転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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展開がちょっとスローペースで申し訳ない。
そろそろ進展大きくしていきたいですね。

原作で唐突に「結構前世の記憶持ち居るんだよね」なんて話が出てきて白目になりそう。


一時の平穏

「城館の浴場を利用させて頂いたのは久しぶりでしたけど、広い湯船に浸かるのはやっぱり気分が違いますねぇ」

 

 そんなことを言いながら湯上りのヒルダがほくほく顔で濡れた髪を拭いている。

 こちらも同じく長い髪拭きの最中で面倒な作業の一つだが、見栄えを気にしないで良い身分でもないので前世のようにがしがしと適当にぬぐって済ませるわけにもいかない。

 普通の貴族なら侍女にでもやらせるのかもしれないが、こちらの方が気楽にやれるので自分で済ませている。

 

 同時に上がったマリアも貴族身分なので少し気になっていたが、問題なく一人で片づけているようだったが。

 

「――? 何よミランダ、変な顔して」

 

「分かってはいたわ。分かってはいたんだけど……っ」

 

 拳を握り怒りを抑えるような顔をしていたミランダがそっとマリアの二の腕に触れ、がっくりと肩を落とす。

 その様子で彼女の心情を察してしまうが、マリアの方はまだ分かっていないようで不思議そうな顔をしている。

 

「腕なんか急に触って、どうしたのよ?」

 

「いいわよね、まだこんなに柔らかいんだから……私達騎士見習いはね、鍛えないといけないから、どんどん、固くなって来ちゃうのよ!」

 

 悔しそうにミランダが言うように、筋肉量が増えればどうしても体つきはがっしりとしてくる。

 一般的に、体つきに程よく柔らかさがある女性の方が男性受けする。

 騎士として向上心豊かな彼女ではあるが、それとこれとは別問題なのか、脂肪を保ったまま実力をつけれる魔法使いは女性の騎士からしてみれば羨ましい存在なのだろう。

 

「……ふふ、見てなさい、貴女だってこのまま鍛えていけばお腹が割れてくる日もそう遠くは無いから」

 

「わ……割れって、そこまでする気はないから! あくまで私は魔法使いだし」

 

 本当に妬んでいるというより、ミランダの言葉は友人同士でじゃれているような調子だった。

 しかし異性からどう見られるかそれなりに気になる年頃なのか、そういった変化が気にならないわけではないらしいマリアは強く返しながらも、恐る恐る感触を確かめるように自分の腹の辺りに触れている。

 それだけでは不安だったのか、視線を泳がせたマリアとこちらの目が合ってしまう。

 

「あ、ほらターナさん見たら分かるじゃない、そこまでしなくたっていいんだって」

 

「う……それはそうだけど」

 

 引き合いに出されると困ってしまうが、実際私の体には領主業務で筋トレの時間が取れなかったこともあり、あまり筋肉はついていない。

 大半の事が魔法でどうにかなってしまうので必要はないのだが、健康の為に少しぐらい時間をつくりたいところだ。

 今より少し幼い頃にはオルソンにつけてもらっていた護身術の稽古も、忙しくて最近はご無沙汰になっていることもあるし。

 

 そういえばこちらの世界ではあまり武術の技法は発達しているように見えなかったので、前世で小さい頃に手習い程度にやらされていた武道をオルソン達に見せる機会もあった。

 それまでは剣筋の鋭さだとか、やたらと力任せな技がもてはやされていたみたいだが、今頃はどうなっているのだろうか。

 そんな風に気を散らしていたせいか、忍び寄っていたヒルダの手に気づくのが遅れてしまった。

 

「――ぅわ!」

 

「太ってる感じでもないのに本当に柔っこいですね、結構甘い物お好きな筈なのに」

 

 肌着越しではあるが、急に腹を摘ままれれば慌てもした。

 情けない声が出てしまったのを誤魔化しつつ、流石に人前でそんな真似をしてきたヒルダを窘める。

 

「ヒルダ……そういう真似は流石に、時と場合を選ぼうか」

 

「あはは、いいじゃないですかこれぐらい。胸に触ったわけでもなし」

 

「いや同性でも胸を触ったりなんかしないでしょ……」

 

 あまり堪えた様子の見られないことを呆れていると。

 

「あれ? しないの?」

 

 マリアから妙なところに反応されてしまった。

 

「……しないのって?」

 

