転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
どうにかペース戻したいところですね、年末休みいっぱいもらいたいですが望み薄な悲しみ。
片手が使えないこともあるが、しばらく当主としての執務は大部分をお爺様たちが代行して下さることになった。
休養に努めろとほのめかされているのだろうけれど、昨今の情勢の中でただ惰眠を貪っているわけにもいかず、執務室で報告書に目を通し始めた矢先にやってきたのが彼。
「いやー大変だったみたいですなあ。まあどうにか切り抜けられたみたいで、ほっとしましたわ」
仕立ての良い服を着込んだ壮年男性、商会の営業担当として領外に出ていることが多いダミアンはそんなことを言いながら、からりと笑って見せた。
身なりはしっかりしていた方が取引相手に対して印象が良いのだとかで、頭髪も几帳面に整え、にこやかな表情を浮かべるその見た目は相変わらず好人物然としている。
彼の出身国であるエルス訛りは敬語に直すのが面倒らしいので、大分くだけたしゃべり方を許している一人でもあった。
「やると言ったからにはやらないとね。そんなことより、貴方は何か言っておかなきゃならないことがあるんじゃないんですか?」
「たははっ、流石に耳に入っとりましたか」
悪びれもせず、笑いを少し意地悪そうに歪めたダミアンにはため息が漏れそうになる。
耳が痛い、というよりむずがゆくなってしまいそうな例の噂は既にこちらの耳にも届いていた。
ついでに目の前の人物が行く先々で、噂を助長するかのように魔法で地方の村の災害支援などをしていた私の幼い頃のエピソードを広めていたことも把握している。
「勝手をしたことは申し訳ありません。けどまあ、そのぐらいは堪忍しといて下さいよ。魔人を受け入れるなんて無茶するんやったらプラスになりそうな要素はいくらあっても困らんでしょう?」
「それは確かに、そうだね……」
言われた問題を前に考えれば、持ち上げられて恥ずかしいなんて言ってられない。
良い評判が広まってくれるのは喜ばしいこと、ではあるのだが。
「それにしても聖女、かあ……どうしてあの国の人達がそんな呼び名を使うかな」
噂の発端となったダーム王国は、近隣諸国の間で唯一認知されている宗教、創神教の信仰が篤い地だ。
そして聖女とは創神教の現教皇、エカテリーナ猊下がかつて呼ばれていた二つ名でもある。
ラルフ長官は確か創神教の敬虔な信者であったはず、彼らが軽々しく人をそんな風に呼んだりするだろうか。
「だからこそ、つうこともあるかもしれませんよ?」
「だから、というと?」
「なにせあの国は聖人、殉教者イースの生国ですから。閣下の行いが響くところでもあったんちゃいますかね」
殉教者イースといえば、かの宗教の信徒でない私にも覚えがある。
おおまかに言えば、王権に対して我が身を省みず、貧困層の救済を訴え続けた人物だったはず。
「闇に堕ちた魔人たちを前に兵も連れずに歩み寄り、説き伏せた。なーんて話、聞きようによっちゃあ感動ものでしょう。こっちも自慢のしがいがあるってもんですわ」
人の悪そうな笑みを浮かべて語る様子からして、ダミアンはあの噂を積極的に広めているに違いない。
しかし殲滅したところで気に病む人間など誰も居ないと、魔人の受け入れに消極的だった彼には迷惑もかけているので、今回は大目に見ることにしよう。
懸念するところとしては、元聖女たる教皇猊下の反感を買ってしまわないかというところか。
成り立ちに差異もあるので同じ価値観を適用するには難しいが、王室や皇室と並ぶ権威から顰蹙を買うような真似は避けたいところだ。
「私の評判はともかくとして、例の本で少しは民間からの理解が得られるといいんだけどね。陛下や殿下からは睨まれてしまいそうだけど」
あまりにひどかった帝国民の暮らしぶりを知れば、哀れみの感情ぐらい抱けそうなものだと思える。
