転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
今回はちょっと難癖回みたいになってしまいましたが、孫のお話上でどうしても気になってしまう部分でもあったので。
次回はもうちょっとストーリー進展させたいですね。
シンの装備新調は最終的にマークの家、ビーン工房に依頼することになったらしい。
クラスメイトのトニー、騎士の家系であるという彼にアドバイスをもらったり、魔人に対抗できる存在としてアウグストが王家からの資金援助を約束したことでその日の内に工房にも話はついたようだ。
その際にシンがシシリーに防御魔法を付与したアクセサリーをプレゼントすることがあったらしい。
魔人騒動など世間が不穏な中、何かあったときの為にということらしいが、換金すれば平民がしばらく遊んで暮らせそうな代物をあっさりと贈るとは、前回制服の付与をかけ直したという時にはその辺りを誰も指摘しなかったのだろうか。
クラスメイト全員に配るつもりでいたらしく私は辞退させてもらったが、まるでキャバ嬢に入れ込む童――いや、いくらなんでもこれは両人に対して失礼な例えか。
親しい人には安全で居て欲しいし、慕う人からのプレゼントは打算が無くても嬉しいものだろうし。
偏見が過ぎるひねくれた見方をしてしまいそうだった自分を嫌悪しつつ、これから臨まなければならない祝賀会に向け気を引き締める。
場所は王城、謁見の間。
玉座へと続く絨毯の脇を自分を含めた王国貴族や要職に就く者達が固め今回の主賓、勲章を授与される彼を待っている。
「救国の勇者! 新たなる英雄! シン・ウォルフォード様御入場!」
声高らかにその到着が告げられる。
入場してきた正装のシンは列席者達からの拍手に迎えられ流石に緊張した様子を見せながら玉座の前へ進み跪く。
そして玉座に座るディセウム国王陛下が魔人討伐の功績を労い、勲一等に叙する旨を告げる。
賢者の孫であり新英雄、そんな彼の知名度は貴族のご歴々の間でも既に高まっていて、あちらこちらから興味深そうな視線が向けられている。
魔人が再び現れたという事態は王国民にとって悪夢の再来だが、それをまだ若年にして討伐せしめた彼とどうにかして縁を結んでおきたい人間も多いだろう。
そうした雰囲気の中、シンに勲章を授けた後にディセウム陛下がおもむろに声を上げた。
「皆の者、よく聞け! このシン・ウォルフォードは我が友、賢者マーリン・ウォルフォードの孫であり、我にとっても甥のような存在だ。彼がこの国に居るのは彼の教育の為であって、決してこの国に利をもたらす為ではない!」
この状況を予想していなかった貴族達に動揺と困惑が広がる中、陛下は更に言葉を重ねていく。
「彼を我が国に招く際、賢者殿と約束したことがある、彼を政治利用も軍事利用もしないことだ! その約束が破られた際、英雄の一族はわが国を去る、そのこと努々忘れるな!」
その唐突な宣言には陛下の前だと言うのに、大多数の貴族達がざわつくのを隠せなかった。
てっきり彼が王国の発展に尽くしてくれるのだろうとばかりに思っていた人間達にとっては肩透かしを食らった気分になることだろう。
公式の場で、国王陛下から直々にこんな宣言をされては彼にアプローチをかけようとしていた人間も考え直さざるをえない。
ただ――隣のシンに対して安心させるように力強く微笑んで見せている陛下を見て思ってしまう。
我が息子に国宝級の付与魔法が施された服を受け取らせておきながら、臣下には今のような発言をしてしまうのはいかがなものだろうかと。
しかも彼の装備開発には王家からの援助も約束されている、利用しないというならそういった干渉も控えておくのが筋ではないか。
いけないのはあくまで彼を利用することで、彼が勝手にやること、それを支援することで利益を受ける分には何の問題もないというのは、いささか詭弁に感じる。
いくら王国にとって大恩ある人物に対する配慮だとしても、まるで一国家が上位者に
陛下は賢者殿を我が友と称したが、氏に対する字面通りではない依存性が垣間見えたようで、こちらはまた一つ気が重たくなってしまうのだった。
授与式後はそのまま大ホールにてパーティーが催され、陛下の宣言こそあったが親交は深めておきたいのだろう、主役たるシンは次々と挨拶にやってくる貴族やその子女の対応に追われていた。
