モモンガが突如来訪したウルベルトとベルリバーをナザリックへ連れていった後。王城へ向かうエンリたちを見送り、ある事で作業を一通り終えたレイナは王国の街へと出歩いていた。
市場に寄って物珍しい物や使える素材がないか探したり、出店が並んでいれば匂いにつられて買った串焼きを食べたり、ただ人々が行き交う町並みを眺めたりしていればすでに夕刻が迫ってきていた。
やはり王国は広い。徒歩だと一日では半分も回れなかった。
明日は逆の道を行こうかなどと考えて歩いていれば、前方から見知った執事の老人が歩いてくる。
「これはレイナ様。奇遇でございますね」
「こんにちはかしら。セバス殿も元気そうでよかったわ」
「殿は要りません。貴女には返しきれない恩があります。どうぞ気軽にセバスとお呼びください」
「私も貴方の上司でもないのだから様は要らないと思うけど・・・」
「そんなことはありません。貴女はアインズ様やたっち・みー様の盟友のような御方です。恐れ多くもわたくしからすれば敬うべき存在です」
彼らしいと言えばそうだが、納得はできなかったレイナは大人げなく反論してみる。
「あら、ならその敬うべき盟友の頼みなのだけれど?執事長とあろう者が無視してもいいの?
「どちらかというと、お客様ですので失礼のないよう対応させていただきませんとアインズ様方に申し訳がありません。
「年齢的には
「そうした考えも大切ですが、少々古いかと・・・。敬うべき御方は誰であれ。礼儀を尽くしませんと失礼に当たります。ご容赦ください
「・・・・・」
「・・・・・」
試しに年功序列を挙げてみたが、ユグドラシルの稼働時間を数えれば私の方が年上(?)のはず、見た目は彼の方が上なのでどう反応するか興味があったが普通に返された上に気のせいでなければ少しだけ愉しそうに口角の端が上がってた気がする・・・。
そこに厳格だが、実はお茶目な面を持っていた父親に似ていることに懐かしむと共に、大人の対応を見せられて悔しさが湧く。
せめてもの抵抗に遺憾の意を込めて彼の鋭い鷹の目と向かい合うものの揺るぎそうにないことを悟るとレイナは溜め息をこぼす。
そこには不思議と不快感はなかった。
「ふぅ、なにを言っても無駄そうね。わかったわ。セバスは・・・街の観光?」
「まぁそのようなものです。私なりに王国を見て回り何か情報がないかを確認しています」
「なるほどね。街の見回りか。貴方らしいわね。何か収穫はあったの?」
「いえ、特に何も・・・」
「あれは・・・」
セバスとレイナが歩きながら話していると整備がされていない土が剥き出した道に出た。そこを挟む建物の扉が開き、大柄の男性が現れ背負っていた大きな袋を無造作に放り捨て建物の中に消える。
ドサッという音と共になにやら生々しい音が混じる。
いくら整備がされていないと言っても公共の道端にゴミを捨てるとは思えない。
不思議に思いその袋をよくみればその大きさは人一人入るほどで膨らんだ形が人にも見えなくはない。
駆け寄る前にセバスの影から影の刃が飛び出し、ボロボロだった
見るも無惨に傷だらけの女性だった。ろくに食事もとられていなかったのか。彼女はひどく痩せこけており、それが一層彼女は死体か何かかと思ってしまう。
セバスより早く彼女の元に着いたレイナは彼女の手を取りまずは脈をとってみる。
脈を確認。彼女の手は干し木のようだったが確かに脈はあった。息は浅く繰り返しているが間隔がとても短い。危険な状態だった。そしてかすかにだが女は残った力で「助けて・・・」と聴こえた。急いでレイナが回復魔法を唱えようとしたその時。
「なんだ、てめぇっら・・・っ!?」
「これはどういうことで?」
女を捨てた大柄な男が再び建物から姿を現した。倒れた女の側にいるレイナたちに声を張り上げようとする前にセバスが男の胸ぐらを掴み持ち上げる。
「ぐっ、ぐがぁ!」
「質問に答えなさい。さもなくば・・・」
「いう。いうよ!だから離してくれ!」
