転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
ちょっと貴族の名前について無知を晒してしまっていたかもしれないのでまた文章を一部修正するかもしれません。
お恥ずかしい限りです、誤字修正指摘下さる皆さまいつもありがとうございます。
帝都を襲撃したオリベイラが今後どういう動きを見せるかは予測できなかったが、王国も各国と連携し「旧帝国」を監視しながら緊急事態に備える方針を固めたらしい。
そうした流れの一環として軍のレベルアップを図ることも決まり、魔法学院の生徒にも学生の内から騎士と魔法使いの連携を学んでもらうとして騎士学院との合同訓練が実施されることになった。
帝国のような例外を除き、基本的に他国とは平和的な関係を築いているアールスハイドでも有事には学生が徴兵されることがあるらしく、それを想定したかのような訓練内容。
そんな事態の深刻さを考慮してというわけだろうか、訓練地となる王都近郊の森までの移動に両学院、全生徒分の二頭引きの馬車を用意するという奮発ぶりは。
行軍の練習も兼ねて現地まで徒歩で移動させようという提案は為されなかったのか、費用を考えると営業のダミアンあたりが聞けば頬をひきつらせそうな話だ。
訓練はオリベイラの実験によるものか、近頃増えていた魔物を相手にした実戦が行われるとのことなので魔物素材の収穫次第では取り戻せるかもしれない。
ともあれ訓練当日、現地では両学院から四名ずつ八人で組んだグループで行動することになり馬車もそれに合わせ振り分けられていたのだが。
「良かったのかオーグ? こっちだけ五人になっちゃって」
「構わん、お前に手を出されたらそれだけで終わってしまいそうだ。それでは私達の訓練にならないだろうからな」
成績順に分けられているという編成上、魔法学院のメンバーは本来なら私とシン、殿下、マリアの四名になる筈だったが移動中の馬車内にはシシリーの姿もある。
他の生徒と比べ力量がずば抜けていると評価されるシンを戦力として扱った場合、殿下が口にしたようなことになってしまうので彼は戦力として数えないようにと想定した配慮らしい。
戸惑うようにしながらも視線を交わし、班が分かれなかったことを喜ぶようにしてシンとシシリーがはにかんでいる様子を見ると、配慮されたのは別の事情なのかもしれないが。
班編成の発表時に驚いた様子も無かった殿下が何かしら口添えしたのかもしれない。
シンが使用する魔法を加減してくれれば済む話だが、入試の件を思い出すとあながち的外れな配慮でもないかもしれないのが困る。
対面座席に腰を落としている、何か言いたげにしながらも王子が交ざっているせいか指摘してこない騎士学院の生徒達には申し訳ない限りだ。
「……まず、名乗らせてもらう。騎士学院一年首席、クライス・ロイドだ」
「次席のミランダ・ウォーレスよ」
「……ノイン・カーティス」
「ケント・マクレガーだ」
騎士学院の彫りが深く整った顔立ちをしている男子が仏頂面で自己紹介をすると後の生徒達も続いたが、いずれもどこか不機嫌そうな様子を見せている。
もともと魔法学院と騎士学院の生徒は仲が良くないとは聞いていたが、ここまで露骨なほどとは。
こちら側も順に名乗り返すと、流石に知れ渡っている英雄の孫の存在を騎士学院生徒達が囁き合っていたが狭い馬車の中でのことなのでほとんど筒抜けだった。
魔人討伐の功績も伝わっている筈だが騎士学院側の紅一点、ミランダの口からは「所詮魔法使いでしょ」などと明らかに侮った発言が飛び出している。
男性に対して肉体的なハンデがあるというのに次席という彼女は相当に努力を積み重ねているのだろうが、それだけに自意識も高くなってしまっているのかもしれない。
しかしながら殿下も居るので表立って魔法使いを蔑むことはできないようだ。
私の身分まで把握しているのかは分からないが、そんな騎士学院生徒達の様子にため息を吐いたシンが声を上げる。
「なあ、訓練の前に聞いていいか? 君ら、魔物と戦ったことは?」
その言葉が癇に障ったのか、ミランダが目つきを鋭くし苛立った反応を見せる。
「何!? 自分が魔人を倒したからって自慢してんの!?」
「じゃなくて、俺達はこれから実際に魔物を討伐しに行くんだ。騎士がどうとか、魔法使いがどうとか下らないこと言ってると――死ぬぞ?」
