一人の子供が必死に手を伸ばしていた。
「・・・・、・・・・・ん」
その子供は川に流されている女の子を助けようと必死に手を伸ばしていた。
「ア・・、・・・」
しかし、虚しくもその手が少女の手を掴むことは無かった。
少年の目には再び少女が流されていく場面が写しだされた。
「たす・・、おに・・ん」
結果が分かっているはずなのに、少年は再び手を伸ふばす。
「アデ・、・デ・」
また、その手が少女の手を掴むことは無かった。
再び少女が流されていく場面が写しだされた。
「たすけて、おにいちゃん」
今度はしっかりと自分に助けを呼ぶ声が聞こえた。
「アデル、アデル」
そして、少女の手を掴むことができ、安堵の笑みを浮かべる少年。
次の瞬間、少女はものすごい力で少年の腕を掴むと川へと少年を引きずり込んでしまった。
もがき苦しむ少年を放そうとせず、寧ろ愉快そうに笑みを浮かべる少女。
意識がもうろうとする中、少年が少女へ目を向ける。
そこには、少女の面影もなくヘドロの化け物のような存在が自分の腕を掴み川へ引きずり込もうとしていた。
「オニイチャン、イッショニシノウ」
そう、ヘドロの化け物が自身の“妹”の声で語りかけてきたのだった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
レースが始まり、密航者である子供が気絶している中シュライヤは悪夢と共に目覚めたのだった。
「お、起きたかシュライヤ。ヒデェ顔だな」
そして、シュライヤが一番最初に見たのはアホみたいに陽気に笑うエースの顔だった。
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密航者だった子供と共にお風呂をすまして3人で現れたロビンとカリーナ。
替えの服がなかったのか、カリーナの一番丈の長いキャミソールを着せられていた子供。
「あ、やっぱり女の子だったんだ」
夕食の調理中のレイズのそんな能天気な声を聴いて、無表情のまま詰め寄るロビンとカリーナ。
恐らく子供の証言でレイズが見せた笑顔についてか、裸も見ていないのに何でわかったのかを問い詰めているのだろう。
「それで、あなたデューして密航なんて危なっかしい真似したのよぅ」
対面座る形になったベンサムが聞き取りを始めた。
恐らく風呂場で女性陣に色々されたのだろう、サガが持ってきたハチミツ入りのホットミルクを一口飲むとポツポツと語り始めた。
「オレ、ガスパーデの船で大工見習いやらされてたんだ。そこでオレを守ってくれてたじいちゃんが病気で、薬が必要で、だがら、だから目についたこの船に忍び込んだんだけど、どれが薬か解らなくて、匂いを嗅いでみたら寝ちゃった」
「船底の倉庫ってレイズが時々なにか作ってる所か」
「海王類も一発でオネムしちゃう睡眠薬とか、唐辛子の辛さだけ抽出した液体とか置いてあるあそこねぃ」
「「よく、無事だったな」」
実は勝手に入って痛い目にあったことのある二人は、子供があんな危険な場所にいたことに寒気を覚えていた。
「扉に”入るな危険”って書いてあるのに無断で入る奴が悪い」
そう言いながら両手にお盆を持ったレイズがキッチンから出て来た。
その後ろから少し大きめのお盆を持ったロビンとカリーナが現れた。
「とりあえず、一日目はお疲れ様。お腹にたまる物ってリクエストだったからグラタンにしたよ」
そう言うと少女の前に大きめのグラタンを置くレイズ。
サガとベンサムも各々に受け取る。
「オレはエースたちの様子見に行ってくるから先食べててな」
そう言って船内に降りる階段へと進むレイズ。
「あ、あとさぁ、少女よ」
何かを思い出したかのように立ち止まり顔だけ後ろへ向けるレイズは最近伸ばし始めた髪も相まって若干ホラーだった。
「素人判断で薬を持ってくのは危険だよ、後でちゃんと渡してあげるから大人しく待ってなさい」
言うことだけ言うと歩いて行ってしまったレイズの背中を少女はジッと見ていた。
しかし、空腹には敵わなかったようで恐る恐るであったがグラタンに口をつけるのであった。
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「・・・・・オレを笑いに来たのならいいタイミングだな、エース」
