みりおんらいう゛   作:ennashi

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如月千早 (上)

 

 

 

 

 

 ――プロデューサー。

 

 私の手を引いてくれる人。

 私の隣に立ってくれる人。

 私の背を押してくれる人。

 

 ……彼女のために、私が出来ることなんてあるんだろうか。

 

 

     ※

 

 

「もしかして千早ちゃんは、恋をしてるのかもね」

「え」

 

 感情を吐露することは意外と簡単だった。

 ……案外、私は誰かにこのもやもやとした気持ちを吐き出したかったのかも。

 

 珍しく音無さんすら用事で出払った、がらんとした事務所にて。

 たまたま仕事のない時間が重なった春香とお茶をしながらテレビを見ていた折、ちょっとしたことをきっかけに、私は春香に話を聞いてもらうことにしたのだった。

 

 ――この一年、色々な事があった。

 

 私の世界、あるいは視野というべきものが一気に広がった、大切な一年だった。

 ……そして、通して私は周囲に迷惑をかけっぱなしだった。

 そんな私を見捨てずにいてくれた春香達には、感謝してもしきれない。

 

 ――特に。

 どんな時も傍にいてくれた、私を外の世界に連れて行ってくれたひと。

 プロデューサー。

 ……いつからか、彼女に恩返しがしたいと、自然と思うようになった。

 もちろん、春香達事務所の皆にも。 

 

 ……けれど気持ちだけが募るばかりで、どうすればいいのかが分からないのだ。

 胸の奥で渦巻く、輪郭すら掴めないそれが途切れ途切れに、言葉という形になって口から零れていく。

 

 私の拙い話を春香は最後まで真剣な顔で聞いてくれていた。

 それから、話の切れ目にふとそう言った。

 

 ――“恋”。

 

 その言葉を耳にした途端、胸の内側に渦巻いていた名前の無い感情が、一つの形を取ったような、そんな気がした。

 

 それは比喩も何もなく、恋をしているということだった。

 ……私が、プロデューサーに対して。

 

「……、そうなのかしら」

 

 プロデューサーの事を考えながら、自分自身に問いかけるようにぽつりと呟く。

 あのひとのことを好きなのは本当だ。

 でも、それは春香達だって同じこと。

 ……これが本当に恋なのかなんて、今までそれを捨てて生きて来た私には、何も分からない。

 

「きっとそうだよ――だって今の千早ちゃん、凄く可愛いんだもん」

「えっ?」

 

 面と向かって可愛い、だなんて言われた経験はほとんどなかったから、少し面食らってしまう。

 

 ……最近は増えてきたようにも思うけれど、やっぱり耳慣れない響きだと思った。

 

「自分では、そうは思えないけれど」

 

 ――電源の落ちたテレビに映る私の姿はいつもと変わらないはずなのに。

 同性(わたし)の目から見ても可愛らしい“天海春香”に言われると、何だか心がむず痒くなって、思わず勘違いしてしまいそうになる。

 

 耳が熱を持つのを自覚する。

 私を見て、春香は微笑みながら優しく言った。

 

「知ってる? 千早ちゃん。恋をしている女の子はね、誰だって可愛いんだよ」

「……、あぁ」

 

 ……その一言で。

 何だか、心の中にわだかまっていた色々なものが腑に落ちた感覚がした。

 

 私は、プロデューサーに、恋をしている。

 ――ああ、“これ”がそうだったんだ。

 そっと、重ねた両手を胸に置いて目を閉じた。

 

 今なら分かる。

 想いの輪郭に、指先が届く感触がした。

 

「――なーんて、ね。アイドルが恋なんて、そんなのダメなんだけど」

「……ありがとう、春香。私一人では気付けなかった」

「うん」

「そっか。私――プロデューサーのことが好きなんだ」

「うん。……うん!?」

 

 がたん、と音がした。

 ……春香がまた転んだのだろうか。

 しかしソファに座ったまま転ぶなんて逆に器用なんじゃないだろうかと思いながら、私は滔々と言葉を紡ぐ。

 

「でも、私とプロデューサーは女同士。

 ……私のこの気持ちは、世間一般に認められるものではないのよね」

「いやあの、千早ちゃん? いっ、今のはいわゆる冗談っていうか……アイドルはファンに恋してますみたいな、えっこれそういう話だったの……!?」

「どうすればいいのかな。どうすれば。……春香は、分かる?」

 

 立ち上がり、テーブルを挟んで向かい側に座っている春香の隣に座り直す。

 

「教えて、くれる?」

「ち、千早ちゃん落ち着いて……」

「お願い、春香――あ」

 

 春香の方へ身を乗り出すように、ソファの上に置いた手が滑った。

 バランスを崩して、春香の方へしなだれかかるように倒れ込む。

 

「きゃ……!?」

「え、うわわわわ――あ痛ぁっ!?」

 

 どんがらがっしゃーん。

 ……まさかこの音を自分が立てる日が来るだなんて、昔の私は想像もしていなかっただろうな。

 

「千早ちゃ、ち、近っ……!?」

「ご、ごめんなさいっ」

 

 二人そろって滑り落ちるように倒れ込んだ床の上で、私は春香を押し倒すように彼女の上に乗っていた。

 苦しそうに顔を真っ赤にしている春香を見て、私は早く彼女の上から退こうとする。

 

 ――がちゃり、と扉が開いた。

 

「ただいま――……、えっ」

「あっ」

「あ……音無さん。おは、」

「………………………………ダ、」

「だ?」

「ダメよ小鳥ぃぃぃぃ~~っ!」

 

 半分くらい開きかけていたドアが乱暴に閉まって、その後に、階段を勢いよく駆け下りていく音がした。

 ――というかこれ、明らかに階段を転げ落ちていないかしら……?

 

「……」

「……」

 

 ――静寂が、事務所の中に影を落とす。

 換気のために開けている窓から吹き込んだ風が、ブラインドをしゃりしゃりと揺らしていた。

 とりあえず春香の上からさっさと退いて、それから私は彼女に訊ねた。

 

「――、何がダメなのかしら。春香は分かる?」

「ど、どうしよう――絶対誤解されちゃったよー!?」

「……、?」

 

 何をどう誤解されたというのだろう。

 全て分からず、ただ首を傾げるしかなかった。

 

 

     ※

 

 

「……ダンボール箱(そんなとこ)に頭突っ込んで何してんの小鳥。とりあえず引っ張るよ」

「むぐむぐー……ぷぁっ、ぜぇー。ありがとうプロデューサーさん、助かったわ……あっそうだ!?」

「いや何をそんなに慌ててるの……?」

「どうしようプロデューサーさん! 事務所がっ、き、禁断の花園に……!?」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 


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