「うん、胸とか触ったりって。シシリーの実家って温泉地だから、遊びに行くと一緒に入ったりしてたんだけど、私達はそういうことも普通にしてたから」

 

 前世の知らない女子ワールドではそういうことも日常的だったのか、こちらの世界特有のやり取りなのか、予想外な事実にマジかと、天を仰ぎそうになる。

 ぐっとそれを抑えていると、ミランダが何か面倒なことでも思い出してしまったかのような遠い目をしていた。

 

「シシリーって、ああ、あの子ね……」

 

 合同訓練の際に、シシリーには騎士学院側の男子が熱を上げてしまっていたせいか、彼女からしても複雑な思いがあるようだ。

 

「ああいう子は男子からも好かれそうよね……まあ彼女にはウォルフォード君が居るんでしょうけど。そういえば今回はあの子と一緒じゃないの?」

 

「うん、研究会の皆はシシリーの領地で合宿することになったみたいだから」

 

 シシリー嬢の実家、クロード領の温泉地といえば国内でも有名だ。

 一瞬スパリゾートなんて言葉が頭に浮かんだが、今の時代ではそこまで開発も進んでいないだろうし、訓練後の体を労るには丁度良いとでも考えたのだろう。

 究極魔法研究会の面々が夏季休暇の間に強化合宿を計画していることは知っていたが、果たしてどんな訓練をしているのか。

 

「合宿か……あのウォルフォード君が指導してるんでしょ? なんだかすごいことになりそうね」

 

 ミランダは素直に感心しているようだが、こちらとしては頭痛のタネの一つであるので、聞いていて気が重くなる。

 結局、殿下は特殊部隊の創設を思いとどまることは無かったらしく、研究会の面々には着々とシン流の英才教育が進んでいる。

 偉大な賢者に育てられた新英雄の教えを、王族が息のかかった人間の間で独占させているなどと、他の国に知られたらどう思われるか。

 

 せめて殿下が自分は指導を受けず、監督に徹するというのならまだ少しは説得力もあるのだが、そんな素振りは微塵も見られず熱心に訓練に打ち込んでおられるようだ。

 もうすぐ王太子となるお方が前線に赴く腹積もりで居るのも呆れるが、自ら活躍したいあまり指導に制限をかけているのではないかと勘ぐってしまう。

 シンが圧倒的な実力で活躍する様は同年代である殿下達に対して、憧れと同じぐらいに劣等感を抱かせている可能性があることだし。

 

 そんな彼らが同じような実力を身につけ、活躍できる可能性を示されたら、飛びついてしまうのも無理はないのかもしれない。

 人の上に立つべき者としての教育を受けている筈の殿下までと考えると、嘆かわしい事ではあるが。

 これに関してはシンのように常識離れした魔法が扱えてしまう、私のような立場から言っても受け入れられ難いことだろう。

 

「そういえばマリアもここの施設で色々教わってるのよね、そっちの調子はどうなの?」

 

「ああ、それね……シンの魔法を説明されたときと同じぐらい衝撃の連続よ」

 

 こちらに来てから従来の体力トレーニング、魔力制御の訓練に加えて、ある授業を受けてもらっているマリアがその質問に眉根を寄せていた。

 現在では王都の学院で受けるのが主流である高等教育だが、将来的にはこちらの領でも行える学院の創設を目指している。

 その指導要領策定の一環として、彼女には魔法学院のカリキュラムには無いちょっとした理化学的な授業を受けてもらっていた。

 

 まだ二日目で初歩的な分野しか教えられていないはずだが、それでも物理法則なんて魔法でどうにかしてしまえる環境に馴染んだ人からするなら驚かされる内容だったらしい。

 

「ていうかアレって、シンの言う過程ってやつよね。まさかこっちでは当たり前に知られちゃってるの?」

 

「まだ研究院に出入りしてる人間ぐらいだよ、いずれは編纂して学問として確立してもらう予定だけどね」

 

 魔法を使用しない環境下で繰り返される実験の成果はそれなり、というか予想以上に上がっている。

 物理的な変化に干渉せず、観測する手段は魔法でどうとでもなることもあるだろうか。

 とはいえそれでシンのような魔法を扱える人間を量産しても困ったことになるので、早い内に対抗策も考えなければ教育には組み込めないが。

 

「私からしたら一体どうしたらそんなこと調べようと思うのよ、ってことばっかりだったんだけど……」

 

