日常   作:冠龍

6 / 6
巣窟

 我が子の復讐に燃えるメゴプテラン達はフェロモンと鳴き声によって連携をとりつつ、害虫を蹴散らして巣を奪還すべく地下深くへと歩みを進めていた。続く部屋でもメゴプテラン達の優勢は変わらず、8頭もの原始ミミズが瞬く間に制圧された。せめてもの抵抗として敵に幼体を寄生させるべく、原始ミミズ達は絶命時に幼体を四方へ撒き散らしたが、硬い外骨格に包まれたメゴプテランが相手では執念深い幼体でも力及ばず、次々と力尽きて踏み潰されていった。

 

しかし優勢に戦いを進めるメゴプテラン達にも無視できない問題が1つだけ存在した。それは地下へ進む程に濃くなっていく硫黄ガスだった。如何に節足動物の域を超えた呼吸が可能なメゴプテランといえども、酸素自体が希薄になってしまえば戦うどころか動くことすらままならない。もしも身動きが取れない状態で原始ミミズの群れに包囲されれば壮絶な末路を遂げるのは目に見えている。戦場が極端に通気性の低い地下施設というのも災いしていた。これが地上の納屋などであれば、あっという間にガスは四散して原始ミミズ達は戦う間もなく死に絶えていたはずだが、複雑に入り組んだダクトや通路がガスを溜め込んでおり、更に窓も無いため依然として原始ミミズ達は健在だった。

 

だが地下4階に開いた時空の亀裂から流れ込むガスの量は徐々に減りつつあった。それもそのはず、既に亀裂が開いてから3時間は経過しようとしていた。亀裂は物によって半日と保たずに消える物もあれば、数日は消えずに残る物もある。今回開いた亀裂は前者だった。亀裂は淡くと煌めいて数回拡大と縮小を繰り返してから音も立てずに消滅した。幸い消滅に巻き込まれて切断された生物はいなかったが、これで地下施設に侵入した大量の原始ミミズ達は帰る場所を失ってしまった。ガスなら山程溜まっているので呼吸の心配はいらないが、上からは確実にメゴプテラン達が迫っていた。

 

一方その頃、地上でも動きがあった。破損した排気口から細く立ち上る煙状のガスが嗅覚に長けた未来の捕食動物を引き寄せる。基本的に彼らは聴覚に頼って生活しているが、聴覚程ではないものの発達した嗅覚も備えているため匂いからも周囲の情報を取り込んでいる。そして今日は嗅ぎ馴れない匂い ――ガスに含まれる硫黄の匂い―― を嗅ぎ付けていた。

どうやらガスは仇敵メゴプテランの巣から立ち昇っているらしい。このガスが原因かは分からないが、日中にも関わらず巣の入り口に見張り役の姿は無い。

この異常事態を敵殲滅の絶好の機会と考えた未来の捕食動物達は、代わる代わる巣の入り口を見張りながら、彼らの最大の味方である闇夜の訪れを待った。

 

 

 

神経を逆なでするような音に合わせて原始ミミズの外皮が破られる。とうとうメゴプテラン達は3階を制圧し終えようとしていた。後は部屋の済に残った数頭を片付ければ、この階の制圧も完了する。

 

だがその予想は大きく悪い意味で裏切られた。

 

天井に開いた大穴から原始ミミズが滑り出してきた。どうやらダクトを通って潜伏していたらしい。いくら頑強かつ素早いメゴプテランと言えども、完全な奇襲の前では反射が間に合わず相手の先制攻撃を食らってしまった。とはいえ攻撃内容は重々しい身体を重力に任せて放つタックル、そして柔軟な口器による噛み付きのためメゴプテランにとって大したダメージにはならない。絡みつく原始ミミズを振り解こうとメゴプテランが暴れ、耐えられなくなった原始ミミズは攻撃を中断してガスの中へ姿を晦ました。

しかし偶然にも1頭の原始ミミズが善戦したため、図らずも他の原始ミミズ達には仲間の仇討ちをする機会が生まれていた。実はこの時、絡みつかれたメゴプテランは暴れた拍子に1頭だけ部屋の済にやって来てしまっていた。当然周囲のガスの中には生き残りの原始ミミズが潜んでいる。瞬く間に逆襲が始まり、前後左右あらゆる方向から口器が伸びてメゴプテランの脚や羽を捕えていく。いきなり窮地に立たされたメゴプテランだが、すぐに捕脚を振り回して眼の前の原始ミミズを裂き殺した。だが間近で仲間が惨殺されても原始ミミズ達は止まらない。正確には仲間が殺された事にすら気付かずに眼の前の相手を齧り付いている。やがて1頭が左前脚を奥まで飲み込んで完全にメゴプテランの身動きを封じた。このままでは時間をかけて身体をバラバラにされた挙げ句原始ミミズに飲み込まれるのは確実だった。

 

そこでメゴプテランは生き延びるために左前脚を切り捨てた。 ――これは『自切』と呼ばれる行動で、カニやトカゲといった現在の生物にも見られる―― 自切によってメゴプテランは死の罠から逃れ、勝機を失った原始ミミズ達は10秒と保たずに全滅した。メゴプテランも羽の一部を食い破られたり捕脚の棘を損耗していたが、それでも文句のない快勝だった。

 

メゴプテラン達は密集陣形を整えて4階へ突入する。無智で勇敢な原始ミミズ達がガスに紛れて斬り込んでくるも、逆に捕脚の一振りで斬り捨てられた。3階よりも更に濃くなったガスのせいで死角は増えているが、メゴプテラン達は落ち着いて防御に専念し、一呼吸挟んでから迎撃していく。対する原始ミミズ達も無いはずの知恵を絞って遠距離攻撃を仕掛けた。口器から粘着性の高い消化液を吐き出してメゴプテランの動きを鈍らせようとする。これが功を奏し、糊のような体液に絡め取られたメゴプテラン達は攻撃を中断せざるを得なくなった。付け加えると消化液は黒色だったため、運悪く複眼に命中しようものなら一時的に視覚を奪われた。

 

こうして時間稼ぎに成功した原始ミミズ達は、蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。とはいえ4階より下に部屋は存在しないため隠れるより他に助かる方法は無い。やがてメゴプテラン達が消化液を拭い落として攻撃を再開した。敵は既に身を潜めた後だったが、メゴプテラン達は家具を徹底的に破壊して原始ミミズを燻り出し、次から次へと肉塊を作り出していく。やがて怪しい箇所を一つ残らず破壊し尽くしたメゴプテラン達は巣の放棄を決定した。いくら敵を殲滅したとはいえ、ガスが充満した建物では思うような子育てが出来るはずもなく、更には散乱する死体が外敵や伝染病を引き起こしかねない。

使い古した巣への一抹の名残惜しさを押し殺し、メゴプテラン達は上の階に残した子供の回収に向かった。

 

 

 

だがメゴプテラン達には大きな誤算があった。

 

それは数頭の原始ミミズが生き残っていた事。この幸運な生き残りは内壁の裂け目を通って大破壊から逃れ、地下の瓦礫を抜けて地下施設から脱出していた。過去の激しい地殻変動によって生じた地中の裂け目や洞窟が原始ミミズ最後の砦となり、同時に亀裂から流入した硫黄ガスが洞窟内の腐敗ガスと混ざって持続可能な生息環境を整えていた。

 

先カンブリア紀の住人が新たな進化を始めるのに大した時間は必要ない。

 

新たな種の誕生は目前に迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。