お蔭さまで公爵位を襲名したばかりでそれなりに注目されているこちらへ流れてくる人も少なくなっている。
気を張りながらひたすら挨拶するのはとても疲れるし、婿にいかがかと言わんばかりに貴族家の次男坊を紹介されるのもこりごりだ。
今日はこのまま目立たず過ごさせてもらおうとしていたのだが、近づいてきた壮年の男性二人組が丁寧に会釈してくるのを無視もできなかった。
「貴方は……魔法師団のオルグラン団長、先日は世話になりました」
「はっ、閣下におかれましてはご機嫌麗しく。それに先日のことについてはむしろ私共の方がお礼を申し上げなくてはならんでしょう」
あの時の部下に対する指示から察するに粗野な言葉遣いが素なのだろうが、ルーパーは流石に場慣れしているのか完璧とはいかずとも堂々とした折り目正しい態度で接してくれた。
私としては気揉みしてしまう殿下相手よりも正直こういった相手の方が助かる。
「そちらの方は確か……」
共に来ていた男性に目を向けると、ルーパーに促されその服の上からでも鍛えられた体つきをしていることが分かる人物が名乗ってきた。
「閣下にはお初にお目にかかります、現在の軍務局長を務めさせて頂いている、騎士団総長のドミニク・ガストールと申します」
つまりは王国における軍事の長だ。
挨拶を返しつつそんな人達がやってきたことを密かに驚くが、自分の立場をよくよく考えればそうおかしな話でも無いのだったが、それよりもルーパーの方がこちらに用があったらしい。
「あの魔人が正体を見せたとき、部下共々すっかり助けられてしまった閣下には改めてお礼を申し上げておきたかったのですよ」
「お気になさらず、魔人が再び現れるなどと誰にも予想できないことだったでしょうからね」
「仰る通り、しかし賢者殿の御孫様もそうですが、それを撃退して下さった閣下には感謝してもしきれないでしょう。王国の国防を預かる身としては不甲斐ない限りですがね」
確かに魔人という脅威に対して為す術のなかった事実は軍事に関わる者として沽券に関わることだったろう。
ルーパー同様に隣のドミニクもまた痛ましい顔つきになっている。
「そんなこともあり、閣下が陛下に奏上して下さったと言う案件は実にありがたく存じます」
ルーパーが口にしたのは先日の魔人騒ぎがあってこちらから具申した王国軍の補強案だった。
王政に籍を置いていない身で軍事に口を出すのは少し憚られたが、オリベイラを相手に蹂躙されるのみだった兵達を見た後では放置しておくのも気が咎める。
また同じようなことがあった時に、彼らでも対抗できるようになって欲しいと願ったのだが、この様子を見るとなんとか受け入れてもらえたらしい。
「魔力制御の訓練は当然の事、言われてみれば確かに魔法師であっても身体能力の鍛錬を疎かにすべきではありませんでした」
「ええ、学院でも感じましたが王都では優れた魔法使いほどそこを軽視しがちなようですね」
学院では同じ高等学院である騎士学院と魔法学院、互いの評価をたまに耳にする。
曰く、騎士学院の生徒から見た魔法学院生徒はモヤシ。
魔法学院から見た騎士学院の生徒は脳筋と評されているという。
偏見と言ってしまえばそれまでだが、魔法を扱える人間の多くが身体強化の魔法で解消できるあまり肉体的な鍛錬を軽視しているのは事実だった。
いくら身体強化の魔法が使えても、それが扱えない状況であれば鍛えている人間と比べてスタミナの無さ、なにより明らかな打たれ弱さが露呈する。
障壁を抜かれた攻撃を受けた際にあっさりと動けなくなってしまえば仲間の足手まといとなってしまうことは避けられない。
軍隊として継戦能力を下げるそういった要素は可能な限り排除しておくべきだろうとして、具申案には魔力制御の訓練を積む重要性と共にそちらの見直しも盛り込んでいる。
「ただ付与魔法師の育成に関しては――」
「ちょっといいかい?」
難しそうな顔をしてルーパーが続けようとした言葉が横合いからの声に遮られる。
揃って顔を向けた先には高齢の男女の姿。
年嵩の感じられる皺の刻まれた面立ちに反して背筋はすらりと真っ直ぐに立ち衰えを感じさせない。
二人が身に着けているのは王国から勲一等に叙された者に対して贈られるマント。
