転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
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究極魔法研究会の当面の活動はメンバーの魔法技術を底上げすることになったようだ。
自分から望んで研究会の代表となったわけではないらしいシンだが、魔人の再来に加えて帝国の情勢に不穏な気配が漂い出したこともあり、皆が自分の身ぐらいは守れるようにと活動には積極的な姿勢を見せている。
以前に疑問を持たれたように魔力制御の訓練が疎かになっていたのはSクラスメンバーの皆も例外では無かったようで、まずシンによりそこの強化が提案された。
魔力制御の訓練を毎日続けているというシンに目の前で腰を抜かしてしまうほどの魔力を集めてみせられた面々はその重要性を悟ったようで熱心に訓練に打ち込んでいる。
加えてシン流の現象の過程をイメージするという手法の指導も、それで強力な魔法が扱えているシンという実例が目の前にあるせいか素直に受け入れられていた。
結果として研究会の参加者は日々メキメキと魔法の力量を上げているわけだが。
……このまま好きにさせていいのかな本当に?
Sクラスの皆はアールスハイド国民、学院を卒業すれば魔法師団、トニーなどは騎士団に入る可能性もあるが、いずれにしても大半は王国軍の所属となる可能性が高い。
シンの指導を受け、彼らがそこらの魔法使いとは比較にならないような実力を身に着けて軍属となることは先だって陛下に禁止された軍事利用に他ならないと思えるのだが。
叙勲後にシンを一目見ようと学院に詰めかけた一般人が正門を塞いでしまい大迷惑を起こし、ゲートで彼の家に研究会メンバーがお邪魔した際にシンから皆が指導を受けることになった旨は賢者様方に報告してあるが、諌められるどころか好意的に受け止められているようだった。
何がセーフで何がアウトとなるのか、その境界線はなかなかに曖昧なようだ。
威力の上がった魔法の実践に学院の練習場では不足らしく、今日もメンバーの大半はシンが日頃魔法の練習に使っていたという荒野に連れて行ってもらっている。
私はといえば、殿下からはあまりいい顔をされていないが、いつでも移籍できるように彼らと距離を取らせてもらっているので、学院に残り練習場の一画で。
「どうぞ先生、マリアさんもどうぞ」
「うん、ありがとう」
顧問ではあるが指導するのはシンである為に出番の無いアルフレッド教員、そして今日は珍しく居残り魔力制御の訓練をしていたマリアに淹れた紅茶を差し入れる。
練習場は攻撃魔法の使用が解禁されている場所でもあるので、異空間収納に収めているテーブルやら椅子やらを持ち出し、片隅を休憩スペースのように改造させてもらっていた。
魔道具のコンロやシンクを備えた携帯キッチンまで設置したときはアルフレッドが冷や汗を垂らしていたが、使用後はきちんと片づけると約束して了承してもらった。
「ありがとうございます、しかし……閣下にこのような真似をさせてしまうのは、なんというか……」
「お気になさらず結構ですよ、学院はそういう場所なのでしょう?」
学内に使用人を呼び出すつもりも無いので紅茶も茶菓子も手ずから用意しているわけだが、公爵自身にそんなことをさせてしまっていることに落ち着けないアルフレッドはそわそわとしている。
マリアの方も似たようなものだったが卓に並べてある本日の茶菓子、フォンダンショコラに気を引かれているようで別な意味にそわついている部分があるだろう。
フォークを入れるといい具合にとろけたチョコレートが中から溢れ出てくる。
うん、出来は問題ないし焼き立てなので味も悪くない。
口に入れたアルフレッドが小さく目を瞠り、添えた生クリームをつけて二口目を味わったマリアも瞳を輝かせるのが窺えた。
こういった甘味は既にアールスハイドでも受け入れられている、相変わらずこの世界の娯楽的な文化は偏って発展したものだ。
「これは驚き――いや、失礼……まさか閣下がこのような特技をお持ちとは、存じ上げませんでした」
「貴族の子女とあればそれが普通でしょう。奇矯な趣味をしている自覚はあります」
「なんだか皆が訓練してる間にこんなの頂いちゃうと悪い気もするな……でも、美味しい」
前世と今世の味覚の差を調整するのに大分苦心したこともあって、今ではそれなりの腕前になっているらしい。
