそうな凛の様子を見れば、鬼殺隊としての身体能力をありありと感じられよう。

 

 閑話休題。

 

「凛さん……でしたね? 先ほどは取り乱して申し訳ございませんでした……」

「い、いえ……なにか事情があるようですし……」

 

 一変して落ち着きを取り戻した昭子は、「ここで立ち話もなんですし、道すがら」と自宅に案内される間に事情を話してもらえることとなった。

 

 それはひと月前に遡る。

 昭子が住む村は漁村だ。生計を立てるには船に乗り海原に出向き、漁をしなければならない。

 だが、ここ最近天候が良いにも関わらず帰ってこない船が数多くあったと言う。

 住民全員が不審に思い、漁に出向く者が不安に駆られながらも漁は行われた。

 しかし、またある時漁に出た船が帰ってこなかった。その船に乗っていた漁師の家族でさえ生存を絶望視したが、なんとその行方不明になった漁師がひょっこりと帰って来たではないか。

 家族や住民も喜んだ。が、帰還した漁師は血の気が引いた顔を浮かべ、漁村の住民にこう告げたのである。

 

『俺達は海神様を怒らせた。生贄として人間を供物にしなければ、村に災いが訪れる』

 

 最初は住民も半信半疑だったと言う。

 だが、次の日に数多くの住民が海面から伸びる異形の腕を見たのだ。

 「あれはきっと海神様が怒っているに違いない」と漁村は恐怖に陥れられ、漁師が言った通り、生贄となる人間を選ぶ流れになった。

 

「そ、それがアタシで……」

「なるほど……」

 

 生贄になるくらいならば―――自分の意思も関係なく選ばれ、恐怖が頂点に達した昭子は、半ば衝動的に投身自殺を図ろうとした。そこへやって来たのが凛だったという訳だ。

 

「これが鬼なのかな?」

「カァー」

「それも確かめるしかないっか」

 

 鎹鴉に問いかけてみるも、明確な答えまでは持ち合わせていないようだ。

 どうやら、この漁村を恐怖のどん底に陥れている“海神様”とやらが鬼であるかどうかは、凛自身で確かめなければならないことになった。

 

「昭子さん」

「は、はい?」

「貴方を生贄になんてさせません。僕がその海神を騙る存在を斬ります!」

「え、えぇ……?」

 

 意気込んだ様子を見せる凛であるが、彼が何者であるか具体的に把握していない昭子は、彼の言葉に半信半疑であった。

 

「あの、凛さん……失礼ですが、貴方は一体……?」

「僕は鬼殺隊。人に仇為す鬼を斬るのを生業としている者です」

 

 鬼殺隊の隊服とは真逆の、雪のように真白な刀身を抜いてみせる。

 そんな凛に対し、昭子は一抹の不安を覚えつつも、異様であるからこそ彼がこの絶望的な現状を打開してくれるのではないかと、僅かな希望が胸に芽生えるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――以上がお館様から言付かった内容です」

「相分かった」

 

 流暢な言葉遣いの鎹鴉の話を聞くのは、神妙な面持ちを浮かべる一人の男性であった。

 静謐な瞳は焦点が合っておらず虚空を見つめており、なおかつ右腕と両脚がなく、代わりに義手と義足が身につけられていた。しかし、彼の佇まいからは微塵も弱弱しさなどは感じられない。

 鎹鴉からの伝言を受け取った男性は、器用に義足で立ち上がった後、羽織を靡かせながら、抜き身にしていた日輪刀を鞘に納めて歩みだす。

 

 

 

 日輪刀の刀身に彫られていた文字は―――「惡鬼滅殺」。

 

 

***

 

 

 

