転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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時間かけても全然書き進まないのは久しぶりで、かなり間隔が空いてしまいました。
ただ話してるだけの回は本当苦手なようでぐだりつつ申し訳ないです。
読んで頂いている皆様にはいつも感想やご指摘ありがとうございます。

ちょっと展開を急ぎ過ぎたのか主人公が理想主義者な感じ強く出てしまったようですね。もうちょっと小物に描写できたらいいのですが筆力不足を痛感します。
某地下墳墓の主とか絶妙なバランスですごい。


事後処理

 

 魔人達の拘束はつつがなく終わったが、唯一の負傷者となってしまった私は仮設された天幕で応急処置を受けていた。

 十分に深手と言えるぐらいの傷、というか手首から先が吹っ飛んでいたので、早目に治療できて良かった。

 といってもいくら回復魔法といえど、欠損はすぐに元通りとはいかない。

 

 魔法も物質をゼロから造り出すことはできないので、無理に治そうとすれば回復機能か体そのものか、いずれにしても負担が大きくなる。

 傷は塞いで痛みも無いが、完全治癒には少しばかりの日数がかかるだろう。

 付与を施したギプスで包んだ腕を首掛け紐に吊るし、ようやく人心地がつけられたところで。

 

「このような真似は二度と許さんからな。縛り付けることも辞さんぞ」

 

「はい……申し訳ありませんでした」

 

 待ち構えていた祖父にあの説得行為について、絞り上げられることになった。

 いくら強力な魔法が扱えるからといって、あそこまでの無茶をやらかせばこうもなるだろう。

 致命傷は防ぐつもりでいたが、この手に受けた痛みで平静を失い、もし追い打ちを受けてしまっていたら、防げた保証は無い。

 

 男性より女性の方が痛みに強いというのは本当なのだろうか。

 真実ならこの時ばかりはこの身に生まれたことを感謝できるかもしれない。

 

「まったく、お前と言うやつはどうしてこんな無茶をするのか……その目のときも、ロジーヌを泣かせただろう」

 

 怒りながら嘆くようにしている祖父の言葉には、ただ詫びることしかできない。

 多くの責任を預かる身として、この身を軽々しく扱ってはならないことは重々承知していた。

 無暗に危険に晒すようなことは無責任でしかなく忌むべきこと、そう戒めてはいるのだがこうして無茶をしてしまうのは――死ななければ安い、どこかでそう考えてしまっているからかもしれない。

 

 迷惑をかけてまで無理をする必要はない、けれど終わってしまった後で、ああしておけば良かったなどと後悔しても遅い。

 前世で親よりも先に死んでしまう、特大の親不孝をしでかしてしまった身としては特にそう思ってしまうのだ。

 もっと会っておけば良かった、孝行しておけば良かった。

 

 自分の死を悲しんでくれると確信できる家族だっただけに、転生し記憶を取り戻した後は、そう悔やんだ日々も多い。

 明日できることを今日やる必要はない、前世でも今世でもそんな考えでの後悔を経験してしまった。

 命を捨てる気なんてさらさら無いけれど、全て上手くいく冴えたやり方が思いつかないのなら、せめてぎりぎりまであがいてみたい。

 

 下手をすれば多くを失いかねないけれど、それが二度目の人生、今日に至った自分の生き方だった。

 しかし他の人がそれを許してくれるかというのはまた別のお話で、祖父の様子を見れば今後同じような真似は許してもらえないかもしれない。

 

「彼らはどうしていますか?」

 

「指示通り、まずは飯を食わせている。まともな食事は久しぶりだろうが、そのせいか今は大人しくしているようだな」

 

 捕らえた魔人達にはひとまず食事を摂らせるよう指示していた。

 事態がどう転ぶにせよ、飢えていては余裕がなくなり判断も鈍くなる。

 どれほど効果があるかは分からないが、せめて腹ぐらいは満たしてもらっておこう。

 

 後は彼らに科す罪状と制約を詰めていかなければならないが、まだその前にやっておかなければならないことがある。

 

「お爺様、お叱りを受けた後だというのに申し訳ありませんが、すぐに王都へ向かわなければなりません」

 

「何?……魔人達の鎮圧が終わったことなら、こちらから通信を入れるが」

 

「いえ、魔法通信は導入が始まったばかりです。重要な案件を伝えるには向こうも気が休まらないでしょう。何より――」

 

 本当に事が済んだのかと、心配して文字通り飛んできそうな方々が居る。

 彼らがウチの領地へやってくるのは阻止しておきたい、対応が面倒そうだ。

 そんなこちらの本音を聞いた祖父は複雑そうに顔をしかめ、ややして重いため息を漏らす。

 

