最初その噂を聞いたとき、また随分と誇張されたものだと思い本気にはしていなかった。
街を飲み込むほどのアンデットの襲撃から最前線で活躍して、見事に被害を奇跡のゼロで抑えたという2人の英雄。
一人は漆黒の全身鎧を着た元
正直、アダマンタイト級の冒険者として功績は称賛に値するが、飛び級してのアダマンタイトの称号は早すぎると思った。いくら強力な魔獣を使役できたとか、オーガを一刀両断したなどの功績を立て続けに行ったといってもまだ銅級。せめてオリハルコンにして信頼を確かにしてからでも遅くはなかったはずだ。
力を持った者が名声によって横暴を働く等といったこともあるのだ。イビルアイとしては、アダマンタイトが所属しないエ・ランテルの冒険者ギルドが箔をつけるためにそうしたとしか思えない。
それだけアダマンタイトの冒険者は貴重で危険な存在なのだ。よかった点は彼らが横暴を働くことなく今も紳士的に活動しているという所か。
そして、もう一人はエルフやダークエルフ。はたまた一般的にモンスターであるのを多数使役する白銀の女神は街に残り、街に溢れたアンデットから一般市民を避難誘導し、撃破してみせ、その後の襲撃も他の冒険者たちと協力して防衛してみせた。
なにを馬鹿なと思ったがそう思うには人々からの声は強く多かった。この世界で情報伝達は遅い。しかし、一度広まればそれはすぐに大陸を渡る。
眉唾な話は途中で曖昧になる。漆黒よりも多く寄せられた感謝の言葉に信憑性があるのは多数の目撃証言や彼女に治療された多くの冒険者や国の兵士、流通を支える商人や一般人までが感謝を述べていたことにより目撃証言が少ない漆黒よりも吟遊詩人が話をするのに苦労しなかったためか。
そのなかで彼女は既存の回復魔法でたくさんの者を救うことになるのだが、いくら証言が多かろうが、すぐに飲み込むにはできなかった。
十や百はいく重軽傷者の回復魔法の行使は人一人が行える範疇を余裕で越えている。現にエ・ランテルに駐在していた教会の信仰系魔法詠唱者たちは度重なる回復魔法で軒並み魔力切れを起こしていたときくのに、彼女は戦闘が終わった後も運び込まれる者やそれが終われば、街の中を歩き、教会に行きたくても行けない者たちにまで治療を行ったと言うのだ。
それも今回のガゼフ・ストロノーフ対ブレイン・アングラウスの行き過ぎた戦いで負った傷を瞬く間に治したことや、その後のお説教という名の戦いは、序盤は数とその前の模擬戦により、お互い動きを知る2人の方が押していた(ように見えて鍛練のため流していた)が、終盤になるとレイナが仕掛ければ左から攻めていたブレインに迫り、当然ガゼフが援護しようとするのだが、すかさずブレインをガゼフとの間に置くように回り込むことで躊躇させ攻撃を遅らせると、そのままブレインを剣の峰で腹に一撃してノックアウト。
続くガゼフがみせた新武技"六光連斬"も、彼女は何でもないように(自分に直撃する一撃のみ受け流して接近)ガゼフ横を通りすぎると、ガゼフは棒立ちのまま。不信に思った戦士団の一人が確認してみれば立ったまま気絶していた。
この勝負は内輪だけでということだが王国最強クラスの実力者2人相手に見本のような模擬戦からの圧倒的な勝利に確信する。
この女は"あの者たち"なのかもしれないと、時期もちょうど重なると考えてイビルアイは一人になったのを見計らって確かめにきたのだ。
正直不安は拭えない。もし、彼女は何かの意図があってその事を隠しているのなら、正体に気付いたイビルアイを殺す可能性もある。
だが、これまでの噂を聞く限り彼女は無闇に力を振り回すどころか、人助けに尽力しているのでもしかしたら、リーダーのように善良な存在なのかもしれないと思ったのだ。
その場合、こそこそ嗅ぎ回ってもバレる可能性が多いので正面から堂々と行けば心証も悪くないだろうとおもったが故の今回の行動だ。
