転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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毎度ながら、感想、誤字指摘、評価、ありがとうございます。
遅れないようにと言いながらちょっと間隔空いてしまい申し訳ありません。
某ソシャゲ原作の格ゲーにちょっとはまりこんで不覚……


軍と魔法と少女達の青春と

 グリードやグランなどが所属する組織は警備隊などと称しているが、実質的にマーシァ領における軍隊と変わりない環境を整えさせていた。

 そんな彼らが使用する演習地に、この日は外部からの見学者を招いている。

 昨日到着したルーパー氏をはじめとするアールスハイド魔法師団。

 

 そしてダーム、クルト、カーナンといった近隣国家の軍事関係者が、用意された見学場から現在行われている警備隊の演習風景を眺めている。

 反応は一様と言って差し支えなく、それぞれが信じられないものを見ているような顔をしていた。

 

「まさか本当にこの規模の軍で、災害級を……」

 

 皆が目を向ける先では付近にある未開拓の森林から誘導された、虎や獅子といった災害級の魔物ばかりが警備隊と交戦しており、その戦況は一方的なものになっている。

 通常、災害級を討伐するには一軍でかからなければならないとされているが、今回招集した警備隊の兵数は百、総数で五千に満たない内の一部だ。

 それでも魔物と交戦する彼らに損害は無く、どころか今回おびき出された十頭を超える災害級の群れは布陣した警備隊によって、捕捉から数分の間にそのほとんどが蹴散らされていた。

 

 まず目視できる距離にまで近づいた魔物達の大半が、兵達の標準武装である杖というより小銃に近い形状をした魔道具から一斉に放たれた魔法射撃で脱落している。

 弾幕から逃れた魔物も集中砲火を浴びてすぐに散り、数頭が持ち前の身体能力でそれをもかいくぐっていたが、その牙が兵達に届くことはなかった。

 四人組の小隊単位で散開した兵達は襲いかかって来た魔物に対し、狙われた正面の隊が魔道具による防御障壁を重ね攻撃を防ぐ。

 

 その隙に背後から別の隊が躍りかかり、武装に展開させた杖剣(バヨネット)で脚や太い血管の走る腿部を切り裂いていく。

 魔力により身体能力が飛躍的に上がっていたとしても、そんな痛手を負えばたちどころに機動力は失われる。

 距離を離した兵達から一斉射撃を受け、災害級と恐れられていた魔物達は次々と処理されていった。

 

「あの魔道具も閣下が製作されたのですか?」

  

「いいえ、あれは工房の職人達によるものです。付与に関して私は一切手を加えていません」

 

 災害級に対抗できているのだからそう思ったのかもしれないが、本当に大部分の警備隊へ配備している装備への付与魔法は私の手によるものではない。

 私が居ないだけで製作できなくなってしまう装備なんて制式採用するには不安定過ぎることもあるし。

 それでも質問してきたルーパーが驚いた顔をしているのを見ると、やはり今までこんなやり方で災害級を討伐しようとした人間は居なかったようだ。

 

 この世界の戦争においてはまず、魔法による撃ち合い、その後騎士などによる近接戦闘に移行する形式が主だという。

 陣形や陽動などの戦術概念はあるらしいが、一方的に遠距離から魔法による攻撃を加えるのは卑怯だとする精神がどの国にも根付いているらしい。

 だからといって一撃で人間なんて引き千切ってしまえるような災害級を相手にまで、まともに接近戦を挑まなくても良いだろう。

 

 魔物は知恵が回らなくても、肉体的なハンディがあり過ぎる、特に魔法も扱えない騎士達にそれをやれというのは無謀というものだ。

 

「あの魔道具の威力に関しては、驚かれるほどのものではありませんよ」

 

 他の面々への説明も兼ねて、信じ切れない様子のルーパーの疑問に答えていく。

 実際に兵達に持たせている魔道具の威力は、王国の魔法師団に所属する平均的な魔法師が扱えるものと比べても大差無いぐらいのものだし、シンや現在の究極魔法研究会の生徒達と比べれば明らかに劣るはずだ。

 ただし、射撃として火線を集中させやすいよう、付与魔法使いには衝撃力を込めた魔力を光線めいたイメージで撃ち出すものに統一させている。

 

