転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
毎度ながら誤字脱字訂正下さる方もありがとうございます。
王都の治安維持を担当している警備局を出ると陽は落ちかけ空も薄暗くなり始めている。
亡命者であっても個人にそんな措置をとることに難色を示す局員もいたので苦労はしたが、なんとかオリバー・シュトロームに対して明日から監視をつけるよう依頼することは出来た。
杞憂であればそれでいい、こんな時間になってしまったし今日のところはひとまずここまでにしておこう。
「悪いね、こんな遅くまで付き合わせてしまって」
「いえこれが私の役目ですから、閣下が気になさる必要はありませんよ」
嫌な顔一つ見せないオルソンに感謝を伝えながら一考する。
周囲には人通りもないことだし、この辺りなら構わないか。
「オルソン、こっちに。遅くなってしまったし近道しよう」
「よろしいのですか?」
「ああ、屋敷の皆に心配かけても申し訳ないからね」
建築の隙間から裏路地へと入り、街路から目の届かない辺りまで来たところで手頃な壁に手をつけその魔法を行使する。
「
呟き浮かべたイメージ通りに触れていた壁の一部分が切り取られたように歪み、屋内の景色が映し出される。
これは映し出されているのではなく、あらかじめマーキングしておいた屋敷の玄関と目の前の壁の表面が空間的に繋がったことによるもので、つまりは
使用にはかなりの魔力制御が必要となり、使っておいてなんだがこんなあらゆる業界を震撼させそうなとんでもない真似ができるのだから魔法というものは本当に無茶苦茶である。
そうして屋敷には一瞬で帰り着いたわけだが。
「な……ターナさん、いったい今どこから?」
「……えぇ」
どうしてか、そこには壁だった空間から出て来た私達を目を丸くして見ているマリア、アウグスト殿下、その護衛二名の姿があったのだった。
「帝国出身の学院教師か……確かにそんな者が居たな、胡散臭い奴だった」
「僕と殿下もその教師の研究会とやらに誘われたことがありますね、結局卒業まで一度も行くことはありませんでしたが」
応接間で事務次官からの聞き取り、そして関係の疑われるオリバーについての報告を聞いたアウグストにトールが当時の印象を語る。
聞くところによれば彼は積極的に優秀な生徒を自分の研究会へ勧誘していたらしい。
オリバーを敬遠していたらしい二人がその誘いに応じることはなかったそうで、どのような研究会だったのかは不明だが参加したカートの魔法技術は確実に上がっていたという。
「拙者は誘われませんでしたな……」
暗に優秀でないと判断されたようなものであるせいか、同じ学院出身でトールと同じく王子護衛のユリウス・フォン・リッテンハイムが気落ちした様子を見せる。
妙な訛り言葉で話す彼も高等魔法学院には合格していたが、残念ながら上位十名からは漏れAクラスの所属となったようだ。
背の高い体格はがっしりと鍛え込まれ、短く整えた金髪といいトールとは実に対照的な容姿をしている。
護衛としてどちらが頼りになるか、見た目の印象だけで判断するなら大抵の人間が彼の方を推すだろう。
入試の順位からして魔法の技量はトールの方が優れているのだろうが、正直要人の護衛ともあろう者があまり体を鍛えていないように見えるのはどうかと思う。
それにしても彼らの方からその日の内にやってくるとは、登校初日からあちらこちらを回った疲れで気が緩んでいたのかもしれない。
確かに報告してくれとは言われていた、王子殿下を含めた一行を外で待たせておくわけにいかなかっただろう使用人達を責めるわけにもいかないし。
賢者宅の訪問後、こちらの調査結果を聞きにやってきたというアウグストらに先程の魔法を見られたのは不覚だった。
この世界で長距離を一瞬にして移動するような魔法を使える者は居ない、悪目立ちするのを避けるには隠しておきたかった。
「それにしても驚いたぞ、まさかマーシァも転移魔法を扱えるなどとはな」
「
「うん、シンがシシリーの制服の付与をかけなおしてくれたんだけど、何かあったときに守れるようにって学院まで明日から送り迎えしてくれることになったの。その時見せてくれたんだけど」
そうして披露されたのが目の前と望んだ場所との空間を繋げる、賢者殿でも扱えない彼のオリジナルだというゲートと名付けられた転移魔法であったらしい。