「アルティメット・マジシャンズだったか。徴用どころか本当に学生の特殊部隊などが創設されるとはな……世の中も変わったものだ」

 

 世の中がというより、良くも悪くも変わっているのは彼らだけではないかというのが本音だが、そこは口に出さず苦笑いして誤魔化しておく。

 気を抜くとつい不敬な物言いが口をついて出てしまいそうだ。

 

「確かに面倒なことになりそうではある。やむを得んか……」

 

 まず賛同を得られないだろうこちらでの魔人達の処遇について、話さなければならないのは気が重い。

 大分血を流してしまったし、本調子からは程遠いコンディションだがそれでも、この決断に踏み切った私が行くべきだ。

 

「ただし、護衛にオルソンの倅共を連れていけ。こればかりは絶対だ」

 

 倅共、というのは幼い頃の外国巡りの最中に出会い、今ではオルソンの養子に収まったグリードとグランの二名を指す。

 彼らなら戦闘魔道具の扱いに習熟した腕利きでもあるので、護衛として申し分ない。

 

「それと、事が済んだならすぐに戻り休むのだぞ」

 

「はい、承知しました。説明に少し手間取るかもしれませんが……」

 

「だろうな。今のお前にあまり無理をさせたくはないが……ふむ」

 

 言葉の最中に考え込むような間を挟んだ祖父の、次の言葉には少しばかり意表を突かれてしまう。

 

「ターナ、追及が面倒となればだがな――賢者様、導師様の判断を仰ごうとしてみろ」

 

「賢者様がたの、ですか?」

 

「わけあって詳しくは言えん。しかしかの魔人については王国にも色々とあってな、我々が魔人達を投降させることができた今なら、陛下も無視はできんはずだ」

 

 世界初の魔人を討伐した英雄である二人。

 むしろ魔人の脅威を最も熟知していそうであるのに、どうしてそんな人物を頼れというのか不思議だったが、爺様には何かしらの確信があるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな助言を受け、転移魔法で王城までとんぼ返りしてすぐに、慌ただしく周辺を駆けていた兵達がこちらに気づき顔をハッとさせる。

 

「マーシァ閣下!? お戻りに――そのお怪我は」

 

「ああこちらは気にしないでほしい。それよりもできれば陛下にお目通り願いたいのだけど、取り次ぎをお願いできるかな?」

 

 侵攻してきた魔人たちの鎮圧が終わった事を告げると、更に驚いた様子を見せながらも兵士の一人が報告の為に城の奥へと駆けていく。

 

「スイードにも出たという話でしたが、そちらは大丈夫だったのでしょうか」

 

「さて、あちらも同じような魔人しか居なかったのなら、殿下達が後れを取るとは思えないけどね」

 

「例のアルティメット・マジシャンズってのは十人ぐらいしか居ないんでしょう? そんなにすごいんすか?」

 

「それはなにしろ新英雄が直々に鍛えた部隊だから。並の軍隊じゃ太刀打ちできないはずだよ」

 

 待つ間、傍に控えているグリード達はスイードの情勢を気にしているようだったが、あちらにも連絡員は滞在させている。

 もし不測の事態があれば通信が入っているだろうから、彼らだけで撃退できたのではないかと予想していた。

 シンが持つ災害級すら仕留めれる魔法技術に、国宝級の装備を独占しているのだから、それぐらいはやって頂かないと困るというものだし。

 

「――お待たせしました。陛下がお会いになるそうです、会議室にてお待ちですのでご案内致します」

 

 そうしている内に、思ったよりも早く戻ってきた兵士が礼を取り告げてくる。

 

「ありがとう。ところでスイードへの対処がどうなったかは伝わってきているかな?」

 

「はい。既にアルティメット・マジシャンズの方々により撃退が完了し、皆様つい先ほど転移魔法にて戻られております」

 

 答えてくれた兵士の表情は実に誇らしげなものだ。

 自分の国の王太子や尊敬する英雄による華々しい活躍を間近で見ればこうもなるだろうか。

 その内容について少し気にかかるところだが、そこまでは聞くまでもなくすぐに知れることだろう。

 

 案内された先の会議室の扉が開かれた先には国王陛下だけでなく、シン、アウグスト、そして究極魔法研究会のメンバー。

 アルティメット・マジシャンズの面々が勢揃いしていた。

 

「マーシァ公、無事だったか――む」

 