「……というより、皆が気にしなさ過ぎなだけなんだけどね」

 

 この世界の、という言葉を省いて口にした言葉にマリアが首を傾げる。

 まあそんな反応が返ってくるだろうとは予想していた。

 

「気にしなさ過ぎ、って?」

 

「そうだね……当たり前、の中身についてかな。例えば研究会に居たマーク・ビーンズ君だけど、彼ならウォルフォード君から教わるまでもなく、炎を高温にする方法なんて知ってるはずだよね?」

 

「うん……マークが? ああ……そっか!」

 

 察するところがあったのか、分かりやすくマリアがポンと手を合わせて理解を示す。

 鍛冶工房の跡取り候補だった彼、マークは自分で剣を打つこともあったらしい。

 そんな彼が金属を加工する技術を知らないわけが無く、高温の炎など日常的に目にしている筈だ。

 

 この世界の魔法の法則上、卓越した炎魔法を扱えるようになっていてもおかしくはない。

 にも関わらずそんな様子は無いのだから、いささか鈍感と言わざるを得ないのではないだろうか。

 当人の資質に左右されることとはいえ、人間というものは林檎が木から落ちることすら疑問に思うほど想像力豊かな生き物である筈なのだが。

 

 まあ殿下の直属部隊に入れば実家を継げなくなると理解しても「親父は現役だし、自分の子供に継がせれば良い」なんて言っていたらしいマークだ。

 家業に対してそんなに熱心でなかったのかもしれない。

 一人息子がそんな調子だったご両親と、期待を背負わされることになる、未来の彼の子供にはご愁傷さまであるが。

 

「当たり前……そっか、気にしてなかっただけで、そこら中に切っ掛けがあるのよね……シンが何言ってるのか分からない、なんて思ってたけど、考えるのを止めちゃ駄目だったかな」

 

 シンによる過程の説明に、これまであっさりと思考を停止していた自分を悔いているようにしているマリア。

 あの説明は随分と理論とかすっ飛ばしているようだったので、引き合いに出しては無理も無いと思ってしまうが。

 賛同できないとはいえ、どうやら私の影響で殿下直属の部隊というエリートコースから外れてしまったらしい彼女の事は正直気がかりだった。

 

 彼女もまた賢者様や導師様に憧れていたが、その気持ち自体が邪まなものであるわけではない。

 将来どんな魔法使いを目指すとしても、願わくば休暇中の経験が彼女なりの答えを見つける手助けになって欲しいものだ。

 そんな彼女のような人々を脅かされないよう、備えておくのは間違いじゃないだろう。

 

 各国の装備強化もあるが、それだけでは対抗しきれないだろうオリベイラのような脅威も確実に存在する。

 

「……仕事が一段落したら、私もトレーニング再開しないとね」

 

 日頃から鍛えなければ体力なんて落ちる一方だ。

 好ましい事態ではないが、私自身でなければ太刀打ちできない相手が出てきた時の為にも、無理は禁物だが時間を捻出しておきたい。

 

「ご無理はされませんようにね。それにほら、閣下みたいな方は運動し過ぎると――垂れたりとかしそうで色々心配でしょう?」

 

 この体で負担がかかりそうな部分を茶化すように言っているが、ヒルダも心配はしてくれているのだろう。

 無理をしていると思われないように調子を合わせ、軽く笑って返すことにする。

 

「平気だよ、休養は忘れないし。若いんだから靭帯治しておけばそうそう垂れもしないだろうしね」

 

 魔法の万能ぶりにあかせて、何気なく口にした言葉だったのだが。

 

「――お嬢、今何て?」

 

 勢いよくこちらへとヒルダの、だけでなくマリアやミランダの顔までもが振り向けられていた。

 そこに至って、胸が垂れる要因については誰かに教えたことが無かったと、今更になって気づく。

 自分から口にするのは気恥ずかしい話題であるからしょうがないと思っていたが、彼女達にとって聞き捨てならない情報であったらしい。

 

 薄着でぐっと詰め寄ってくる女性陣の圧力に焦るも、すぐに追い詰められてしまった。

 

「ターナさん、それちょっと詳しく」

 

「いや、その、ちょっと、近すぎるから! まず離れて……」

 

「そんなのいいですから、白状しないとお嬢が秘蔵してる酒の在処、ウーロフ様にバラしちゃいますよ」

 