 暗幕に覆われたような空。肌を撫でる潮風はどこか荒々しく、船を揺らす波もこれから起こる異変を予感させるかの如き様相であった。

 夜の海原に旅立つ船の上に佇むのは最低限の衣服を身に纏った人影。

 小奇麗な着物こそ着ているものの、簡素という印象を拭えぬ着物の裾をギュッと握っている。

 そんな彼女の俯いた顔を照らすのは、船頭に吊るされている漁火だ。

 本来、イカなどをおびき寄せるために用いられる道具であるが、今日ばかりは違う。

 

 昼間とは一変して、一寸先も見えぬ闇を体現する海面に一つの影が映っていた。

 ゆらり、ゆらり。獲物を見定めた影は、餌を運んできた小舟へと近づいた。

 すると、海面から複数の触手のようなものが蠢きながら飛び出てきた。イカやタコを彷彿とさせる触手は、船上に佇む人影を値踏みするように眺める。

 

―――「旨そうだ」

―――「ああ、旨そうだ」

―――「今すぐ喰らおう」

―――「ああ、そうだな」

 

 まるで言葉を交わすかのように触手の先端が頷き合う。

 不気味な波音が絶え間なく響く中、舌なめずりするかのような音を奏でて触手は動く。船上に佇む人間を捕え、海中に引きずり込まんと。

 が、刹那、船上に敷かれていたござの下から一振りの刀を取り出した人影が抜刀した。

 

 氷の呼吸 壱ノ型 御神渡り

 

 円を描く軌道で襲い掛かる触手を鎧袖一触する刀。

 宵闇の宙に血の華が咲く。

 

「―――そこか!!」

 

 続けざまに、敵の目を欺くために纏っていた着物を脱ぎ棄てた凛が、本来の鬼殺隊服を晒しながら真下へと目を遣った。

 敵の位置は船の真下。

 敵が海中に居る以上、温度感覚などあてにはならない。だが、どこから攻めれば効果的かは嫌と言うほど教えられた。

 自分だったらどう攻めるか―――そうした思考を巡らせた凛の答え合わせが船底を貫いた。

 

 氷の呼吸 漆ノ型 垂氷(たるひ)

 

 水の呼吸の漆ノ型・雫波紋突きより派生した、氷の呼吸の中で最速の突き技。ただ突くのではなく、突き刺した刀を()()。そうして刺突のように貫くだけではなく、円錐若しくは円柱状の傷を穿つことができる型であった。

 

「ぎゃあ!!!」

 

 船底を貫いた垂氷が海中へ届いた瞬間、くぐもった悲鳴が船を揺らした。

 まだだ、まだ仕留めきれてはいない。

 海中へ引きずり込まれれば明らかに自分が不利なのだから、相手が油断している今の内にトドメを刺さなければならない。

 鬼気迫る表情を浮かべた凛は、垂氷によって突き出した日輪刀の柄を両手で握り、大気が唸っていると錯覚するほどに吐息を轟かせるや否や、全力で日輪刀を横へ薙いだ。

 

 氷の呼吸 壱ノ型 御神渡り

 

 直後、海が爆ぜる。

 膨大な量の水飛沫を巻き上げた一閃の中には、鬼の体より流れ出た血も含まれていただろう。

 しかし、その中に当の鬼の頚は窺えない。

 

(まだ斬れてない……!)

 

 船を犠牲にした一閃を放っても尚、まだ鬼の頚を斬るには至らなかった。

 となると、当の鬼は何処へ?

 当然、海の中だ。

 海上でどれだけ畳みかけられるかが勝負の戦い。凛は、返す太刀で怒涛の斬り下ろしを海中へと叩き込んだ。

 

 氷の呼吸 捌ノ型 氷瀑

 

 水の呼吸の捌ノ型・滝壺より派生した豪快な斬り下ろしは、船ごと両断する勢いで海中を斬り裂いた。海面を抉るかのような衝撃を辺りに波紋として伝える一撃だ。

 

(やったか……?)