 しょうがないことだが、私の吊っている腕を見て、陛下だけでなく皆が顔色を変える。

 そんな彼らを見る限り、スイードに向かった面々に負傷者は出ていないようだ。

 後ろの二人にマジシャンズメンバーから物珍しそうな視線も向けられているのを察して、一応断りを入れておく。

 

「こちらの二名は私の護衛です、同席してもよろしいでしょうか?」

 

「それは構わないがマーシァ、その傷は……もしや、そちらにあのオリベイラが現れたのか?」

 

「いいえ、こちらの領にやってきた魔人達は元平民の者しか居ないようでした。この傷は私の自業自得のようなものですので、あまり気にされないで下さると助かります。スイードで彼の姿は見えなかったのですか?」

 

「……? ああ、スイードに現れた連中も元平民ばかりだったようだ。聞いていたオリベイラらしき魔人の姿は確認できていない」

 

 となると、王都に転移する間際に報告を受けた、あの話は口から出まかせというわけでもないかもしれない。

 

「まず治療を受けなくても良いのか? シンならばその傷も治せるかもしれんぞ」

 

「こういった傷は急速に治すのも体に無理がかかりますので、お気遣いだけありがたく頂きます」

 

 回復魔法までこなせるらしい、シンの技術がどれほどのものかは不明だが、流石に彼でもノーリスクで深手を治癒できるとは思えない。

 それに片手が使えないのは不便ではあるが、もし貸しをつくったと思われでもしたら面倒であるし、遠慮させて頂こう。

 

「そうか……それにしても、先ほど通信による報告も届いたが、本当にそなたの領地だけで対処できたとはな。して被害の方はどうか?」

 

「損害と呼べるものはありません。強いて挙げるなら部隊の運用にかかった費用ぐらいでしょうか」

 

「……なんだと?」

 

「もとより魔人の動向については警戒しておりましたし、万全の態勢で迎え撃つことができました。なぜか領都を目指していたようでしたから周辺都市の住民を避難させる必要もありませんでしたので」

 

 大体からして他国に攻め入るのに、手ごろな立地に橋頭堡を確保するでもなく、いきなり中枢めがけて突撃してくる無謀っぷり。

 魔人ならやれるという考えがあったにしても彼らの侵攻は杜撰に過ぎた。

 聞けばスイードの方もまっすぐ王都を強襲してきたという話、失敗を懸念していないかのようですらある。

 

 一瞬、戦闘状況を観察していた魔人が居たという報告が脳裏をよぎるが、まだ情報も整理できていない。

 そちらは後ほど正式な形での報告にまとめさせてもらうとしよう。

 被害がゼロとは予想していなかったのか、呆気に取られている様子の陛下にこちらからも気にしていることを尋ねていく。

 

「スイードの方では被害が出たのですか?」

 

「……既に百人前後の魔人達が王都に迫っていたからな、我々は城壁の外で迎え撃ったが、僅かにあちらの軍に死傷者が出ている」

 

 十人ばかりの彼らではカバーするにも限界があるだろうことは明白なので、殿下の返答を予想はしていた。

 とはいえ他国となればこちらの領地から兵を回したとしても、十全に対応できた保証はないので、犠牲については悼むことしかできない。

 シンが合同訓練の時に見せたような広範囲の爆発魔法を使用していたなら状況も違ったかもしれないが、その場合はスイードの王都周辺が焼け野原となったことだろうから、流石に彼でも踏み切れなかったことだろう。

 

「にわかには信じがたいのだが、本当に被害なく事を済ませたというのかね?」

 

「はい。詳細は後ほど情報を整理し改めて報告させて頂きます。ダーム王国軍から我が領に滞在しておられる方も事態を観察しておられましたので、そちらに確認していただいても構いません」

 

「ふむ……いやすまぬ、そなたが虚偽の報告をするとは疑っていない。単独で魔人を撃退したそなたの力量には改めて感心している」

 

「お言葉ですが、この度迎撃に当たったのは我が領の兵士達です。現地に到着した時には魔人たちは既に無力化されておりましたので、私が手を出す必要はありませんでした」

 

 数で言えばスイードの方が多勢だったようだが、シン達以外に魔人の相手が出来る集団が居るなどと信じられなかったのか、居合わせる面々が息を呑む気配が伝わってきた。

 そしてこちらも予想していたことではあるが、陛下と殿下の顔つきに驚きだけでなく警戒するような色が差したのも分かる。

 

「うそ……兵隊さん達だけで片付いちゃったってこと?」

 