シュライヤが起きてから数分、一切会話のなかった室内で最初に言葉を発したのはそのシュライヤだった。
「オレは、あのクズを殺すためだけに生きてきた。後ろ暗いことも色々やらかしてきた。なのにこのザマさ」
そう言うと自分をあざ笑うかのように乾いた笑いを漏らすシュライヤ。
そんなシュライヤに対して何か言うわけでもなく、かといって出ていくわけでもなくエースはイスに座りながらそんなシュライヤを見続けた。
「結局口だけの野郎だったんだよオレは。だがら、アデルも守れなかったんだ」
シュライヤの独白が続くなか、徐に立ち上がりストレッチを始めたエース。
「笑えるだろ。なぁ、嗤えよエース」
入念にストレッチをするエースにシュライヤは気がつく様子を見せない。
そして、エースは最後に深呼吸をし始めた。
「・・・はっ、オレにはそんな価値もな「うるさい、女々しい」ゴハゥ!!」
シュライヤが続けてしゃべろうとした矢先、エースの助走をつけたドロップキックが見事に決まった。
「さっきから聞いてればウダウダグチグチと、まぁー女々しい」
つい先程まで起きる気配のなかった重症者にドロップキックをかましたとは思えないイライラした顔でシュライヤへと言葉を投げつけるエース。
最後の方はベンサム化した言い方をしているためか、育ての親であるダダンにそっくりであった。
「何ですかぁ~?一回負けたらそこで終わりなんですかぁ~?そもそも、作戦もなく突っ込んでいって勝てるとか本気で思ってたんですかぁ?どんだけ自信過剰なんだよお前は 」
ドロップキックのダメージから幾分か回復したのかヨロヨロとベッドから立ち上がるシュライヤ。
「エース、テメェ何しやがる」
怒りで全身に力が漲ったのかエースを睨み付け怒声をあげるシュライヤ。
「おやおや、今度は逆ギレですか~?そんなんだから負けんだよ~」
負けじと睨み返し、さらにシュライヤを煽るエース。
互いにてが届く位置まで歩み寄る。
方や完全にバカにした顔でおちょくるエース。
方や怒り心頭で痛みが消え去ったシュライヤ。
「んだよ、怪我人は大人しく寝てたらいいんじゃねえのぉ?」
とうとう耳までかきはじめた完全にバカにした顔のエース。
「テメェ、フザケンナ」
その声と共に放たれたシュライヤの右ストレートが喧嘩の合図となった。
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ドタバタと喧嘩の音がするドアの前で笑顔になっているレイズ。
食事が出来たのでエースと看護の交代に来たのだがその必要はなさそうだと満面の笑みになっている。
「あんら~、エースちゃんたち喧嘩?」
二人のケンカの音に気が付いてなのかダイニングで食事をしていた面々が全員シュライヤの部屋の前へと集まってきた。
そこには密航者の少女もいたが、彼女以外の全員が笑顔でいるのはシュライヤが起きたことを喜んでいるからだろう。
「起き抜けに、あの馬鹿どもは何をやっているんだ」
「サガの言うとおりね、ケンカする体力があるならこれから先の”戦闘”も大丈夫でしょ」
「あらあら、カリーナったら人使いが荒いんだから」
サガ、カリーナ、ロビンと三者三様の感想も信頼の証だろうか声は明るかった。
そんな時、ふと何かを思い出したかのようにレイズは少女へと視線を向けた。
「な、なんだよ」
突如注目され怪訝そうな顔をする少女。
そんな少女にレイズは”ある爆弾”を投げるタイミングを見計らっていた。
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扉の外でそんな会話がなされているとも知らずにエースとシュライヤのケンカは子供の殴り合いのようになってきていた。
「さっきから聞いてりゃ、女々しい女々しいと誰も死なせたことのないお前に何がわかるんだエース」
シュライヤのその言葉にエースの顔から一切の感情が消えた。
短い間だったとはいえ、ほぼ毎日馬鹿をしてきたエースとシュライヤだったが、そんな彼でも初めて見る顔であった。
「オレには2人の兄弟がいる」
立ち止まり動かなくなったエースから突如身の上話が始まった。