 

 沈みゆく船の上に立つ凛は、海中の鬼がどうなったか確かめるべく目を凝らす。

 

「!」

 

 だが、凛が鬼の姿を確認するよりも前に、先ほど先端を叩き斬った触手が再生し、再び凛へと襲い掛かって来たではないか。

 それが鬼の生きている何よりの証拠。

 今一度華麗な刀捌きで触手を斬り飛ばすものの、すでに半壊していた船で海に浮かんでいられるはずもなく、ほどなくして凛の体の半身は海水に浸かった。

 

 仕留めきれなかった―――その点については悔やまれるというより他ないが、万策尽きた訳ではない。

 そもそも敵の有利な場所で戦うこと自体が愚行と言える所業であるが、生贄になるはずだった昭子の代わりとなるために漁村の民を納得させる形が、凛一人が船に乗って海に出ることだったのだ。鬼殺隊が表立った組織でない以上、理解を得ることも難しく、互いに妥協した状況だった。

 住民の協力を得て最高の状況を作り出すことは叶わなかったが、それでも鬼殺の剣士であれば最善を尽くす他ない。例えそれがどれだけ自身を危険に晒そうとも、命懸けなのはもとより覚悟している。

 

 だからこそ凛は、引きずり込まれるより前にめいっぱい空気を肺に取り込んでから潜水した。敵の姿を望むために。

 

(あいつか!)

 

 海の中、月の光もろくに届かない暗闇の中に望んだ姿は、脚が無数に生えた異形の化け物であった。

 

『ギ、ギギッ、貴様……よくもッ……!』

 

 その姿を例えるならばタコ人間、いや、イカ人間だろうか。

 どちらにせよ、海洋棲の軟体動物を彷彿とさせる下半身を有した存在は、凛の見立て通り鬼であった。無数の脚からとって「脚鬼」とでも呼ぼう。

 苦悶に満ちた表情を浮かべる脚鬼は、左肩を押さえて凛を睨んでいる。恐らく凛の繰り出した技が命中した箇所がそこなのだろう。

 しかし、頚を断ち切らなければ鬼を殺せないことはわかりきっていること。直に鬼の傷は塞がる。

 

『クソッ! 漁村の野郎どもを騙して安全に人を喰らおうって俺様の計画が……許さねえ、まずはてめえを喰い殺してから、あの村全員喰い殺してやるうううううッ!!!』

 

 海中で怒号を上げる脚鬼。その赫怒は海水を伝わり凛にもビリビリと伝わってくるが、だからと言って彼が臆することはない。

 

(そんなこと……させるか!!)

 

 海に適応した進化をした鬼とは違い水中で話せない凛も、目で自身の意思を語り、突進してくる脚鬼に身構える。

 凄まじい速度で向かって来る脚鬼は、牙をむき出しにしながら、複数の触手を凛へと突き出す。触手の使い方を心得ているのか否か、常人であれば自由に動けない海中にて四方八方から襲い掛かれるような陣取りをしている。

 

 逃げ場はない。

 しかし、それでいい。

 

 ギリギリまで引き付ける。

 これ以上ないほどに。

 

(水は凍てつき氷と為る……)

 

 凛は頭の中で、師である育手の言葉を反芻する。

 

(水とは流動。氷とは不動。氷は流れゆく場にてこそ、不動足れ……!!)

 

 最早攻撃が当たるというところまで脚鬼と触手を引き付けた凛は、グッと耐え忍んだ“静”から“動”へと行動を移す。

 ―――水の呼吸は、様々な状況にて柔軟に対応できる型が数多く存在している。中には、水中でこそ力を発揮できるという型さえも。

 そして水の呼吸の系譜を引き継ぐ氷の呼吸にも、水中でも威力を発揮する型が存在する。

 それが、水の呼吸の肆ノ型・打ち潮と陸ノ型・ねじれ渦から派生した―――

 

 

 

 氷の呼吸 陸ノ型 白魔の吐息

 

 

 

 潮の流れさえも変える螺旋を描くような軌道の斬撃が、触手諸共鬼を斬り裂いた。

 

『ギ、ぎゃあああああああ!!?』

 

 触手は斬り落とされ、鬼自身も深い刀傷を負い、絶叫が海面を揺らした。

 

(まだ頚は……繋がってる!!)