「そりゃあ俺たちもそんなに強くないなって思いましたけど……スイードの人達は手も足も出てなかったっすよ?」

 

 一応この場は陛下の御前であるのだが、アリスやマークらは口々に囁き交わし驚きを示している。

 しかし王族の方々には自由な発言を気にするようすもなく、相当にフランクな付き合いを許容されているようなので、気にしない方が良いらしい。

 

「……マーシァ公」

 

「はい」

 

「犠牲が出なかったのは喜ばしい事である。しかし魔人の集団を討伐せしめるだけの戦力を一領土が有しているというのが事実であるのなら、いささか懸念を示さざるを得ない」

 

 以前から一国が強大過ぎる力を持ってしまうことを憂慮する発言をなさっていた陛下なのだから、やはりそうした危惧を招いてしまっているのだろう。

 ならば我が領の兵士達は大人しく殺されておけばよかったのかだとか、殿下の特殊部隊を容認しておいて何を今更だとか、言ってしまいたいことは色々ある。

 しかし直接的な指摘がどうしてか通じないことも最近分かってきたので、アプローチの仕方は変えていく必要があるだろう。

 

「陛下のご懸念については理解しているつもりです。しかし我が領で軍備を充実させているのはあくまで防衛の為、決して領土拡大を図ろうなどとする野心はないことをご理解頂きたく存じます」

 

「それはそうであろうが、他国がそれを額面通りに受け取ってくれるとは限らぬぞ。国内であっても疑いの目を向ける者が出かねん」

 

 同じ言葉をご自分のご子息にもかけて欲しいものだが、賢者様やそのお孫様と同じグループは例外とでも言うのだろうか。

 彼らの聖域めいた扱いが実にやるせないが、今ばかりは貧血で倒れかねないので深く考えるのを止め、言葉を継いでいく。

 

「陛下、まず魔人達の鎮圧に用いた装備ですが、実際にはそこまでの脅威に値しないものです」

 

「む……? どういうことか」

 

「兵に行き渡らせている量産魔道具ですが、付与されている魔法は王都の魔法師団が扱うものと比べてもそう差はないものです。そちらの皆様が身に着けておられるような装備の前には容易く無力化されてしまうことでしょう」

 

 一部のハイエンド品なら話は別だが、こちらは量産しているわけではないこともあり今は伏せておくことにする。

 グリードとグランもそこを誤魔化したことよりも、アルティメット・マジシャンズ達がそんな装備に身を包んでいることを小さく驚いているようだった。

 

「これは魔法師団のルーパー団長からも認識していらっしゃるはずです」

 

「それが真実であるなら、どうやって魔人の脅威に対抗できたというのだ?」

 

「まず侵攻に加わっていた魔人達はいずれも魔法の心得がなかった平民の者ばかり、語り継がれる魔人とはその実力に遥かな隔たりがあると予測します。おそらくアールスハイドの軍をもってすれば対応は可能だったでしょう」

 

 そこで陛下がアウグストの方へと視線を向ける。

 実際に戦った人間の意見を求めたのだろう、迷うようにしながらも殿下が発した言葉はこちらの評価を否定するものではなかった。

 

「……間違ってはいないでしょう。私たちはほぼ無傷でスイードの魔人達を討伐しましたが、あれら全てに一国を滅ぼすほどの力があったとは思えません」

 

「むう……そのようなことが」

 

 強くとも圧倒的とまではいかない個人の力量、数の有利が生かせる戦場。

 魔人達の撃退が危なげなく終わったのは相性や環境に恵まれたところが大きい。

 兵の質が上がっていたとはいえ、個人個人で見ればシン達の比ではないのだから、オリベイラ級の魔人が確認されたなら即座に撤退させる手筈は整えていた。

 

「捕らえた魔人達はいずれもまともに教育を得ることのできない、似たような境遇の者ばかりのようでしたから、過去の魔人と同列に語るには無理があるでしょう」

 

 おそらく彼らは訓練の一環で森林の一画を吹き飛ばすようなこともあったという、アルティメット・マジシャンズのような大規模破壊もできはしない。

 そういった性質の違いを挙げていくのだったが、やはり一部分を聞き逃さなかった陛下の眉根が険しく寄るのは避けられなかった。

 

「待て、今……捕らえたと聞こえたが、何かの間違いではないのか?」

 

「いいえ、確かにそう申しました。我が領に攻めてきた魔人達は全て拘束し、捕らえてあります」

 

 陛下の、そしてアルティメット・マジシャンズらの顔色が驚愕に染まる。

 予想した通り、この方々の魔人に対する認識はそういうものであるらしい。

 

