日常   作:冠龍

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深淵

 地下施設で我が子が決死の脱出劇を繰り広げている一方で、親のメゴプテラン達は充満するガスを前に立ち往生していた。元々屋内のため視覚が効きにくいが、今はガスのせいで3m先も朧気になりつつある。無論、大人のメゴプテランが原始ミミズと一対一で戦ったところで負けるはずもないが、現状大人達はガスの奥に蠢く敵の正体を知らない。怪現象を前に構わず突っ込む程メゴプテランは馬鹿ではない。祖先のハチは昆虫の中でも知能の高いグループであり、子孫であるメゴプテランも過酷な未来世界に淘汰圧によって、昆虫としては異常な程に狡猾で用心深く進化していた。

 

しかし地獄の真っ只中にいる子供達にとって、それは救援の遅れを意味していた。祖先のハチならば死を厭わずに突っ込むはずだが、なまじ知能が高いメゴプテランは自己保身に走る傾向がある。

ガスの充満により救援を待ちきれなくなった子供達は、ダクトを登り終えて上の階に足を踏み入れていた。しかし上の階も既にガスとミミズで一杯になっており、とても飛び込める状態ではない。先程は数匹が協力して原始ミミズを撃退したがあれは半ば奇襲が成功したような物であり、体重に勝る原始ミミズとの肉弾戦に持ち込まれれば子供達に勝ち目はない。そうこうしている間に数頭の原始ミミズがダクト内の獲物の存在に気付いて口器を伸ばしてきた。これ以上この場所に留まることは危険と判断した子供達は、別の部屋を求めてダクトを進み始めた。永遠のようにも思える行軍の間にも、刻一刻とガスがダクト内に入り込み続ける。子供達は懸命にダクトを進み続けるが、行けども行けども先にあるのはガスと原始ミミズに支配された部屋だけだった。

 

タイムリミットが確実に迫り来る中で、遂に恐れていた事が起きてしまった。

 

先頭を進む子供が突如として姿を消した。瞬間的に敵の存在を察知した子供達は臨戦態勢に突入するが、敵の姿を視認することが出来ない。暫し静寂が一帯を支配するが、それも脳髄を揺るがすような断末魔が聞こえるまでだった。それに混じって僅かに鳴った羽音と外骨格が砕ける音が、無情にも同族の死を物語る。

直後に見覚えのある口器がダクト内に侵入してきた。3つに裂けた口先が触覚を頼りに獲物を探すが、子供達は咄嗟に距離を取っていた。しかし狭いダクト内では退避にも限界がある。ここまで一列になってダクトを進んできた事が裏目となり、逃げ遅れた一匹が攫われていった。攫われた子供は小さな鎌を必死に振り回して抵抗したが、原始ミミズは獲物の抵抗を意に介さず丸呑みにする。

 

やがて堰を切ったように襲撃が始まり、至るところから口器が伸びてきた。生き残りの子供達も密集陣形で鎌を振り上げて威嚇するが、視覚の発達していない原始ミミズが相手では威嚇の意味を成さない。一匹、また一匹と攫われていき、最終的に2匹が残るのみとなってしまった。それでも原始ミミズ達の食欲は収まることを知らず、再度ダクト内へ口器を伸ばしてくる。

 

もはや2匹の命運も尽きたかに思われた。 ――その時だった、

 

突然目の前の口器が身悶えし、数回のたうち回ったかと思うと、得体の知れない力によって無理矢理ダクト内から引き摺り出された。衝撃で部屋のゴミが崩れて床に散乱し、周囲の原始ミミズ達を一時的なパニックに陥れる。

 

部屋に現れたのは親のメゴプテランだった。棚を足場にして床の原始ミミズ達に悟られないようにダクトへ接近し、今まさに子供を呑もうとしていた原始ミミズの腹を挟み込んだ。そのまま圧倒的な力で外皮を破って致命傷を与えると、邪魔と言わんばかりに床へ投げ捨てる。先行した1頭が流れるような動きて子供を救出すると、続いて数頭の親が突入してきた。もちろん狙いは我が子を食い殺した原始ミミズ達。子を奪われた親達の怒りは凄まじく、そこから先は一方的な殲滅戦が始まった。ガスのせいで視界は効かないが、大人達は経験に基づく勘と気配を手掛かりに捕脚を振るい、確実に原始ミミズを捕えて殺していく。生き残りの原始ミミズ達が同族の体液と残骸が飛び散る中を潜り抜けて逃げ出そうとするが、復讐に燃える親達が憎き仇を見逃すはずもなく、即座に先回りして退路を断ち切り、残りも容赦なく皆殺しにする。

僅か数頭のメゴプテランによって十数頭の原始ミミズが殲滅、皆殺しにされた事が、両者の力関係を如実に表していた。

 

次に狙うは、下の階に潜む原始ミミズ達。

 

 

殲滅戦は終わる気配を見せない。

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