今、眼下には何故かはっきりと見えないテントの中から出てきたレイナがイビルアイの方をじっと見て待ってくれている。イビルアイはどうかリーダーのような存在であることを祈りながら降下していった。
☆
降りてきたのはやはり蒼の薔薇の魔術師の少女だった。姿をみたときからこちらを仮面越しに凝視していたので印象が強い。
見たところツアーよりは弱いが、この世界に来て出会った者の中では2番目には強いかもしれない。目の前に降り立つのを待ち、声をかけた。
「おはよう。イビルアイだったかしら?私に何かよう?」
「あ、ああ。おはよう。い、いや少し聞きたいことがあってだな・・・」
こちらの対応に面を食らったのかイビルアイは動揺しながらも用件を伝えてくる。警戒はしているがそれほどでもないんだろう。これも今までの行動のおかげか。下手に英雄ではなく、いち商人として築き上げてきた信頼か。
「いいわよ。このままじゃなんだし、中に入らない?飲み物くらい出すわよ?」
「う?う、うむ。ではお邪魔させてもらおうか」
やはり人となりを信じてくれているようだ。これは彼女が所属するチームのリーダーに教えを授けている効果か。
彼女は私に誘われるままテントの中に入り、やはり驚いたのかテントの中を見回していた。
「こ、これは・・・」
「驚いた?みんな最初は驚くのよね。
「か、カキン・・・(たまにリーダーがそのような言葉を使っていた。聞いても何でもないとはぐらかせられたが・・・)や、やっぱり貴女は・・・」
「その反応からしても聞きたいことってその事でしょ?いくら怪しいからって仮面越しでもじっと見られてたら警戒されるわよ?」
「む、むう。き、気を付ける・・・」
リビングにあたる所で何を出そうか考え、彼女の姿を確認してみる。少女らしい体型だがらコーヒーは苦いだろうかと考え、そういえば取れ立てミルク(
話は早い方がいいだろうと聞いてみれば彼女は唯一露出している口をパクパクさせていた。
「こ、こんなにアッサリ・・・私の心配は一体・・・」
なんだかショックを受けたようで頭を抱えてプルプルし始めた。姿は冒険者をやっているのだから訳ありなのだろうが失礼ながら可愛く見える。
飲み物はすぐにできたので、自分の分も合わせて2つ持って彼女に向かい合った机の上に置く。その音に気付いた彼女が頭を上げて、それをみると
「あ、わたし・・・は・・・?」
「?」
目の前に置かれたそれをみて彼女は何かを言いかけて、止まる。
そのままじっとミルクココアが入ったカップを見つめて・・・。
「ど、どういうことだ?長年感じていなかったものが、美味しそうだと思う気持ちが何故今になって・・・」
小声だったが全て聞こえてしまった・・・。ということは彼女は食事がいらない種族?強さの元はそこなのだろうか。しかし、それならどうして今食事をしたく・・・?あ、もしかしたら、このテントの中にいるからかもしれない。
この拠点用のグリーンシークレットハウスはユグドラシルにおいて非戦闘地帯だ。特に内部は一切の戦闘行為を行えない。そのため種族特性など
他に理由があるならユグドラシルでは種族上は食事がいらないと言われている種族でも、プレイヤーのほとんどは大事な戦いの前には食事によるバブをかけるのは当たり前だったのでユグドラシル産の料理スキルで作られた料理を食べれるのかもしれない。
「どうしたの?熱いのは苦手?」
「ば、馬鹿にするな!そんなことあるわけなかろう!」
どっちにしろこのままではゆっくり話もできないので、飲むのを薦めてみれば、彼女は慌てて否定し、そろそろとカップに手を伸ばそうとして、ハッとすると被っていた額の赤い宝石が特徴の仮面を慌ててずらし口元を露出させてから両手で包むように掴み、ゆっくり、本当にゆっくりと口元に持っていき。
「!!?」
一口飲んだかと思えばビクンッと体を跳ねさせ硬直した後おもむろにカップを傾けるとゴックゴックと凄い勢いで飲み始めた。