体格は自分の方があるにもかかわらず、片手で持ち上げられた上に必死に抵抗しているのにビクともしない事や、彼の剣幕と物言いにスッカリ怯えてしまった男は簡単に降伏した。
セバスは男を因果応報の如くゴミのように地べたに投げた。尻餅をついた男は苦しそうに喉を押さえて咳き込みながら事実を話し始めた。
女は八本指が所有する娼婦で病気だからこれから教会に連れていくと言うが、それがセバスの剣幕に恐れてついた嘘なのはすぐにわかった。続く男の言葉はどれも自分は悪くないという言い訳ばかりで、終いには八本指の恐ろしさを伝え見逃せと言ってきた。それはレイナの怒りに油を注ぐには充分で・・・。
「ぐはぁ!?」
話を静かに聞くセバスを説得できると思い情けない笑顔を浮かべてた男は次の瞬間。レイナがその顔に強烈な一撃が叩き込んでいた。
普通ならばレベル100のカンストした彼女の一撃をくらえば男の顔は爆発したように失くなっていたが、そうならなかったのはレイナが手加減したのと回復魔法を併用していたからだ。
女性の細腕によって吹き飛ばされ路上に転がった男は僅かに残る痛む頬を押さえ信じられないものを見たとレイナをみていた。
「彼女はわたくしたちが貰っていきます。どうせ捨てるのでしょう?問題はないはずです」
ボロボロの女性をあまり負担がかからないように両手で抱えたセバスが男を見下しながら問いかける。だが男は痛みも忘れて懇願してきた。
「そ、それは困る!その女は八本指の物だ!理由もなく手放したとあっちゃ俺が殺される!」
自分の身の心配をする男にどの口が言うのかとレイナの怒りが再び怒りを再燃する前にセバスが懐から皮袋を取り出し、倒れた男の足元へ投げ落とす。
「それだけあれば、冒険者を雇ってどこかに逃げてもおつりがくるでしょう」
男は慌てて皮袋を受け取り中身を確認するとそそくさと立ち去ろうとする。
甘いとは思う、だがそれ以上に好感を持てるレイナ。彼からしたら最後のチャンスのつもりなのだろう(他にもレイナがこれ以上不快な想いをさせないためでもあった)。
あとは野になれ山となれということかと考え、彼の善意が無駄になるのと女を使い捨てにするような組織のいいようになるのは癪だ。殴りはしたものの人のこといえないなと自嘲したレイナは逃げる男の背中に声をかけた。
「待ちなさい。あなたが言う八本指は逃げた奴を簡単に逃がすような組織なの?」
「!?っ・・・ンっな訳ないだろう・・・あいつらは裏切り者や逃亡者を許さない。今までも足を洗おうと組織を抜けようとした奴は軒並み殺されている・・・」
「やっぱりそうなの・・・これをあげるわ」
意外に素直に立ち止まった男は振り返って質問に答える。その顔は迫り来る死の恐怖以外にも諦めから来る達観したものであった。
男の姿はセバスよりもがたいが良く、セバスでなければ片手で持ち上げるなどできないほどには鍛えられている。そんな彼が諦めるほど組織の力はすごいらしい。やはりかとレイナは男に向かってあるアイテムを投げ渡す。
レイナが投げたものはユグドラシルでは一度しか使えない消費アイテムで使用者が知る街へ一瞬で移動できるアイテムであった。動作など確認していないが元々限りなくない命なのだ。失敗しても因果応報だろう。
男は自分を殴り付けた女をから受け取ったものを怪訝に見た後彼女を見て言葉を失う。彼女は泣いていた。一筋だけ流れた涙の跡は美しかったが男の胸に今までにない罪悪感が込み上げてきた。今まで散々命乞いや逃がしてという女の涙ながらの嘆願を無視してきた筈なのに・・・。
「それがあればあなたが知る街へとどこでも行けるわ。もうダメだと思ったときにでも使いなさい。そして二度と私たちの前に顔を見せるな!」
「すまねぇ・・・」
そんな効果があるかわからないが男はレイナの言葉を信じることにした。最後に誰に向けたのだろう謝罪を口にして男は夕暮れの王国へと姿を消した。
「よろしいのですか?レイナ様・・・」
