転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
また返信怠りがちで申し訳ないですが、更新はしっかり続けていきたいと思います。
長期休暇の初日、アールスハイド王都を離れ、いくつかの領地を経由した先の街へマリアはやってきていた。
駅馬車から降りたマリアはその領地、マーシァ領の玄関口のような役割を果たしている街の予想外な風景に目を丸くする。
「結構、っていうか随分栄えてるのね」
「なんだか田舎町って感じもしないじゃない」
応じたのは共に乗り合わせてきたミランダの声、続いてクライスも馬車から降りてきていた。
二人もまた学院が長期休暇となる間にこの地を訪れることになり同行している。
マリアらが意外そうに見回したように、遠くには一面の麦畑も覗けるその街は王都とまではいかずとも、田舎町とも呼びづらい様相だった。
農村から発展したようではあるが、石造りの建築は整然と建ち並び整理され、市が開かれているらしい広場の方は活気に満ちている。
停留所もしっかりとした建物が用意され、休憩所でくつろいでいる他の領からの旅行者らしき姿も数多い。
「マリアも知らなかったの?」
「そりゃそうよ、私だってターナさんの領地には初めて来るんだもの」
この頃の付き合いの中で、名前で呼び交わすようになったマリアとミランダがそわそわと、落ち着かなさそうに街を見回していると。
「おう、嬢ちゃん達。さては例の学院生か?」
「はい――っ!?」
掛けられた声の方へ顔を向けたマリア達はぎょっと目を剥かされてしまう。
そちらからはアールスハイド魔法師団所属を示す、黒いコートを纏った男性が向かってきているところで。
現役の魔法師団長であるその人物との遭遇に、三人は揃って驚いてしまう。
「オルグラン、団長っ!?」
「ああそんなビビんなくていいぜ、上司部下ってわけでもねえんだからな」
かしこまろうとするマリア達を鷹揚に制するとルーパーは三人の旅装を眺め、納得したように頷きを見せる。
「あ、あの……オルグラン様がどうしてここに?」
「あん? 聞いてないのか、まあ言いふらすようなことでもなし、そりゃあそうか」
意外そうに片眉を上げてみせながらもルーパーはすぐに理解したようにして、後ろへ引き連れた部下らしき者達を示す。
「ちょっとした研修みたいなもんだ。マーシァ閣下からお声かけ頂いてな、見込みのありそうなやつを連れて来たのさ」
そんな計画が進められていたと知らなかったマリア達は納得しながらも、そんな事情の割にルーパーらが十人ばかりの小人数であることを意外に思う。
軍人に対する研修というならもっと大規模なものを想像するし、連れられている魔法師達も士官級の人間ばかりというわけではないようだった。
「研修、ですか?」
「まあな、結構美味そうな店も出てるし、ビールでもひっかけたかったところだが――おっと」
言葉半ばでルーパーが首を曲げた方をマリア達も見ると、構内の施設から全身をくまなく黒地の装束に覆っている青年が一行の元へ向かってきていた。
マリア達の前へとやってきた青年は丁寧な仕草で頭を下げて見せる。
「お初にお目にかかります、王都からお越しの魔法師団の皆さま、そして学院生の方々ですね?」
「おう、合ってるぜ」
「ようこそお越し下さいました。皆さまの公都までの道のりを案内するよう申し付けられております、公爵領、警備隊所属、グリード・ハーゲンと申します。車輌に案内させて頂きますのでどうかこちらへどうぞ」
前もって案内役が付くことを知らされていた面々はグリードの言葉に頷くと、その誘導に従い停留所の奥へと足を向けた。
「私達用に用意して頂けてるなんて、流石は公爵家ね」
「助かるぜ、駅馬車の座席じゃあケツが痛くてしょうがなかったしな」
ミランダやクライスが微かに興奮したような調子で囁き交わし、駅馬車にうんざりとしていたルーパーも表情を緩める。
国内とはいえ、王都からでは二日以上かかる旅の道程で、大抵のものが木の板を並べただけの質素な造りをしているような馬車にルーパー同様の不安を抱えていた魔法使い達が安堵する様子に、先導するグリードが何故か苦笑しているのを見ながら、マリアはふと気になったことを口にする。
「あの……オルグラン様みたいな方が、この時期に王都を離れてもよろしいんですか?」