特にアールスハイドは驚きの識字率ほぼ百パーセントを誇る国なので、一定の効果を期待したいところだ。
魔人は滅ぼすべきとお考えらしい王家の方々からするなら、迷惑な話かもしれないが。
「ええんとちゃいますか? あちらさんだって似たような真似やろうとしてるみたいですし」
「似たような真似?」
「おや、まだご存じありませんでしたか。まあわいも王都に寄った時に業界のもんから聞いただけなんですがね、新英雄殿の物語が出版される予定らしいですよって」
新英雄の本、とは。
いやまさかと思いたいのだが。
「――新英雄というと、賢者マーリン様でなく、シン・ウォルフォード君の?」
「さいですな。王太子殿下を中心とした王家からの働きかけがあったらしいでっせ」
聞き間違いであってはくれなかったらしい。
いくら魔人討伐の功績を挙げたとはいえ、世間に現れてから一年と経たない彼の物語を書こうなどとは、気が早すぎるように感じるのだが。
正直、シンを英雄として祭り上げるためのプロパガンダではないかと勘ぐってしまう。
その物語の内に、アールスハイド王家の人間と親交を結ぶような場面が描かれでもしていたら、印象操作もはなはだしいだろうに。
「そこまでやるかあ……」
「はっはっは、王家の方々は新英雄様にも入れ込んでらっしゃるみたいですなぁ」
次々とシンが活用されていく現実にこちらは気が休まらないというのに、愉快そうに笑えているダミアンが羨ましい。
国内の人間だけが集まる場だったとはいえ、あれだけ大々的に政治利用しないと宣言したというのに、正気なのだろうか。
それに本など出すとなれば、本人にも知らせの一つや二つ、入りそうなものだから、せめてシンの方から拒絶して欲しかった。
結果はどうあれ、彼自身は自己顕示欲が高いわけではなさそうに思えたのだが。
いや、拒絶しようと思えば容易いだろうに、流されてしまっている辺り、実際のところ彼も英雄としての評価や厚遇を悪く思っていないのかもしれない。
「その英雄様の部隊、アルティメット・マジシャンズでしたっけ。活動も開始したみたいですな」
「ああ、同盟締結に向けて周辺国を回るらしいね」
こちらで投降させた魔人たちからの聞き取りで、彼らの首魁と目されていたオリベイラが目標を達成したことで無気力状態となっていることが明らかになっていた。
その事実には王国の重鎮も驚きを隠せなかったが、スイードを襲撃したような彼から離反した魔人の脅威は未だ残っており、これを取り除くための方策は必要とされ同盟もその一環と言える。
実際には連合とは名ばかりで、魔人問題の解決に各国が参加したという建前、本来なら単独でも解決できるアールスハイドから戦功を分け与えるための口実づくりだったか。
殿下の目論見からするなら、シンの指導を受けた特殊部隊やアールスハイドが他国から脅威とみなされないためでもあるらしい。
そもそも、政治利用してはならないシンが居なくては成立しない部隊の功績が、どうしてアールスハイドに帰属すると考えることができるのかが疑問なのだが。
「本当にあのお方は、言わなければバレないとでも思っているのかな」
「聞きました感じ、どうにも賢さと狡さの線引きに甘いところがあるみたいですな殿下は」
取引において、狡猾に立ち回ることが必要とされる場面はある。
しかし敵に対するならともかく、公平な立場の相手に対して、都合の悪い情報を隠し過ぎるのは考えものだ。
公正さを欠いていたことが明るみになり、信用を損なえば容易く回復することはできない。
そんな綱渡りを平気でやろうとしているように見えてならないので、こちらとしては実に気が気でない。
「まあどうか、とばっちりをもらわんよう気を付けといて下さいよ」
「肝に銘じておくよ」
魔人対応の報告に赴いた際、体調がよろしくなかったこともあり、同盟締結に向けて動き始めた殿下らを諫めることはしなかった。
