幻想結界録 作:アナタは
幻想郷。
まだ外に居た頃、忘れ去られた存在が行き着く先としてそう言った場所があると耳に挟んだ。
これでも吸血鬼、スカーレットという名のある名家の当主という立場だから情報は色々と入ってくる。
そこに私は運命を見た。
いや、正確な運命を見たわけじゃないけれど間違いなく幻想郷に私達は行くべきだ。
この運命を操る程度の能力は名前こそ大層な能力のように聞こえるかもしれない。
けれども実際に操れる運命と言えばせいぜいジャンケンで何連勝かする程度のものしか操れない。
そこに幾つもの分岐、選択肢が現れる度に私のこの能力の精度は落ちていく。
そしてその副作用なのか私はその運命の分岐先を偶に垣間見る事があるのだ。
幻想郷には私の運命を決定付ける何かがある。
これは確信だ。
恋をしている乙女のような、性を知らぬ処女のように。
正確な事が分からなくてもこれは間違いなく私の大事な何かがそこにあるのはわかる。
未来は絶対じゃない。
運命なんて言ってしまえば先に踏み出す足の順序を入れ替えるだけで変わってしまうような気薄なものでしかない。
運命は偶然の産物だ。
でも何故かこの時、私はこの運命を確信していた。
「これこれはスカーレット卿。噂に違わぬ.......」
分かっていた。知っていた。
それでも実際に目で見て感じるのとではまるで違う。
「我々高貴なる吸血鬼が幻想郷を.......」
あぁ、やはりそうなのか。
どくんどくんと柄になく胸が高鳴っている。
童女のようにもしかしたらだらしない顔をしてしまっているかもしれない。
でも、それでも。
「だからこそ我々は、スカーレット卿?」
この運命はやはり私と共にあると。
この日私達紅魔館は幻想郷に飛び立った。
けれども幻想郷は酷く退屈な場所だった。
そこらにいる妖精はもちろん妖怪は腑抜けていて相手にならないどころか尻尾を巻いて逃げ出す始末。
なんだこれは。
まるで手応えもない。
失望に似た感情が広がって行く中私は宛もなく森を歩いていた。
そこら中に醜い叫び声が飛び交う五月蝿い戦場を離れただ歩く。
有象無象の妖怪は雑魚だしこのまま適当に手柄でも欲しい同類に任せておけばいい。
野獣が襲いかかってくる。
魔槍で突き刺し放り捨てる。
妖怪が何体も襲ってくる。
妖力を爆発させて跡形もなく吹き飛ばした。
歩く、歩く、歩く。
気が付けば私は真っ赤に染まっていた。
スカーレットデビル。
それは奇しくも私の通り名と同じ。
「.......ぁ」
小さな、自分と対して背丈が変わらない人間の女子。
特になんの感情もなく魔槍を振った。
綺麗な金髪が宙を舞う。
「ひっ!?」
外した?
私が?
尻もちを着いて顔を面白いぐらいに真っ青にした少女は私を一目見て直ぐに後ろを向いて立ち上がろうとするが立ち上がれない。
産まれたての小鹿のように震えた足が言うことを聞かないのだろう。
躱された?
たまたまか?
そんな
「ふん、運が無かったな」
魔槍を振り下ろす。
「なにっ!?」
突然少女を覆うように現れた四角い箱によって魔槍は途中で止まる。
馬鹿な、これは私の妖力で編んだ槍だぞ。
それをこうも簡単に止めるだなんて。
不意に感じる敵意に即座にその場を飛び退いた。
瞬間私がいた場所に細長い、さっき少女を護った箱と同質の力を感じる棒が幾つも刺さる。
殆ど何も感じなかった。
いや一瞬親友の魔法と似たようなものを感じる辺り先に出現場所を指定する類の術か。
いつの間にか少女を庇うように立つ男、いや少女とそう年は変わらない少年だ。
「貴様.......」
「お前、さっさと逃げろ!」
あろう事か私を無視する人間に苛立ち魔槍を投げようとするが突然少女を護った箱が私を覆うように現れる。
ちっ、一々苛立つ人間めっ!
