たとえそれが下手糞でも。
「オレの財宝か、欲しけりゃくれてやる」
大いなる時代の転換期。
ガスパーデにとっても、その日の記憶はとても鮮明に焼き付いているはずだった。
「探せ!!」
いつからか、忘れたフリをして自分の魂に灯った筈のその何かに蓋をし続けた。
「この世の全てを其処に置いてきた」
そして、“
ガスパーデも最初は純粋に世界平和のためにと海軍に入隊した新兵だった。
順調に地位が上がっていき、念願だった海軍本部への栄転が決まったその夜、全てが変わってしまった。
栄転祝いでシャボンディ諸島の歓楽街に来ていたガスパーデと本部の海兵。
楽しく飲みかわし店を出た時だった。
頭をシャボンで包んだ男が無理矢理女性を拐おうとしていた。
周囲は誰も助けようとせず、しかし懺悔の表情を顔に浮かべていた。
泣き叫ぶ女性傍らには、血だらけの男性の見るも無惨な死体が転がっていた。
激昂に駆られ女性を助けようとしたガスパーデを、後ろから物凄い力が地面に叩きつけた。
それは、先程まで一緒に飲んでいた本部の海兵だった。
「馬鹿野郎、“あの方がた”に楯突くな。忘れろ、お前が無茶したら俺達も殺されるんだぞ」
その声が呼び水になったかのように突如雨が降り始めた。
全てを覆い尽くすように。
ガスパーデの任務地は定例通りシャボンディ諸島だった。
そして、ガスパーデは来日も来日も“天竜人”と呼ばれる世界貴族の横行を、護衛という立場で見せられ続けた。
欲しければそれが何であれ誰のものであれ“奪い”。
飽きれば、気に入らなければそれが誰であっても“殺し”。
自身が、自身こそが優れていると自負する“傲慢”。
時が立つにつれてガスパーデは変わっていった。
天竜人の横行を“静観”し。
彼らの気まぐれで得られる金銭を“享受”し。
彼らの命令であれば、それが無垢な子供だろうと“殺害”した。
そんなガスパーデの心には、ある日から黒く澱んだ火が灯るようになっていった。
シャボンディ諸島での任務が終わりに近づいていたある日。
その日は朝からどしゃ降りの雨だった。
職務室で酒を飲んでいたガスパーデにアポもなく客が訪れた。
全身を白いスーツで統一した彼らの存在をガスパーデは知っていた。
「“
「ガスパーデ君、“我々の側”に付く気はなかい?」
世界政府とて一枚岩ではなかった。
ガスパーデは完全な政府の犬として海賊側から世界政府に貢献することを望まれた。
かつて、“正義の味方”を志していたガスパーデならその手を払いのけていただろう。
だが、今の彼にはその手を取ることに微塵の躊躇もなかった。
そして、手付金代わりに“能力者”となったのだった。
海軍本部へと戻り、少将となったガスパーデはCP-0から送られてきた協力者と共にとある航海で海軍から離反。
数名の“使える”人間を残し虐殺の限りを尽くした。
政府の助けもあったが、黒く淀んだ炎に焦がれた彼は数多の都市を焼き尽くし、多くの人間を惨殺し、無数の略奪品を世界政府へと秘密裏に流し続けた。
その結果、ガスパーデは「王下七武海」へ招集される程に悪名を得たのであった。
そんな彼にとって“DEAD END RACE”は唯一の娯楽でもあった。
世界政府から許された殺戮の手段であったが、何も気にすることなく気儘に壊せることはガスパーデにとって自身の意思が通せる場所でもあった。
今回で最後になる予定だった始まりの地点でこの目の前の男を目にするまでは。
粋がる賞金稼ぎを使える部下に処理させたその時、自分を見る男と目が合った。
そこには自分に対する“畏怖”もなく、ただただ目の前の景色を写しているだけのように見えた。
「お前ら、オレの部下になれ」
気が付くとそんな言葉が漏れていた。
自分でもなぜそんな言葉が出たのか理解できなかった。
静寂が支配する空間。
その静寂を破ったのは欄干にもたれ掛かる様にしてこちらを見ていた“銀髪”の男だった。
「ハハハハハハハ、エースどうする気だい?」
それは喜劇でも見ているような笑みを浮かべた男の笑い声だった。
何が可笑しいのか理解できずにいたその時、目の前まで来ていた男が勢いよく顔を上げ自分を“見下した”。
「断る!!!!!」
その声はけして大声と呼べるような音量ではなかった。
しかし、自分たちのいるフロアー以外の存在にも響くような大声だった。
「こいつからはオレの嫌いなクズの匂いがする」
自分を貶すようなその返答。
そして、当然とばかりに挑発してくるような笑みを浮かべる顔。
その時、ガスパーデに脳裏に一人の男の笑みが浮かび上がった。
その場を離れ船に戻ったガスパーデは酒を煽り続けた。
あのエースと呼ばれた男のことがどうしても頭から離れなかった。
気が付くと自分の半生を振り返っていた。
正義を求めながら明確な力を手にするために入った海軍時代。
自分の“狂気”が目覚めた“世界の暗部”との出会い。
黒く濁った炎に身を焼かれながらも次第に逃れることの出来ない底無し沼へと墜ちていった。
そんな時に討ち入りに来た馬鹿どもと最後に遊ぼうと決めこんだのだった。
結局、自分を傷付けることはできず吹き飛ばされていった二人であったが、その時見た“目”が気に入らなかった。
その目には紅蓮に燃え盛る炎が灯っていたのであった。
かつて自分が消してしまった、純粋に燃え滾る心の焔が。
苛立ちを抑え世界政府に帰りの船を寄こすよう連絡を取ろうと背を向けた時、不意に“あの時の記憶”が蘇ってきた。
「よう、ガスパーデ」
思い出せば自分の運命の転換期はいつも雨が降っているな、とガラにもなくセンチメンタルに浸っているガスパーデの心に再び黒く淀んだ炎が灯った。
目の前の箸にも棒にもかからないような雑魚と断じた男がどうしても気になった理由がハッキリと解ったからだろう。
「第二ラウンドと行こうじゃないか」
その男が浮かべた笑顔は、あの雨の日に見た“