「正気かマーシァ!? いつまた暴れだすか知れない連中を捕らえるなどと、あり得ん話だろう」

 

「あり得ない、とは――もしや皆様はスイードの魔人達を皆殺しにされたのでしょうか?」

 

 聞き返すと、そんなことを聞かれるのが心外だとばかりに殿下があっさりと答えて見せる。

 

「無論だ。劣勢が明らかになるなり逃走を図ったいくらかの魔人共は逃がしてしまったがな」

 

 なんら引け目なく毅然と言い放ってみせる殿下に、同じような反応を示してみせているマジシャンズの面々。

 彼らもつい先日まで軍属になく、刃傷沙汰とも縁遠い、人殺しなど経験したこともなかった筈の学生たちだったというのに。

 魔人化しているとはいえ、言葉を交わせる人の形をしたものを何人も殺めてきておいて、それを引きずる様子もない。

 

 一体どんな特訓を施せば、多感な年頃の少年少女がそんな境地に至れるというのか、空恐ろしくすらある。

 

「ターナさん……魔人を捕まえたってのはすごいと思うけど、どうするつもりなんだ? カートの時は俺もなんとか人に戻せないかって試したよ。でも……スイードに攻めてきた魔人達は、もうそんなこと言ってられるような連中じゃなかった」

 

 沈痛な面持ちでシンが発した言葉に、他のメンバーも頷き同意を示している。

 

「あいつら、兵隊さん達をいたぶって楽しんでたんだよ?」

 

「明らかに自分の力に酔ってるって、感じだったねえ」

 

「元が人間でも、弱者をいたぶって愉悦を感じるようなクズに成り下がってた。犠牲を増やさないためには仕方ない」

 

 続けてアリスにトール、リンが口々に魔人を非難しているように、彼女らが自分たちの正当性を疑っている様子はない。

 他のメンバーも気持ちを同じくしているようで、こちらへ向けられる視線には不服そうな感情が込められている。

 確かに一方的に侵略し、容赦なく人々を害そうとしたのは魔人達、シン達に責められるいわれはない。

 

 ただ傷一つ負わず、魔人達を圧倒できるだけの力を身に着けておきながらそんなことを言ってのける彼らには少しばかり、我が身を省みて欲しいと思うのは傲慢なのだろうか。

 

「魔人達の残虐性については否定しませんが、だからといって彼らを鏖殺(おうさつ)してしまうというのはいかがなものでしょうか」

 

「そうせざるを得ないだろう、奴らは到底話の通じるような手合いではない。お前ほどの者が、そんなことも分からなかったというのか?」

 

「はい。そもそも残虐性など、人は魔人にならずとも持ち合わせているもの。罪は罪ですが、魔人ならば法の下に裁く必要すら無いとまでは思いたくありません」

 

 彼らが共通認識としているだろうところへ、明確に反対してみせたことでこちらの正気を疑うような気配は一層強まった。

 

「そ、そんなわけが――」

 

「無い、などと、まさかお考えになっているわけではないでしょう殿下?」

 

 無礼を承知で言葉を挟ませてもらうと、反論しようとしていたアウグストが言葉を詰まらせる。

 この国の王太子などという身分にある人間が、あの帝国の内情について把握していなかったなどと言うのなら呆れるほかないが、そこまでは至らなかったらしい。

 

「……オーグ、ターナさんは何を言ってるんだ? 魔人が危険な生き物だってことぐらい、誰でも分かると思うんだけど」

 

 遠回しな言い方をしたこともあり、こちらの言わんとするところに気づけないらしいシンが不思議そうに聞いている。

 推測している通り、彼が前世の記憶を持つ者であれば察することもできそうであるが、そうならない辺りよほどの早逝だったか、それとも私の知る世界とは似て非なる世界からでも生まれ変わったのか、疑問だが今は隅に置いておこう。

 

「魔人となった彼らの気性、その由来を思えば酌量の余地があるのではないかという話ですよ。そうですね……まずウォルフォード君、クロードさんとのご婚約、おめでとうございます」

 

「えっ? あ、ああ……ありがとう」

 

 こんな空気の中で祝われるとは思ってもみなかっただろう、こちらがかしこまっていることもあり戸惑いながらも礼を返してくるシン。

 何を言い出すのかという気配を周囲から感じながら、目的へ向け言葉を繋がせてもらう。

 

「ウォルフォード君、これからお話しするのは例え話ですので、どうか気を荒げずに聞いて下さると助かります」

 

