夕食時ということもあって空は既に暗く、窓からは雨が打ちつけられる音が聞こえてくる。
雨が止む気配は未だなく、予報ではここ一週間は雨だとか。
常磐順一郎は雨は嫌いではない。
だが、あんな事件の直後に雨が降る、という事が嫌であった。
彼の心もまた、現在の空模様の如く穏やかではなかった。
共に暮らす我が子同然の常磐総悟がいきなり「遊びに行ってくる」と言って出ていくや否や、帰ってくるその直前まで何度連絡を取ろうとしても連絡が取れず、もしやライブ会場の事件に巻き込まれてしまったのではないかと思ったことも要因の一つかもしれない。
総悟の服は乾いてはいたが、髪の毛はビショ濡れである事から雨に打たれて帰ってきたのは言うまでもない。
常磐順一郎は総悟が帰ってくるなり直ぐに風呂へと入れることにした。
今までどこに行っていたのか、またそこで一体何をしていたのか、気にならないと言えば嘘になる。けれど、総悟は無事に帰ってくることができたのだ。
それに、帰ってきた時の総悟の顔を見れば……聞けなかった。
時間ならいくらでもある。
機会があれば聞けばいい。
彼はそう思ったが故に帰ってきた直後には特に追求はしなかった。
外からは雨の音だけでなく、遠くからサイレンの音が響く。
サイレンの音もまた暫くは止むことがないだろう。
テレビをつければ番組を中断して事件を報せるモノばかり。
順一郎には夜に観たかったドラマがあったけれど、あんな悲惨な事件の後なのだ。こればかりは仕方がないと割り切ってニュースを観る。
死者に行方不明者、そして重傷者が多数であることをニュースキャスターが報せる。
しかし、まだ情報が纏まっていないのか他の具体的な内容が入ってこない。
原因は特異災害であるノイズと魔王ことオーマジオウ。
分かるのはこれだけであり、後はこれといった情報が特にないのだ。
一体、ライブ会場で何があったというのか。
彼とて、事件後に直ぐにその全貌が判明する程簡単な物ではないことぐらい分かっている。けれど、知りたいと思わずにはいられないのだ。
このご時世、ネットが発達したことによって端末一つで様々な情報を瞬時に且つ容易に集めることができる。
が、ノイズ関連の事件だけは何故かその限りではない。
本来ならばその近くにいた者、もしくはその家族や友人がネットに呟くことによって情報は拡散していくのだが、ノイズとなると情報は一気にその数を減らす。
そして、それは今回のライブ会場の事件も例外ではなく、いくら探そうがノイズ関連の情報は殆ど無くオーマジオウに関連するものしか出てこない。
ライブ会場に家族、友人、恋人がいた人達は気が気でないのは容易に想像できる。
彼もまた、先程まで同じ状況だったのだから。
もし、共に暮らす家族が巻き込まれていたら?
もし、昨日まで共に遊んでいた友人が巻き込まれていたら?
もし、未来を誓った恋人が巻き込まれていたら?
気が狂いそうになる。
「はぁ……」
椅子に座りながら、溜め息をつく。
リモコンを操作してテレビを消し、壁に掛かった写真へと目を向ける。
「あの二人ならどうしてたかな……って言うのは野暮かぁ」
写真を眺めながらガシガシと頭を掻く。
総悟に対して甘い対応をしてしまう順一郎ではあるが、何も考えずに彼を甘やかしているのではない。
幼い頃に両親を亡くすという悲劇に見舞われた総悟に対して、どの様に接していいか距離感を測りかねているのだ。
順一郎の困惑とは裏腹に総悟は我儘一つ言うことなく育った。
順一郎の言うことに特に逆らうといったことはなく、俗に言う良い子へと育った。
挙げ句、勉学や……特に身体を鍛える事に関しては余念がない。
正直、これならもう少し我儘を言ってくれた方がいい。
どうすれば良いのか。
順一郎から見た総悟は……いつも一人だった。
学校の成績は決して悪くないし、身体を鍛えているおかげで体育の成績もだいぶ良い。
その事は素晴らしいと思う。
学業や運動に精を出すのは学生の特権というやつだ。
が、総悟を引き取ってからここに至るまで、特定の友人と遊んでいる姿を一度とて見たことが無かった。
そのことを心配し、担任との面談で聞いたことがある。しかし、返ってきた答えはまた想像とは違うものだった。
『総悟くんは特にいじめなどにあっていません。これは総悟くんが在籍するクラスの全員に聞いたことですので、ほぼ間違いないかと』