 

 一見凛の勝利に見えたものの、依然鬼の頚はつながったままであった。

 刀を振るのが速過ぎた。水の中ということを踏まえ、動きが緩慢になることを危惧して一瞬逸ったのがイケなかったようだ。

 

『く、くそぅ……!!』

 

(待て!!)

 

 深手を負った脚鬼は、度重なる体の欠損で再生速度が落ちてきたことを考慮し、凛からの逃走を図った。

 すぐさま追いかけようと泳ぐ凛であるが、流石に遊泳速度では海に特化した脚鬼に勝てない。

 

(このまま逃がしたら……!)

 

 今脚鬼を取り逃がせば、また別の場所で被害が出るだろう。それだけは避けなければならない。

 故に千載一遇の好機であったにも拘わらず、経験のなさが仇となった先ほどの失敗が心底悔やまれる。しかし、だからといって時間が巻き戻ることはない。

 できることは―――最善を尽くすことのみ。

 

「―――!!!」

 

 猛る想いを口にする力さえ勿体無い。全てを泳ぐ力に変換し、脚鬼に追いつこうとする凛。

 その鬼気迫る泳ぎっぷりに怖れを為した脚鬼もまた、命がかかっていることもあってか、泳ぐ速度に一段と拍車がかかった。

 このままでは―――焦燥に駆られる脚鬼であったが、不意に見つけた漁火にハッとする。

 その光に、脚鬼は下卑た笑みを浮かべ、今度は凛が焦燥に満ちた顔を浮かべた。

 

(漁船……!! どうして……!?)

 

 ゆらりゆらりと波に揺られる漁船には一人の人間が乗っていた。漁村の住民が様子でも見に来たのだろうか?

 なんにせよ、この状況はよろしくない。

 

『人間! 餌!! 喰わせろおおおおお!!!』

「ぶはッ……はぁッ!! ここはっ、危ないです!! 逃げてください!!」

 

 脚鬼は漁船へ一直線だ。

 一方で凛もまた、その脚鬼を追いながら漁船に去るように伝える。

 

 傷を負った脚鬼が再生する力を補うために人間を喰らうのは容易に想像できることであった。

 自分一人ならばともかく、力のない一般人を守りながら海中で戦うのは余りにも不利である。

 

(頼む、早く逃げて……!! ―――ッ!?)

 

 懇願するように念じていた凛であったが、次の瞬間、漁船に乗っていた人間が予想だにしていなかった行動に出た。

 なんと、自ら海へと飛び込んだのだ。

 これには流石の脚鬼も面食らった顔を浮かべたが、すぐに「好都合だ」と言わんばかりの醜悪な笑みを湛えて、飛び込んだ人間を海中に引きずり込んで溺死させようと触手を差し向ける。

 

(間に合え!! 間に合え!!)

 

 その光景を少し離れた場所から窺っていた凛は、死に物狂いでその場へ向かう。

少しでも早く―――そう己の体に鞭を打っている最中のことであった。

 

 突然、海面を穿つように発生した渦潮に巻き込まれた脚鬼が、頚と四肢をバラバラに斬り飛ばされた挙句、高速旋回する渦の表面を幾度か弾かれた末に、砂浜に打ち上げられたのだ。

 

「……は?」

 

 なんだ、なにが起こった?

 たった今起こった現象に理解の及ばない凛は、思わず泳ぐ手を止めてその場に留まった。

 茫然としていると、先ほど海へ飛び込んだと思しき人影が漁船へと上り、ゆっくりと凛の居る方へ漁船ごと向かってくる。

 

 ゆっくりとやって来た漁船に乗っていたのは、精悍な顔つきの男性であった。

 プカプカと波に揺られる凛を見つめる彼は、徐に手を差し伸ばす。

 

「乗れ」

「え? あ……はい!」

 

 断る理由もないため、男性の手を掴んで漁船に乗り込む―――というより、男性に引き上げられた勢いで打ち上げられる凛は背中を強打し、しばし悶絶する羽目となった。

 「いたた……」と悶絶する凛であったが、自分を見つめてくる男性に違和感を覚える。

 答えは単純であった。

 

(義手と……義足……?)

