転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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度々頂いている誤字報告に助けられています、ありがとうございます。


各々の入学準備

 合格発表を見に行った日の夜、色々とあった今日一日のことを振り返っているとやっぱり強く思い出すのはあの子のことだ。

 シシリー・フォン・クロード、王都にやってきた日に街でチンピラみたいな連中に絡まれてるところを助けたことで出会った女の子。

 一目見たときに頭に雷が落ちたような衝撃を受けたような錯覚がした、それぐらいの美少女。

 

 それに子爵家、貴族のお嬢様らしいけど偉ぶったりすることもせずに接してくれる性格も良い子だ。

 彼女も魔法学院を受験して合格したらしいので同級生になる、それを思うだけでこれからの学院生活に胸が弾みそうだ。

 受験の日に会った女子がたまたま声を掛けてくれたお陰で再会できたのは本当にラッキーだった。

 

 あっちの子も綺麗な顔をしてるみたいだったけど、顔を斜めに覆ってる眼帯の方にまず注意を引かれた。

 一瞬何のコスプレかと思ったけど、よく考えたら目の傷を隠す為のものなんだよな。

 口に出さなくて良かった、また常識知らずって注意されちゃうところだったよ。

 

 あの後連れて行ってもらった魔道具屋では少しトラブっちゃったけど、大事にはならなかったみたいで助かった。

 ちょっと付与された魔法見ようとしただけであんなことになるなんて。

 それにしても付与魔法の除去、ばあちゃんからは俺以外にあんな真似する奴見たこと無いって聞いてたんだけどな。

 

 朝から家にやってきたディスおじさんは約束通りあの商会の魔道具を持ってきてくれていた。

 俺が出掛けてる間にそいつを調べていたばあちゃんも随分と驚いていたみたいだ。

 

「シン、入るよ」

 

 そんなことを考えてたらばあちゃんが扉をノックして入って来た。

 

「もう始めてるのかい?」

 

「ううん、今から書き換えるとこ」

 

 ばあちゃんが言ってるのは机の上に広げてある今日もらってきた魔法学院の制服に付与された魔法についてだ。

 青いジャケット、シャツ、ズボンに付与された魔法は『魔法防御』、『衝撃緩和』、『防汚』の三つ。

 『防汚』はまだいいとしても残る二つは魔法と衝撃の威力を「和らげる」だけのものでしかなかった。

 

 いい素材を使ってるらしく折角付与できる文字数が多い服なのに勿体無い、そこで書き換えだ。

 受付では付与魔法はいじらないように言われたけど、導師として名が知れているばあちゃんに頼むのは問題ないって言われたから俺がやっても問題ないだろう。

 まずは付与された魔法文字が浮き上がるようにイメージして魔力を通して、浮き出て来た文字を俺が創った『魔法効果無効』を付与した杖で慎重になぞってやると付与が消えていく。

 

 そうしてまっさらな状態に戻せば今度は俺流の付与魔法をかけてやれる。

 新たに付与するのは『絶対魔法防御』、『物理衝撃完全吸収』、『防汚』、『自動治癒』、この四種。

 問題は絶対魔法防御、コイツだ。

 

 絶対というからには全ての魔法を防げるようにしたいが火や水に対しては防御方法を変えなけりゃならない。

 そして付与する文字にイメージが追い付かなかったら魔法は発動しないんだ。

 全ての魔法を防ぐ具体的なイメージ、それを組み上げるためにはどうすればいいか――

 

 

 

「出来たー! ああ~~すっげぇ集中した~~!」

 

 悩みに悩み続け、ようやくのことで俺はその魔法付与に成功した。

 思いついたのは魔法を止めるんじゃなく、構成している魔力そのものを霧散させる障壁。

 こちらに害を成す魔法だけ消失するようにイメージしたから治癒魔法や自分で発動させた魔法に対しては効果を発揮させない。

 

 ずっとこちらを心配して見てくれていたばあちゃんにこの付与をしたことは人に話しちゃいけないって釘を刺されてしまったけど、新しい挑戦を成功させた達成感に包まれたその日はぐっすりと眠ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の執務室で机に積まれた領政に関わる書類の束を捌いていく。

 祖父と父に任せているといっても、私が独自に立ち上げた企画を元に進行している事業や工房に関わる事案には目を通しておきたかった。

 現場の情報は正しく把握しておかなければ地に足着いた運営はできない、そうなれば簡単に足元を掬われかねないと前世で多くの大企業が身をもって証明してくれた。

 

 無理のない労働環境をつくるには上の人間が環境をしっかりとコントロールしなければならない。

 時間外労働で調整などもってのほかだ、無理をした、させたツケは回り溜まってミスや不具合を誘発する。

 好きで残業などしたことがない身としては自分の下で働いてくれている職人達にそんな負担はかけたくない。

 