 幸いにして、陛下もマジシャンズの面々もこちらの言い分を聞く姿勢を取ってくれている。

 こうした理知的な面もあるのだから、説得力を示せれば多少の理解も得られるのではないかと期待したい。

 

「奥ゆかしく見目麗しいクロード嬢はウォルフォード君にとって大切な人でしょう。一般的に多くの男性が羨むような存在でもあるかと思います」

 

「ま、まあそう、かな」

 

 俗に言えば自慢の彼女だろう、シシリーに対する誉め言葉に、シンは照れくさそうにしながら同じような反応を示しているシシリーと視線を交わしている。

 二人の仲が親密であることは疑いようもない、例として挙げるのにも丁度いいだろう。

 

「しかしある貴族がクロード嬢に目をつけ、権力をもって強引に婚約を破棄させ、己の妾とするために(かどわ)かしたとしましょう」

 

「なっ……そんなこと、許すわけがないだろっ!」

 

 前置きはしたはずだが、シンは目を剥いて憤りを露わにする。

 彼女のことをそれほど大事に思っているということなのかもしれないが、今はもう少し冷静さを保ってほしい。

 

「落ち着けシン、例え話だ。第一、この国でそんな真似は許されない。マーシァも二人の間を知るなら趣味が悪いのではないか?」

 

「いいえ殿下、皆様にご理解頂くためには適切な例えであるかと思います。ウォルフォード君、殿下が仰るように、私が今口にしたような出来事もアールスハイドにおいては起こりえません。貴族の横暴は禁じられていますし、貴方にもそれを拒む力があります」

 

 何より賢者様のお孫様を相手に、そんな不届きな真似をしでかせる人間が居るわけがない。

 そんな横暴貴族が居たとしたら、彼から魔法で文字通りに吹き飛ばされそうだ。

 

 流石にそこまではしないだろうけれど……しないよな?

 

「しかし、かのブルースフィア帝国はそんな横暴がまかり通る国だったのですよ」

 

「ブルースフィアって……え?」

 

 横暴な貴族を取り締まる法も意識も無く、抗うような力を持つ平民など居ない。

 その事実を正確に認識していなかったらしいシンはしばらく硬直していたが、やがておそるおそるアウグストに尋ねた。

 

「帝国って、まさかそこまでひどい国だったのか?」

 

「それは事実だ。あの国における貴族の腐敗ぶりは、他国から見てはっきりと目に余るものがあった」

 

 テレビ放送やインターネットのように、国外の情報を容易に得られる媒体がまだ無いこの世界では、隣国の内情に対する理解にも立場によって差が生じる。

 アウグストに近い立場に居たトールやユリウスらの反応は控えめだが、残るマジシャンズメンバーからは大なり小なりの動揺が窺えた。

 

「かの国における、平民階級の人々に対する扱いはむごいものでした」

 

 過酷な労働に、食い扶持を考えないような重税など序の口。

 態度が気に入らなかったなどという理由だけで私刑に処されてしまうことすらあったという。

 例えとして挙げたように、婚約者を戯れに奪われる者も居たようだ。

 

「権力に酔い、平民をいたぶり愉しむ、魔人とならずとも人はそうした性質を持ちうる生き物です。彼らは魔人となったから残虐になったわけではありません、スイードで皆さんが目にしたのは虐げられた過去により歪んでしまった結果に過ぎないでしょう」

 

「……だとしても、人々を脅かす魔人の行いが許される道理は無い。人類の敵となる道を選んだのは奴ら自身だ。それを助けようなどという考えは誰にも受け入れられはしないぞ」

 

 こちらの言葉が同情的なものに聞こえたのか、少し誤解しながらもアウグスト殿下は変わらず険しい表情を向けてくる。

 だが私は彼らのように、魔人とは人と非なる生物であり、これを殺すことは仕方のないことであるとでも言うように振舞う気にはなれない。

 もし殿下の言葉を元平民の魔人たちが聞けば、こんな風に考えてしまう者も居るだろう。

 

 ――腐った貴族共にはなんの手も出さなかった癖に、俺達にはそんなことを言うのかと。

 

 実際、圧政に晒される自分たちをどうして他の国々は助けてくれないのかと、考えていた帝国民は数多い。

 もちろんそれは口にするほど簡単な話ではなく、どんなお題目があったとしても大国であるブルースフィアを相手に戦争を吹っ掛けれる国がそうそうあるはずもない。

 実力行使で圧政者を排斥できたとしても、残された帝国民の処遇、生き残った貴族により内乱の火種が生じる可能性、様々な問題が山積する。

 

