転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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プロットちっくなものは最後まであるのですが、書く時間捻出できない書き手で、読んでくれている皆さんには申し訳ありません。
あんまり更新遅すぎるのも問題なので、なんとか今回を機にペース戻していきたいですね……。


固定観念の違い

 ダミアンからの頼みを受け、旅支度を済ませた翌日にはクルトへ到着していた。

 いくら高い魔力制御が必要とされるとはいえ、転移によるこの移動方法が知れ渡れば『転移門』的な魔道具の製作を望む声が上がりそうなものだ。

 もちろんそんな便利に過ぎるものを実用化しようものなら、悪用対策をはじめ考えなければならない問題も山積みになるので、今から頭が痛い。

 

 近隣諸国の中でも随一の農地面積を有し、過分なまでの食料自給率を誇るこの国では、王都の周辺にまで広大な穀倉地帯が広がっている。

 この国の人々は一体どれだけ農業に入れ込んでいるのかと、気になって仕方がない光景を横目にしながら王都入りを済ませ、依頼の品を届けに向かったのはこちらにも進出しているマーシァ商会の店舗。

 そうして今、立ち会うことになった商会前の広場で催されているイベント風景を眺めていた。

 

「客入りは上々なようですなあ。結構結構」

 

 ほくほく顔でダミアンが言うようにこのイベント、マーシァ工房製農機の展示会は盛況なようで、来場者が溢れかえっていた。

 どうしてそんな需要があるのかといえば、この地は広大な農地を有するだけに、それの整備、収穫にとても人力だけでは追いつかないことがある。

 過去に導師メリダ様が農業関連の魔道具を多数開発したことで、クルトは農地に見合うだけの収穫量を収めることができるようになった。

 

 そんな歴史あって、この国の人々は賢者様よりも導師様を敬う精神が根強いのだとか。

 それだけに、この地に流通している魔道具はメリダ様開発の魔道具、かつて氏の弟子だったというエルス自由商業国の大統領が販売権利の大部分を譲り受けたものがほとんどであったはずだが。

 

「よくこれだけ人が集まったね。この国でうちの魔道具を広めるのは難しいと思ってたのに」

 

「そこは地道な草の根活動ですよ。それにあの方も引退されて長いやさかい、なんもかんも導師様の魔道具頼りじゃあ行き届かんところも出てくるもんですって」

 

 聞けばクルトでの販路開拓は以前から進めていたらしい。

 導師様開発の魔道具を使うことではなく、魔道具を生活に役立てるという教えを活かすことこそが、かのお方の意を汲むことなのだと意識改革のセミナーも定期的に開いていたのだとか。

 メリダ様とは一度しかお話ししたことは無いが、その辺りの思想については見誤っていないだろう。

 

 なによりダミアンの言うことももっともだ。

 導師様が発明した魔道具は人々の生活環境を格段に向上させたが、それが始まったのはもう何十年と前の話。

 それを参考にもっと生活を便利にする魔道具がいくらでも開発されていておかしくはないというのに、領外における魔道具性能の更新は鈍い傾向が見られる。

 

 技術の基盤となる概念が異なっているとはいえ、前世と比べれば驚くべき進歩の遅さだ。

 偉大な発明者を敬うあまり、その技術を改変するためらいが、守破離の過程を妨げてでもいるのかもしれない。

 いつぞやの替え刃剣でも思い知らされたが、この世界の人々は物事に対する着想が随分とずれているように思う。

 

 ――いや、この場合ずれているのは自分の方なのだろうか。

 

「上手い事いったら、エルスの連中の悔しがる顔が目に浮かびますわ」

 

 こっそりと人の悪そうな笑みを浮かべるダミアンにため息で返しておく。

 彼の事業が上手くいった時、需要を大きく奪われることになる、かの商業国は結果的に損害を被るわけだ。

 導師様の魔道具という商権の上に胡坐をかき過ぎたツケが回ってきたとも言えるが。

 

 あの国の商人は利益に敏い、悪く言えば金にがめつい面がある。

 それ自体は咎められることではないが、大国と言えるまで発展した現在、その利権を拡大しようとする動きにいささか横暴さが目立つようになっていた。

 そんな風潮に嫌気がさして国を出てきたという、ダミアンからすればいい気味ぐらいに思っているのかもしれない。

 

 まあ私としても、インサイダーめいたやり口もためらわないあの国の現状は好ましく思わないので、この件に関しては存分に彼の背を押させてもらおう。

 

「……うん?」

 