「兄弟っていっても杯を交わした義兄弟なんだがな、弟は泣き虫でビビりで本当に心配ばっかかけやがる」
その声はシュライヤだけでなく扉の前にいる全員に聞こえていた。
「もう一人の兄弟は同い年でな、いつかこの自由な海に冒険にくり出すことをずっと夢見てたんだ」
そんなエースの独白はどこか悲しみを宿し、誰も声が出せない状況になっていた。
「でも、そいつは、いなくなっちまった」
そう言ってシュライヤと目線を合わせるエース、そこには怒りの焔が宿っていた。
「天竜人の船の前を”横切った”。それだけで、あいつは船事砲撃されたんだ」
「オレはその事実を知らされた後、オレの兄弟に攻撃した奴を殺してやろうとして家を飛び出そうとした」
「だけど、クソババアに止められて、弟を守ると誓った兄弟の置手紙に止められて、今こうして旅をしている」
エースの瞳に宿っていた焔は徐々に消えていき、今はなぜかスッキリとした色を宿していた。
「旅を始めてカリーナが仲間に加わった時にレイズにもこの話をしたんだ。そしたらあいつなんて言いやがったと思う」
「レイズが・・・か?」
いつの間にか座り込んだ二人。
少しの静寂が辺りを包む。
「『誰も亡骸を見ていていないのに何で勝手に殺してんだ』」
「・・・はい?本当にそう言ったのか」
扉の前でもカリーナ以外の面々がレイズを凝視していた。
「おう、『誰も亡骸を見ていていないのに何で勝手に殺してんだ。なんで生きてるって信じてやれないんだ』だってさ」
普通であれば妄言かバカの戯言と言われるようなその言葉。
しかし、エースはなぜかスッキリとした笑顔でいた。
「確かに、誰も見てないんだ。そうしたらよ、兄弟のオレがあいつを、サボを信じてやれないで誰が信じてやるんだ。そう思った時、なんか体が軽くなった気がしたんだ」
それは、レイズが未来を知っているからこそ言えた言葉であった。
でも、レイズは本気で思っていた。
少なくとも、誰かを信じることが力になるエースを自分は信じているんだぞという意思表示も込めただったが。
「だから、オレは信じてるんだ。あいつはこの海のどこかで生きているんだって。今会えないのも理由があるんだってな」
エースの笑顔とその言葉にシュライヤはなぜか心が軽くなっていく感覚に襲われていた。
エースの顔からは「お前は違うのか」という声が聞こえてきそうであった。
体の痛みはもう引いていた。
心の痛みもなぜか軽くなっていた。
「ははは、バカじゃねえのお前ら」
シュライヤは久方ぶりに心から笑顔になれたような気がした。
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「ギュヒュ-------------、えぇ話や------------------」
ベンサムは扉の隙間から聞こえてきた会話に持っていたハンカチを噛みちぎれるほどに噛みしめ、床を涙で濡らしていた。
周りを見渡すとサガもそっぽを向いて自分の涙を隠そうとし、ロビンも感動を隠そうと必死になっていた。
そして、少女も感動の涙を流しているのを確認したレイズはワザと中に聞こえるように声を出した。
「そういえば、少女。君の名前って”アデル”っていうんだっけ?」
名を呼ばれた少女はポカンとした顔をしてレイズへと顔を向けた
「そうだけど、なんで知ってんの?」
心底不思議そうに見上げてくる少女アデル。
その顔があまりにもあっけにとられていた思わず吹き出しそうになったレイズ。
「それはね・・・・・・・・」
服に書いてあったよ、と嘘でもつこうとしたレイズを天罰が見舞った。
「アデル」
扉が勢いよく開きレイズを吹き飛ばしたのだった。
全身包帯まみれで顔も痣だらけのシュライヤがそこには立っていた。
そして、アデルと名乗った少女と顔を合わせた時、二人の頬に涙が流れていた。
「アデル・・なのか?」
「にいちゃん・・・なの?」
二人は恐る恐る近づく。
シュライヤがアデルに目線を合わせるように屈む。
アデルがシュライヤの顔を恐る恐る触る。
すると、二人の頬を涙が流れた。
そのまま、二人は互いを抱きしめ合うと無言で泣き続けた。
その光景を周囲は感動の涙を流しながら見守っていた。
吹き飛ばされて気絶しているレイズ以外は。