転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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いつもご感想ありがとうございます、また短めになってしまい申し訳ない帝国回です。
そういえば賢者の孫アプリゲーム化するそうですね、なろうラノベのゲーム化はちょくちょくありますがどうなるやら……。


魔人の進撃

 帝都が陥落し、首都機能が停止した帝国の情勢は混迷を極めていた。

 国内にはオリベイラにより放たれた大量の魔物が蔓延り、街間の流通も封じられてしまい食料枯渇の危機に陥る都市が次々と出始める。

 調査に出たハンターも一人として帰ってくることはなく、打開の兆しが見えないそんな状況に、皇帝の崩御どころか帝都が攻め落とされたことすら知らない帝国の民達は不安に包まれ、治安は悪化への道を辿る一方。

 

 その上に、それぞれの街を治める領主である帝国貴族達は自分達の保身を最優先に図り、平民達から食料の徴収までも始めてしまった。

 日を追うごとに飢えに苦しんでいく民達は不満を募らせながらも、自分達を虐げるには十分な私兵を抱える領主に反抗することもできず打ちひしがれていく。

 限界が近づいていたある街で、遂に押し寄せてきた魔物の大軍によって街の大扉が押し破られ、瞬く間に喧騒が人々へ伝播していった。

 

 誰もが終わりを予感したその時だった、どこから発せられているか分からない男の声が住民達の耳に届いたのは。

 

『やあ皆さん、御機嫌いかがですか?』

 

 場違いに過ぎる穏やかな声に、一層の混乱が広がる中、声の主が告げたのは思いもしない言葉だった。

 

『もし、あなた達の中に貴族に対して強い怨みや憤りを感じている者が居るなら、街の南門に集まって頂きたい。――貴族を打倒する力を与えましょう』

 

 それは一方的に搾取され続けてきた帝国の民にとって抗いがたい、正しく悪魔の囁きだった。

 尋常でない状況の中、怪しさを感じてしまう者も居たが、目の前に魔物の危機が迫る住民達には残されている選択の余地も無い。

 

『なるべく急いだ方がいい。皆さん既にお疲れでしょうし、魔物達から逃げ切る力もそんなに残ってはいないでしょうからね』

 

 程なくして、南門へと集まった大多数の住人を迎えたのはやはり魔人となった男、オリベイラだった。

 傍らにもう一人の魔人となった女性を従えたオリベイラは住人達を眺め、その目に宿る暗い感情を見取りながらも問いを投げかける。

 

「皆さんの貴族に対する怨みや怒りは本物ですか?」

 

 その言葉に人々は憎悪に表情を歪め、言うまでもないような態度を示しながらも口々に怨みの丈を語る。

 

「……俺は婚約者をこの街の貴族に奪われた。そして半年後、飽きたからという理由で彼女は帰って来たよ、冷たい遺体となってな」

 

 その理不尽な光景は帝国において日常だった。

 帝国の貴族にとって平民は己の欲を満たす道具に過ぎず、意思など関係なく物同然に扱われていた。

 真っ先に言葉を発したその男は瞳を血走らせながら怒りを募らせていく。

 

「あんたが何者かは知らないが、弄ばれて殺された彼女の仇を取れるなら……俺は何だってやってやる!」

 

 帝国の歪みが表出したように、住民達は今まで貴族達から受けた仕打ち、それに対する怨みを打ちあげていく。

 取るに足らないことで斬殺された息子、重い税の取り立てに耐えきれず過労死した両親。

 家族、あるいは自身の大切なものを奪われ続けた人々が抱える、オリベイラの求める感情の源がそこには溢れていた。 

 

「よろしい。叶えましょう、あなた達の望みを」

 

 言うとオリベイラは掌へ、並の魔法使いには扱いきれないほどの量の魔力を集め、凝縮させていく。

 差し出された手から放り出されたその魔力塊は住人達の体へと吸い込まれ、本来暴発する筈のそれらは憎悪に呼応するようにして人々の身を包み、染め上げていく。

 

「が……あぁ、あああっ!」

 

 己の体が変質していく苦痛に歪む住民達の瞳はやがて真っ赤な、魔人を示すものへと変じていた。

 

「成功です、やはり植え付けたものではない感情と目的は魔人化に適しているようですね」

 

 王国で重ねた実験によってこの時既にオリベイラは人を魔人化させる手段を確立させていた。

 そうして魔人へと変質させられた住人達は唆されるままに領主の館へと襲撃に走る。

 魔法の教養が無くとも、魔人化により魔力制御と肉体の強度が格段に強化された元平民達は貴族の私兵をものともせず、あっという間に領主館の制圧を成し遂げる。

 数刻の後に貴族の縁者や従っていた者達の屍が累々と転がる館では、縄で縛りあげられ転がされた壮年の領主が恨めしそうに自身を取り囲む魔人達を見上げていた。

 

「貴様らぁ……この私にこんな真似をして、どうなるか分かっているのだろうな……」

 