 熟達すればフィクションのレーザー光線めいた貫通力にまで達するこの魔法は私よりもむしろ、この世界の人々にとって馴染み深く、広く用いられているものでもあるので付与師達の習熟も早かった。

 後は防壁の付与と並行して、純粋に威力や強度を向上させれるよう付与する魔法に絞ってイメージの構築を固めてもらった。

 魔法使いというと、火やら水やら、風やらをあれこれと操るものを想像しがちだが、兵士にそんな真似ができる必要はない。

 

 使用できる魔法は規格化され、魔道具によって全ての兵士にそれらが扱えることで戦術も組み立てやすくなる。

 警備隊では騎士や魔法使いといった区別は無く、一部の例外を除いて装備は統一していた。

 統制された集中射撃によって魔物の硬い外皮は貫けるし、前衛の兵士達も魔力障壁で身を守ることが出来る。

 

 慣例や財政など、小難しい事情はどの国にもあるのだろうが、まず言いたいことは一つ。

 

「魔人の大量発生という未曾有の危機に立ち向かわなければならない兵士達に、まともな矛と盾ぐらいは持たせておくべきでしょう?」

 

 いかに私の領地や殿下の特殊部隊が力をつけようとも、限度がある。

 もし侵攻を目的に他国へ魔人がなだれこんできたとき、救援に向かおうとも犠牲は避けられないだろう。

 なら自衛する手段ぐらいを持ち合わせておいてもらいたい。

 

「……つまり、我々にもあの魔道具を融通してもらえると?」

 

「いいえ、そこまでの余裕は私共にもありません」

 

 招待客の一人、ダーム王国の長官、ラルフ・ポートマン氏が恐る恐る問い掛けてきた。

 シンが扱うような魔法を無効化する障壁の前には無力だが、他国からすれば災害級を損害もなくあしらえる装備は恐ろしくも見えることだろう。

 それが手に入るとなれば、誰でも欲しがるのは目に見えている。

 

 しかし付与に使われる素材はコストがかさむ、このところ色々と地域開発を進めてしまったこともあり、こちらの領にも他の国にまで回している余裕は無い。

 

「ですので、お伝えした通り、付与魔法の適性がある方々をお招きした次第です」

 

 落胆する様子を見せていたラルフらが表情を張り詰めさせる。

 今回彼らを招いた理由について察してくれたのだろう。

 

「多少の訓練は必要とされますが、あれらの付与はそう複雑なものではありません。ご希望であれば、我が領にて、付与魔法の指導を受けて頂くことが可能ですが、いかがされますか?」

 

 付与魔法師の育成、今まで各国の軍部が疎かにしてきたその効果が大きいことは伝わっただろう。

 あとは変化する意欲に乏しい、この世界の人々にそれが受け入れられるかどうかだが。

 結論として、こちらからの申し出を辞退する人間はその場に居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~……」

 

 今となってはとても人前では出せない、気の抜けた声がつい漏れ出る。

 演習見学から研修指導の手配し、領政に関わる報告と決裁を済ませただけで一日のほとんどが終わってしまった。

 それだけでも一日中、肩肘を張って過ごすのはやはり気疲れする。

 

 少し遅い時間、ようやく一人きりになって城館の浴場で広い湯船に浸かれば気も緩んだ。

 全身が湯の温もりに包まれていくのを感じながら、今日の出来事を反芻していく。

 王家では防御魔道具の貸し出しや、殿下の特殊部隊など、魔人対策として進めているらしいがそれだけで事足りるとは到底思えなかった。

 

 元帝国領の偵察報告によれば魔人となった人間の数は百を下らない、相当な規模になっている。

 彼らが今後どういった動きを見せるのかは不明だが、こちらが推奨した魔道具装備の普及もすぐにとはいかない試みだし、対応に備える為に気の休まらない日がしばらくは続きそうだ。

 しかし魔道具産業で大分名が知れたとはいえ、一公爵家の呼び掛けにそれなりの国が応じてくれたのは助かる。

 

 王国からも魔法師団長ほどの肩書きを持つ方が来てくれるとは思わなかった。

 叙勲式の時も挨拶された事はあったが、意外に好感を持たれているのだろうか。

 その理由に思い当たらず首を捻っていると、脱衣所の戸が開かれる音を耳が捉え、続いた数人分の足音にぎょっとさせられてしまう。

 