どうやら猫舌ではないらしいなどと考えていれば、彼女は飲み終わったのか、カップを口元から離した。
その姿はもう飲み終えてしまったと飲んでいるときの嬉しそうな雰囲気から一気に気落ちしてしまっていた。
「おかわりいる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼む」
長い沈黙の後、彼女は飲み終わったカップを恥ずかしそうに差し出してくるのだった。
「そうか。だがすぐに信用することは出来ない。それだけ貴女方の力は強大だ」
「ええ、いきなり信じてくれと厚かましく言うつもりはないわ。今後の働きで確かめてくれて構わない」
「いや、こんなに美味しいものをご馳走してもらってなんだが本当にすまない・・・。長いこと冒険者をやっていれば人をまずは疑うのが
昔の仲間たちもそうだったからなとイビルアイは呟く。あのあと、久しぶりに食べるのが飲み物だけだと可愛そうかなと思い軽く食べれる料理を提供した後、これまでの事をかいつまんで話せば彼女は完全にではないが信じてはくれるらしい。
「ふふ、貴女のようなしっかり者がいれば蒼の薔薇は安泰ね」
「わかるか?ラキュースは貴族絡みならその鼻は効くが、情には弱いからな。ティアとティナが情報を集めてくれて、きな臭いことには勘でわかるというガガーランがいるから危ない橋でも無事やってこれたんだが・・・この前も訳あってスレイン法国の特殊部隊と衝突することもあってだな・・・」
誉めれば照れたように体をモジモジさせる彼女はお腹が満たされて口が軽くなったのか愚痴を言い始めた。パーソナルスペースが狭くなっている気がする。とりつく島もないよりいいが、チョロいなどと言われたことはないのだろうか?幼い容姿もあり、少し心配になってくる。
「ところでもう一人の漆黒のモモンという冒険者も貴女と同じなのか?」
とここで、悟のことも確認してくる。当然か、偶然にも同じ街にいて騒動の解決役を担うなど噂になるほどの2人がいるなど何かしらの結び付きを予感させるだろう。だが私は首を横に振り否定する。
「いえ、彼とはエ・ランテルで出会ったのが始めてよ。知り合った冒険者と合流しようとして宿に向かったところを偶然ね・・・」
ここでは彼との繋がりになったあの出来事をある程度ぼかしてして語るとイビルアイは呆れたように息を洩らす。
「・・・レイナはお人好しだな。普通はそんな騒動自分から首を突っ込まんぞ?」
「そう、かしら?私からしたら困っている人を放って置くことはできない思うけど・・・」
「ふう、どうやら今回は杞憂に終わりそうだ。少し神経質になりすぎたか・・・」
イビルアイはため息を吐くもいつも間にか名前呼びするようになった。少しは打ち解けたのだろうと納得する。とりあえず争うことなく終着できたみたいだ。
「今回は御馳走になった。ありがとう」
「待ってイビルアイ」
テントから出て、去ろうとする彼女を呼び止め。あるアイテムを投げ渡す。彼女は危なげなくそれをキャッチし、みると訝しげに尋ねる。
「これは?」
「装備すれば人間になれる指輪よ。良ければあげるわ」
「な、なに!?そんなレア物!」
渡したのはユグドラシルではゴミとされる異形種が人間になれる指輪である。人間だけしか入れない街などでどうしても入りたい用事がなければ使わない品物だ。ステータス軒並み弱くなるしと運営は本当に救済処置も怒りを買わせる天才だなと思う。
それでもこの世界では大量に出回ることのないレア物なのは彼女の反応を見ればわかる。
「今有名な冒険者チームの一員だし、仕事上付き合いで食事に行くこともあったんじゃない?貴女がなんなのかは聞かないけど、それだと困ることもあったでしょ?こっちの事をあまり触れずに話を信じてくれたお礼だと思って受け取って」
「・・・ホントにお人好しだな」
「でも注意してね。人間になると身体能力も落ちるだろうから使いどころは間違えないようにね」