もちろん、担任は正直に総悟をいじめたか? などと聞くはずがない。そこは、担任なりのコミュニケーションで遠回しに聞いたのだ。当時はまだ小学生ということもあり、遠回しに聞けば、生徒は何の躊躇もなく答えてくれるし、普段から生徒と結構親しく話せる仲故の行動だっだ。
もっとも、問題はその先であったが。
『確かにいじめられていない。これは、事実です。ですが、話を聞いているうちに感じたことなんですが、彼、あまり―――いえ、まったく親しい友達がいないんですよ』
担任曰く、誰とでも仲良くし、皆と等しく距離を取るタイプの子供だと。
確かに総悟は誰もが知っていた。誰もが話したことがあった。誰の記憶にも残っていた。
だが、ただそれだけ。『いる』という事実は彼らの記憶に残ってはいるが、ただそれだけだ。何か記憶に残る会話も行動もなかった。
まるで、無色透明な人間。つまり、それは『いてもいなくても一緒』ということだ。
最近の順一郎から見た総悟はまるで何かの強迫観念に突き動かされてるよう。
もっと自由に、もっと気軽に、もっと阿呆に。
そうアドバイスしようという気持ちが無いと言えば嘘になるが、気長にやろう、という気持ちの方が彼には強くあった。
昔は夢に一直線であったが故に、家庭を持たず、子育ての経験が彼には無い。
焦ったからと言って、必ずしも良い方向へ向かうような物ではないと理解するのに時間はそう必要無かった。
「どうしようかな」
そう呟き、順一郎はテレビを消す。
特に得られそうな情報は無い。
ツヴァイウィングを知らなかった総悟がライブ会場にいたとは考えづらいし、少なくともライブのチケットなどは買っていなかった。
たまたま近くにいた、というのが一番考えられる線だが……
「っ、~~! いったぁ……俺じゃなきゃ絶対死んでるよ、これ」
唐突に、背後から上がった、何かが打ち付けられる音と共に聞こえた総悟の声に、順一郎が反射的に肩を竦ませる。
振り返れば、先ほど風呂場へと向かったはずの総悟が裸で倒れていた。
風呂場へと繋がる扉は総悟が倒れている場所からは正反対の位置しており、この様な移動は物理的に不可能。
風呂に入った後だろうか、総悟の身はタオル一つすら巻いてない姿。
違和感があるとすれば、順一郎には総悟が出てきた姿など見えなかったし、背後に移動する音も聞こえなかった事だろう。
もっとも、順一郎が総悟に驚かされるのはいつものこととも言えるのだが……。
「そ、総悟くん!? もう上ったの……というか、何処から出てきたの!?」
「えーと、鏡の世界、かな。あ、あはは……」
「裸で鏡の世界に行ってたの!?」
「いや、まぁ」
口ごもる。
説明したいことは多くある。
そして、言ってはいけないけれど言いたい事も。
全部を全部、総悟は順一郎に説明できるわけでは無い。
それは説明能力とか欠けているとかではなく、素直に話していいのか、順一郎に迷惑になってしまうのではないか。
そう思うと、思うように口が開かなかった。
「鏡の世界かぁ」
「うん、まぁ、そんな感じかな」
「え、もしかして若い子の間でそんなの流行ってるの?」
「いや、俺だけかな」
「……やっぱ総悟くんは違うね。ごめん、疲れたから今日は早めに寝るね」
―――――――――――――――――――
事件の後でも日常は続くもので。
学校は特に休校になるということもなく、いつものように授業が続けられていた。
いや、いつもと同じというのは少し違ったか。
うちの学校では二人の生徒が先のライブ会場の事件に巻き込まれて入院している。
一人は同じクラスの立花響。
もう一人は別のクラスの男子生徒、サッカー部のキャプテン。
たった二人で済んだと安堵すべきか、もしくは二人も被害者が出てしまったと嘆くべきか。
この辺は個人の価値観の違いが出てくるのでなんとも言えないが、被害者が出ることは決して良いこととは言えないだろう。
別に、何もテレビで悲しい事件が起きる度に泣いて同情しろ、なんて思っちゃいない。何か起きる度にそうしていたら、人間はいっそ情報を遮断した方が楽になれる。
テレビの向こう側の出来事を悲しむのは悪いことではないが、それはおそらく意味のない感傷なんだろう。テレビの向こう側ってのは所謂違う世界の話、自分の関わりのない所で悲しい出来事が起きたとしても、何もすることは出来ないのだから。