 そこでなにやら街の方から騒がしい気配が伝わってきた。

 耳をすますといくつもの歓声が聞こえ、物騒な事件が起きているというわけではなさそうだが。

 

「何かあったのかしら?」

 

「みたいね。でもこの感じ、なんだか最近よく覚えがあるような気がするのよね……」

 

 騒動らしきものに気づいたミランダの疑問に応じたマリアが首を傾げている。

 ダミアンが同行者にと勧めてきたのがこの二人だったが、確かにこの時期の連れとしては物々しくなくて助かる。

 思えば折角の夏季休暇だというのに彼女たちも訓練続き、この機会に少しは羽を伸ばして欲しいものだ。

 

 それはさておき街の喧騒だが、マリアと同じように私にも覚えがある気配を醸し出している。

 まるでアールスハイドで街を歩く新英雄たる()のことを人々が囃し立てているときのような。

 思い当たると同時に嫌な予感がよぎった直後、展示会の広場前を駆け走り横切ろうとした集団が足を止める。

 

 騒ぎが起きていた方角から走ってきたらしいその面々は、見知ったこちらの顔に気づいたようにして「あっ」と声を漏らしていた。

 

「……彼らの行動も捕捉しておくんだったな」

 

 聞こえないようぽつりと嘆くも遅い。

 彼ら、アルティメット・マジシャンズらの表情には、良い避難先を見つけたとはっきり書かれているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは同盟締結の為に諸国を回っているという話だったが、移動には例の飛行魔法を使っているらしく、想定以上のペースで国々を回れているようだ。

 他国の特殊部隊が察知もされずに国境をほいほいと行き来している、そんな事実は警戒心を抱かれてもおかしくなさそうだったが、今のところ魔人へ対抗するために動いているアールスハイドには、どの国家からも好印象が得られているらしい。

 より明確な脅威である魔人の存在があることで気にならなくなっているのかもしれないが、それほどアールスハイドの信用は篤かっただろうか。

 

 他人事のように考えるのもなんだが、どの国でも賢者様がたの人気はすさまじいものがあるので、かの方々の出身国であることも手伝っているのかもしれない。

 ともあれ国家首脳部との交渉は王子殿下が担当し、残るメンバーはその間に訪れた街を観光し時間を潰していたらしい。

 そんな最中に彼らの同行者、アウグスト殿下の妹君であらせられるメイ・フォン・アールスハイド王女殿下が、シンが賢者の孫であるということを公衆の面前でうっかり発言してしまったばかりに、この国にも多数いる賢者ファンから追いかけ回されていたのだと。

 

「……どうしたものかな、これ」

 

 まだ多くの人々に敵対的な魔人が残っている状況で、王家の要人がこうも簡単に国外を出歩くとは。

 王女殿下は賢者様がたからも魔法の指導を受け、かなりの素質を認められていると聞くが、それでも戦闘員として数えるわけにはいかないだろう。

 それでも安全だと信じられるほど、シン達はアールスハイド首脳部から信頼を受けているというのか。

 

 ……受けているんだろうな、きっと。

 

 黄昏れてしまいそうになるのを抑えつつ、胸の内のわだかまりから意識を背け、会場裏に引き入れたマジシャンズメンバーと向き合う。

 

「いやー助かったよ。まさかターナさんとこんなところで会うなんて」

 

「メイ様、反省」

 

「うう……ごめんなさいです」

 

 客の多かった展示会にまぎれ、追っかけ集団を撒くことが出来たシン達。

 最後に王城で会ったときはあまり良い雰囲気でなかった筈だが、あっけらかんと笑ってみせているアリス辺りは流石というべきか。

 リンに迂闊な行動を注意されうなだれているメイ様は彼らと殿下同様の付き合いをされているのか、随分と気安い関係を築いているようだ。

 

「お助け頂き感謝申し上げますわ。それにしてもターナ様もこの国にいらしていたなんて。……それに爵位を継がれたのでしたね、これまでのようにはいきませんが、どうぞ良しなに為さって下さると嬉しく思います」

 

「こちらこそ。エリザベート嬢におかれましては、お変わりないようで何よりです」

 

 丁寧な礼をとってみせたエリザベートにこちらも礼を返す。

 家柄が同じ公爵家ということもあって、彼女とは以前から面識があり見知らぬ仲ではない。

 名家の生まれだけあって、彼女は実に礼儀正しい貴族として模範的な令嬢だ。

 

 ……基本的には。

 

「王女殿下にエリザベート嬢もアルティメットマジシャンズの皆さんに同行されていたのですね」

 