「たて、立てなくてっ.......」
「あー、くそ.......後で恨むなよっ!」
少年はおもむろに少女の傍に駆け寄りしゃがみ込むと金髪の少女の顎を持ち上げる、命の危機だと言うのに困惑気味に少年を見詰める少女。
そしてそのまま唇を奪った。
「ふぇ、ふぇぇぇ!?」
「よし、立てたな」
「あ、ホントだ」
「なら行け!死にたくないだろう?」
「でも.......えっと......貴方も生きて帰って来てねっ!お、お話もあるからっ!」
そう言って真っ赤に染まった顔のまま少女は走り去っていく。
それと同じぐらいにやっと箱を破壊できた。
見た目以上にこの箱は硬いらしい。
「貴様、もしかして私のことを舐めているのか?」
「舐めてないよ。力の力量ぐらい把握してる」
「私はそれぐらい取るに足りないと.......?」
「な訳ないだろ」
「だったら何よっ!年齢=彼氏居ない歴の私に喧嘩売ってるわけ!?なによなによ!そんな簡単にフラグ立てて初対面っぽかったのにキ、キスなんてしちゃってさ!うー!うー!あんたなんて八つ裂きにしてやるんだからっ!」
「お、おう」
は、しまった。
と思っても後の祭りで。
「お、おのれ人間め!私に恥をかかせたな!」
「いや俺が悪いのか?」
「悪いに決まってるだろ!」
「えぇ.......」
「うるさい!死ね!死ね!さっさと死ね!」
「うおっ、危なっ!?」
首を撥ねるつもりで振り抜いたが間一髪のところで躱される。
しかし躱されたところで吸血鬼と人間では身体能力にかなりの差がある。
見た感じ何かしらの術で身体強化しているらしいがそれでも吸血鬼のスピードとパワーには遠く及ばない。
とった、そう思った。
「なにっ!?」
だが弾かれた。
吸血鬼の爪はそれこそ鉄すら引き裂く。
それが弾かれた。
にやりと笑い人差し指と中指を伸ばすようにして拳を握る少年。
(一瞬見えたが箱と同じ力で出来た棒か。起こりが殆ど捉えられない以上厄介だな.......でも)
いっきに少年との距離を詰める。
きっとそれなりの妖力を込めればあの箱は直ぐに破壊出来るだろう。
でもそんなことをしなくとも
「ほらどうした人間、余裕がなさそうに見えるが?」
「うる、さい!」
まるで嵐のように両手に持つ魔槍を振るう。
それは一撫でするだけで軽く命を吹き飛ばす死の暴風。
時に身体を捻って躱し、箱を何度も出現させてそれを防ぐ。
吸血鬼と人間。
幾ら少年が不思議な力を持っていようともその2つの種族には覆せない程の差があった。
スピードが、パワーが、感覚が。
ただ死を撒き散らすように、その身に持つ吸血鬼の力を振るうだけで人間は簡単に潰れる。
攻撃しようにも攻撃が激し過ぎて攻撃する暇もなく防御するしかない。
薙ぎ払われた魔槍はその内包する妖力と風圧だけで周りの木々すらもなぎ倒していく。
当たってもないのに既に身体は傷だらけ、這い寄る濃厚な死の気配が少年の気すらも蝕む。
「愉快だ、愉快だな!お前を殺した後はあの金髪の少女を殺してやろうか」
「お前っ!」
「そして次はお前の家族だ」
どくん
空気が死んだ。
鮮明に聞こえてくる己の動悸。
まるで全身が鉛のように重く周りの音は何一つ聞こえない。
なんなんだこれは。
余りに異質で、そして身に覚えのある感覚。
確かこれは父親と殺しあった時だ。
でもそれは.......目の前の少年は幼い子供で何より人間だというのに。
これは、この感覚は。
次に自分を襲ったのは身を焼く程のドス黒い感情。
ぜんぶいなくなれ。
この時最後に見たのは真っ黒い底の見えない深淵のような瞳で自分を見下ろす少年だった。
金髪の少女
一体何者なんだぜ。