まぁ、事件を知ったことでその現地に赴き、悲しみを救いに行くってんなら話は別だが、人間、そこまで出来る人は希だ。
が、これは自分に関わりのない場所だったら、の話だ。
仮にもつい先日まで共に学校生活を送っていたクラスメイトが悲惨な事件に巻き込まれたというにも関わらず、皆は普通に学校生活を過ごしている。
最近はこんなんではなかった。
クラスメイトの皆が大なり小なり立花を心配しており、悲惨な事件の被害者として同情していた。
問題はとある週刊誌によってノイズによる被災で亡くなったのは全体の1/5程度で、 残りは混乱によって生じた将棋倒しによる圧死や、 逃走の際に争った末の暴行による傷害致死であることが掲載されてから。
これにより一部の世論に変化が生じた。
死者の大半がノイズやオーマジオウによるものではなく人の手によるものであることから、 生存者に向けられたバッシングがはじまり、 被災者や遺族に国庫からの補償金が支払われたことから、 民衆による『正義』が暴走し始めた。
俺も一体何事かと週刊誌に目を通してみたが、ハッキリ言ってやり過ぎた内容であった。
記事内容は確かに正確で嘘ではなかったが、人々の気持ちを煽るような華美な言葉は読む人によって印象は大きく変わるのは想像に難くない。
一部の人間によって悲惨な結果が生まれたのは確かに事実、けれども生存者の全員が全員その様なことをした訳ではないのだ。
それを、あたかも生き残った人達は皆、生き延びる為に周りを犠牲にした、という様な内容はナンセンスだ。
そして、それに影響されたか知らないが、とある少女のヒステリックな叫びが全校生徒へと広がっていった。
『何故、キャプテンは足を失ったにも関わらず、なんの取り柄もない立花は五体満足で生き残ったのか。さては、誰かを犠牲にして逃げ延びたに違いない。生き残ったのだから、悪に違いない』
という様な、行き場のない怒りの矛先が、立花へと向けられた。
これによって、この事件に関係もなければ興味もなかった人間を巻き込んで、一種の憂さ晴らしとして扱われた。
あんなに心配していた人達が、今では手のひらを返して立花を責め立てる。
『他のみんなも言ってるから』
中身の無い批判とはまさにこの事か。
伝言ゲームの要領で伝わっていく立花の悪評は止まることを知らず、全校生徒へと拡がるのは予知を発動させなくても容易に想像できる。
的となった立花はというと、まだ絶対安静らしく、未だ入院中で学校へは来ていない。
なので、自分が学校で批判の的となっている事を、おそらくだがまだ知らないであろう。
当然といえば当然だが、わざわざ病院に行って「お前は何故生き延びたんだ?」なんていう狂熱的な人でもいない限り知る由もない。
或いは、この手の話題を扱った番組をたまたま観て、そういった事が身近でも起こり得ると思わなくもないだろうが、これは立花次第だろう。
……机の中にしまってあった教科書の類を鞄へとしまい、帰宅の準備をする。
帰りのHRも終わったということで、部活動がある者は部活動へ、部活に所属していない者は早々に帰宅するなり友達と談笑するなりしている。
特に学校に残ってするような用事なり委員会の仕事なりが無く、部活にも所属していない俺は早々と帰宅する組となる。
入ってみたい部活がないわけではないが、一日のリズムを縛られる部活は中々手が出しづらい。
どういう事かと問われれば。
部活動をしている余暇が無い、に限る。
ノイズが出る度に西へ東へと飛び回り時によっては国外へと行かなければならない身としては、残念ながら部活動をする暇は無い。
ノイズが毎日発生しているわけでも無いので最低限の時間は確保しているっちゃしているが、ノイズがいつ出てくるかも分からないので断念。
「さっさと帰って宿題済ますか」
教室を出ようと鞄を手に持つと、
「そんな真面目な常磐に一つ、頼み事をしたい」
どういう訳か、授業中に配られたプリント類や宿題を手に持った担任がその場に立っていた。
まさか俺だけ宿題が二倍なんて可笑しな状況でもないだろうから、考えられる理由は一つ。
けれど、何故俺に白羽の矢がたったのか。
と考えて、その理由が思い浮かび納得。
「ああ、小日向は、今日は休みでしたっけ」