まあ貴族なら多くの場合まず家事など人任せであるし、それが手料理など披露すれば先生のような反応をされるのが普通だろう。
見た目も気性も幼気溢れるアリスあたりに知られれば「ずるーい!」などとひがまれてしまいそうなこともあり、複雑そうな顔をしてマリアもフォークを進めている。
「休憩は大事ですよ。根を詰め過ぎてもいけません」
「でもまだ一時間もやってなかったんだけど?」
「一休み入れるには十分ですよ。それ以上はもう効率が悪いぐらいです」
ずっと魔力制御に打ち込んでいたマリアをこうして休憩に呼んだのにもそれなりに理由はある。
当然マリアは不思議そうな顔をしているが、難しい理由でも無いので説明はしておこう。
「効率が悪いって、どうして?」
「そうですね……マリアさんは魔力を集めるとき、自分がどういう状態か分かりますか?」
「自分の状態、ううん……どういうって、こう魔力を感じ取って、集めて……暴走しないように集中して――」
「はい、それです」
求める言葉は出してくれた。
ただそれが答えであることを知らないマリアやアルフレッドは首を傾げているが。
「人間、意識して集中した状態というのは長く保てないんですよ。ある程度を超えると自分では集中しているつもりでも意識が散漫になっているものです」
脳の限界とでも言おうか。この辺りの能力はこちらの世界の人間も変わりないことを過去に検証して確認できている。
車の免許を取る機会があれば講習などでも聞かされる、前世では一般常識に近い内容だ。
「魔力制御の訓練中に精度が落ちて来た覚えはありませんか?」
「ええっと、確かに……しばらく続けてたら暴走させちゃいそうになってヒヤッとしたことはあったかな」
「そういう時は休憩を挟んだほうが良いでしょう。頭の疲労というものは目に見えづらいですから、調子の悪い時に無理をするより、良い状態でやった方が成果も身に付きやすいですよ」
訓練はやればやるほど効果が出る、なんてことはない。
根性論にものを言わせたスパルタ教育は精神的なタフネスなら養えるかもしれないが、肉体的な面はよろしくない。
魔力制御もまた同じだと少なくとも私は考えている。
「……もしかしてリンがよく暴走させちゃってるのって」
「可能性はあるかもしれませんね。リンさんは魔法に熱心ですから、自主練も人一倍でしょうし」
自己紹介のときも尊敬する人物にマーリンの名を挙げたリンは放出魔法の習得に熱心で、シンから少しでも多くの事を学び取ろうとしていた。
そんな彼女はよく魔力を暴走させているようで、朝から髪を焼け焦がしたまま登校してきたりとしてシンなどから暴走魔法少女なんて呼ばれていることもある。
この辺りのことをシンは経験しなかったのだろうか、暴走させたことがあまりないまま制御力ばかりが上がってしまったのか、あるいは魔法と言うものを扱うことに対して子供が遊びに夢中になるように熱中していたのか。
ちょっと思考が脇道に逸れかけたところでマリアがじっと視線を向けてきていることに気づく。
「あのさ、聞いてみたかったんだけど……ターナさんは魔法使う時に詠唱してるよね、変わってるけど」
「そうですね、あれも詠唱と言ってしまって差し支えないでしょう。どうしてそんなことを?」
「ほら、シンって無詠唱派じゃない? 賢者様もそうだって言うし、でもターナさんも同じぐらいすごい魔法使いなのに詠唱するから、ひょっとしたらとんでもない発想ばっかりしてるシンよりもターナさんの話の方が参考にできるかなって……侮ってるわけじゃないんだけど、失礼に聞こえちゃったらごめん」
ひょっとすると今日学院に残って練習していたのはそれが理由だったのだろうか。
マリアが言ったように、現在の主流に反してシンは無詠唱派。
イメージさえしっかりしていれば魔法は発動する、そして戦闘中に詠唱している暇は無いし行使する魔法が相手にバレては意味が無いとは彼の言。
言わんとするところは分からないでもないが、それ以上に彼からは詠唱に対する忌避感のようなものを感じたような気もする。
「入試後の会議でも聞きましたが本当にそうだったのですか……確か魔法師団の団長、ルーパー殿も無詠唱派らしいので、実力者は皆そこに行きつくのかと思っていました」
「無詠唱に利点が大きいことは否定しませんが、だからといって詠唱も捨てたものでは無いですよ?」
詠唱はあくまでイメージの補完、などとマーリン氏は説明していたが私にとっての認識は異なる。
そう口にすると賢者様の言葉を否定するようなものなので二人は目を剥いていた。