 だからといって、帝国民に自分たちの境遇を諦めろというのも酷に過ぎるだろう。

 殺してきた魔人たちが、どんな思いでそこに至ってしまったのか、少しぐらい考えてもよさそうではあるが、世界を守るために戦っているのだという自負はその程度の情けも捨てさせてしまうのか。

 

 自分の力に酔っている、というのは、彼らの身にも刺さる言葉のように思える。

 

「私は彼らを保護したつもりはありません。我が領においては魔人であっても人として扱うというだけのことです」

 

「人として? どういうことだ」

 

「捕らえた魔人たちはその罪状を明らかにし、法にのっとり量刑を定めていきます。罪を償い終えたとしても、監視を解くかまでは今後の経過次第とし、この姿勢を他領、他国にまで求めるつもりもありません」

 

「マーシァ公。確かにそなたの領には格別な自治権がある。しかしそのような外患を抱え込むような行いまでは承服しかねるぞ。その魔人たちが潜めていた本性を現し、人々に害を為したならどうするつもりか?」

 

 国王としてこの事態を看過できないだろう陛下からはやはり了承は得られないようだ。

 だがここで踏みとどまれなければ、魔人たちに対しての言葉が嘘になってしまう。

 

「――その時は、この爵位を剥奪されることになろうとも構いません。私自身もいかなる処分だろうと受けいれる所存です」

 

 代々受け継がれてきた、由緒あるこの爵位には肩書だけでない、先人たちの想いが積もり重なっている。

 伝統を否定することはそれを大事にしてきた人々の思いを蔑ろにするようなことでもある。

 軽々しく投げ出すようなことは言うべきではない、それだけに陛下であっても息を呑んでたじろぐ姿を見せていた。

 

 既に魔人の暴走を防ぐ手段を講じてあるからこその見栄切りだったが、そこまで教えてしまう必要はない。

 

「……そなたの覚悟は理解した。しかし……これはどうしたものか」

 

 沈痛な面持ちを陛下から向けられたアウグストが同じように眉根を寄せ苦慮を示している。

 ただ意見を求めているわけではなさそうなその雰囲気を訝しんでいると、殿下の方から口を開いてきた。

 

「マーシァ、対策はどうあれ、魔人たちが大人しくしている保証が無いことには変わりない。その怪我も、奴らを殺すまいと無理をした結果ではないのか?」

 

「その通りです。しかし――最終的に彼らが説得に応じ、降伏を受け入れたことを鑑みれば、その甲斐はあったと考えています」

 

 自分たち以外の生命にろくな価値も見出さない、帝国貴族を相手にした交渉であれば、要求される代価はこんなものでは済まない。

 シン達が魔人に対してどんな手段で接触し、殲滅に至ったのかは分からないが、魔人たちが説得に応じたという事実はよほど信じがたかったらしく一様に驚愕を露わにしている。

 

「それに今回の侵攻は魔人や帝国民としての特徴を考慮しても、腑に落ちない点が多くありました。捕らえた者たちに事情を聴取すれば、調査しきれなかった帝国内部の動きについて知ることもできるでしょう」

 

 魔人たちを捕らえた利点の一つに、その時にして思い至ったらしい陛下や殿下が顔色をハッとさせる。

 警戒されていたオリベイラの姿も無く、報告されていた大量の魔物も引き連れずに、元平民ばかりが無謀な襲撃に及んだ経緯について、皆殺しにしてしまったシン達には知ることができない。

 生け捕りにすることも難しくはなかっただろう、圧倒的な力量を身につけながら、貴重な情報源を潰してしまったことを今更ながらに把握した殿下は冷や汗を垂らさんばかりだった。

 

「――利点もあることは分かった。だが世界征服などと大それたことを目論むような魔人が存在するのもまた事実だ。多くの人々が危機に瀕していることに変わりはない。これから他の国々と連合を組む上で、我が国がその方針を受け入れることはできない。魔人たちの監視にはこちらから条件を設けさせてもらうぞ」

 

「それにはこちらもやぶさかではありませんが、過度な干渉は控えて頂きたいと考えております」

 

 魔人たちにこれ以上の不信感を植え付けてしまいそうな要求を突き付けられても困るのだが、相手方からは不服そうな気配が窺える。

 こちらとしては今の殿下の発言には気になるところもあったし、平行線に終わりそうな気配のする問答は早めに済ませてしまいたいのだが。

 