「ご名答。立花と仲の良い小日向がダメとなると、後はなんでも頼れる常磐しかいないという訳だ」
今日は珍しく小日向は欠席、理由は体調不良とのこと。
別に立花の友人が小日向一人なんてことはないのだが、クラスの状況が状況であり……関わる事を恐れているのが大半だ。
立花に肩入れすることによって自分達も標的になるのではないか、という考えだ。
分からないでもないが、少し悲しい。
「先生はクラスの状況をどう思います?」
プリントを受け取って鞄にしまいながら、ふと質問してみた。
責めるでも煽るでもなく、ただ純粋に気になった。
担任の視線が俺から逸らされる。
クラスの皆が堂々と立花についての話をしているものだし、何よりテレビではその手の話題で持ちきりだ。
まさかここで知らない、なんてことはないだろう。
仮に知らないなんて嘘をついたところで、この場限りの嘘は無駄だと担任なら理解してるはずだ。
意地の悪い質問だったと口に出してから思う。
別にこの担任がこの雰囲気を作ったわけでもない。
それは立花に対して悪印象を抱いていないのは、彼女が休んでいる間のプリント類を必ず届けるようにしていることからわかる。
もし率先してこの悪い流れを作っているなら何かと理由をつけて届けない事もできるだろうし。
「私から言えることは教師はあくまで中立、ということだよ。
周りに人がいない事を確認して話しだす。
それでも、俺にだけ聞こえるような声の大きさなのは念のためか。
仮に周りに人がいたところで何か問題があるのかと問われれば、分からないけど。
「こういうのは時間が解決するに越したことはない。大人の一言でイジメが無くなったとしても、再発しないとも限らないからね。……立花もそうだが、私は小日向も心配だ。アイツは立花と特に親しかったからなぁ」
頭をボリボリと掻き、改めてこちらを見てくる。
「イジメの対象と仲良くしてた者が連鎖的にイジメの対象になるのはよくある事だ。いつも頼んでいる私が言うのもなんだが、そうならない事を切に願うよ。……できることなら、この件が落ち着くまで引っ越してしまうのが一番なんだろうけどね」
「そうですね」
騒ぎが落ち着くまで引っ越すのが一番なのはその通りなのだろう。出来るかはともかく。
担任の対応は冷たいようにも感じるが、まぁそんなものだろう。
正直、このクラスだけの問題だけではなくなりつつある『生き残ってしまった』立花響の扱い。
遺族やその関係者が立花の家にイタズラをする、なんて事も今後は起こり得るかもしれないし。
そこまで担任にカバーしろ、なんていうのは無茶振りにも程がある。
「じゃ、職員室に戻るから」
振り返って、挨拶をして、担任はそのまま立ち去る。
さて、家に帰る前に用事ができてしまった。
別に帰ってからでもいいけど、帰る前に済ませられるなら済ましてしまおう。
学校からしばし歩いて、人が通らないであろう裏路地辺りで、立花の入院している病院へと転移した。
―――――――――――――――――――
生存者による傷害致死が死者の大半を占める、という報道を見る度に小さな子供は除外しろと思うのは果たして俺だけだろうか。
立花の様な年端の行かない子供達が自分よりも遥かに身体の大きい大人を殴り殺したと周囲が本気で信じているのなら、彼らには子供が悪魔にでも見えているに違いない。
成長期を終えた少年少女なら確かに不可能ではない。生き延びる為に火事場の馬鹿力でやった、という可能性もゼロではないだろうが……
実際に自分優先で他人に暴力を振るって逃げ延びた生存者がいる事も事実。
そういった人が非難されるのはわからなくもないが、果たして生存者の家に石を投げるなどの私刑をしている人はどうなのだろう。
そんな自分勝手な行動は、自分優先な生存者となんら変わりないように映る。
大体にして、被害者やその遺族に国庫からお金が支払われるのはおかしいというが、その為の税金だろうに。
ましてや、ノイズは災害という認識なのだから生存者は被災者のはず、そこで税金を使うのは当然のはず。
生き延びる為に人を殺した人にお金が支払われるのは納得いかない、という考えは確かにわかる。
非道な事をしながら、何故支援を受けるのかと叫びたくなる気持ちは俺にもある。
が、週刊誌如きにあれだけ踊らされているのもどうかと思う。