「会談の方はアウグスト様にお任せするのが一番でしょうから。既にダームとカーナンでは了承を得られたようですし、こちらでもきっと上手く話をまとめられることでしょう」

 

 会談に対して特にサポートをするつもりも無いらしい様子を見ると、彼女たちの同行は未来のファーストレディーとして経験を積むとかいった狙いもなく、ただ物見遊山に出たかっただけらしい。

 殿下がシン達との交流にかまけ、婚約者である彼女との交流を疎かにしていたせいもあるのだろうが、護衛対象として負担となるというのに同行をいとわないあたりなかなか豪胆だ。

 こういった殿下が絡むと見境を無くしてしまうところがこの令嬢の困ったところでもある。

 

 野次馬をやり過ごせたのなら厄介事の種にしかならなさそうな彼らにはさっさとお引き取り願いたかったのだが、展示会に並ぶ魔道具の品々がシンやユーリの興味を引いてしまっているらしい。

 

「はぁ~、王都の魔道具屋じゃあ見かけないものばっかりねぇ」

 

「この国じゃ婆ちゃんが開発した魔道具が主流って聞いてたけど、この辺りに並んでるのもそうなのか?」

 

「ううん、デザインの趣が全然違うみたいだし、マーシァ工房のオリジナルじゃないかしらぁ」

 

 農機を観察しながら意見を交わすシンらの後ろで、二人の接近が気になるようにシシリーがそわそわと気揉みしている。

 シンとユーリは純粋に魔道具が気になっているだけのようだが、それでもあんな態度を表に出してしまう辺り、なかなか嫉妬心の強い方なのかもしれない。

 

「こっちはまさかトラク――牽引の魔道具? こんなものまでもうあるのか……」

 

「……? ()()って、もしかしたらウォルフォード君もこういう魔道具つくろうとしてたの?」

 

「えっ? あっ……そうそう、けど俺どんな農業系の魔道具があるか知らなかったからさ。いやー参考になるよ。ははは」

 

 何やら口を滑らせたところをユーリに指摘され、誤魔化すように笑うシンの姿が見える。

 

 これだけ農耕に力を入れている国があるのだ、とても人力だけでその整備をすべて賄えるわけもなく、この世界でも馬に曳かせる農業(すき)ぐらい発明されている。

 その動力を魔道具に代替させようという発想は私が何か言うまでもなく、環境を整えるだけで開発部の方から発案された。

 ただ今でこそ『農具を牽引するモノ』という観念に縛られているが、トラクターなんて大枠は自動車と変わりない。

 

 いくらこの世界でも、乗り回す内に『移動用の乗り物にしたら便利じゃね?』ぐらい考える人はいくらでも出てくるだろう。

 民間に普及させてしまえば経済効果も期待できるが、某吸血鬼の方が嘆いたように広め過ぎると損なわれる利便性もある。

 それに絡んだ利権が出来上がってしまう前に出来れば法整備と規制を済ませておきたい――とかいう懸念はさておき。

 

「そういえば賢者様のお孫様も商会を立ち上げなさるとか。どんな代物扱われるんでしょうなあ」

 

「それは本当に気になるね……」

 

 ダミアンの囁きは私にとっても切実に気になるところだ。

 以前にマリアから聞いた話では、王国にあるシンの暮らす邸宅には彼による発明らしい魔道具のトイレ設備があったという。

 その便利機能というのが、動作から何から前世でいうウォッシュ〇ットそのままだったのには色んな意味で驚かされた。

 

 おそらく私と同じ、前世の記憶を持つのだろう彼が、たまたま便座メーカーの人間でその構造を把握していたという可能性も無くは無い。

 けれどもし『こんな風に動いて良い感じに水で洗ってくれる』みたいなふわっとしたイメージだけで魔道具の付与を成立させていたら。

 科学技術が発達した世界の家電製品の数々、それらを彼はあっさりと模倣できてしまいかねない。

 

 それらが商品として売りに出されれば、扱う商会はさぞかし繁盛することだろう。

 この世界において、一切法に触れるようなことはないし、人々の生活を豊かにすることでもある。

 ただ私の感性からするなら、人々が積み重ねてきた知恵と努力の上澄みを掠め取るような行為のような気がして躊躇ってしまう。

 

 そんな私も魔道具の開発環境に前世の知識を一切利用していないわけではないので、想像通りのことをシンがやったとしても明け透けに批難できないのだが。

 このもやついた感情を振り切ることはなかなか出来そうになかった。

 