「この場だけでは判断できないこともあるでしょう、改めて場を設けるのが良いかと存じます。そうですね……魔人の問題とあらば、参考に賢者様がたのご意見など賜ることをできるかもしれませんし」

 

 思い出したウーロフ爺様からの助言を告げてみるが、さて効果の程はどんなものだろうか。

 窺い見ればどういうわけか、シンや殿下は悪い案ではないとばかりの反応を示す中でただ一人、ディセウム陛下のみが虚を突かれたような顔をしていた。

 

「爺ちゃん達にか……話を聞くぐらいならいいんじゃないか?」

 

「そうだな。何よりかつて魔人を討伐されたお二人だ、誰よりも魔人の危険性は熟知しておられるだろう。……流石にマーシァでも賢者様がたの反感を買うようなことは避けているのか?」

 

 都合の悪い結果となりそうな意見をこちらから提示したことで、殿下などは不審そうに小首を傾げていたが、他のメンバーはマーリン様ならと懸念していない様子だ。

 かの英雄お二人が、魔人を擁護するはずがないと信じ切っているのだろう。

 だがそんな空気に水を差すかのようにして、国王陛下の咳払いが響く。

 

「う、む……確かにマーリン殿やメリダ殿に意見を求めるというのは悪い判断ではない。しかし既に一線を退かれているお二人に、重荷を背負わせるようなことは控えるべきかもしれぬ」

 

「父上? かのお二人であればその程度の助言ぐらい授けて下さると思いますが」

 

「アウグストよ、合宿の折にもお二人が懇意にして下さったことは聞いている。しかしそれはあくまでお二人のご厚意あってのこと、こちらから協力を求めるような真似は極力すべきでない」

 

 陛下の否定的な姿勢には、シン達だけでなくこちらまで少しばかり呆気にとられてしまった。

 シンが特殊部隊に組み込まれていることや、殿下に国宝級の装備を受け取らせておきながら、今になって意見を求めることをどうしてそこまで躊躇うのか。

 これは祖父の言う通り、世界初の魔人にまつわる言い伝えには何かしらの事情が抱え込まれていそうだ。

 

「マーシァ公。捕らえた魔人の扱いについては熟慮する必要を認める。今後の動向を観察しつつ協議の場を後に設けよう。場合によってはマーリン殿に意見を求めることになるかもしれんが……それまではそなたの領の法による処断を尊重する。無論、緊急時の連絡手段については協力してもらいたい」

 

「……承知しました。手始めに王都との連絡経路の整備を急がせます」

 

 無線式の通信機を融通しなければならないかもしれないが、すんなりと猶予が与えられた。

 効果が覿面(てきめん)に過ぎて怖いぐらいだが、一体どういう裏事情があるというのか。

 何はともあれ目的は果たせたことで少し気が和らぐのを感じる。

 

 最後に一つだけ、確認してからお暇させて頂くとしよう。

 

「では、事後の処理も残っておりますので、私は領へと戻らせて頂きたいと思いますが――殿下」

 

「――む、なんだ?」

 

 陛下の心変わりに困惑した様子のアウグストに水を向ける。

 

「先程、他の国々と連合を組むと発言しておられましたが、それはどういった意図によるものでしょうか?」

 

 魔人たちに対抗するためのものと考えるのが普通だが、現状この国を除いてまともに魔人に対抗できる戦力を持つ国など存在しない。

 アールスハイドと並び大国と称されるエルス商業国、イース神聖国であってもそれは同じことだろう。

 おそらく一方的にアールスハイド側が戦力――アルティメット・マジシャンズを差し向けることになりそうだが、それで連合というにはニュアンスが引っかかる。

 

「そうそう殿下、スイードの手応えからして、魔人ってあたし達だけでも討伐できる気がするんですけど、連合なんて組む必要あるんですか?」

 

 シン達の間でも伝えられていなかった議題なのか、アリスが不思議そうに殿下へ問いかけている。

 

「そうだな、他の国の戦力では、まともに魔人と戦うことすらできないだろう」

 

 他国の戦力があてにできないことは殿下も理解しているらしい。

 こちらの領から技術指導を行った国々の魔道具が使い物になるにもまだまだ時間がかかるだろう。

 尚更どうしてと言わんばかりの視線を集めながら、アウグストは神妙な面持ちでその言葉を告げた。

 

「しかし、我々だけで魔人を討伐したとなると、アールスハイドの功績が大きすぎる」

 

 …………はい?

 

 一拍遅れて殿下の言葉を理解した瞬間、意識が遠のくのを感じてしまった。

 

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