これだけ踊らされているのなら、どっかの組織はさぞ情報統制しやすいに違いない。
何はともあれ、クラスメイトである立花がこんなノイズの訳の分からない事件に巻き込まれた、というのは、とても不幸な事だと思う。
何か悪いことをしたというわけでもなく、ただライブを観に行った、ただそこに居た、ただ生き残ってしまった、という理不尽な理由で迫害を受けるのだ。
昔、何処で聞いたかはうろ覚えだけど、とあるお坊さんが言っていた。
間が悪かったのだ、と。その選択が、己を取り巻く環境が、たまたまその時にうまく噛み合わなかっただけなのだと。
……ああ、確かに、立花は間が悪かったのだろう。
「…………」
「入らないの?」
無言のまま病室の前で俯いている小日向未来。
片手に花束を持っていることからお見舞いに来たことぐらいは俺でもわかる。
たしか、今日は体調不良で学校を休んでいたはずだけれども、まぁそういうことなのだろう。
学校をサボるなんて、とは言うつもりはない。
確か立花との会話を思い出す限り、小日向は本来は立花と共にあのツヴァイウィングのライブを観に行くはずだったらしいが、小日向は家庭の都合により行かなかったそうだ。
たまたま行かなかったが故に巻き込まれなかった小日向ではあるが、自らが誘ったことによってこの結末になってしまったことに対して、彼女なりに思うところがあるらしい。
けれど、このまま病室の前で二人して突っ立ってるわけにもいかない。
改めて病室へと向き直る。
入り口に掛けられている名前は立花のみ、どうやら彼女の一人部屋のようだ。
ノックをし、中から大人の女性の返事を聞いて入室する。
「あら、貴方たち……」
「こんにちは……」
「どうも、お見舞いとプリント持ってきたのですが、今、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。娘も喜ぶわ」
シンプルな服装の、落ち着いた女性。
立花が成長すればこんな風になるんだろうな、と思うのは、彼女が立花響の母親だからだろう。
恐らく、立花は母親似だ。
「こちらを」
フルーツバスケットを渡す。
花束も考えたけれど、小日向が見舞いによく来ていることは知っていたので、花瓶に入りきらないだろうな、ということで果物を選択。
包丁などを必要としない物を多めに選んだけれど、どうするかは家族に任せるとしよう。
「ありがとうねぇ。小日向さんも毎日、大変じゃない?」
「いえ……」
どうやら、小日向はあれから毎日通い詰めているらしい。
俺は担任に頼まれたから来たのであって、なんだか申し訳ない。
ちら、と小日向の方へ目を向ければ、やはり彼女の表情は優れているとはいえず、思い詰めた表情。
自分のせい、と思っている彼女からすれば、やはり辛いものがあるだろう。
鳴り響くは、携帯端末の着信音。
俺のではなければ、小日向のものでもないらしい。
「ごめんなさい。ちょっと、席を外すわね」
となると、必然的に彼女の親御さんのものとなる。
親御さんは一言断りを入れて、部屋から出ていく。
どうやら、いつの時代でも、どの世界でも病室で携帯電話で話すのは禁止されているらしい。
嬉しくない発見だ。
親御さんが退室し、病室の中には俺と小日向、そして、ベッドに横たわり、目を瞑る立花だけが残る。
当然ながら、会話など起ころう筈もない。
彼女らが終始無言で居るというのは珍しい事だが、致し方ない。
夢の中に入って会話、なんて芸当をするわけにもいかないし。
意識のない怪我人と思い詰めたクラスメイトにそれを求める様な畜生などに育ったつもりはない。
「……」
口を開いて、言葉が浮かばず、閉じる。
気まずい。
早く元気に、なんて催促するのは俺の口からは言えない。言う資格が無い。
じゃあ、何を言いたいのか、というのも、自分の事なのにはっきりと把握できない。
何かを言おうとしたが、何故、何かを言おうとしたのかもわからない。
頭の中が、混乱している。
ふと、顔を上げた小日向がベッドの横に立ち、立花の手を握る。
このまま此処にいても邪魔かなと思い、俺も退出しようかとしたその時。
今まで黙っていた小日向が口を開いた。
「……起きてた?」
「あ、未来には、やっぱバレる?」
…………………………………………………………。
……?!