何より授与式にも参列していたその人物達の存在を知らない王国民は居なかった。
「――っ!? これは賢者様に導師様、いかがなさいましたか?」
「ああいいよそんなにかしこまらなくて、ちょっとそっちの子と話したいんだけど譲ってもらってもいいかい? 大事な話をしてたってんなら後にするけど」
「滅相もありません! ルーパー?」
「ああ、では閣下、話半ばで申し訳ありませんが、失礼致します」
元祖英雄とでも言おうか、王国にとって尊敬と崇拝の対象である賢者マーリンと導師メリダの声掛けに恐縮しきった様子でルーパーとドミニクは離れて行ってしまった。
軍内部の人間である彼らからの話はもう少し詳しく聞きたかったが、相手が相手なだけにしょうがないか。
そんな人物が用があって来たというのだから、こちらとしては気が休まらないが。
「賢者様、導師様のご両名にはお初にお目にかかります、若輩の身ではありますが公爵の位を戴いているターナ・フォン・マーシァと申します」
「アンタの事はシンやディスからよく聞いてるよ、本当にそんな齢で爵位を継いでるなんてねえ」
「――お見知りおき下さったとは、光栄に存じます」
覚悟はしていたが、やはり目の当たりにすると表情に出さないよう意識するのに努めなければならなかった。
自身が英雄であるという自負の為せる振る舞いなのか、遥か年下とはいえ公爵に対して物怖じするどころかアンタ呼ばわりとは。
偉大な功績を挙げた人物であることは理解しているつもりだが、だからといって礼儀を弁えないというのは品格を疑ってしまう。
誰にでも分け隔てなく接する人柄と言えば聞こえは良いし、こちらが平民だったのなら素直に感動できたのかもしれない。
シンの保護者だった人物のこうした面を見ると彼がどうして常識知らずに育ったのか頷けてしまいそうだ。
「ほほう、この婆さんを相手に立派なものじゃな、この国の者は大体が恐縮して縮こまってしまうのにのう。シンにも見習わせたいわい」
「お黙り、元はと言えばアンタが常識を教えないからシンはそうなっちまったんじゃないか。っとにもう」
好好爺然として笑ってみせるマーリンだったがメリダが叱りつけるとシュンとしょげた顔をしてみせる。
二人は元夫妻関係にあったそうで、復縁したという話は聞かないがその様は離婚しているとの話が嘘のように見えた。
また別の話によればメリダ氏もまたシンが幼い頃から付与魔法の指導を行っていたという。
であるのならシンと同じく世俗を離れていたマーリン氏だけでなく、外部とも交流があったろうこのお方にも常識云々の責任の一端はあるように思うが気に病んでいるような素振りは無い。
「ま、導師だなんだと敬われるのはアタシもこの爺さんも面倒なタチでね、アンタも気兼ねなく接してくれると助かるよ」
「……お気遣い痛み入ります、私にも立場がございますので難しいところもあるでしょうが、そう努めさせて頂きましょう」
これ以上考えるのは止めておこう、目の前の現実こそがこの国の常識であるのだからこちらの方が異端である。
下手に突っ込みを入れれば顰蹙を買う未来しか待っていない、そう確信するには十分なものを王都に来てからこちら見て来た。
「シン――今回の叙勲であの子も名が知れ渡っちまった。あの子の無茶苦茶っぷりには振り回されちまうかもしれないけど、見放さず仲良くしてやってくれないかい?」
「はい勿論、確かにシン君の破天荒ぶりには驚かされる毎日ですが、彼が道を誤りでもしない限りは友好にありたいと思います」
色々と肝を冷やされることは多いが、現状彼はクラスメイト。
国王陛下の宣言もある以上、政局に巻き込まれることも無いのだろうし、害が無ければ友好的な関係は築けるだろう。
「フフフ、なかなかはっきりと物を言うじゃないか、しかしただハイハイって頷く輩よりは信用できるさね。それに心配は要らないよ、あの子には小さい頃から事の善悪について厳しく躾けてある、そんなことにはならないさ」
自信あり気に仰いますが導師様、善悪については躾けても常識は教えなかったのですか。
――いかん、考えないようにするんだった、ふとした拍子に暴投が飛んできて返球のコントロールが外れそうになる。