魔人騒動で国中が危機に備えている時に、魔法師団のトップであるルーパーがこうして王都を離れていることはマリアにも不思議に思えた。
軍事に関わるかもしれない事情を尋ねるのを少し躊躇うマリアだったが、ルーパーはそれにあっさりと答えて返す。
「あまり良くは無いがな、緊急時には閣下に例の魔法で送って頂けることになったんだよ。確か嬢ちゃんは知ってるんだよな?」
「ああそれで……」
転移魔法の事を知るマリアはそれで納得することが出来た。
それでも魔法師団長ほどの人物が研修とやらの為にこうして出向いている疑問が消えたわけではなかったが。
「まあ個人的な希望も無かったわけじゃないがな。今が大事な時だってのは分かってるがそれでも――?」
何事か言いかけたルーパーだったが、案内された先の雰囲気が変わって来たことに気づき眉端を上げる。
構内の中央を挟み込むようにして外まで続いている、一見して柵らしきもの。
内側には金属製らしき構造物が仕込まれ、屋内のこんな場所に何の為に設えてあるものか判断がつかない。
それは他の面々にも同じことで、皆が不思議がっていると、手元で何かを確認した案内役のグリードが告げる。
「間もなく車輌が到着します、危険ですので柵の内側には入らないようにされて下さい」
マリア達が困惑を深めながら、グリードが顔を向ける方へ同じように目を向けていると、やがて言葉通りに車輌が見えてくるのだったが。
「おいおい、マジか……」
見慣れない、長細い車体は馬に
馬どころか車輪すらも見当たらない、その車輌が静かに目の前へと停まるのを目にした王都からの一行は揃って目を丸くしてしまう。
「本日より運行を開始します、魔導列車にて皆さまを公都までお連れ致します。車内は快適に造られておりますので、到着までは半日とかからないでしょうが、ごゆるりとくつろぎ下さい」
そんなグリードの説明をすぐに理解できた者は、その場に居なかった。
通された応接間で準備が整うのを待つ間、ふと今日来る予定になっている王都からの来客達の事が頭に浮かぶ。
今頃は列車に乗り込んだ所だろうか、遠距離の交通手段としてはまだ馬車が主流であるこの世界の人からすれば、さぞかし戸惑うことだろう。
もっと説明しておけば良かったかと反省するが、今となってはグリードが手際良く案内してくれるのを祈るばかりだ。
「どうかしたんですかい、閣下?」
「お客様方についてちょっと、驚かせてしまうだろうなと思ってね」
顔色を曇らせてしまっていたのか、護衛についてもらっている青年、グランに声を掛けさせてしまった。
オルソンは公都にてその他の来客達を迎える準備を進めてもらっているので、今日は代役として彼についてもらっている。
「そりゃあ驚くでしょう、あんなの。あれも閣下の発明品でしたっけ?」
「施術は私だけど、付与の考案はヒルダ。車体のデザインについては大分相談したけど」
整備できたのは二車線だけとはいえ、自分でもこんなに早く列車が運用できるようになるとは思っていなかった。
いつもの実験中、彼女にとある構造について問い掛けられたのが事の始まりだっただろうか。
『それで熱を抑えられるんですか?』
『うん、確か軸の周りを金属球で囲むんだったかな。専門職じゃなかったし、完全に構造は分からないから再現は難しいけど』
『っていうかですよお嬢。本当に要ります? それ』
『え?』
『魔法なんですから、車輪を回して走る方法にこだわらなくたっていいんじゃないかなーって。ほら、この前お嬢に聞いたハンパツ力でしたっけ、物を浮かせたりするような現象もあるんでしょ?』
『あるにはあるけど、まさか――』
迎え入れてからこちら、既存の工学を学び、魔道具を部品として扱う発想を取り入れたヒルダは工房の中でも飛び抜けた発想を度々見せていた。
その全てが実現したわけではないが、あの魔導列車もその一つ。
「――まさかベアリングすっ飛ばしてリニアにいっちゃうなんてねえ」
列車の動力として用いられているのは磁力、前世で言うリニアモーターカーというものに相当するだろう。
当然その源は魔力、魔法によるもので、まともに車輌を走らせ、制御するだけの付与を実現するには長い開発期間を要した。
こんな時代にリニアなんて、
