転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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あんまり原作キャラをいじりすぎるのも考え物かもしれませんが、当作では一部キャラに大分変化があると思います。
気になってしまう方には申し訳ありません。


少女達の選んだ道

 王都でも有数の敷地面積を持つ邸宅だけあって、とても広い中庭で。

 訓練用の木剣を片手に構えた騎士学院の男子、クライスが威勢良く「お願いします!」と叫んで模擬戦に望む。

 相手は確かオルソンっていう名前だったと思う、ターナさんの護衛である男の人。

 

 結構年配みたいだけど体つきはがっしりしていて、厳めしい顔つきもあって殿下の護衛もやってるユリウスよりも威圧感がある。

 そんなオルソンさんは切っ先を正面に向けた木剣を両手で構えて、身動ぎもしない。

 同じようにじっとしてその様子を窺っていたクライスだけど、おもむろにオルソンさんが木剣を持ち上げた瞬間に踏み込み迫って行く。

 

 剣は真っ直ぐに、突きの構え。

 流石に体を鍛えている騎士学院生、その勢いは私にとって目で追うのも難しく、もし同じ距離から自分が受けたら物理障壁を張るのが間に合うかどうか怪しい。

 けれどオルソンさんにまったく動じた様子は無くって。

 

「――っ!」

 

 突きが胸に届きそうに見えた次の瞬間、するりと下りてきたオルソンさんの剣はクライスの剣を撫でるように払いその進路を余所へ曲げてしまっていた。

 伸ばし切った剣を引き戻す間も無く、つんのめったクライスの首元には木剣があてがわれている。

 実戦なら彼の命は無い、余程二人には実力差があるのか、どこからどう見ても容易くあしらわれてしまった図だ。

 

「突きは最速の剣の一つですが、動きが正直過ぎますよクライス君。まともに隙を見せてもいない相手に打ち込むには練度も足りません」

 

「……失礼しました、精進します」

 

 指摘を受けて冷や汗を垂らしながら謝るクライスから少し離れた場所には、先に挑んで同じように相手にならなかったミランダが肩を落としている。

 聞けば二人はあの合同訓練の日から、強くなるにはどうすればいいかターナさんに相談した結果、こうしてオルソンさんから指導を受けることになったそうだ。

 よく公爵を相手にそんな相談をしたなって思うけど、騎士学院の首席と次席なだけあって、向上心も人一倍なのかもしれない。

 

 そうしてオルソンさん監督の下、模擬戦から二人の鍛錬が始まる。

 ストレッチから素振りまでは私も落ち着いて見ていたけど、中庭を短い間隔で走り往復させられたり、何度も何度も屈伸するような運動をさせられて足腰を震わせる姿。

 見たことも無いトレーニング用の器具で、また何度も何度も重量物を持ち上げさせられ、顔を真っ赤にしながらぜいぜいと息を震わせる二人の姿に肩身が狭くなりそうだった。

 

 ――もしかして騎士見習いって皆こんなきつそうな鍛錬してるの?

 同性のミランダまで、愚痴を漏らすこともなくハードなトレーニングに打ち込んでいる姿を見せられると、今まで脳筋と彼らを馬鹿にしたこともあった自分が恥ずかしくなってくる。

 魔力制御の訓練が生温いものに感じてしまうぐらい、彼らの鍛錬風景は衝撃的で、ノルマをこなし疲労困憊して座り込む二人に声を掛けるのも躊躇ってしまう程だった。

 

「お、お疲れ様……貴方達、ひょっとして毎日こんなことしてるの……?」

 

「は、ぁ……毎日、じゃないわよ……やる日はいつもこれぐらいだけど……それに、まだ終わってないもの」

 

 ミランダの発言には耳を疑ってしまいそうだったけど、クライスもうなだれながら頷いていた。

 

「そう、だな……しかし、必要なことだ」

 

 そうしてオルソンさんに連れられて、心配になってしまうぐらいの疲れ振りをみせる二人と向かったのは、邸内の食堂。

 

「閣下、本日のトレーニングは終わりました」

 

 クロスの掛けられた長いテーブルの端にはこの屋敷の主である、ターナさんが座って何かの作業に勤しんでいた。

 対面には初めて見る、少しウェーブがかったブロンドの女の人が座って同じように作業している。

 

「ご苦労様、用意は出来てるよ。こちらはまだちょっとかかるから、二人とも、時間の経たない内に食べちゃって。マリアさんも待たせてごめん、お茶の用意はしてあるから、どうぞ召し上がって」

 

「ああいや、私は何もしてないし……うん」

 

 ターナさんが用意したというのはテーブルに並べられた料理の数々なんだろう。

 傍目には結構がっつり系で重い、疲れ切っているときには遠慮したいんじゃないかっていう品が並んでるように見える。

 それでもミランダ達は促されるままにテーブルに向かい、料理の前へと座った。

 

「……食べれるの?」

 

「――ああ、閣下のご厚意を受けながら、無駄になど出来ん」

 

「それに、食べるまでがトレーニングなのよ……筋肉は何もない所から湧いてきたりしないんだから」

 

 ミランダが何を言ってるのかよく分からなかったけど、どうやらそれは必要なことみたいで。

 死にそうな顔をしながらも二人は黙々と食事を摂り始めた。

 

「メッシーナ様はこちらへどうぞ」

 

「は、はい、どうも……」

 

 オルソンさんも二人に付き合って結構な運動をしていた筈なのに、疲れたような顔色も見せずに私を案内してくれた。

 控えていたメイドさんに淹れてもらった紅茶はとても美味しいと舌は感じているんだけど、どうにもそれに浸れるような気分じゃない。

 ターナさんの屋敷に行くっていう騎士学院の二人についてくる形でやってきたわけだけど、こんな光景を見ることになるなんて思ってもみなかった。

 