「ああ閣下、まだ入ってらしたんですね」

 

「っ、ヒルダか……どうしたの? 何か連絡でも――」

 

「それもありますけど、お邪魔してからにしますね。あ、お二方、着替えにはそちらの籠を使って下さい」

 

 熱い湯に浸かっているというのにヒヤリとした感覚が背筋を伝う。

 まさかと思いたいが、まさかの事態らしい。

 

「ちょっ……待ってヒルダ! すぐに出るから、話は後で……」

 

「すぐにって閣下は入ったばっかりでしょう? ロジーヌ様からご学友とゆっくりさせてあげてって言われてますから、観念なさって下さい」

 

 母上の名を出されてはぐっと声を詰まらされてしまう。

 ずっと人並みの娘のように振る舞ってこなかったせいか、人の良い母と家族交流を薄くしてしまったことは引け目に感じている。

 だからといって物事を許容するのにも限度がある、というのに。

 

 こちらの心情が分かる筈のヒルダはあっさりと、昨日から滞在中のマリアとミランダを連れて浴場に足を踏み入れていた。

 

「うわ流石に広い……お邪魔します」

 

「分かってはいたけど、ウチの家とは全然別物ね……」

 

 三人の姿が視界に入らない内に、即座に顔を背けて肩まで湯船に身を沈める。

 この体になってもう十年以上だ、気にしなくてもいいのではないかと思えてくる一方で、彼女達に対して不誠実なことをしているような気がして、直視するのは躊躇ってしまう。

 目を固くつむりながら、どうやって抜け出そうかと考えていた矢先、真っ直ぐにこちらへ向かってくる足音が一つ。

 

 そのままざぶりと、ヒルダが隣に浸かってきたことで仰天してしまいそうになる。

 

「……えぇ!?」

 

「汚れ落としの魔道具で垢は落としてありますよ、まあマナー違反ではあるんでしょうけど――こうでもしないとお嬢は逃げちゃうでしょうし」

 

 後半を囁くように呟いたヒルダにそのまま、湯の中で手を掴まれてしまう。

 振りほどけないことはないが、少し手荒になってしまう。

 そんなことをすればマリア達から不審がられる、とはいえ精神的な性別のことまでバレてしまうようなことはないだろうが。

 

「少しは慣れておいた方が良いですよ、ずっとこんな状況が避けられるとも限りませんからね」

 

 ヒルダの囁きに、意気地が削がれる。

 ずっと避けてはきたが、この程度の事態で平静を欠いているわけにいかないのも事実ではあるのだ。

 罪悪感が胸を(さいな)んでくるが、こちらもそろそろ腹を括らなければならないか。

 

 そうして懊悩している内に、体を流し終えたマリア達も湯船に入ってくる。

 国内に温泉地があるせいか、この国には他人と風呂を共にする文化は普通に存在する。

 二人から気恥ずかしがるような気配は感じられなかったが、こちらが瞼を下ろしたままでいることは気を引かれてしまったらしい。

 

「――閣下?」

 

「ああ、ちょっとミランダ……」

 

 感知魔法で人の動きは把握できている。

 どうやらマリアがミランダに何やら耳打ちしているようだ。

 何故かと一瞬思いかけたが、そういえば入浴にあたり眼帯を外していた。

 

 彼女には眼帯の下を一度見られているし、そのせいで目を閉ざしているのだと考えたのだろう。

 勘違いさせ申し訳なくはあるが、今ばかりは助かる。

 気まずそうになっているのを感じることだし、こちらから話題を逸らしてしまおう。

 

「二人には折角来てもらったのに、かまってあげられなくてごめんね。何か不都合は出てないかな?」

 

「いえいえ不都合なんて! きついのはありますけど、当たり前のことですし、望んで来たんですから、問題ありません」

 

 学院が違うので言葉遣いなど強要していないこともあり、いつものかしこまった調子でミランダが答えてくる。

 彼女にはこの街に常駐する警備隊で指導を受けてもらっているが、報告を聞く限りではなんとかついていっているらしい。

 軍隊の訓練には王都でやらせていたような、純粋に肉体を強化する為のものでない、精神的な面を鍛えることを目的としたものもある。

 