「そうそう、アンタの商会で開発してる魔道具、よく出来てるっていうか、たいしたもんじゃないか。アタシやシンでも仕組みが分からない魔道具なんて初めて見たよ。一体どんな付与を使ってるんだい?」
「機密もございますので全てお伝えすることは出来ませんが、設計思想からして既存の魔道具とは異なっておりまして――」
そうしてハラハラとさせられっぱなしで祝賀会を過ごし、屋敷へと帰り着く頃にはすっかり疲労困憊になってしまっていた。
窮屈なフォーマルドレスから着替えるのも億劫になり授与式帰りそのままの格好で私室の執務机に突っ伏していると労ってくれる声が頭の上から降ってくる。
「お疲れ様です閣下、随分お疲れみたいですね?」
「……精神的にだけどね」
声の主はいつもの白衣姿のヒルダ。
恥ずかしい所を見せてしまったあの日以来、部屋に設置した転移魔法を付与した魔道具で彼女は頻繁にこちらを訪れている。
依頼してある素材を持ち込んでくれてもいるが、そうした理由をつけて私の顔を見に来てくれているらしい。
万が一に流出しても困るので、付与した魔法は私と彼女にしか通過できない仕様にしてある。
便利に過ぎる魔法を自分の為だけに使うのは後ろめたくもあったが、頭を冷やしてくれる彼女のような存在が傍に居てくれるのは正直助かっていた。
依存しているようで、また別の後ろめたさがあるのも事実だったが。
「新英雄様の勲章授与式でしたっけ、何かトラブルでもありました?」
「いいや、式もパーティーも問題なく終わったよ。ただ賢者様と導師様にご挨拶して、ちょっと気疲れしちゃって」
「あの御二方にですか、クルトでも導師様はすごい人気なんですよね。伝記もたくさん出版されてますけど、どうでしたか、実際にお会いしたご感想は?」
生国の名前を出しながら尋ねてくるヒルダだったが、正直なところあの場でお二方から受けた印象は『じじバカ』『ばばバカ』、それらが大きすぎる。
賢者様には魔法の腕前を披露してもらうなんてわけにもいかないのでしょうがないし、導師様はより広く民間への普及を目指しているこちらの商会の魔道具に共感は示して下さった。
しかし事あるごとにシンを引き合いに出され、自分達以上の使い手であるが思いやりのある良い子だとか、規格外に見えても理不尽な存在ではないだとか語られては辟易もする。
魔人をどう撃退したのか聞かれ誤魔化している時の方がまだマシだった。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、いつの間にかヒルダを苦笑いにさせてしまっている。
「あらあら、どうやらあまり馬の合うお相手では無かったご様子ですね」
「……偉大な方々だっていうのは理解してるつもりなんだけど、どうにもね」
相手が相手なだけに、おおっぴらに愚痴を言うのも憚られるので言葉を濁していると、部屋の扉がノックされた。
「閣下、調査を任されていた件の報告に上がりました」
「ああオルソンか、どうぞ入って」
「失礼します――ヒルダ女史もおいででしたか」
白い包みを手にして入室してきたオルソンが玄関を通らずやってきているヒルダと目礼を交わす。
魔道具を置いて少しの間は驚かせてしまうことがあり、屋敷の警備を任せている彼に余計な苦労をかけるのが心苦しかったが近頃は慣れてくれたようだ。
「どうだった?」
「はい、王子殿下が仲立ちとなりシン・ウォルフォード殿発案、ビーン工房製の装備が騎士団に配備されるようです。一般販売もされるとのことで、一点入手することもできました」
この場には身内しか居ないせいか、その報告にはついため息を漏らしてしまった。
わざわざ調べずともいずれ知れることではあったが、シンがビーン工房に製作を依頼した新装備、そのアイディアを流用した装備が騎士団の正式装備に採用されたらしいのだ。
アウグスト殿下がシンとなにやら密談していたから不安に思っていたのだが、利用しないという話はどこにいったのか。
しかも一般に販売するとは、需要があるとするなら魔物ハンターぐらいだろうが、シンの方から自主的に販売した商品を扱うのはセーフだとでもいうのだろうか。
オルソンが手にしている包みがその現物なのだろう。
差し出されたそれを受け取り、一体彼はどんな代物を開発したのだろうかと恐る恐る取り出してみると。
「――剣?」