マリアの説明によれば、賢者マーリン氏はシンが自分以上の魔法の使い手であるように語っていたという。
同年代の青年が英雄とされる人物以上の力量であるなどと、それだけでも驚くことだったというのに続いた説明は耳を疑ってしまうようなものだった。
「……ごめん、今のもう一回聞かせてもらってもいいかな?」
「? いいけど、確か絶対魔法防御、物理衝撃完全吸収に……」
「あとは自動治癒と防汚、ですね。殿下と僕達も同じ付与を施してもらいました」
トールが補足したシシリー、そして殿下らの制服にシンがかけなおしたという付与魔法。
その内容に口元がひきつきそうになるのを抑えるのがやっとだ。
デザインはともかく、学院の制服は素材も上質で付与できる文字数も多い。
だとしてもそれだけの魔法を付与するに足りるだろうか、いやそれ以前に魔法や物理を完全に無効化してしまうなど、どんなイメージで実現させたのか。
元々付与されていた軽減効果でも一般的な魔道具としては上等なもので、購入しようとすれば相当な代価が必要となる。
それを遥かに凌駕する代物をポンと、しかも無償で友人に与えてしまうとは、常識が無いとは聞いていたがまさかここまでとは。
好意的に見ればクラスメイトの安全を願う優しさを賞賛するのだろう。
しかし金額に換算すればいくらになるか予想もつかない、そんな魔道具をシシリー嬢らが所有していることが万が一よそに知れたらかえってその制服を狙う輩を呼び寄せてしまうかもしれないとは考えなかったのだろうか。
送り迎えをするというのならカートへの対策としてはそれだけで十分なように思える。
過保護というか……それだけ彼がシシリーに対して入れ込んでいるということだろうか。
今回ばかりは何食わぬ顔で同じものを受け取っている殿下らにも少しばかり呆れてしまう。
王子という立場だからなのだろうが、身分を気にせず接してくれと言いながらこういった恩恵はあっさりと受け入れている。
打算でやっているのなら舌を巻かされるというものだが、どうやら素で違和感を感じていないらしいのが空恐ろしい。
「そういうわけだ、これでクロードの身の安全は保障されたようなものだろう。ただマーシァには調査の礼もあるし教えたが、これに関して前もって内密に伝えておきたいことがあってな」
「それはご足労頂きありがとうございます、内密に……とは?」
「うむ、この魔道具について、シンがそのような付与ができることを含め口外しないように頼む、これは国王陛下直々の命令と思ってくれて構わない」
ほんの少しだが安心する、この魔道具が他の人間にとって気の迷いを起こしかねないほどのものだということは殿下達も理解していたらしい。
魔獣狩りをする命の危険と隣り合わせなハンターを筆頭に、こんなものを欲しがる人間はそこらじゅうにいくらでもいる。
このことが知れたらやっかまれるのは勿論のこと、制服を奪おうとする者が出てこないとも限らないからな――と、そこである違和感に気づく。
「陛下直々に……というと?」
何故その名が今出てくるのかと不思議に思っていると、真剣な顔つきでアウグストがその理由を語った。
「この付与が持つ危険性は父上も強く懸念しておられた。このことが軍部にまで知れたなら、周辺国への宣戦布告を望む声が上るやもしれぬとな」
「それは――」
「察したか? もしこの制服と同じ付与を装備に施せば我が軍は他の国家を容易く圧倒できるだろう、その誘惑に負けるものが確実に出ると父上も予想されていた。そんなことがあってはならないからな」
思わず絶句してしまったこちらを前にスケールの大きな懸念とやらを殿下が語る。
こちらからするならそんなことよりも陛下の軍部に対する信用の無さ、そしてコントロールする自信が無いかのような語り様が気になってしょうがないのですが。
現在の軍務局のトップ、騎士団総長のドミニク氏はそんな野心溢れる人物だという評価は聞かないし、国王ともあろうお人がそんな事を言うとは。
王国の軍部といえど一枚岩ではないらしいのでその判断には一理なくもないが、軍事力を備えておくのは国防の観点からしても重用なことではないか。
ましてお隣には侵略戦争を始める切っ掛けを今か今かと待ち構えているブルースフィア帝国のような国もあるのだから尚更のように思える。