 そうして一時ばかり、世界の危機だとか、領主としての責務だとかを忘れ、知り得る情報を吐かされることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく扱いに馴染んできた受話器を耳に、通信先へと口を開く。

 相手の方は目の前に居ない人物と話すことにまだ慣れないのか、声の調子が少しばかりぎこちないようだった。

 

「で、そっちの様子はどうだ? 魔人連中に動きは?」

 

『状況に変化は無い。が、油断は出来ん、国境線の監視はまだまだ緩められんだろうな』

 

 マーシァ領へ滞在してから一週間が経ち、ルーパーは軍務局長ドミニクとの定時報告がいつもと変わりないことに安心しながらも、魔人勢力の動向が読めないことに同じ程度の不安を燻らせていた。

 いつ危機が迫るか分からない情勢の中、特別に利用を許可された通信機でこうして連絡は取れていなければ、流石にルーパーもおいそれと王都を離れたりはしなかっただろう。

 

『そちらの、研修とやらの調子はどうなんだ?』

 

「ああこのままだとちっとばかり、まずいことになるかもしれねえな」

 

 最近発生したある悩みを漏らすと、受話器の向こうから息を呑む気配が伝わってくる。

 ルーパーからしてみればそれなりに切実な問題だったのだが、その反応には少しばかり罪悪感を感じさせられてしまっていた。

 

『何があった?』

 

「――酒が進みすぎる」

 

『……は?』

 

 くっくっく、とつい笑いを漏らしたルーパーの耳に、事が深刻でないことを察したドミニクの深いため息が届いた。

 

「流石に四六時中訓練浸けなんて気が滅入っちまうからな、息抜きに街まで呑みに行くこともあるんだけどよ。店数は少なくねえし、初めて見る美味い肴がそこら中にあって飽きがこねえ」

 

 初めの内こそ領の法により、異空間収納が使えないといった不便を感じていた魔法師団一行だが、今では帰る日が来るのを惜しむ者まで居る始末だった。

 酒の肴に限らず、遊技場や王都に存在するような劇場もあり、大衆的な娯楽に事欠かないことも拍車をかけている。

 

「ま、冗談はさておき順調ではあるぜ。魔人相手でも大分マシにやりあえるようになるかもしれん。想定通りに運用できれば、だがな」

 

 ルーパーが言うように、魔法師達は順調に付与技術を修めつつあった。

 しかし魔道具装備へ更新するには相応の予算がかかる、運用を上申してもすぐに採用されるかどうかは難しい所だ。

 被害は少なかったとはいえ、帝国との交戦はあったし、つい最近に殿下の鶴の一声でエクスチェンジソードが導入されたばかりでもあるので尚更。

 

『その辺りはお前達が戻ってから話を詰める必要があるな。ところでルーパー、話は変わるが』

 

「あん? どうした」

 

『賢者様のお孫様、ウォルフォード君がクロード子爵家の令嬢であるご学友と婚約されてな、王都でその披露パーティーが開かれることになった』

 

「婚、約? あの彼がか、そりゃあめでたいことだな」

 

 今や新英雄であるシンに婚約者が出来たというのは王国にとってそれなりの大ニュースになる。

 間違いなく慶事ではあるが、それを祝いつつもルーパーの胸の内が少しばかりざわついたのは、こんな情勢の中でという思いのせいか、彼と同年代の少女達が奔走し、厳しい訓練に打ち込む姿を間近で見ているせいか。

 

『その日は立会人として国王陛下も出席される、公爵様にも話は行くだろうが、一応伝えておこうと思ってな』

 

「陛下までか……」

 

 賢者様達と親しい現国王陛下なら当然そうなるだろう。

 警護の面ではクリスティーナやジークフリートが居るとはいえ、重要人物が集まりそうなその日に自分も戻っておくべきだろうかと一瞬考えるルーパーだったが。

 

「……了解した、また何か異常があれば連絡してくれ」

 

 決断には至らず、受話器を置いたルーパーはしばらく瞑目した後、肩を鳴らしながら通信用の部屋を出ていく。

 時分は夕刻、呑みに繰り出すには良い頃合いだったが。

 

 ――若い連中に負けてばかりもいられねえしな、魔力制御の訓練でもやっておくか。

 踵を返したルーパーの足は真っ直ぐに宿へと向かって行くのだった

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