 権力とは無縁な平社員だった時とは違い、今はそこを左右できる立場に居るのだから出来る限りのことはしたい――そう思えるようになったのは祖父に感化されたこともあるだろうか。

 滅私奉公とまではいかないけれど、視察に出た先で領民達の笑顔を目にするとこの生き方もだんだんと悪くないものに思えるようになってきた。

 

「閣下、夜食をお持ちしました」

 

「ありがとう、中にどうぞ」

 

 控え目なノックをして了承を得てから入室してきたのはオルソン。

 屋敷にはメイドも雇い入れているが、こういった雑務も彼は身辺警護の一環としてよくこなしている。

 紅茶と黒いチョコ菓子の載った盆を机の脇に置いたオルソンの目に憂いが見えた気がしてつい苦笑してしまう。

 

「心配いらないよ、夜更かしするつもりは無いから」

 

 余裕が必要なのは上に立つ人間も同じ、特に睡眠不足は脳にくる。

 回らない頭で大事な物事を判断するわけにはいかないので、これでも寝る間は惜しまないようにしているのだ。

 それでもオルソンはどうやら安心しきらない様子だったが。

 

「左様ですか……差し出がましいことを申し上げますが、お嬢――閣下はもう少し羽を伸ばされても良いのではないかと思います」

 

 付き合いの長い人間ほど、たまに昔馴染みの呼び方をぽろっと漏らす時がある。

 人目も無いこんな場でそれを責める気は無いし、彼がそんなことを言いたくなる気持ちは分からないでもない。

 小さな頃からあちらこちらの国を回って、事業を模索して、領政に関わって来た子供なんて大人の目線から見ればさぞかし不自由なものに見えるだろう。

 

 人格が歪んでもおかしくはない、既に形成されきってる私のような者でなければの話だが。

 

「んん……この道を選んだのは我儘でもあるからしょうがないと思うんだけどね、それに――楽しみが無いわけでもないんだよ?」

 

 怪訝な顔をするオルソンの前に積み上げられた書類の中から数枚を抜き出し広げる、そこには商会から上って来た私の手によるものではない、新しい魔道具の概要や図面、商品としての展開計画などが記されている。

 自分一人では前世のテクノロジーを再現など出来なかっただろうし、出来たとしてもただ上っ面の動きを模倣しただけの応用性の無い代物しか造れなかっただろう。

 知識の乏しいこの身に出来たのは切っ掛けをつくること、そしてそれをとっかかりに彼らは次々と新しい魔道具を生み出している。

 

 通信機など一部の時流を先取りし過ぎている代物は例外として、工芸、調理、農業、多様な現場で使用される生活魔道具のほとんどは現場の設計だ。

 中には自分の頭では思いつかなかっただろう、前世の機械製品よりも精密な加工精度を持つ魔道具すらある。

 それ自体が動力となり得る魔道具の組み合わせ、付与魔法の可能性というものは末恐ろしくもあるが、彼らが次はどんなものを生み出すのか、楽しみにもさせられる。

 

「……魔法師よりも付与魔法使いの育成に熱心になった方がいいだろうにね」

 

 思うに、攻撃魔法を扱える魔法使いを多く抱えることなどよりも質の良い付与魔法師を揃える方がよっぽど重要視されるべきだ。

 何せ魔道具はこの世界の誰にでも扱える、どんなに優れた魔法障壁や物理障壁を扱える魔法師だろうと、例えば『魔法効果無効』なんて付与をそれなりの質量が確保できるクロスボウのボルトにでも施してつるべ打ちにすればものの数ではない。

 大砲でも運用されるようになればその流れはもっと加速する、その辺りに発想が及ばない辺りどこかこの世界はずれているという印象を受ける。

 

 イメージとは頭、脳に思い浮かべるもの。

 そこに干渉しているであろう魔力によって知性が歪められてるんじゃないかと考えた時期もあるが、その仮定だと私も漏れなく影響を免れないので否定したいところだ。

 

 ――ずれている、と言えば。

 

「ああぁ……」

 

「っ!? か、閣下? どうなされたので」

 

 急に呻き出してしまったせいで心配されてしまった。

 しかしそれぐらい思い出したくないことを思い出してしまったのだ。 

 本日、学院で支給された魔法学院の制服。

 

 付与された魔法については自分が扱えるものより格落ちするものだったがそちらはさして気にしない。

 別に戦場に赴くわけでなし、常在戦場の心構えは今のところ持ち合わせていなかった。

 問題はそのとち狂った、デザイン。

 

 どうして貴族の子女も通うような学院の女子用制服が、胸元開きまくりでスカート丈も超絶ミニ仕様なんだと、責任者を問い詰めたい。

 

「……ケープ、後は履き物を用意しないと」

 

 入学式までに用意しなければならないものが、少し増えた。


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