しかしマリア、トール、ユリウスらも真剣な顔で殿下の話に耳を傾けており、疑問に思う者はこの場に居ないようだった。
「……承知しました、私もその付与については口外しないようお約束します」
賛同を得られたと判断したのか、殿下は返答に凛々しく頷いてみせていたが、こちらの気分はなかなかに暗澹としたものになってしまう。
意識が高いのは結構だが、備えを怠ったばかりに末端で犠牲となる者が出なければいいのだけれど。
落ち込んだ気を紛らわすのに用意されていたショコラケーキをフォークで刻み口へ含む。
くどくない程よい甘味をストロベリーとラズベリーの層が引き立て、幸福感が多少は今の気分を和らげてくれる。
話が一段落ついたことで、マリアらも供されていた紅茶やケーキに手をつけていく。
密かに反応を窺うと、皆口に入れた瞬間に目を瞠っており、幸福そうに表情を緩めるマリアなどを見るに出来は悪くないようだ。
「ほう……先程頂いた夕食にも驚かされたが、マーシァの家はたいした料理人が居るようだな」
「初めて見るタイプのケーキだったけど……なにこれすごく美味しい」
「お口に合ったのなら幸いです、料理は我が領の自慢の一つでもありますので」
比較対象が前世だけしかないので決めつけすぎるのも良く無いが、この世界の食文化は時代にそぐわず多様に発展している。
それでも科学文明が発達した前世日本ほどではないし、うちの領での食事については転生してからこちら発展に力を入れている。
なにせ転生しゼロからスタートした体では前世でそれなりに嗜んでいた酒が呑めず辛い思いをした。
ただでさえ跡取りを目指し激務の毎日、嗜好品ぐらいは充実させようとした結果である。
しかしながら味覚というものは環境によって育つもので、ところ変われば味の付け方も変わるもの。
前世で記憶していたおぼろげなレシピ通りに調理しても、この世界で育った舌には合わないものが多かったのでその調整にはとても苦労させられた。
お蔭でこの立場なら必要もないのにすっかりと自炊が上達してしまっている。
開発する料理は監修がメインで仕上げは本職に任せているが菓子作りの方は今でもよくやるし、目の前のケーキも自作だ。
父や母はそれを咎めるどころか喜んでくれるような人だったので幸いだったが、これも貴族としては結構な異端者だろう。
ジャンクフードみたいなものなら分かりやすく大味で流行るだろうし、一儲けもできそうだが食文化の発展を妨げそうなのがちょっと怖かったのでまだ手は出していない。
「……マーシァ領ではこれだけのものが市井にも出回っているのか?」
「ええ、近年は平民向けのレストランも増えてきましたし、これぐらいの品でしたら誰でも口に出来るでしょう」
「大したものだ、それだけ民の暮らしに余裕があるということだろうからな」
これが自分は特別扱いされるのが当たり前と考える帝国貴族なら平民と同じ程度の物を食わせたのか、あるいは平民などに与えるのかと激怒するところだろうが、そうでないのがこの国での救いだ。
王国に属する領では平民向けの食堂など珍しくもないがあちらの国ではひどいものらしく、今でも奴隷のような扱いを受ける民がほとんどだとか。
放置しておくには胸が痛む話だが、一貴族が介入するにはまだ、力が足りない。
扱える魔法の全てを躊躇いなく振るえば特権に甘える貴族を物理的に駆逐することはできるのかもしれないが、力づくで反対勢力を葬る領主など恐怖の対象にしかならない。
こういうときばかりは足枷となる公爵という身分を少し煩わしく思ってしまう。
身分が無ければ人を殺めることに対する忌避感が拭えるというわけでもないから、そう都合よく勧善懲悪を行うヒーローのようにはなれないだろうけど。
「噂には聞いていたが、王都と比較してもそちらは中々進んでいるようだな。先の転移魔法、もしかするならマーシァの領では他にも扱える者が居るのか?」
思索に耽りそうになっているとフォークを置いた殿下がこちらを見ながらそんなことを切り出していた。
流石に王族ともなればそれぐらいは気になるだろう、何かしら追及は受けるだろうと思っていた。
「いいえ、お聞きしたウォルフォード君を除けば今のところあれは私しか扱えません」
「そうか……それにしても賢者様方の指導を受けたシンなら話は分かるが、一体どのようにしてそれだけの魔法を扱えるようにまでなったのだ?」