「いいのよ。見たところあいつは木っ端であげたのも所詮消費アイテムだし、他の女性にも同じことをしていたなら足りないくらいだけど・・・うまくいく保証もないわ」
セバスからの言葉にはたぶんに含まれていたがそれを受けてレイナは問題ないと答える。
「それよりも今はその女性の安全ね。どこかないかしら・・・」
「ここからならわたくしたちが使わせてもらっている屋敷が近いでしょう。そこへ運びましょう」
「助かるわ」
セバスの提案を受け入れその屋敷へと向かうのだった。
☆
「ちょっとあんた!また空ばかり見て!薪割りは終わったのかい!?」
「ああ、あとはこれだけだ」
「なら、いいけどね。もうすぐご飯だからちゃっちゃとすませな。今日はあんたの好きなウサギ肉の葉っぱ包みだよ」
「それはいいな。すぐ終わらす」
家からの妻の言葉に男は見上げていた空から目を離すと最後の薪を土台に乗せて斧を振り上げた。
あの後、男は八本指の追跡から逃れられず、追い詰められていた。すぐ側に死が近づいてきた時あの女から渡されたものを思いだした。
ダメもとで遠くはなれた自分の故郷を思い出しながら使用してみれば、驚く八本指の刺客と景色が入れ替わり、そこには少し家が増えただろうが間違いなく自分の故郷が目の前にあった。
そこで男は久しぶりに会う家族に再会して、これまでのことを反省し心を入れ替えて村のために尽力した。八本指では木っ端の木っ端だった男だが元冒険者で鍛えた体は村では重要され、しばらくすると姉御肌で村一番の娘と結婚した。
いつもは尻に敷かれている男だがそこには確かに愛があった。
しかし時々あの銀髪の女が涙を流した姿を思い出す。
その時はつい空を見上げてしまい、妻はそれを察してか深くは聞かないが可愛い嫉妬を向けられるのが常だ。
こうして生きてさらには妻まで持てることなど当時は考えずにいた。その事で礼を言いたいが本人から「2度と顔を見せるな」と言われては王国に行くのも出来ない。
殴られた後から男は自分が強い女性に引かれることを知った。もちろん今更妻以外を愛すことなどしないが・・・。男は今の生活に満足している。
だからこそ日々届かないとしても彼女たちへの礼は欠かさない。きっかけをくれた執事服の男と自分を救ってくれた白銀の女神に・・・。
振り下ろした斧は綺麗に薪を二分した。
そんな未来が来ることを男は知らず必死に逃走するのだった。
☆
「おかえりなさいませ。セバスさっ・・・これはどういう状況で?」
セバスについていきたどり着いた屋敷はこの高級住宅街でも一際大きく立派な建物だった。
扉を開けた先では金髪ロールヘアーのお嬢様といった風貌をした娘が出迎えた。彼女もナザリック所属の者なのだろうが、まずはセバスとその腕にいる女に目を向けたあとにこちらに目を向けて驚愕するがすぐに平坦な表情を浮かべて、どういう状況か聞いてくる。
「ソリュシャン事情は後で話します。すぐに彼女を回復させなければ危険ですので部屋へ運びたいのです」
「それは・・・わかりました。すぐ近くの寝室が使えるでしょう」
まだ何か言いたそうだが部屋へと導いてくれる。白いベットへ寝かせられた女の姿はその全貌がよりハッキリして、その怪我の深刻さが浮き彫りになった。
すぐにでも回復魔法を使いたいが今はソリュシャンが診療をしているので邪魔はできない。ここは異世界だ。未知の怪我や病気が存在している可能性もある。
致命傷の怪我などは来る途中で治したがそれでも彼女の顔色は優れない。
「ソリュシャン。それで?彼女の容態は?」
「これは梅毒・・・それに」
セバスが急かせば彼女から出るわ出るわリアルでも問題になっていた病気の数々。それが彼女を蝕む原因だろう。これは今までのように
最低でも体力大回復と状態異常も治す
幸い未知の病名はなかったのであとはそれを唱えれば問題ないはずだ。
「そうですか・・・。レイナ様お願いできますか?」
「任せなさい」
「ありがとうございます。では私は食事を買ってきますので」
セバスが去ったあと残されたのはベットで眠る女を除いてソリュシャンとレイナの2人だけだ。