「剣ですね」
一振りの直剣、ぱっと見た感想はそれ。
それだけならどうして新たに騎士団に採用されるのかも不明だが、先に気づいたヒルダが指摘した。
「鍔のとこに何か仕掛けがついてますね」
見てみると確かに只の剣の柄にしてはおかしな造りになっている。
触ってみようとしたところでオルソンから制止が入った。
「閣下、少々お待ちを――失礼」
何かと思い見てみれば、持ち込んでいたらしいマットを机の上に広げ始めた。
ますます意味が分からなくなり何のつもりかと見てみて気づいたが、オルソンもどこか疲れたような表情をしていた。
「結構です、鍔のグリップが可動する構造になっておりますので作動させる場合はそちらの上で、刀身も水平にされた方がよろしいかと存じます」
感情を押し殺したように淡々としたオルソンの語り口にとても、とても、嫌な予感がするのは何故だろうか。
妙な緊張感に包まれながら言われた通り、刀身を倒し水平にして、鍔の可動部をスライドさせてみる。
びょん、と、刀身が柄から射出されマットの上へと落ちる。
その光景に誰も言葉を発せず、しばしの沈黙が訪れる。
「え……マジ?」
「お嬢、口調口調」
「あ……ごめん、うん……でもこれ……ええ?」
思わず口調が崩れるぐらいには衝撃的過ぎた。
「これは……何かしらの魔法を付与する前提で造られてるのかな?」
「いえ、軍に配備される品はその状態で完成品であるようです。……申し上げにくいのですが、破損した刀身を破棄、交換して使用することで武器を持ち替える隙の解消、及びコスト節約になるとのことで」
シンの振動剣のような付与魔法が施されるのではないかという、最後の望みもあっさりと打ち砕かれる。
彼が用いる剣は刀身が薄くしてある為に強度が低いので破損しやすいとは聞いていた。
これはその解決策のつもりなのだろうが、真っ当な刀身を扱う騎士達にまでこんな仕様の剣を回してどうしようというのか。
仕掛け一つで飛び出し、柄に差し込む造りにした刀身なんて強度が落ちるのは目に見えている。
大体コスト節約だとか、剣という武器においてコストの大部分を占めるのは使い捨てるというその刀身そのもの。
そもそも剣に用いられる鉄、いわゆる鋼自体が安い代物じゃなく、平均的な収入の平民なら購入することすらおいそれと出来ない。
それの強度を落としてまで交換できる仕様にするなんて、これを採用した関係者達は何を考えているのか。
国内の消費を活性化させようとする狙いでもあるというのか、まさか賢者様の御孫様、新英雄様が考案した武器なら素晴らしいものに違いないなんて考えだけで採用されるわけでもないだろうに。
――いや無い、と言い切れるだろうか、近頃自分の常識に自信が無くなってきた。
直剣一振り、戦場においてメインウェポンとはなり得ないにしても、時として命を預ける存在であることには変わりない。
そんな代物をこんな有り様にして、ビーン工房の職人達はなんとも思わなかったのだろうか。
ウチの領の鍛冶に携わる職人達がこんな武器の製作を依頼されたら激怒するような気すらするが。
腹黒い見方をすれば採用した騎士団、シンが発案者であるとの評判を聞きつけた民間のハンター、需要は膨大でこの剣が想定通りの使われ方をすればするほど製作のビーン工房は儲かる仕組み。
政治利用、軍事利用は駄目でも商業利用はオーケーというのか、賢者利権とでも称してしまいたいものが発生しているじゃないか。
頭を抱えたくもなる、いや無意識の内に抱えていた。
「あー……オルソンさん、お疲れのようですから、ちょっと閣下に甘いものでも差し入れ頼めます?」
「承知しました、直ちに。――閣下、どうかお気を確かに」
この場の人間はこの剣が斜め上な方向にヤバイことは理解してくれているらしいのがせめてもの救いだった。
衝撃のあまり、オルソンが退室したのを見送ったヒルダが気まずそうな顔をしながら脇まで歩み寄ってするりとこちらの頭を抱きかかえるのを無抵抗に受け入れてしまう。
「大丈夫ですか、お嬢?」
「……一応、まだ、なんとか」
「うーん……今日は少し、お嬢の気持ちが分かったような気がしますよ」
あやすように頭を撫でられる感覚に不甲斐なく癒されてしまいながらも、その感想を抱かずにはいられなかった。
――この国、大丈夫?