 二人のトレーニング中、ターナさんは何かの用事でやってきていたという貴族や役人の応対をしていたらしい。

 やっぱり公爵家の当主ともなるとそういった対外的な仕事もこなさなくちゃいけないんだろう。

 せめて学院を卒業するまで即位は待てば良かったのに、ターナさんのお父様もひどいことをする。

 

 でも年上ばかりの相手と堂々とした様子で向き合える彼女の佇まいは様になっていると感じてしまう。

 アウグスト殿下もそうなんだろうけど、これで同年代っていうんだから、自分が未熟なように感じてちょっと後ろめたい。

 今も公爵としての仕事の延長のような事をしてるんだろうか、チラッと窺ってみた先では何か長い杖のようなものをターナさんが手に取っていた。

 

 端が幅広になった一方を肩に当てて、細いもう一方を遠くへ向けるような仕草。

 次は片手で短く振り――硬い音を響かせて折り畳まれていた刃が先端へ跳ね起きる。

 思わずビクッとしてしまった、もしかしなくてもあれは武器なんだろうか。

 

「問題無さそうだね」

 

「ではこれで仕上げますよ。あと(ブルーム)の方はもう増やさないんでしょう?」

 

「うん、訓練期間も取れないだろうし、適性の差で人員の確保も確実じゃないから」

 

 少し聞いただけじゃ分からないけど、きっとターナさんの領地でも魔人に備えて対策を進めてるんだろう。

 女の人はマーシァ工房なのかな、話す雰囲気を見てると、なんだかクラスの皆よりも親しそうに見えるんだけど。

 

「そういえば閣下、例の条件いっそのこと税金の免除もお願いすれば良かったんじゃないですか? そうしたら大分余裕も出来たと思うんですけど」

 

「駄目だよ、あの方々は独善が過ぎることがあっても、基本的に善良なんだ。あからさまに反抗するような真似は人々からしたら悪行に捉えられる。敵対よりも、より益を振り撒く方向で対抗しないとこっちが悪者にされるよ」

 

 ……ちょっと不穏な会話まで飛び交っているような気がする。

 あの方々、っていうのが誰なのかは、聞かない方が良いんだろう。

 そうしてちょっと肝を冷やされている内に、一区切りついたのかターナさんはこちらの正面に席を移ってきてくれた。

 

「お待たせしたね、マリアさん。訪ねて来てくれたのにごめん」

 

「そんなのいいって、大した用事も無いのにいきなり来ちゃった私の方が失礼なぐらいなんだし」

 

 研究会を辞めたターナさんの事が心配だったのは本当だけど、忙しい中で時間を取らせちゃったかと思うと申し訳ない。

 

「こちらが閣下のご学友様ですか?」

 

「そう、マリアさんは初対面だね、こちらは私の工房で開発主任をしてもらっている――」

 

「ヒルダと申します、どうかよろしくお願いしますメッシーナ様」

 

 丁寧に頭を下げてくるヒルダさんというらしいその女性は平民なんだろう。

 私も貴族の子女なんだからある程度敬われることは分かってるけど、最近周りが凄い人だらけなせいか自分にそんな態度が向けられると恐縮してしまう。

 

「い、いいですよそんな気を遣わなくて、私なんてただの伯爵家の娘っていうだけなんですから」

 

「いいえ、名門と知られる王都の魔法学院において五指に入る成績でいらっしゃるのですから、謙遜されずとも良いかと存じますよ。それにしても閣下、様子を見に来てくれる学友がいらっしゃったなんて良かったですね。例の研究会の件で肩身の狭い思いをしておられるのではないかと心配しておりました」

 

「そんな人をボッチになったみたいに――ああいや、普通に話してくれるクラスメイトぐらい居るからね」

 

 言葉は丁寧だけど、ヒルダさんの声音にはどこかからかうような響きがあった。

 それにターナさんも機嫌を損ねた様子は無くて、やっぱりどこか気を許しているみたいな感じがする。

 公爵なんて立場からすると意外だけど、学院の外でも落ち込んだりしていないらしいのにはホッとした。

 

「そういえばマリアさん、研究会を抜けて、後悔はしてない?」

 

「えっ……ターナさんは殿下の案に反対なんじゃなかったの?」

 

「それは勿論変わりないんだけどね。殿下の特殊部隊――に参加するのは他の人にとって間違いなく名誉なことだろうから。賢者様に憧れてたんでしょう、私の事なら気にしなくても良いんだよ?」

 

 ああ、これはどうやらこっちも心配をかけちゃったみたいだ。

 入試の時といい、あれだけ賢者様、導師様を尊敬してるなんて公言していた私がシン達と距離を置くようなことをしたらそんな気にもなるよね。

 私自身、今でも胸の内に揺れてるものがないわけじゃない。

 

 でも――うん、やってみたいことは、見つかった気がする。

 ミランダ達の姿を見たからっていうわけじゃないけど、彼女なら、応えてくれるような予感があった。

 

「あのね、ターナさん。一つ、お願いがあるんだけど」

 

「お願い?」

 

「うん。長期休暇に入ったら……ターナさんの領地に、お邪魔させて欲しい。ううん――鍛えて、欲しいの」

 

 憧れているだけじゃ、いつまでも変われない。

 私はこの人達の居るところまで、手を伸ばしたいんだ。

 この日、そんな決心が私の胸に芽生えたのだった。


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