転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
アールスハイド国立、高等魔法学院。
優秀な魔法師の人材発掘の為に広く門戸を開かれた学院は完全実力主義を伝統として掲げており、貴族であろうと平民であろうと入学希望者には平等な条件の下で試験が行われる。
入学試験当日、試験会場である学院にターナが到着した頃には次々と集まる受験生たちで校舎前にちょっとした人だかりができていた。
まずは試験会場に向かうべく、掲示板に張り出されている院内の見取り図を確認したいところだったが同じ目的らしい受験生達が壁となってしまっている。
時間がおしているわけでもなし、仕方ないので空くのを待とうとしていたのが、せっかちな者も居たらしい。
「おい貴様、そこをどけ」
掲示板のすぐ前に立つ黒髪の受験生にそんな荒っぽい声をかけ、どかそうとしている金髪の男子が居た。
人目も多いこんな場所でよくそんな横柄な真似が出来たものだと呆れてしまいそうだったが、そんな言葉をかけられた相手の対応もなかなかに豪胆なものだった。
声をかけられたことに一切の反応を見せず、気にした素振りもないまま掲示板を眺め続けている。
背後の青年が声を荒げ「聞こえないのか!?」と問いただしても一切の無視。
……まさか本当に聞こえていないのだろうか?
「この無礼者が!」
ついに痺れを切らした青年が無反応な相手の肩を掴み振り向かせようとした瞬間、今までの鈍感ぶりが嘘のように機敏な動きで身を翻した黒髪の青年が逆に相手の手を掴み取り、瞬く間に捩じり上げてしまった。
呼びかけていた青年が思いがけない反撃に呻き、降って湧いた暴力沙汰が周囲の受験生たちの間にどよめきを起こす。
「貴様……何をする! 離せ!」
「さっきから何なの? いきなり人の肩掴んでさ」
さっきから、ということは聞こえてはいたらしい。
それでいて無視し続けてからのこの対応とは、どちらに同情すれば良いのか分からなくなってくる。
こんな場所で喧嘩を始められても迷惑なこと極まりないが、仲裁に入ろうにもこんな手合いをどう宥めすかせばいいだろうか。
悩んでいる内に始めに声を掛けた金髪男子の方がカート・フォン・リッツバーグという貴族らしき名を名乗り、自分に逆らえばどうなるか分かっているのかと恫喝し始める。
しかし王国の定める法により学院で権力を振りかざす行為は処罰の対象となる。
それを知っているらしい相手の青年は意味が分からないとばかりに「はい? 俺はシンです」などと名乗り返した後に戸惑い顔で相手の違法行為を窘める。
問題発言を指摘されてしまった男子だったが、怯むどころか学院の教師程度に自分を裁ける訳も無いなどと、見当外れなことをわめき立て始める。
発端はどうあれ流石にここまでの権力にあかせた横暴な立ち振る舞い、王国貴族の立場に居る者として看過するには目に余る。
貴族の男子、カートを諌めるべく間へ割って入ろうとした、矢先だった。
「そこまでだ」
人前で話し慣れた人間特有の、よく通る声。
野次馬に集まっていた人垣が割れ、その声を放った青年の姿が諍う二人へ歩み寄っていく。
先日のパーティーで挨拶を交わした、この国の貴族であれば知らない者は居ないその人物の姿にカートも流石に畏れを見せている。
「あ、あなたは……」
「学院において権力を振りかざし、他人を害することは優秀な魔法使いの芽を刈り取る行為であり、これを破った者は厳罰に処する」
それが学院の校則などといった水準のものでなく、国の定める法であることを指摘した上でその青年――アウグスト王子殿下は冷ややかな目を向けながらカートを糾弾する。
今の発言は王家に対する叛意を示すものであるのかと。
王国権力の頂点に位置する一族を前にたちまち低姿勢となるカート。
そのままアウグストに入学試験会場という場所で騒ぎを起こしたことを窘められ、反論の余地を無くしたカートは悔しそうな目つきで争い相手、シンという名の青年を一瞥しながらもその場を後にしていった。
騒ぎが収まったことで掲示板前に落ち着きが戻る。
「我が国の者がすまなかったな、他に止めようとしてくれた者も居るようだったが、相手が相手だけに口を出させてもらった」