 

 本来人間に生えているはずの四肢の内、右腕と両脚がなく、代わりに木製の義手と義足がはめられていたのだ。

 しかも、凛を見つめている瞳も焦点が合っておらず、意識自体は凛に向いているものの、視線はどこも捉えていない―――そのようなズレを感じさせた。

 

(まさか、目も……!?)

 

 つまり、盲目。

 自分を引き上げた男性が、まさか盲目であったのかと思った途端、凛は得も言われぬ畏怖を覚えた。

 

―――五体満足でなく、さらには目も見えない。そんな中で海に出た挙句、水中に潜んでいた鬼を斬ったのか?

 

 それがどれだけ凄絶なことか。自分とはあらゆる意味で隔絶した存在であることを理解した凛は、途端に委縮して、目の前の男性の前で正座する。

 

「あ、あの……助けていただきありがとうございます! 僕の名前は……」

「氷室凛。違うか?」

「そうです、氷室凛……って、あれ? どうして僕の名前を」

 

 何故名前を知っているのだろうと訝し気に首を傾げれば、即座に男性が語を継いだ。

 

「御館様から鎹鴉伝手に話を聞いた」

「へ?」

「任務でお前の応援に来た」

「あ、なるほど! そうだったんですか……なら、改めてお礼を。ありがとうございました!」

 

 知らない間に応援を送られていたとは夢にも思わなかった。

 だが、とりあえず男性がこの場にやってきたことも、彼が強いことにも合点がいった―――義手・義足で盲目であることはさておき。

 

「あの、失礼でなければお名前をお伺いしたいのですが……」

「ああ」

 

 ピッと日輪刀と刀を振るって海水を払った後、漁船に用意していた布で刀身を拭いた男性は、器用に刀身を鞘に納めてから続けた。

 

伴田(ばんだ) (ながれ)

「伴田……流。なるほど、流さんですね! よろしくお願いします、流さん! えっと、話を聞く限りもう僕の名前は知っているみたいですけれど、自己紹介がまだなので……階級“(みずのと)”、氷室 凛です!」

「ああ、知っている」

「そ、そうですか……あ、そうだ! 流さん、さっきの技凄かったですね! あれは何の呼吸なんですか?」

「水だ」

「水……じゃあ、もしかしてさっきのって『ねじれ渦』……?」

「ああ」

「へ、へぇ~……あれが……うわぁ……」

 

 記憶の限り、ねじれ渦は渦潮を人為的に生み出せるような技ではないはずなのだが―――それだけ流と名乗る男性が強いのだということで納得することにした。

 

「凄く……強いんですね。あ、あの! 失礼でなければ階級も教えてほしいです!」

 

 これからの目標の基準になる。

 凛の階級は、新人であるため鬼殺隊の中でも最下位の“癸”であった。そこから鬼を倒した功績でどんどん階級が上がっていく。

階級として最上位であるのは“甲”であったはずだが、流は一体どの程度か。

 

「……階級を示せ」

「ん?」

 

 徐に左手を握る流。

 何をしているのだろうと目を白黒させていた凛であったが、次第に流の手の甲に文字が浮かんできたため、疑問は驚愕に、そして再び疑問へと変わる。

 

「“水”……? ……甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸……あれ、水?」

 

 指折り数えて階級の段階を思い返す凛であるが、“水”などという階級は存在しない。

 

「あ、あの……その手の甲に浮かんでる文字って階級のことじゃないんですか?」

「階級だ」

「へ?」

 

 ますます訳の分からなくなる凛。

 そうこうしている間にも、二人の乗った漁船は砂浜までたどり着いた。鬼の体はすでに灰と化しており、身に纏っていた着物以外は塵も残ってはいない。

 その光景に、凛は一先ず疑問をおいておき、鬼が成仏できるようにと黙祷を捧げる。

 彼の姿を横目で見守る流派と言えば、焦点の合わぬ瞳で、静かに彼の行いを見守っていた。

 

「……よし。で! あ、あの!」

「水柱だ」

「はえ?」

 

 何が水柱なのだろう?

