日常   作:冠龍

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怪蟲

 火傷じみた痛みに苦しみながらも、メゴプテラン達はお腹を空かした子供達の待つ崖上の巣へと向かっていた。今回捕えたのは兵士2人とプレデタートード3体。どちらも育ち盛りの子供の食欲に見合う体格の持ち主なので餌として好都合なので半日は狩りに出ずに済むだろう…

親達はそんな事を考えながら一路崖上に向かって飛んでいた。祖先譲りの優れた飛行能力をメゴプテランも受け継いでいるとはいえ、プレデタートードはまだしも兵士達は如何にも重たげである。途中ふらつきながらも何とか獲物を崖上に運び終え、休む間もなく獲物を引きずって地下施設内の巣と降りていった。

 

このテーブルマウンテンとでも形容すべき山に生息する生物は決して多くはない。ここは低酸素、少ない資源、群れを成して徘徊する未来の捕食動物とメゴプテラン。この世の終わりのような環境だが、そんな劣悪な環境下でも一部の小動物は順応して定着していた。地下施設に入り込むメゴプテラン達の側で仮眠を取っているコオロギの1種がその代表であり、彼らはメゴプテランと共生関係を築いている。メゴプテランは常に未来の捕食動物と戦争状態にあり、しばしば彼らの夜襲を受ける。良くて月明かり程度しか光源のない夜間ではメゴプテランの発達した視覚も何の意味も成さず、当の未来の捕食動物は視覚に頼らず活動できるため、一方的に蹂躪されて群れ一つが壊滅してしまう事もある。

そんな悲劇を防ぐための対策がこの10cm程のちっぽけなコウロギとの共同生活だった。彼らは祖先から受け継いだ独特な羽を使って妨害音声を作り出すことが出来る。元はカムフラージュビーストなどの聴覚に優れた中型雑食〜昆虫食動物への防備として身につけた能力だったが、今では殆どの場合メゴプテランを守ることに使われてる。コウロギ達は未来の捕食動物の放つ超音波を感知すると即座に羽と羽を擦り合わせて、耳を劈く『鳴き声』を上げる。この鳴き声が未来の捕食動物が鋭敏な鼓膜を貫くと相手は暫くの間エコーロケーションが使えなくなってしまう。未来の捕食動物の作戦は奇襲からの一方的な殴打でメゴプテランに反撃の暇を与えず仕留める方法のため、エコーロケーションを封じられると得意の奇襲が出来なくなりメゴプテランと正面から殴り合うことになってしまうため、大抵は妨害音声を食らうと渋々撤退を余儀なくされる。

そしてコウロギ達は夜警を務める代わりに餌の残りを分けてもらったり、天敵のカエル類や鳥類から身を隠すためにメゴプテランの巣を間借りさせてもらっている。現在でいえばテッポウエビとハゼの共生関係にも近いが実際には更に複雑であり、メゴプテランの脱皮殻や繭の残骸をコウロギ達が速やかに処理することで巣を清潔に保ったり、逆に外界でコウロギが放浪していた場合はメゴプテランが積極的に彼らを保護して巣に連れ帰る行動も確認されている。

 

これらは未来世界の生存競争が今よりも遥かに激しくなった結果とも考えられており、その原因として真っ先に数えられるのがメゴプテランのライバルたる未来の捕食動物の出現とされている。

 

 

 

だが今日メゴプテラン達に襲いかかったのは全くもって未知の存在だった。

それはARC職員のコナーによって『お化けミミズ』と評された先カンブリア紀の支配者。

 

本来なら有り得ない事だが、この世界には『時空の亀裂』という超自然的な現象が確かに存在する。そこからは過去、現在、未来、問わずあらゆる時代の生物や物質が流入してくる。それは時に進化の流れを大きく狂わせる事もあるが、今回はメゴプテランが時を超えた生物災害(バイオ・ハザード)を被ることになった。

 

メゴプテランの巣のある地下施設。その一室に煌く光の塊 ――『時空の亀裂』が出現した。そこから止め処なくガスとも煙ともつかない物質が流入する。そして硫黄を大量に含んだガスの波に揉まれるようにして先カンブリア紀のミミズが未来の地球に入り込んできた。元々メゴプテランの餌置き場兼託児所だった部屋には餌の残骸から発生した腐敗ガスが溜まりつつあり、それと混ざった原始地球由来のガスが独特の匂いを放ちながら地下施設内に充満していく。