どうにも以前の忠告は効果が見られなかったらしく、あくまで彼らは魔人の対応に自分たちアルティメット・マジシャンズが中心となってあたろうとしているらしい。
それならそれで、こちら側も備えさせてもらうとしよう。
魔人だけでなく、彼らへの対策も含めて。
「言うまでもなかったみたいですな。ところで魔人連中の調査は捗っとりますか?」
「まだまだ始めたばかりだから、進展は分からないよ。気になる?」
「そらそうでしょう。わいらは金を回すのが仕事なんですから、底の抜けた桶に水を貯めようなんて馬鹿はおりませんよ」
魔人たちを金食い虫と言わんばかりの評価だが、あながち的外れでもない。
最終的に投降したとはいえ、精神的に不安定な者が少なくない魔人にはそれなりの兵をつけておく必要がある。
軽視できないぐらいには費用もかかり、分かってはいたことだが彼らの受け入れにはデメリットが大きい、が。
「――彼らが魔人にされたときの状況は聞き取れてる。生物を魔物化する方法については魔法というより、魔力そのものの扱いが関わるみたいだから、意外に早く確立できるかもしれないね」
当然ながら誰かを魔人化させようなどとは考えているわけではない。
しかし周辺諸国、代表的なところで言えばカーナン王国が魔物化した羊の素材を特産品としているように、家畜などを自由に魔物化できるようになれば高価な魔物素材を扱う産業が出来上がる。
実用化できれば今回の損失を補って余りあるぐらいの利益を叩き出せるだろう。
そちらの関係で仕事が増えてしまい、忙しそうにしている研究畑の者達には申し訳ないが。
何かしらの形で
迂闊なことを約束すると、ヒルダあたりからとんでもない要求をされてしまいそうだが。
「そら結果が出るのを楽しみにさせてもらえそうですな。骨折り損にはならなそうで嬉しい限りですわ」
「私としては余計な話を広めることを自重して欲しいんだけどね?」
「やることはやっとるんですから堪忍したって下さいよ。ところで閣下はしばらくお暇なんでしたっけ?」
ふと思い出したようにダミアンが聞いてきたように、こちらも平時と比べれば大分に手が空いている。
どうしてそんなことを気にするのかは良い予感がしないが、回りくどくされるのも面倒なので単刀直入に行かせてもらおう。
「何かして欲しいことでも?」
「はははっ、お見通しですか。いやなにね、この間報告させてもらった件の納品にまたクルトまで行きたいんですけど、近頃は街道も物騒でしょう? なんでしたら閣下の転移魔法で送ってもらえんかと思いまして」
オリベイラが増殖させたらしき魔物が元帝国領から流れてきている影響で実際に、周辺国では輸送路で魔物と遭遇するケースが増えている。
あまり身贔屓するのも一部の関係者から咎められそうだが、無暗に危険に晒すのも良い気はしない。
「いきなりクルトまで転移するのはよろしくないと思うから、本来通過する関所に話を通すなら構わないよ」
「そらもちろん構いませんよ。いやあ助かります」
「それと、お爺様から出歩くときは護衛をつけるよう厳命されてるから、行くならグリードとグランも同行すると思う」
「こっちはむしろ安全が増しますから、そんなん願ったり叶ったりですわ。ああでも男所帯だと閣下のお世話する人間が足らんですな」
素直な気持ちを言えば、身の回りの世話ぐらい自分の手だけで事足りるが、公爵という立場を鑑みれば対外的にはよろしくない。
侍女を連れて行けば済む話だが、かえって煩わしいというのも本音だ。
「世話してもらうなんて面倒なだけなんだけどね」
そんなこちらの心中を見透かしたようにして、ダミアンがぴんと人差し指を立てる。
「そういうわけにもいかんでしょうなあ。そこで提案なんですが――世話役とはいかんでも、夏季休暇中の同行者としては適当なお方がいらっしゃいましたやろ?」