 過酷な環境に耐えるには必要なものであるから、ヘルウィークやSEREとまではいかないが、過剰な負荷のある訓練や罵倒も許容している。

 それも含めて耐えているというのだから大したものだ。

 

「私も少し見せてもらったけど、よく耐えれるわよね本当……」

 

「体は日頃から鍛えてるしね。あなたの方こそ、王都のトレーニングは続けてるんでしょ?」

 

「まあそっちと比べたら量は少ないけど、それぐらいはね」

 

 ミランダが口にしたように、あの鍛えて欲しいと言い出した日からマリアは騎士学院生二人と同じように体力トレーニングも受けてもらっていた。

 魔法使いであるので強制はしていないのだが、魔法で身体強化した状態で動くのには体を動かす感覚を鍛え込んでおくことも大事と教えてしまったせいか、彼女の方から志願している。

 魔法学院生らしく、今まであまり体の方は鍛えていなかっただけに相当辛いはずだが、元が努力家なこともあってか頑張って食らいついている。

 

「――実を言えば、すぐリタイアするんじゃないかって思ってたわ、ごめんなさい」

 

「え? どうしたのよ急に、そんな謝ることなんてないじゃない」

 

「いいえ。今まで魔法学院の生徒なんて、全然体も鍛えない、根性無しなんて思ってるところもあったのよ。……正直、やっかみもあったと思う。騎士じゃどうあがいても、賢者様方みたいにはなれやしないって、分かってたから」

 

 ミランダが神妙な声音でそう口にすると、茶化せるような雰囲気でないことを悟ったマリアも息を詰める。

 それは生まれ持った適性で、魔法の才能が大きく左右されるこの世界で、多くの人が抱える葛藤かもしれない。

 魔法は強大な力を扱えるだけに、その才が無い人々は魔法使いに対して憧れもするが、劣等感を抱く人も少なくはない。

 

 騎士学院生達の魔法学院生に対する悪感情はそういった心情に由来するところもあるだろう。

 実際に恵まれた境遇でありながら、魔法で何とかなるからと、体を鍛えるのを疎かにする人間が多いこともある。

 騎士見習いの彼女達の目に、それは怠慢に映るのかもしれない。

 

「でも、きつくても頑張ってる貴女を見たら、そんなこと考えてた自分が恥ずかしくて、申し訳なくなっちゃったのよ。だから、ごめんなさい。」

 

「そんなこと、やっぱり謝らなくてもいいわよ。知ってるでしょ? 私達だって、騎士学院生のこと、脳筋って呼んで馬鹿にしてた。……きっと魔法が使えない、貴女達のこと、見下してるところがあった。こっちこそ謝らせてほしいぐらいよ」

 

 訓練に打ち込むミランダ達の姿を見て、思うところがあったらしいマリアはこの数日の間で、随分と彼女達に対する態度が変化していた。

 合同訓練以前とは別人のように、柔らかい表情を向けてマリアは言葉を繋いでいく。

 

「自分がどれだけ恵まれてるか、全然理解できてなかった。その差を埋める為に、ミランダ達がどれだけ努力してるのかもね」

 

「……そう言われると、こそばゆいんだけど……お互いさまってことかしら?」

 

「ま、そんなところでしょ?」

 

 やがて落としどころをつけたらしい二人は視線を交わし、どちらからともなく微笑み合う。

 そこには名前で呼び合うようになったこと以上の親しみが感じられて、こちらまで微笑ましい気持ちにさせられてしまった。

 

「青春してるなぁ……」

 

「羨ましいなら、お嬢も青春してみたらどうですか?」

 

 口端を意地悪そうな笑みの形にしたヒルダに取られた二の腕に、柔らかい感触が当たるのを感じてついビクりとする。

 今は自分にもある、その感触の元で耐性がついていなかったら飛び跳ねていたかもしれない。

 

「……今は忙しいし、そういう青春は……もうしばらく我慢する」

 

 とはいっても、湯の熱さによらない熱が顔に浮いてくるのは隠しきれなかったようで、忍び笑いするヒルダからつい顔を逸らしてしまうのだった。

 


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