こちらの魔法師が付与内容を見ても略字だらけ、魔道具の複合だらけの構造には匙をぶん投げることだろう。
正直まともに構築された理論を元に製作されたとは言い難く、大分私のイメージ補正にものを言わせてしまっている。
一般の魔法使いが付与できるような形を整えるのには、もっと長い年月がかかるだろう。
とある孫氏の振動剣と大差無い無茶ぶりだが、いい加減それもこの世界の現実と、受け入れる必要があるかもしれない。
いかに前世では理論的に有り得ないような現象でも、魔法が存在するこの世界では成立し得る。
高速で振動する剣は鉄をも両断出来るし、炎は酸素を注ぎ込んでやるだけで青く染まる。
あり得ないなんて考えたところで、目の前で実現しているのだから、それは紛れも無い現実だ。
そんな世界で第二の生を受けた以上、受け入れていくしかないだろう。
今まで散々に余計な気苦労をする原因ともなっていた事をようやく割り切り、自戒と共に胸に刻んでおく。
時速にして数百キロで車輌を走らせることが出来てしまう、この付与は迂闊に広めると危険な技術の一つだ。
列車ではなく、砲弾でも撃ち出せば災害級の魔物どころか魔人だって木っ端微塵に出来る。
まだそこらの個人にできる魔法ではないとはいえ、軽々しく売り出してはいけないだろう。
「俺からしたら便利で助かるとしか思いませんけど、お嬢――っと、閣下みたいな魔法が使えなくてもあっちこっちすぐに行けるんですから」
「そういう人がほとんどだっていうのは分かってるけどね、念には念を入れないと」
「けど運用始めたんですよね? 今まで待ったかけてたのに」
暇潰しに差し障り無い範囲の内容でグランと話していたが、そんな質問をされるかもとは思っていた。
通信機を始め、これまで完成していても隠していた技術を公開し始めた理由はいくつかあるが、アールスハイド王国としてでなく、この領自体に他国から目を引きたかったことが大きいだろうか。
王家の方があんなことをやり始めてしまった、というのも無くは無いがそちらは小さい理由……だと思う。
「結局あれの貸し出し、始まっちゃったんですか?」
「みたいだね……」
気心の知れた相手しか傍に居ないせいか、ついため息が漏れる。
あれ、とはアールスハイド王国より、周辺国へ貸し出されることになった魔道具のことだ。
使用は対魔人にのみと約束の交わされた、シン・ウォルフォードの魔力障壁が付与された防御魔道具。
今の情勢で、並の魔法使いでは対抗できない魔人の魔法でも防げるそんなものを求めない国家があるわけも無く、その配備は着々と進んでいるらしい。
そして無償では無いらしく、魔道具を借り受けた国家からはアールスハイドに賃貸料が支払われているとか。
帝国の侵略で、少なくない戦費がかかったことだろうし、別に金儲けすることを咎めるつもりはない。
命は金で買えないが、金で救える命はある、稼げる時に稼いでおくのは悪い事ではない。
ただ、政治利用しないと誓った賢者の孫に作ってもらった魔道具で、こんな火事場で水を売るような真似をするのはどうなのかと、思わなくも無い。
この動きでアールスハイドに借りをつくったことになる国も少なくないのだから、尚更に。
だがそれにより安心を買えている人々が居るのは事実。
とやかく言ったところで人のためになりはしない。
こちらはこちらで、用意を進めさせて頂くとしよう。
ノックの音に返事を返すと、今やってきている町を代表する人物の声が扉越しに聞こえてきた。
「閣下、準備が整いましたので、会場へどうぞ」
「ありがとう、すぐ向かいます」
立ち上がり、弛めていた表情を引き締めたグランを伴って部屋の外へと向かう。
領内の街々を巡り、この領で新たに定めることになる方針を説明して回るのも夏季休暇の間には終わるだろう。
内容が内容だけに、遣いを出すのではなく自分自身が出向いて回りたかった。
反発を抱く領民も居るかもしれない、それを思うと心臓が張り詰めるような錯覚に捉われてしまいそうになる。
けれどもこれぐらいで弱音を吐いていたら、あの魔人の前で叩いてしまった大口が嘘になってしまいそうだ。
もう一度あの男と向き合う日が来るかは分からないが、どうかその時、目を逸らさずに立ち会えるような人間でありたい。
そんな思いを胸に抱きながら、扉を開き待っている人々の元へ足を運んだ。