すぐに回復魔法を使おうとしたレイナをソリュシャンが止めた。
「お待ちなさい。ヴァルキュリア殿でしたわね?」
「そうよ。貴女はソリュシャンさんだったかしら?」
「ソリュシャン・イプシロン。ソリュシャンでいいわ。さんはいらない」
「そう、でソリュシャンはどうして止めるの?すぐに回復しなければ命はないわ」
「そうですか。では先辺り一つだけ。・・・その者の中に命があります」
「・・・それは本当に?」
ソリュシャンの言葉に回復魔法を行使していたレイナの手が止まる。彼女が言っていることはつまり・・・。
「そう、そうよね。その可能性もあったわね」
レイナは
「今ならば私が取り除くことも可能ですし、本人が知らないところで処理も可能です」
何を言っているんだと思うがそれが最善ようにも思える。たっち・みーを色濃く受け継ぐ彼なら間違いなく思い悩む。だが、知らぬ内ならそれでいい。しかし、もし何かの拍子に知ることになれば取り返しのつかないことになるかもしれない。
レイナは悩んだ。彼が帰ってくる前に・・・時間は待ってくれない・・・だが答えが出る事はなかった。
助けた女性がいる部屋の前でレイナは買い物を終えたセバスが戻ってきたのを確認すると扉から離れる。
「おや、レイナ様。顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「さすがにあんな状態の子を見れば気分悪くなるわよ。大丈夫少し夜風を浴びればスッキリするわ」
「そうですか。レイナ様には悪いことをしました。女性の貴女があれを見ればそうなることくらい予想できた筈なのに・・・。わたくしの落ち度です。誠に申し訳ない」
深々と頭を下げるセバスにレイナは目を背けまいとしてまっすぐ彼を見た。
「いいのよ。彼女への治療は完璧よ。もう命の危険はないわ」
「それは良かった。貴女のおかげで御方よりいただいた貴重なスクロールを使用せずにすみました。勿論そうなったとしても使用に躊躇いはありませんでしたが、他の方に知られれば人間などにと理由をつけられ揉めていたかもしれません」
確かにそれはあるかもしれないと極悪ギルドなら尚更か。部屋の中で人が起き出す気配にふといい匂いがするので顔をあげたレイナは彼の持っているお盆の上にあるものに気付く。
「彼女はちょうど目覚めたようだし、その小鍋はお粥かしら?」
「ええ、タイミングが良かったようですね」
「セバスは料理の覚えもあるのね。正直驚いたわ」
「何分初めて作りましたからね。味に自信はありませんが・・・」
いつもは表情の一つ変えないセバスが自信無さげに目を伏せるのが少し可笑しくて笑みと一緒に声がもれる。
「ふふ、今度私にも作って貰おうかしら?」
「お戯れを。その時がいつでもきていいよう特訓しなければいけませんな」
「楽しみね。さぁ冷めると悪いわ」
「ええ、ではこれで失礼します」
セバスが部屋に消えるのを見届けてレイナは屋敷の外に出た。
見上げた空は無駄な明かりがないせいか満天の星空で埋め尽くされている。今宵の子もあの星の海の一つになったのだろうか。
結局レイナは彼女が起きてから聞いてみることにした。レイナとソリュシャンが同性だからか彼女は落ち着いていた。しかし、いざこの話をしてみれば彼女は発狂し、自分のお腹を殴ろうとした。
ソリュシャンの睡眠効果のある武器で眠らせたあとレイナが持つ記憶操作のスクロールによって起きてからの部分だけを消した。そして、ソリュシャンに子供を・・・。
未来ある命を見捨てた。無垢なる命は自分が生き死にも知らずにこの世を去る。この世界に来て初めて手の届く位置にいながら救えなかったその事実はレイナの心に浅くない傷を残した。
この事はソリュシャンとレイナだけの秘密にした。セバスやモモンガに相談する気はない。
去っていくレイナを屋敷の窓から覗くソリュシャンがいた事にレイナは最後まで気付かなかった。
その時のソリュシャンは・・・。