黒髪の青年、シンに話しかけながらアウグストは止めに入ろうとする動きに気づいていたのか、ターナへと視線を向けてくる。
問題が解決したならそのまま関わりなく済ませたかったターナだが、王族から視線を向けられ無視することなど出来る筈もなく、離脱を諦め二人の元へと向かう。
面識があるわけではないのか、こちらを見て眼帯姿に一瞬目を瞠ったシンはアウグストとの間に視線を動かしながら不思議そうにしている。
「――どうもアウグスト殿下、ご機嫌麗しく存じます」
「ふむ……まあいい、丁度良い機会だ。マーシァ、君も彼のことは知っておくといい。それにしてもさっきの自己紹介は傑作だった、聞いた通りの世間知らずのようだな」
呼び方に違和感を覚えるターナだったが、先だってパーティーで告げられた言葉を思い出し得心がいく。
気兼ねなく接するようにとのこと、どうやら社交辞令でなく本気であったらしい。
言葉の後半はターナでなくシンという青年に向けられたものだった。
「私の名前はアウグスト・フォン・アールスハイド、親しい者はオーグと呼ぶ。……シン、君の事は父上からよく聞いているよ」
その名乗りにアウグストがどういった人物であるのか悟ったらしく驚いた様子を見せるシンだったが、次いで飛び出したのはターナの方が目を剥かされるような発言だった。
「アールスハイド……ってことは、ディスおじさんの息子!?」
こともあろうに現国王陛下をそんな親戚のように呼ばわったことで王国民である周囲の受験生たちがぎょっと驚きに目を瞠る。
「そんな風に呼ばれたのは初めてだな、俺が王子であることを知ると媚び
「だっておじさんのことずっと親戚だと思ってたからさ、従兄弟? ぐらいにしか思えなくって」
王族を敬う気配が欠片もない、口を開けば閉じることができなくなりそうな発言に絶句させられてしまう。
しかし王族を軽視しているような悪意は感じられない、成人しているだろう年齢でありながらこの非常識さは純粋と言うべきなのか、無知と言うべきなのか。
従兄弟などと言う発言にさしもの殿下も呆けるような顔を見せていたが、やがて噴き出したのは無礼に対する怒りではなく、心の底から楽しそうな笑いだった。
「ふ――ははははは! 聞いたかマーシァ? 従兄弟だと……本当に面白い奴だ」
「……殿下、お戯れは程々に下さい。周りの者が何事かと思います」
見れば先程の騒動と変わりないぐらいの野次馬が集まりつつある。
ただでさえ王族のアウグストが居るのに、そんな大抵の国民にとっては雲の上の相手と気安く話す人物にも好奇の視線が寄せられている。
試験前のデリケートな時間だというのに気の休まる暇がない、騒ぎを起こすなとカートを追い払っておいてこれではとても示しがつかないだろう。
「ふふふ、マーシァ、ここまでしろとは言わんが、あの時言ったようにお前も気を使わないでくれていいぞ。しかし確かにこれ以上は迷惑か、時間もないことだしな」
騒動が立て続き、いつの間にか試験開始時刻が迫っていた。
周囲で受験生たちの移動が多くなりざわめきが増していく。
「次に会うのは入学式かな? 試験は互いに頑張ろう」
心臓に悪いやり取りを目の前で見せつけられたターナの心情など露知らず、アウグストは颯爽と院内へと立ち去っていく。
その背中を見送っているシンのことを知っておいた方がいいと、何故アウグストが言ったのかは結局理解できなかった。
シンに対してカートとのやり取りで一言注意をしておきたかったターナだが、彼が王族にとっての重要人物であるかもしれない可能性が生じたことで不用意に発言する気を削がれてしまった。
ため息を漏らしたくなるのを堪えながら、差し障りのなさそうな言葉だけを掛けてこちらも試験会場へ向かうことを決める。
「どなたか存じ上げませんが、試験の合格をお祈りしています、失礼」
いっそ落ちてくれたら関わり合いにならなくて済むのだけれど、などという本心は胸の内にしまいこみ、ターナも足早にその場を後にし――
『…………厨二病? いやそんなわけないか』
そんな、耳にしていればもっと早く彼のことを理解できただろう、言葉を聞き逃してしまうのだった。