転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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賢者の孫

 とある転生した公爵令嬢が決意を固めてから約十年後。

 アールスハイド王国領内のとある森の奥地にひっそりと建てられた小屋で祝宴が開かれていた。

 参加者は十人に満たないものの、そこには知る者であれば目を疑うほどの顔ぶれが揃っている。

 

 アールスハイド国王、ディセウム・フォン・アールスハイド。

 その護衛として同席している近衛騎士団所属、クリスティーナに宮廷魔法師団所属のジークフリード。

 元近衛騎士団長だったミッシェル・コーリングに王国有数の大商会代表をしているトム・ハーグ。

 

 そんな王国の重用人物達はこの日、この家の家主である老人、かつて王国を滅ぼしかけたと言われる魔人を討伐した大英雄である賢者マーリン・ウォルフォード。

 彼の孫であるシン・ウォルフォードの成人を祝うために集まっているのだった。

 王国においては十五歳で成人と見なされる、王国の重鎮達が顔を並べる中で上座に座らされたその青年、シンは照れ臭そうにしながら皆からの祝辞を受けていた。

 

「あの小っこかったシンが成人するとはねぇ」

 

「あっという間じゃったのう」

 

 過去を思い出すようにしみじみと呟き交わす、年老いてはいるが背筋は曲がらず壮健ぶりが明らかな老爺と老婆。

 王国では知らない者が居ないほど有名な『賢者』マーリン、そして『導師』メリダ・ボーウェン、その人たちだった。

 シンという青年は生まれて間もない頃、魔獣による被害に遭い身寄りの無くなったところをマーリンによって拾い上げられていた。

 

 賢者としての名声に集まってくる人々を疎んじ隠棲していたマーリンは真綿が水を吸い込むが如く教えを学び取っていくシンに感動し、この日まで身に着けた魔法の術を彼に教え込んでいる。

 シンが異世界の日本と言う国で交通事故に遭い転生した人間であり、前世の記憶を思い出していたが故にそれを可能としたことを知らないまま。

 シンに入れ込んだのはマーリンだけでなく、魔道具開発の第一人者として知られるメリダ、剣聖の二つ名を持つミッシェルらも同様で、各々の技術を彼に授けている。

 

 そんなある種の英才教育を受けて育ったシンの習熟ぶりは同年代の平均からかけ離れ、特に魔法の分野に至っては彼がよく嗜んでいたアニメや漫画といったサブカルチャーのイメージを参考にしたことにより飛び抜けてしまっていた。

 地形を変えてしまう程の威力を持つ魔法の数々を披露された面々は驚愕し、どうして自重を教えなかったのかとメリダから責められるマーリンを見てようやくそれが普通ではないことに気付かされるシン。

 

「えー……これってそんなにヤバイの?」

 

「ええ、この力は異常です、このままでは各国がシン君を取り込もうと躍起になる」

 

「加えてずっとこの森で育った世間知らず、社会に放り出したら各国の思惑に踊らされかねないでしょう」

 

 クリスティーナやトムの評価に前世で社会人だった経験のあるシンがそんなことはないと言わんばかりの顔をするがそれを口にすることは無かった。

 自分の異常性を認識していないシンの為としてやがて考えたディセウムが王都にある高等魔法学院に通わせてはと発案するに至る。

 同年代も多くその年頃で優秀な魔法使いが集まるそこでなら周囲のレベル、常識も学べるだろうという配慮らしい。

 

 一時シンを自国に取り込もうとする気かと勘ぐったマーリンが怒気を滲ませたが、ディセウムが彼を政治利用することはしないと誓ったことでその矛を収める。

 そんな二人から勧められた入学を、シンは同い年の友達が出来るかもしれないし楽しそうと快く受け入れるのだった。

 自らの精神年齢がその同年代と比べ一回り以上高いことはすっかりと忘れたままに。

 

 この時ようやくディセウムがアールスハイド国王であることやマーリンとメリダが元夫婦だったことを今更ながらに知ったシンが年明けの入学試験に合わせ王都へ引っ越すことが決まる。

 そうして成人祝いと魔法のお披露目に二日間滞在したディセウム達も王都へ帰る頃合いとなった。

 シンの事を甥っ子同然に思っているというディセウムは自分が王であることを知っても、付き合いの長さから畏まった態度を取れないという彼を咎めるどころか嬉しそうに受け入れ別れの挨拶を告げる。

 

「ではなシン君、君が来るのを楽しみにしているよ」

 

「うん、またねおじさん。国王なんて、忙しそうなのに俺のお祝いに来てくれてありがとう」

 

「気にすることはないさ。確かに顔を出した方がいいか悩んだ案件はあったがね、代理に向かわせた息子がなんとかやってくれているだろう」

 

「息子?」

 

