日常   作:冠龍

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帰路

夜の帳が下りると夜行性動物達が我先にと活動を開始する。そんな夜のジャングルを進む1頭の若き狩人がいた。その顎には先程仕留めた猪が咥えられている。辺りに蔓延る掃除屋(スカベンジャー)を避けるために崖の上の塒に戻ろうとしているが、80kgを超える獲物を運んでいては遅々として進まない。こんな重量物を抱えてジャングル特有の柔らかな土の上を歩くには常に3本以上の脚を地面につけて歩かなければならなず、抱えて疾走しようものならバランスを崩して転倒してしまうだろう。しかし彼の貧弱な顎では獲物を咥えて持ち上げることは出来ず、せっかくのご馳走を泥で風味付けしながら進む他なかった。

 

そんな彼の周りを何かが猛スピードで跳び回っている。藪の間から見え隠れする毛の見当たらない外皮や、細長い手足は何処か未来の捕食動物を連想させるが、発達した外耳と眼がそれとは全く異なる生物であることを表している。俗称『カムフラージュビースト』 ――進化した原猿類であり、生物史上屈指の擬態能力の持ち主である。彼らは体表の色素を自由に変化させて背景に溶け込む事が出来る。その精度は哺乳類の中でも視覚に長けた人類でさえ擬態を見破れない程。この擬態能力によってカムフラージュビーストは危険な捕食動物が跳梁跋扈する未来世界を生き延びているが、そんな彼らの数少ない外敵が未来の捕食動物である。視覚に頼らず超音波を使い狩りを行う未来の捕食動物が相手ではカムフラージュビーストの渾身の擬態も通用せず、近接で殴り合ったところで馬鹿力を持つ未来の捕食動物には敵わない。辛うじて機動力でなら張り合えるが、彼らにとって未来の捕食動物は正に『天敵』だった。

 

しかし今夜は形勢が逆転している。

追われているのは未来の捕食動物、追っているのは複数のカムフラージュビーストだった。目的は獲物の強奪、とはいえ機敏に動けるカムフラージュビーストといえども未来の捕食動物を相手に1頭では勝ち目が薄い。そのため普段は単独で生活しているカムフラージュビーストは複数で狩人を追跡していた。

 

当の若い未来の捕食動物は自身がつけ狙われていることに全く気づいていない。それもそのはず、彼は一日中下界での狩りに明け暮れていたため疲弊しきっていた。そのためジャングル特有の騒音も災いしてカムフラージュビースト達の接近に気付けないでいた。そんな中で彼は、死してなお狩人の歩みを妨げる猪に多少うんざりしながらも塒のある崖山に向かっていた。

獲物を引き摺り続けて早30分、ようやくジャングルを抜けた。

 

しかし、この時を待ち続けていた略奪者達がとうとう襲いかかってきた。

背後の藪から1頭、手前の倒木から2頭、そして上空から襲いかかる1頭。合計4頭のカムフラージュビーストが仇敵の獲物を横取りしようと攻め懸かった。

 

上空からの攻撃を間一髪で避けた未来の捕食動物だったが、咄嗟のことで獲物を手放してしまった。地面に転がった獲物を持ち去ろうと目敏い2頭のカムフラージュビーストが走り寄ってくる。そこへ未来の捕食動物が体当たりを仕掛けた。体格の差が如実に現れ回避し損ねた1頭が奥のジャングルへ叩き返される。だが藪から現れた1頭が隙だらけの捕食者に鉤爪を突き立てた。小さくとも湾曲した鉤爪が皮膚を貫通し鋭い痛みをもたらす。しかし常日頃から怪蟲メゴプテランと殴り合っている未来の捕食動物には通用しなかった。狩人は自在に動く腕を小賢しい反逆者へ力任せに叩き付ける。たった一撃で肋骨が数本が折れ、耳障りな音と共に盗人は宙に舞った。

 

これが決め手だった。仲間の半数が撃退されてはこれ以上打つ手がない。形勢不利と悟ったカムフラージュビースト達はそそくさと退却していく。

しかし作戦はある意味では成功していた。

 

厄介者を退けた狩人は疲労困憊ということもあって獲物の足が一本減っていることに気付かなかった。とはいえ獲物を守りきった狩人は最後の難所である崖を登り始めた。一時間もすれば塒に戻れるだろう。

 

長かった一日がようやく終わろうとしていた。

 

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