釘を刺しておくつもりなのか、言いながらシンがすごんでみせると一瞬ひるむミランダ達だったが、すぐにムキになったようにして声を荒げた。
「う……うるさいわね! 魔物討伐ぐらい、本来なら私達だけで十分なのよ!」
「……ミランダの言う通りだ、せいぜい我々の邪魔にならないようにしておくんだな」
ミランダの言葉と彼らの意見は違わないらしく、クライスも同意を示している。
反応から察するに、魔物との戦闘経験は無い可能性がありそうで危なっかしいのだが。
「君達、少し落ち着きなさい。今回の訓練は――」
「ほうっておけマーシァ、シンも」
まず騎士学院の生徒達にクールダウンして欲しかったが、殿下からのストップがかかる。
視線が冷ややかなものになっている辺り、相手の態度がよほど肚に据えかねたのだろうか。
「奴らはこの訓練の意義が理解できていないようだ。望みどおり手を出す必要はない、好きにやらせてやればすぐに分かるだろう」
つまりは彼らだけで魔物の相手をさせてみようと言うのか。
態度に問題があったのは確か、しかしその判断ばかりは流石に軽率に思わざるを得ない。
「……それは流石に承服致しかねます。訓練とはいえ魔物相手、怪我では済まない事態になる可能性もあるのですよ?」
「余計なお世話よ! そんなヘマを私達が――」
「っ! よ、よせミランダ」
こちらにも反発しようとしたミランダを隣のクライスが慌てて押しとどめる。
制止した彼から何事か耳打ちされると、ミランダがぎょっと驚いた様子でこちらに視線を向けていた。
それだけで大体どんなやり取りがされたのかは予想できる、どこかで私の事を知り得ていたクライスがそれを教えたのだろう。
権力の濫用を禁じられているとはいえ、大貴族相手に歯向かえる平民もそうそう居はしない。
萎縮させてしまったのは不本意にしても、今なら少しはこちらの言葉に耳を貸してくれるかもしれなかった、が。
「案ずるな、こちらにはシンも居る。緊急事態にまで手を出すなとは言わないから、滅多な事にはならないだろうさ」
何かあってもシンなら対処できるだろうということか、殿下は彼に余程の信頼を寄せているようだ。
同級生である彼をそこまで頼りにするのは友人関係という枠組みを越えて利用しているようで正直いかがなものかと思うが、当のシンは悪い気はしていないらしくアウグストに承知したという風なアイコンタクトを交わしている。
それに王子殿下の意向とあれば従っておくのが無難、だが。
「お言葉ではございますが、こちらで危険と判断すれば手出しはさせて頂きます。貴族たるものが国民の命を無暗に危険に晒すわけには参りませんので」
「む……まあそこまで言うならいいだろう、私にもそんなつもりは無い」
さてどんなものだろうか、このお人はなかなか自分に敵対する相手に容赦がない。
カートにしてもそうだったが、自分の国の民に対してすらあからさまに辛辣になれる辺り暴君の素質があるのではないか。
新たな懸念に胸を苛まれている内に馬車は目的地の森林へと到着し、降車地点は各グループの実力に合わせて設定されているらしく私達は最深部まで進まされることになった。
予定通りなら現地にて軍から派遣された教官と合流する手筈となっており、馬車から降りた皆が周囲を探っていると。
「ったく……何でよりによってお前と……」
「軽率な態度は相変わらずですね。少しはシンを見習ったらどうです?」
険のある言葉を交わしながらやってきた、それぞれ制服を身に纏っている魔法師団の男性、騎士団の女性の姿にシンが驚きを見せる。
「ジークにいちゃんに……クリスねーちゃん!?」
「よう、シン」
「今日はよろしくお願いしますね」
シンと気安そうに挨拶を交わすその男女にはマリア達や騎士学院生達も色めき立つ反応を見せている。
ジークフリート・マルケス、そしてクリスティーナ・ヘイデンと言えば魔法師団、騎士団それぞれの若き俊英として名高い人物で、各所にファンクラブまであるという人気ぶりだ。
そんな二人と親し気に話すシンを殿下やシシリー以外は羨ましそうな目を向けているが。
「二人が教官なんだ……頼むからケンカしないでよ?」
「コイツが絡んでこなかったら――」
心配そうなシンの言葉に対して異口同音に反応して見せた両氏は、お前が言うなと言わんばかりに鋭い目つきで睨み交わす。
同じような境遇でありながらその仲はよろしくないようで、早くも剣呑な雰囲気を漂わせていた。