しかし明らかに天才型の感覚派であるあの方の解釈は正直なところあまり当てに出来ない。
「補完というより、私にとっては呼び水ですね」
「呼び水?」
「あくまで私なりの捉え方ですが。例えばマリアさん、甘いものと聞いたら何を思い浮かべますか?」
水を向けられたマリアはこちらの意図を図りかねているようで、数瞬きょとんと目を瞬かせていたがややすると問い掛けに応じてくれた。
「甘いもの、よね……だったらケーキ、かな。今これ食べてたせいかもしれないけど」
「それでも構いません、マリアさんのように菓子を連想する人も居れば果実を連想する人も居るでしょう。重要なのは記憶とは単一で存在するものでなく、記憶同士に結びつきがあると認識することです」
言葉一つとっても人により抱く印象は千差万別だが、中には耳にしたり口にした瞬間、脳裏に思い浮かべてしまうほど紐づいたイメージを持つ言葉もあるだろう。
難しい勉強も好きな分野に例えるとすんなり理解できたりとするように、そういった傾向は好ましいものであったり馴染み深いものであるものが顕著だ。
つまり言葉とイメージにも繋がりを設けておくことができる、応用すればゼロから魔法イメージを組み上げるよりも日頃から反復し繋がりを強めた言葉、詠唱の方が素早く魔法を行使できることもある。
昨今流行りの詠唱は文言ばかりが壮大なようで、その辺りはあまり意識されていないせいか時間はかかるし威力は出ないしといいところが無いが。
「日頃の積み重ねも大きいでしょうね、一夜漬けで覚えた知識よりも日頃から予習復習しておいた知識の方がすんなりと引き出せるでしょう?」
「それはまあ、確かにそうね……魔力制御だけじゃなくってイメージにも練習が必要かあ……」
元魔法師団所属の魔法学院教師であり、究極魔法研究会の顧問であるアルフレッドが自分の存在意義を問うような遠い目をしているが、そちらは見なかったことにしよう。
それにしても、語ってはみたものの他に同じような真似をする人間も居ない自己流であるこんな手法を賢者様達の熱心なファンであるマリアが真剣に聞いてくれるだろうかと思っていたが、意外にも彼女はしっかりと耳を傾けてくれている。
折角彼女にとっては憧れの人の孫であるシンから直に教わる機会をふいにしているのだし、少しぐらいは追加で教えてもいいかもしれない。
「それと詠唱の意義を語っておいてなんですが、こんな技もあります」
すっと手を脇へ持ち上げ、何が始まるのかとマリアらが視線を向けて来たのを確認してから囁く。
『――炎よ』
いかにもそれらしい、魔法の詠唱。
すると空気が割れるような音を伴って掲げた手を取り巻くように白い閃光、
「えっ!? 炎って……でも今の……」
「雷の魔法、に見えたな……」
「はい。先程説明した詠唱とイメージの繋がり、それをあえて意識せずに魔法行使すればこんな真似もできるということです」
頭の外と内の動きを切り離すのはなかなか難しいが、シンが言うような使う魔法がバレる危険性をフェイントとして逆手に取れる。
即死魔法やドリルのような道理を創り出す魔法が裏技とすればこちらは小技といったところだろうか。
「詠唱も無詠唱も、どちらが良い悪いというわけでなく、使い方しだいで色々な可能性があるものです。誰からでも、教わったやり方が正しいと決めつけない方がいいでしょう、マリアさんにはマリアさんなりの魔法の使い方が見つかるかもしれませんから」
この世界の魔法は良くも悪くも自由だ。
大きな危険性を孕んでもいるがどのような用途にしても可能性は未知数、ひょっとしたら目の前の彼女が将来、世界に大きな益をもたらす魔法を開発するかもしれない。
そうした芽は出来る限り潰さず、むしろ育みたいとは思っている。
マリアはしばらくの間、言われた言葉を反芻するように固まっていたが、やがてハッと我に返ったようにして口を開く。
「っていうことはターナさん、無詠唱も普通に使えるんだ……」
「……ええまあ、魔力制御にはそれなりに自信がありますから」
そう言えば彼女に無詠唱で魔法を使うのを見せたことは無かったのだった。
参考にしたかったという話だったのに、これではかえって迷わせてしまっただろうかと申し訳なくなってしまう。
そうこうしている内に学外へ魔法の実践に行っていたメンバーが戻り、予想通りに不満を漏らしたアリスらの分まで追加の菓子を用意してその日の活動は終わったのだが。
――ブルースフィア帝国の軍が宣戦布告も無いまま王国領へと侵攻、領土を侵犯したという報せが入ったのは翌日の事だった。