「うむ、君とは同い年になる。あれも魔法学院に入学予定でね、会ったら仲良くしてやって欲しい」

 

 さりげなくディセウムが口にした言葉に、見送りに立つメリダが呆れるようにして釘を刺す。

 

「まったく簡単に言ってくれちゃって、本当にそいつは大したことない問題なんだろうね、大体国王ともあろう者がこう簡単に国を空けるんじゃないよ」

 

「ハハハ……いいではありませんか、マーリン殿のお孫さんの成人祝いなど参加できなかったら一生後悔しますよ。そ、そうだ、王都にいらっしゃるのですし、そちらの内容も皆さんにお伝えしておきましょう」

 

 頭の上がらないメリダから責められ、露骨に話題を逸らすディセウムには一部の者達から呆れるような視線が向けられるが、それ以上の追及をする者も居なかった。

 

「昨夜お披露目のパーティーが開かれた筈ですが、王国の歴史上最年少で公爵の爵位を継ぐことになった者がおりましてな、その人物がなんとシン君と同年代なのですよ」

 

「シンと同じって……よくもまあそんな無茶が通ったね、当主が急逝でもしたのかい?」

 

「いえ前当主は健在です、ですがその者が代行した領政の発展ぶりが目覚ましく、功績、資質、共に大なりとして前当主が強く希望したのですよ」

 

 半信半疑な様子だったマーリンやメリダらもその言葉に感心したようにしている。

 身分格差の解消が進み貴族らしい慣習が見直されているアールスハイドならではのことだったが一人、貴族という制度の理解が浅いシンはあまり内容を気にしていない様子だった。

 

「確かに前例の無いことではありますが、かの公爵家の王国に対する貢献は抜きんでていましてな、近年では税収だけでも他の貴族の比較にならないほどです、そんな彼らの意向を無碍にはできませんでした」

 

「あっけなく言ってくれるね、そんな急成長している領土なんて怪しいもんじゃないか、なにか怪しい手でも使ってるんじゃないだろうね?」

 

「もちろん不正が無いか査察は行っておりますよ、農地拡大、移民の受け入れ、新事業開拓、色々と成長する要素はあったようですが決め手となったのはやはり――魔道具でしょうな」

 

 その言葉に導師と呼ばれるほど魔道具に造詣の深いメリダが目端を上げ関心を示す。

 ディセウムの続けて語るところによれば新当主が立ち上げた工房が扱っている魔道具が民間で好評を博し、多大な売り上げを見せているという。

 魔道具とは付与魔法と呼ばれる手法により物品に魔力を転写することで魔法の扱えない者でも付与された魔法が扱えるようになるという代物だ。

 

 その利便性から需要は広く、高度な付与魔法を扱える者の少なさから市場価値も高い。

 過去にメリダの開発した魔道具を超えるような発明は長らくされていなかった、そんな魔道具事情に変化が見られるのは数十年来のことだった。

 

「へーそんなことが……婆ちゃんとしてはプライド傷ついたり、する?」

 

「何言ってるんだい、魔道具ってのは人の役に立ってなんぼなんだ。誰が造ったものでも、それがより人様の役にためになるならそれは良い事なんだよ」

 

 シンの魔道具の第一人者としてのプライドが傷つけられたのではないかという心配が杞憂に終わり、そんなメリダの言葉を聞いた皆が「流石メリダ様……」などと言いながら感じ入る。

 そんな周囲の反応を当のメリダは気恥ずかしそうにして咳払いしていた。

 

「……とはいえ、新しい魔道具ってのはどんな代物か気になるね。あたしも何か学べるところがあるかもしれない」

 

「それでは王都にいらしたときにでもかの工房の魔道具をいくつかお持ちしましょう、メリダ殿もお二人とご一緒されるのでしたね?」

 

「ああ……それぐらいならいいか、頼んだよ。あたし以外の造った魔道具がこの子にとってもいい勉強になるかもしれない」

 

「……メリダ様以上の付与魔法を扱えるシン君には今更かもしれませんがね」

 

 メリダの教えを受けシンも数々の魔道具を過去に製作している。

 超音波を用い高速で刃を振動させ硬質な物体でも容易く両断するバイブレーションソード。

 ジェット噴射により移動や空中での機動を補助するジェットブーツ。

 

 マーリンやメリダをして原理や付与方法の分からない魔道具を生み出しているシンの規格外ぶりは関わる人間の知る所で、幾度となく皆を唖然とさせていた。

 己の理解する言葉で現象を書き込み、書き込める文字数には素材の質により制限がある。

 その付与魔法の仕組みと制約を日本語という、これまた前世の知識により縮小した結果なのだが、それもまたオリジナルの言語を生み出したシンの天才ぶりが為せるものとその場の皆は疑わず、信じ切っているのだった。

 


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