「目、覚めてたの!?」
背後からの不意の声に、思わず振り返る。
ベッドに横たわったまま、顔だけをこちらに向けている立花。
少しだけやつれたようにも見えるのは、多分気のせいじゃない。
俺の問いかけに、立花ははにかむように笑みを浮かべた。
「ううん、今起きたとこ。おはよ、総悟くん」
「え、あー、……おはよう?」
唐突な挨拶に、思わず疑問形で返してしまった。
はて、目が覚めるのは非常に喜ばしいことなのだが、正直驚きすぎて変な顔してそう。
今は鏡を見るのが怖い。色んな意味で。
と、いうか、小日向は知っていたのだろうか。
「え、小日向は知ってたの?」
「うん、三日前にお見舞いに来たときに目を覚ましたから、今日も起きてるかな〜って」
なるほど、そんな前に既に意識を取り戻していたのか。
なら、今回のに気付いてもおかしくはない。
だけど、
「教えてくれてもいいのに」
「その……、まだ秘密にしたくって」
「さいですか」
どうやら独占欲が強いようで。
「ゴメンね、わざわざ。こんな遠いとこまで、大変だったでしょ」
「気にしないでいいよ。そんな大変じゃなかったし」
転移したから、というのは内緒だ。
本来なら電車なり車なり使わないと来れない距離だけど、今回はオーマジオウの力に感謝だ。
一応、バレないようにトイレの個室に転移してきたけど、まぁ大丈夫だろう。
病院ではなく家に届ける、という手もあったが、家まで行くのならお見舞いした方がいいと思って来ることにした。
「未来は総悟くんと一緒に来たの?」
「ううん、たまたま病室の前でね」
「そっか」
立花は少し笑みを浮かべた、が、その笑みはすぐに消えることとなった。
「……でも、あんまり来ない方がいいよ。総悟くんも、その、みんなに……」
…………まだその事は知らないと思っていたが、どうやら、既に知っているらしい。
さて、どうしたもんか。
「私に関わっちゃうと、総悟くんが友達に……」
「あー、それは大丈夫。だって俺、友達いないし」
俺の言葉を聞いた立花と小日向は顔を上げ、ぱくぱくと口を動かしている。
少しでも場を和ませようとジョークのつもりで言ったのだが、俺にはジョークのセンスはないみたいだ。
やってしまった。
ジョークではなく、その後の俺のリアクションが面白かったのか、立花と小日向はくつくつと小さく笑いだした。
笑われる事自体は、それほど喜ばしい事ではないのだけど……。
「私たち、もう友達でしょ?」
「友、だち?」
友達。
友達、こんな俺にも友達、か。
「そ……っか。友達か」
「そう、友達。友達がいないなら、友達になればいいんだよ」
そう言ってみせるのは、彼女の強さなんだろう。
クラスの女子は言った。『立花響にはなんの取り柄もない』、と、
確かに立花は特段に成績が良いわけではない。
何かスポーツをやっているでもなければ、クラスの代表に選ばれるような事もない。
けれど。
立花のはにかむような笑みを見て、釣られて少しだけ、口の端が上がるのを自覚できた。
―――――――――――――――――――
太陽が既に沈み始め、面会時間も終わり。
病院の外へ出ながら、空を眺める。
どうやら雨は止んでいるらしく、夜空を見上げれば、浮かぶ雲の切れ間から、大きな月が覗いているのが見える。
「送って行こうか」
時刻もそろそろ子供一人で彷徨くには少々遅い時間帯。
小日向の家の詳しい場所まで分からないが、同じ中学に通っているわけだし、距離は俺の家までとそう変わらないはず。
この時間帯に女子を一人で帰らすのは流石に気が引ける。
不審者が出ないとも限らないので、用心するに越した事はない。
「ううん、お母さんが迎えに来てくれるから大丈夫」
と思っていたら親御さんが迎えに来るのか。
立花の入院しているこの大きな病院は、地元から少しだけ離れた場所にあるのだが、どうやって小日向は来たのだろうと思っていたが理解した。
誰も彼もがホイホイと転移出来るわけでもないし、ましてやまだ運転免許の取れない年齢となると、手段は限られてくる。
親に送り迎えしてもらうか、多少お金が掛かるが公共機関やタクシーを使うか。