「参考っていうなら、やっぱりウォルフォード君もメリダ様みたいな魔道具を開発していくの?」

 

「そうだな……やっぱり俺も作るなら婆ちゃんみたいに、生活を楽にする魔道具を造っていきたいよ」

 

「ふふ──シン君はやっぱりシン君なんですね」

 

 将来の展望を語り合っているシン達だが、その計画が滞りなく運べば数段飛ばした世代の商品をぶちこまれた市場も大いに乱れることだろう。

 ウチでも新製品の公開時には注意していることだが、彼の商会がその辺り上手く周囲と擦り合わせできるかどうか。

 既得権益をごっそり奪われて、失業者が大量に出たりとか、技術の継承が途絶えたりだとか、しなければいいが。 

 

「私もメリダ様に憧れる身として負けてられないけど、シン君相手だと先が思いやられそうねぇ……新しい魔道具の構想とか浮かんじゃったりしてる?」

 

「もう畑仕事の魔道具は結構あるみたいだし、俺ならそれで汚れた服なんかを洗う……そう、全自動で洗濯してくれる魔道具なんてどうかな?」

 

「――いいと思います! そんな魔道具があったらきっと色んなお屋敷や家庭でも楽になりますよ」

 

「勝手に洗濯してくれるってことぉ? それは確かに……?」

 

 またも出所が前世環境らしきシンの思いつきに、感動を示すシシリーだったが、ユーリの方はすぐに釈然としない思いを抱えたようにして首を傾げてしまう。

 

「あ、あれ? なんかまずかったかな」

 

「ううん……でも、よく考えたらそれって、さっき見かけたあれに……」

 

 言葉を濁しながらユーリが視線を動かした先には、農機とは別のコーナーに陳列された魔道具――衣類にも対応した汚れ落としの清浄機が並んでいた。

 つられるようにしてその魔道具の説明書きを黙読したシンが、驚きに目を瞠る。

 

「洗いもせずに汚れだけを落として綺麗な状態にしてくれるって……そんなこと出来るの!?」

 

 開発元の人間であるこちらに問うようにして、そんな驚いたままの顔を向けてきていたが、こちらとしては何を今更としか思えない。

 国王陛下は彼が皆の固定観念を吹き飛ばしてくれるだろうなどと口にされていたが、どうやら彼自身が悪い意味でも前世の固定観念に縛られているようだ。

 

「ウォルフォード君……魔法学院の制服にかけられている付与はご存じですね?」

 

「制服に? ええっと、元々かかってたのは確か……『魔法防御』、『衝撃緩和』にあとは『防汚』――あ」

 

 口にしてようやく思い当たったように、口を丸くしている。

 そう、とっくに付着した汚れのみに干渉できる魔法は、私や彼が口を出すまでもなくこの世に広まっているのだ。

 商品化には多少アレンジが必要となるにしても、後はその魔法の影響先を変えてやるだけで、洗濯など手間いらずになる。

 

「なるほど『防汚』。言われてみれば、今までどうしてこんな発想をだれもしなかったのかって気にさせられるわねぇ」

 

「そっか……服を綺麗にするなら洗濯って先入観持っちゃってたなー俺も」

 

「シン君でもそんなことがあるんですね……」

 

 しみじみとシン達が語り合う中、一連の流れに訝しむような目つきをしたダミアンがこちらにだけ聞こえるように囁いていた。

 

「魔法の第一人者みたいなお方にしては、えらい回りくどい考え方されますなあ」

 

 考えた方の土台が魔法ではなく、科学文明に依っているせいだろうが。

 本当にこんな発想をする孫に疑問をろくに持たない辺り、賢者様や導師様級の思考が不思議で仕方ない。

 賢者様といえば、いい加減に彼らの追っかけも諦めたことだろうし、魔道具も見終わったのならお引き取り願いたかったが。

 

「――っ!?」

 

 一帯に響き渡る警鐘の音。

 非常事態を報せるその状況に、場の人間が一斉に顔つきを険しくする。

 次いで、クルト城門の方から馬で駆けて来た兵士の上げた叫びに、一層皆の警戒は深まる。

 

「緊急警報発令! 魔人が襲来した! 民間人は速やかに避難せよ! 繰り返す――」

 

「魔人? この国にまで……」

 

 とびきりの非常事態に驚かされるが、シン達が居合わせているこの日に、魔人が襲来したという。

 ただの偶然と片付けるには、不審を抱かざるを得ない状況が目の前で起こっていた。

 

 


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