 そう言わんばかりの表情を浮かべる凛であったが、流石に声音で理解していないと判断したのか、流が語を継ぐ。

 

「俺は鬼殺隊・水柱……伴田 流。鬼殺隊の“柱”たる最強の剣士に与えられる称号を持つ九人の中で……()()の男だ」

「柱……? ……ッ!」

 

 ―――昔、育手から聞いたことがある。

 五十体もの鬼を滅殺するか、鬼の中でも最上位に位置する鬼舞辻無惨直属の鬼・十二鬼月を倒すことで座すことができる、名実ともに鬼殺隊の戦力の“(ちゅうすう)”である剣士たち。

 それが“柱”。彼等は自分が用いる呼吸にちなんだ称号を有している。

 水の呼吸の使い手であれば、“水柱”。つまりはそういう訳だ。

 

「貴方が……鬼殺隊の……“柱”……!?」

 

 初めて出会った鬼殺隊の隊員は、鬼殺隊の要である“柱”。

 この出会いこそが凛の運命を大きく変える潮流であったことを、まだ彼は知らない

 




*壱章 完*

本作では一章分書け次第、その都度一日一話連続投稿する形をとらせていただきます。

*オマケ*
 設定紹介
・氷室 凛
鬼殺隊を志し最終選別に挑み、突破した少年。
水の呼吸の派生である「氷の呼吸」を用いる。加えて温度感覚も優れており、肌で感じる熱で鬼がどこに居るかなどを把握することができる。
その出生は特殊であり、まだ母親の胎内に居た時に母親が鬼にされてしまい、世にも珍しい鬼の胎から産まれた子供として、育手の老爺に育て上げられた。
それが関係してか否か、彼は自身の血を媒体に鬼を凍らせる特性を持つ稀血である。この血で凍った鬼は、凍結部位の再生が不可能となり、鬼のアドバンテージである不死性に待ったをかけられる。
鬼に慈悲をかける姿勢を見せており、それはなにより鬼となってしまった母親から産まれた経験に関係しているのかもしれない……。

・明松 燎太郎
最終選別にて凛と行動を共にした少年。気のいい性格であり、他人を放っておけない義勇の心にも溢れている。炎の呼吸の使い手であり、刀鬼との戦闘の際には奥義を繰り出し、トドメを刺す隙を作り出した。
凛が鬼に対して黙祷したことに、やや難色を示していたが……?

・謎の少女
風の呼吸の使い手。うっかり鬼と間違えて人間を襲ったが、特に動揺する様子も見せない、やや感性が外れている部分を覗かせる少女。
しかし、実力は本物であり、凛が苦戦して刀鬼相手に途中まで圧倒する実力を見せていた。

・伴田 流
鬼殺隊の戦力の要”柱”である”水柱”。水の呼吸の使い手である。
顔には痛々しい傷跡が残っており、その所為か盲目、しかも右腕は義手であり、両脚に至ってはどちらも義足である。それにも拘わらず水中にて脚鬼を一刀のもとに斬り伏せる隔絶した実力を覗かせた。
わざわざ凛の下にやって来た理由は鬼殺隊当主からの伝令らしいが……?
(大正コソコソ裏話)
完全にオリジナルのキャラではなく、原作「鬼滅の刃」のプロトタイプである「鬼殺の流」という作品の主人公だったキャラです。盲目・義手・義足の設定など、基本的な部分に関しては、その「鬼殺の流」という作品に準拠しております。
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