ヒッチハイクなんて手もあるが、これはオススメできない。
お金があまり掛からない、という点では賢い選択かもしれないが、中学生の女子がやるもんではない。
「なら安心だ。また学校でね」
「ねぇ、総悟くん」
「うん?」
ゆっくりと振り返る。
今思うと、小日向とこうしてちゃんと話すのは初めてかもしれない。
今まで話したことといえば、クラスの仕事のことや他の人からの伝言を伝えることぐらいだったような。
もっとも、そもそもの話、俺が女子とそんな話をするタイプではないということもあるんだけど。
「ありがとう」
「感謝の言葉を言われるようなことはしてないよ」
「響のこと、心配してくれたでしょ。それだけで私は嬉しかった」
他の人はしてくれなかった。
そう、小日向は目を瞑り、呟いた。
立花と小日向のことを知らない俺がとやかく言えることじゃない。
だけど。
どうしても聞きたい事が一つある。
「小日向はどうするの?」
「え?」
担任が言ったように、俺も小日向が心配だ。
立花が学校へ再び来るようになれば、もしかしたら直接的な嫌がらせなどが今後出てくるかもしれない。
このまま立花と共に居続けるなら、同じくターゲットにされてもおかしくはない。
別に彼女らがターゲットにされようと、人の手によるイタズラなら片手間で全部防げるし、何か物を隠されようが一瞬で見つけて取り返すこともできる。
しかし、精神面は……
「私はずっと響の側にいるよ」
「虐められても?」
「……私は響の親友だもん。今だからこそ、こんな状況だからこそ言える、響は、誰よりも大事な人だって。……本人には恥ずかしくて言えないけど」
頷く。
ならば言うことはない。
「じゃ、また学校で」
「うん、またね」
―――――――――――――――――――
ビュー、ビュー、ビュー、と。
まるで嵐の中にいるような強風が、静寂を保っていた空を塗りつぶす様に大きく響く。
時刻はもうすぐ日を跨ぐ、0時前。
少年はビルの屋上の柵にもたれ掛かり、そこから見える景色を一望する。
明らかな不審人物の姿に、もし近くに帰宅途中の一般市民でもいようものなら関わらないように避けたか、警察に通報していたことだろう。
落下を防ぐ為の柵の反対側にいるものだから、見方によっては今から飛び降り自殺をするようにも見える。
が、幸か不幸か、場所が時間的に人目につくということはない。
落下防止の柵に身体を預けたままの少年には一体の黄金の戦士が向かい合っている。
夜空の下、明らかに不似合いな二人。
少年──常磐総悟は、黄金の戦士──オーマジオウへと、困ったような笑みを向けていた。
対するオーマジオウの仮面に覆われた顔から表情を窺い知る事はできない。
『この時空を壊す気にでもなったか』
だが、声からはオーマジオウの煽り、そういった感情がありありと感じ取れる。
「まさか、この時空を壊す気はないよ。確かにこの時空には絶望で満ち溢れてるし目を覆いたくなることもある。でも、その存在を決して否定されるようなものでもない」
常磐総悟は肩を竦める。
『お前も見てきたはずだ、人の醜さを。世界が、誰もがオーマジオウを憎み、恐れている。今のお前は恐怖の対象でしかない』
「そうだね、でも……見てきたのはそれだけじゃない」
柵に預けていた体を引き戻す。
まるで何か吹っ切れたかのよう。
常磐総悟は歩み始める。
『自らの為に周りを犠牲にした人がいた』
「人を守るためにその身を犠牲にして戦う人達がいた」
一歩近づく。
『周りに流され、傷つける人がいたろ』
「友の為に手を伸ばし、救おうとする人がいた」
腰にベルトを出現させ、さらに一歩。
「人にはそういった素晴らしい面もあれば、君の言うように醜い面もある。だからこそ、あの人達にも素晴らしい面があるんだって信じてる」
『…………』
オーマジオウの視線と、常磐総悟の視線が絡み合う。
今にも挫けそうで、それでも希望に満ちた瞳。
『自分を犠牲にして、か』
「犠牲なんかじゃない。俺は俺の為に戦う――
――俺が信じた希望の為に!