真っ先にガスの被害に遭ったのはメゴプテランの幼虫だった。何匹かがガスに飲み込まれて為す術もなく窒息死する。何とか瓦礫をよじ登って窒息死を免れた幼虫達も、次第に量を増すガスによって逃げ道を失っていく。

そこに飢えた原始ミミズ達が襲いかかった。蠕虫同士の対決は呆気ないものとなった。同じ『蠕虫』といってもメゴプテランの幼虫は柔らかな体表と糸を吐くか餌の体液を吸い出す程度の事しか出来ない口器を持つのに対して、原始ミミズは硬い外皮と細かく鋭い牙の並んだ柔軟な口器を持っている。勝敗は火を見るより明らかで、原始ミミズ達は口器を振り回して手当たり次第に幼虫や餌の残りを丸呑みしていく。

そうしている間にも亀裂からガスが流入し続け、やがてガスが地上に通じるダクトにまで到達した。これにより生き残っていた幼虫の殆どが酸欠、もしくは原始ミミズの餌食となって絶命することになった。やがてガスが部屋一杯になると原始ミミズ達はダクトを通って漏れ出したガスを頼りに他の部屋にも侵入し始めた。

 

この時餌を運び込もうとしていた大人のメゴプテラン達は、ようやく巣の異変に気が付いた。メゴプテランは視覚に頼るため然程嗅覚が発達していないが、短い触覚を通じて匂いを感じ取ることが出来る。何時もと何かが違うと感じた大人達は警戒を強めながら我が子の待つ部屋に向かい始めた。

 

一方で原始ミミズに占拠された部屋から辛くも脱出できた子供のメゴプテランが数匹いた。亀裂が開く前日に変態を終えていたため発達した四肢と羽を使って逃げ延びることが出来た。とはいえ逃げ混んだ部屋にも少量のガスが漂っているため油断はできない。案の定5分と経たない内に原始ミミズ達がダクトを這いずって入り込んできた。逃げる選択肢もあるが、次に訪れた部屋がガスで一杯になっていない確証はない。子供のメゴプテラン達が生き延びるためには、侵入してきた原始ミミズを追い返すより他に道はなかった。

 

先制攻撃は子供のメゴプテラン。何匹かが子供ならではの軽やかな身のこなしで原始ミミズの背中に飛び乗ると、両腕の鎌を外皮に突き立てた。原始ミミズが暴れれば暴れる程に棘だらけの鎌が体内奥深くへ食い込み、筋繊維と血管を引き裂いていく。口器を伸ばして何とか背中の小虫達を引き剥がそうとするが、メゴプテラン達は死角に張り付いているため暴れても意味がない。張り付かれた原始ミミズが暴れる振動によって他の原始ミミズ達も敵の存在を察知するが、彼らは『敵』という概念を殆ど持ち合わせていない。それもそのはず、原始ミミズ達は先カンブリア紀最強の生物であり並び立つライバルは存在しなかった。強いて言えば同種同士での小競り合い程度があっただけで、基本的には時折開く亀裂から入り込む他時代の生物(多くが先カンブリア紀に迷い込んだ途端に窒息死してしまう)や、海に棲む柔らかな小動物を狙って口器を伸ばすだけで事足りた時代の生物には、自身が襲われるという事すら理解不能だった。そのため原始ミミズ達は混乱して周囲の物を跳ね飛ばしたり体液を口から吐き出して矢鱈滅多に威嚇をするが、そんな井の中の蛙を相手に子供とはいえ未来の覇者たるメゴプテランが遅れを取るはずがなく、早速一頭を血祭りに上げた。

瀕死の原始ミミズから鎌を引き抜いた数匹がその手入れする間は、残りの個体が周囲を警戒する。周りの原始ミミズ達は依然としてパニックに陥っているが、やがて瀕死の仲間がいる事に気付くと容赦なく共食いを始めた。

凄惨な光景が展開されるが、その間にも段々とガスが増えてきて視界が効かなくなってきている。それに合わせて息苦しさを感じ始めた子供のメゴプテラン達は、一か八か側面に開いた空気口からダクトに侵入して空気が残っていそうな別の部屋を目指し始めた。いくら素早く頑強なメゴプテランといえども、自身の数倍の体重を持つ原始ミミズに狭いダクト内で正面から鉢合わせすれば間違いなく押し潰されてしまうだろう。それでもこの部屋に留まる事が出来ない以上、新たな部屋を求めて進むしかなかった。

 

 

 

こうして始まった何時終わるとも知れない怪蟲同士の戦い。それがやがて新たな生態系の誕生に繋がるとは、この時誰も予想すらしていなかった…

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