「だからそれをやめろってんだよ!」
シンはそんな二人の険悪さを熟知しているぐらいに親交があるらしい。
近衛として王族、特に国王陛下の護衛を務めることも多い二人なだけにそちらの絡みで縁があったのだろう。
人前で不仲を露わにするそんな姿を見ても幻滅には至らなかったようで、クライスらが浮ついた様子で挨拶を交わした後に訓練開始となったわけだが。
「へぇ、最初は騎士学院生だけで魔物をねぇ……」
「軍に入りたての頃はよくあるいざこざです、いいんじゃないですか。シンが居れば万が一もないでしょう」
まずは騎士学院生だけで訓練に臨ませようとする殿下の方針はクリスティーナとジークフリートにもあっさりと受け入れられることになった。
口ぶりからしてこの二人もシンの実力に全幅の信頼を置いているらしい。
生徒達を監督するべき教官の立場として、生徒の一人に安全を担保してもらうというのはいささか無責任なようにも思えるが。
魔物と遭遇するための移動が始まると、周囲を警戒しながら先行する騎士学院の生徒達も一様に緊張した様子を見せていた。
「騎士学院の連中、急に黙り込んだな?」
「いつ魔物が現れてもおかしくないんだ、緊張しない方がおかしい」
シンの疑問に殿下が答えたように、魔法の心得が無い騎士学院の生徒達は魔力索敵で生物の気配を探ることもできないので無理もないことだろう。
「まぁ十歳で大型の熊の魔物を瞬殺したシンは平気だろうがな」
いつの間にそんな彼の経験を聞いていたのか、殿下がわざとらしく先を行く騎士学院生達にも聞こえるような声でそんなことを言い放つと、クライスらは一瞬驚きを露わにしてますます緊張してしまったようだった。
明らかに煽っているし、ここまでくると流石に底意地の悪さすら感じてしまう。
「殿下、あまり――っ」
「っ! ジークにいちゃん」
いい加減に注意しておこうとした矢先、広げている魔力索敵に反応があった。
同じく察知したらしいシンに呼びかけられたジークフリートが頷きを返す。
「お出ましだな。騎士学院生の諸君、出番だよ」
声を受けたクライスらが顔つきを強張らせる。
あれだけ強がりを口にしていたがおそらくは初の魔物相手。
殿下の言葉ではないが、緊張しない方がおかしいというものだ。
「そこの藪の向こうから近づいて来てる、戦闘態勢を取れ」
魔法師団に属するだけあり魔力索敵で接近する魔物の動きを把握できているジークフリートの指示に、それぞれが携えていた剣を抜き構えていく。
騎士学院生達の武装は剣のみ、本来が連携という動きの訓練目的であるせいか重武装はしていない。
それだけに魔法の支援も無く魔物の相手をするのはリスクの高い試みだ。
そうこうしている内に奥の木立を抜けて藪から察知されていた生物、魔物化した猪が吠えながら飛び出してきた。
凶暴性が高まっている魔物は人を視認すればすぐに襲いかかって来る。
猛然と突進してくる魔猪にクライス達が大なり小なりの怯えを見せる中、同じように一瞬怯みながらもミランダが先んじて飛び出した。
「ビビるんじゃないわよ!」
突進を避けながら剣を振るいつけるミランダに続きクライスらも躍りかかるのだったが、そのいずれもまともな傷を負わせてはいない。
「嘘――っ!?」
基本的に魔物化し変質した生物は身体能力が飛躍的に向上する。
初めて目にする魔物の突進速度に追従できなかったミランダ達はまともに刃を立てることも出来なかったのだ。
その発達した身体能力にものを言わせ、たちどころに突進を切り返した猪は一度やりすごしたミランダ達へ再び襲いかかる。
「
突進に勢いは乗りきっていなかったが、猪が口元に生やしている一対の牙は少しまずい。
当たり所が悪ければ深手になりかねないので、弾道に補正をかけた魔法で狙い撃たせてもらう。
囁きと共に両の掌に忍ばせておいた極小の金属礫を弾き出すと、魔力により加速した礫は狙い通りに猪の牙を穿ち、生え際から叩き折った。
不意打ちと痛みで呻かせながらも猪の突進自体は止まらず、即座の反転に反応できなかったミランダ達はひとまとめに撥ねとばされてしまう。
「うわ――ぁ!」
轢き飛ばされ地に転がる四人はそれぞれ致命傷には及ばないまでもそれなりのダメージを受けたらしく、すぐに身を起こしながらも息を震わせている。
「何なのよ……たかが猪なのに、こんなに……っ!?」
完全に立ち直れていない騎士学院生達はまたすぐに反転して迫ろうとしている魔猪の姿に愕然とし、逃げ出すことも出来ずに硬直してしまう。