「ご存知のように我が領では魔道具の研究が盛んでありますから、それが新しい発想に繋がっているというだけのことです。三人寄れば文殊の――ああいえ、研究者達が知恵を出し合ってくれるので、その成果と言えるでしょう」
通じるかどうか分からない言い回しを訂正しつつ、誤魔化しに走る。
魔道具研究が盛んなのは事実だが、私が使う魔法は前世で培ったイメージを魔力量でごり押したものが多い。
空間接続型の転移魔法もその内の一つだ、普通の人間にはおいそれと真似できないだろう。
むしろ賢者の指導を受けたとはいえ、齢十五にしてその賢者を越える魔法を扱えるというシンの方こそこちらからすれば異才に見える。
才能と子供特有の柔軟な発想が合いまった結果なのかもしれないが、当人と接した印象を思い出すと素直に納得できないところもあった。
あのぽやっとした青年が次々と新しい魔法、付与を生み出しているという事実が私には今でもどこか腑に落ちないのだった。
「はぁ……なんだかどっと疲れたな……?」
予期せぬ客人を見送って私室に戻り、つい独り言を漏らしながらようやく本当に気を弛めていると聞きなれたノックの音がする。
「お休み前に申し訳ありません閣下、ブランケ氏から
「ああ分かった、どうぞ入って」
入室してきたのは予想通りにオルソン、その手には盆に乗った小ぶりな魔道具が携えられている。
瀟洒な装飾が施された、フック型の受話器を保持したアンティーク調の箱。
富裕層向けにデザインされたマーシァ工房製の通信機、その先行試作型だ。
量産予定の電波を生成するタイプではなく、魔力で通信する為に中継器を用いずとも超長距離で通話が可能な壊れ仕様。
領や各地に派遣している人間との連絡用にこの屋敷にも一つ置いているのだった。
恭しく差し出された通信機から受話器を取り、耳に当てるとよく知る声がすぐに聞こえてくる。
「はい、こちらターナ」
『――おっ、夜分遅くにすみません閣下、ちぃと連絡しておきたいことがありまして。それにしてもこんな遠くからほんまに話せるとはすごいもんですなぁ、はっはっは!』
また奇妙な訛り、エルス商業国でよく使われている喋り方で話しているのはマーシァ商会の営業担当、ダミアン。
元々はエルスの商人だったが、商会が軌道に乗る以前から領に移り住んで来たところを雇用した人間で、かの国はそういう人間がよく居るがいつも妙にテンションが高い。
「連絡しておきたいこと?」
『ええ、クルトで農業関係の魔道具、大口の受注が取れましたんで、工房の方に口添え頂きたいと思っとりまして』
その報告に少し驚かされる。
クルトといえば広大な農地を持ち、食料自給率が三○○%を越えるという農業国。
それだけの農地を維持する補助には昔から導師メリダの開発した魔道具が用いられ、導師の人気が高まる分だけ導師の手によらない魔道具を扱うマーシァ商会は参入しづらい市場の筈だった。
「すごいじゃないか、どんな手を使ったの?」
『そいつはまあ地道な努力の成果ってやつですよ、ああ勿論汚い手なんか使っとらんさかい安心して下さい、詳細は報告書にまとめておきますから。それでちょいと仕様に融通きかせて欲しいところがありましたんで――』
「分かった、けど無茶ぶりはしないようにね、現場の事も慮るように」
『はは!承知しとりますよ。――それと、これは別件なんですが』
そこでダミアンの声音が変わる、どうやら真剣な話であるらしい。
『王都の周辺なんですがね、ここしばらくの間でえらく魔獣が増えとるんじゃありませんか?』
「……魔獣が?」
『いえね、討伐数を調べればすぐに分かるんでしょうが、このところ王都のハンター協会が捌く魔獣素材の量が増えとるようでしたから、お耳に入れとこうと思いまして』
それは初耳だった。
ハンター協会の収支についてわざわざ調べることをしていなかったとはいえ、魔獣素材は様々な用途に需要のあり高額で取引される品、把握していなかったのはこちらの手落ちと言えるかもしれない。
しかし魔獣が大量発生でもしているのならば世間の話題に上がるだろうし、それがないということは討伐の手は足りているのだろう。
本当に魔獣が増加しているとすれば何故なのか、気にはなるが決して危急の事態とは言えない、であるはずなのに。
この時、最近よく覚えのあるものとは違う、嫌な予感が背筋を走るのを確かに感じたのだった。
2019/11/08.一部文章を修正しました。