――俺が望んだ結末の為に!!」
総悟の告げた言葉に、オーマジオウはぐらりと揺らぐ。
総悟から目に見えぬ攻撃を受けたわけではない。
ならば何故、これほど衝撃を受けているのか、彼自身にもわからない。
オーマジオウにかつての覇気がない。
その仮面の中の瞳には、己の理解できないものに対する畏怖で震えていた。
『何故そこまで信じられる? 何故そうまでして戦える!?』
オーマジオウの前まで迫り、そこで歩みを止める。
この世は絶望だけでじゃない。
何故ならば、自分は独りじゃないことを知ったのだから。
だから、そう。
立ち上がる。
この世界の為に。
「決まってる――仮面ライダーだからだ」
その姿に、嘗て見た多くの戦士の姿が、重なっていくように見えた。
なかなかに難産だった
キリがいいところが見つからなくて、気づいたらいつもの二倍以上になってるし
過去編はこれにて終了、これでようやく原作に突入できる……長かった
え、最後どうなったのかって? 原作のソウゴみたく融合したんじゃないですかね
ここからはかるーくキャラ紹介とかをば
◯総悟という名のン我が魔王
シンフォギア世界に飛ばされたオリ主
家族はおじさんのみ、両親は他界
オーマジオウの力を持ってるから実はラスボスなのかもしれない
シンフォギアとか知らないので、ノイズとかいう特異災害にビビってる
なんか俺は友達がいない、とかジョークで言ってるけど実は本当にいないパターンで、この世界で友達と遊んだ経験とかほぼ皆無だけど、普段は鍛えたりノイズと戦ってるからしょうがないのかなって
ビッキーの境遇を悲しんではいるけど、かといってみんなイジメはやめよーよー、なんていうムーブもできないので教室の片隅にいる
おじさんにツヴァイウィングを勧められて聴く程度には余裕がある
ビッキー達が友達になって喜ぶ位にはぼっち
ミラーワールドのオーマジオウは総悟の心の陰のつもりで書いてみた
でもみんなが色んな考察とかしてて、なんか嬉しかった
他人の考察は見るのが好きなんじゃ
◯我らがビッキー
あんなヤバイ状況なのに「へいき、へっちゃら」とか言える子
親父は出ていくし家にまで嫌がらせされてるのをみると、グレ響が正史
なんじゃねとしか思えない
OTONAとの特訓で全然わかりませんとか言いつつめっちゃ強くなるけど、この子にライダーキック仕込んだらなんだかんだ出来る疑惑がある
実はこの子も映画とか観ればもっと色んな進化できるのでは?
オーマジオウはなんか会場にいたなーぐらいの認識。特に喋ってないし
グレ響にはならない
393いるしね、へいき、へっちゃら
◯393
ビッキーの親友
愛が重すぎない? たぶん面会時間に制限なきゃベッドで一緒に寝てる
ライブに誘ったことで事件に巻き込んでしまったと罪悪感を感じてるんだろうけど、正直間が悪かったとしか
たとえ響が皆からいじめられようとも側に居続け、苦しい時も悲しい時も、響の陽だまりであり続けるのだ
なんで総悟に響が目覚ましたことを事前に言わなかったかというと、そもそも総悟は眼中になかった
クラスで特に話したりする仲じゃなかったし、まさか総悟がお見舞いに来るなんて思いもしなかったから
あの状況でクラスのみんなに「響が目を覚ましたよ!」なんて言えないし、むしろ言ってたらヤバイ
◯奏さん
本来は死ぬ予定だった人
適合係数が低いけど実戦経験で補うとかそういう設定、いいよね
絶唱しようとしたらどこかの誰かに予知されて戻された
でも、その時の負傷によって戦線からは離脱という設定を勝手に作り出した、許して許して
殺した方が書く方は楽だけど、でもなんかどっかで活躍させたいなぁっていう葛藤
たぶんなんかする
◯SAKIMORI
奏が生きてるからたぶん無印ほど情緒不安定ではないと思われる
過去編だから影が薄かったけど、これからはきっとたくさん活躍する子
メンタルが安定してればめっちゃ強い人だし、そもそも生身でも戦える時点で強い
今日も今日とて、防人として戦うのでした
胸で弄られてるけど、マジで小さくなってるようにしか見えないし……ユグドラシル絶対許さねぇ!(冤罪)
◯おじさん
神的にいい人
◯OTONA
イーブイ
無印やる前に、ボツネタ達を投稿しますので少々お待ちを
頑張って早めに投稿するつもりだけど頑張れなかったらこのSSは某司令官の如く爆発します
気長にお待ちくださいな