 死なない程度にいたぶられ、傷だらけになりながらも居丈高な態度を崩さないその男は、今まで散々に虐げてきた平民達へ心の底から理不尽そうな目を向けている。

 前へと歩み出たオリベイラがこの期に及んでもそのような振舞いを止めようとしないのを呆れるように見下す。

 

「おやおや、まだ自分が助かる気でいるのですか」

 

「……っ、見ているがいい、皇帝陛下が必ずや私を助けに来て下さる。我ら帝国貴族には、貴様ら下賤の輩には分からない絆があるのだからな!」

 

 男が縋りついている希望を叫んだ瞬間、オリベイラの手がその頭を掴み床へと叩き付ける。

 加減する理性こそ残されていたが、彼の背から迸るそんな衝動的な行動を起こさせた感情の丈に、平民達までもが怯んだ様子を見せる。

 

「――下賤と言ったか? この木っ端貴族が」

 

 痛みに朦朧とする男の顔を掴み上げ、睨み据えたオリベイラの顔はそれまで見せていた落ち着きぶりが嘘のように荒れ狂っていた。

 溢れんばかりの憎悪に見開かれた赤い瞳と歪んだ狂相は目の当たりにした貴族すら怯えさせる。

 

「帝国貴族には絆があるだと? ――その絆とは、ヘラルドを皇帝にする為にとある貴族を嵌めた絆の事か?」

 

 かつてヘラルドの企てに加担した貴族の一人である男は、公にされていないその事実を口にされ明らかな動揺を見せる。

 何故と疑念を抱いたときようやく、男は目の前の魔人がかつて自分達が陥れた人物であることに気づくのだった。

 

「私が誰かを思い出したか。ヘラルドは既に始末したよ、お前の頼る帝国などもう存在はしない」

 

 自分達への復讐する理由を持ち合わせたオリベイラの存在によって、受け入れがたい、信じようとしていなかったその現実の可能性を認めてしまった男の表情がその時初めて絶望に染まる。

 それを見取ったオリベイラは心の底から愉快そうに、目の前の男が知る穏やかだった頃とはまったく異質な仄暗い感情に染まった笑みを浮かべていた。

 

「その顔が見たかった」

 

 それきり、あっさりと興味を失ったかのように笑みを消し去ったオリベイラは男を魔人と化した平民達の方へと放る。

 

「もう始末して結構ですよ」

 

「……ぶっ、ま、待てストラ……ぐぁぁっ!」

 

 身を翻したオリベイラの背後で、容赦なく放たれた平民達の魔法により男はその命を散らした。

 そうして一つの街を滅ぼし領主館を後にしたオリベイラに、以前から付き従っていた魔人の男女が合流する。

 

「シュトローム様、この街の貴族の係累は全て始末し終えました」

 

「残る魔人とならなかった平民達ですが、いかがなさいますか?」

 

 恭しく報告する、元諜報部の男ゼスト、そしてミリアという名の女性。

 自らの手足となり帝国崩壊に加担した二人に判断を仰がれたオリベイラは街へと目を向け、思案するような間を挟む。

 この状況になっても恐れの方が勝ったのか、暴力的な手段に訴えることを躊躇ったのか、オリベイラに与しなかった平民達も数多く居た。

 

 そんな彼らの処遇をどうするか、帝国民に対するオリベイラの容赦の無さを知る二人はその返答を半ば予測しながら待つのだったが。

 

「放置して構いません」

 

「――よろしいのですか?」

 

「ええ、貴族にも私にも反抗することすら出来ない、取るに足らない存在です。手をかけるまでもないでしょう」

 

 微かに動揺しながら視線を交わす配下の二人をからかうかのようにオリベイラは言葉を付け足す。

 

「どのみち魔物に襲われ遠からず命を落とすでしょう、運が良ければ国外へ落ち延びることもあるでしょうが、些末なことです。ああ、貴方達が始末しておきたいというのであればそうして下さっても構いませんよ?」

 

 オリベイラが言うように、放置したとしても魔物が蔓延る帝国内で抵抗する術を持たない彼らが生存する芽は限りなく低い。

 逃げたとしても魔物やゼストの部下が情報封鎖を続ける他の街には辿り着くことすらできないだろう、しかし生き延びる可能性はゼロではなかった。

 諜報部に属していたゼストのような人間からするなら、帝国の現状を国外へ知らせることになる要因は排除しておきたいところでもあったが、それは時間の問題でもある。

 

 魔人の矛先が自分達へ向く事を恐れ、他国が手を出してこない以上、平民まで根絶やしにする行為には彼でも躊躇いを振り切れなかった。

 

「……我々はシュトローム様のご意思に従う所存であります」

 

「結構です、なら次の街に行きましょうか。帝国貴族だけは一人残らず葬らなければなりませんからね」

 

 平民に対して関心の失せたようなオリベイラだったが、貴族に対して抱く深い憎しみは変わりなく、どころか一層増しているようですらある。

 こうして彼は付き従う魔人の数を増やしながら一つ一つ、帝国という国の痕跡を潰していくのだった。

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