「ああ、わかっている。この後試して見るさ。心配するなレイナ。そういうところもリーダーにそっくりだな。・・・恩に着る」
そう言った彼女の瞳はどこか遠くを見ていて、リーダーという言葉はおそらく今の蒼の薔薇のリーダーではなく別の誰かで・・・。彼女は礼を言うと指輪を大事そうに握りしめ、空高く王都方面へと飛んでいった。
戦士団の新しい装備の依頼に王国の関所をフリーパス券。新しいコネとして役に立つだろう蒼の薔薇との交流で良いこと尽くめだが、悪いことも当然ある。
冒険者ギルド、教会ときて今度は商会からの勧誘が後をたたない・・・。どこから知ったのか私が王から貰ったフリーパス券の恩恵を授かろうと多くの商会からのラブコールが舞い込んでくる。
だが彼らはまだいい。とりあえず今はどこにも所属する気はないと断れば、いつでも戸を叩いてくれて構わないと言って商会へと繋がる方法を残していくので、このまま商人として生きていく事に関しては商品自体を自分がオーダーメイドで作るので必要ないとも思うが安定した収入を得るのにはいいかもしれない。これから考えてみよう。
最悪なのはあの日王城で出会った貴族が私を嫁にしたいと言ってくることだ。いきなり結婚とは戦士団の2人で慣れたかと思っていたが、彼らは気持ちのよいものであったのに、この貴族の狙いはどう考えても自分の体目当てだということだ。
時には、珍しいものがあるので是非我が豪邸にこられたしという使者の伝聞だけで悪寒が走る。何度断っても使者は絶えないばかりか本人までくる始末。
今もガゼフの家に泊まらせてもらっているのだが、私に用があると老夫婦から呼ばれ、玄関に来てみればあの貴族が隠しきれてない嫌な笑みでこれから王国を見て回ろうといい誘ってきた。
噂に聞く貴族はどんな視点で見ているのかがわかるかと、もし何かしてきても実力行使でどうにかなるかと考え、それぐらいならと手を取ればいきなり甲にチュウ。
確かに貴族がそういったことをするイメージはあったが今までそんなことされたことないから反応できなかった。それだけならまだいいが何か相手の
狭い室内で(いや馬車の中か?)で自分を押さえつけことを構えようとする目の前の男の姿。
全身に鳥肌が立ち手を振り払う。貴族を知ることよりもこの嫌悪感を拭いたかった。やっぱりお断りすれば彼は強引に手を掴もうとしてきたので、本気で避ける追ってくる避けると言った鬼ごっこが始まった。
正直こんな能力ユグドラシルではなかった筈だが、ツアーの時にもあった遠視のようなアレと一緒で意味不明だ。どんどん人間離れしていく自分に恐怖を感じる。悟もこういう気分になったのだろうか・・・。
途中降りてきたブレインが止めてくれなかったら、貴族は過呼吸で倒れていたかもしれない。そうなっても同情はしないし、もう2度と触れてほしくない相手だ。
この後のエンリやシオンからの心配する声が癒しだ。王国の情報を探っていたクレマンティーヌは戻って来るとその事でからかってくるのでガゼフ邸にある鍛練場での稽古をいつもの倍で行った。
倒れ伏す彼女に幽体の友達が庇いにきたがこれも真人間戻すためだと言えば彼女は了承した。「裏切りものぉぉ~」と叫ぶ奴の言葉など聞こえない。そうしたこんなで心身ともにスッキリした私はその晩グッスリと眠りに落ちた。
夢はここ最近見ていない。前はリアルでの自分が体験している事を一部切り出して見れていたはずだが。
しかし、今日は大分曖昧な夢を見た。
誰かの名前を叫んでいる自分。
その誰かの前に立ち。
強い衝撃を受けて倒れる私。
私の名を必死に呼ぶ誰か。
あなた・・・は?
それで誰かに名を呼ばれ夢から覚める。いい夢でないことから寝起きはここ最近で一番悪かったが目を開けると。
「零!?零なんだろう!?」
「ちょっ!?いくら嬉しいからってそんなにうるさくしたら・・・」
山羊頭の悪魔と身体中から口をはやした異形が私をベッドの両端から覗いていた。