これでは逆転の目も無いだろう、それを悟ったのか控えていたシンが文字通りに飛び出した。
なにかしらの魔道具なのか、靴の底面から気流を噴き出して宙を推進している。
猪のすぐ脇へと降り立つと、シンは間髪入れず取り出していた例の振動剣を振り上げ、顎下から猪首を一刀両断して見せた。
ドサリと猪の頭部が地に転がる悲惨な光景に、クライス達は半ば腰を抜かしている。
「い、一撃……!?」
「いつの間に……」
シンの動きを目で追えていなかった四人はひたすら慄いていた。
「み、皆さんに回復魔法を……」
「お待ちください、シシリーさん」
負傷した騎士学院生達を治療しようと踏み出しかけたシシリーだったが、それをクリスティーナがとどめると四人の方へ歩み寄っていく。
何をするつもりなのかと見ていれば。
「――不様ですね」
開口一番に騎士学院生達をこき下ろし始めた。
ああ、はい、そういう手合いでしたか。
内心でため息を漏らしながら、付き合っていられずこちらから四人の方へ出向かせてもらう。
「大言壮語を吐きながらあの程度の魔物に――? マーシァ……閣下、何をなさるおつもりで?」
「治療に決まっているでしょう? 暢気に話している内にまた魔物が迫ってきたらどうするのですか」
それに無謀と知りながら説得を諦め挑ませておいて、失敗したなら罵り威圧するなど、監督するべき上の立場の人間の振る舞いとしてはみっともないじゃないか。
耐えられる反骨精神溢れる人ならいいが、下手をすれば相手に過ちを反省させる以上に、萎縮させ行動を狭めかねない。
そんな風に教育と称した圧迫を受ければ心が挫けてドロップアウトしてしまう人間だっているというのに。
「まだ私の話は終わっていません。痛みのある内に彼らを説得しておかなければ……」
「そのような真似をなさらずとも結構です。まずロイド君、ウォーレスさん、痛む場所を教えて下さい」
クリスティーナが言いすがってくるが、耳を貸すつもりはなかった。
監督役の言葉を無視するこちらに戸惑いながらも呼び掛けた二人が目の前に膝をつき、すっかりと消沈した顔を見せる。
「……も、申し訳ありません。クリスティーナ様の仰る通り、こんな醜態を……」
「気にする必要はありません。貴方達はまだ騎士として見習いの学生、むしろ失敗するのが当たり前というものです」
大体からしていくら情勢が不安定になったからといって、いきなり魔物相手に実戦させようという訓練内容に難がある。
更にそれを騎士学院の生徒だけでやらせようとしたのだから、上手くいく見込みなどあるわけが無かった。
「責を問われるならむしろ、上の立場でありながら無茶を強い、それを許した私や殿下、監督役の方々の方です」
「い、いえ! そんなことは……」
「違いませんよ。訓練の場で、貴方達に何かあったならそれは未然に防ぐ手を講じなかった私達の責任です」
慢心や過ちが許されない場というものは確かにある。
しかし今、彼らの立場はそこに無い。
「自分達の行いが無謀だったことは理解しましたね?」
「……はい。それは身をもって、実感しました」
言葉だけでなく、沈痛な面持ちからしてクライスもミランダも十分に反省はしているだろう。
それが出来ているなら十分、きつい言葉をかける必要は無い。
「ならその経験を胸に刻んで糧にしなさい。一度も失敗せずに成長していける人間なんてそうそう居はしません。犯した過ちを繰り返さないようにしていけば、貴方達は今日より前に進んでいけますよ」
失敗するのは構わない、問題はそこから立ち上がれるかどうかだ。
失敗を犯してしまうことを恐れて、立ち止まってしまうことこそ最悪。
そうさせない為にならいくらでも手を差し伸べよう、今の自分にはそれぐらいの余裕があるのだから。
「――はい」
今、引け目からずっと泳がせていた視線をこちらに向けて返事してくれた二人にはこうした気持ちが伝わっていると信じたい。
そうしてクライス、ミランダの傷を治療し始める脇で。
「す、すまん……俺達はお前達を見下していたのに……」
「そんなの気にしてないですよ、今は同じパーティなんですから、これぐらい当たり前です」
「――! 君……」
治療を受け始めた残る二人の騎士学院生、ノインとケントが微笑みかけるシシリーに頬を紅潮させ、その反応を察知したシンが微かに苛立ちを滲ませていたのが妙に気に掛かった。