───アースラ撃墜と同時刻、アラスカのとある雪原地帯で、巨大な影が二つあった。
超大型兵器───オブジェクト
全長が五十メートルはあるだろう巨体に、何十種類もの武器が搭載された化け物である。
形はオブジェクトにより様々だが、今ここにいるオブジェクトは両方どこでも使用可能な汎用機で、本体となる巨体な球体に足を付けたような有人式兵器。少々型は古いがそれでも世界的にポピュラーなタイプである。
しかし、その内の片方は何か、見事に大破していた。
パイロットの少女はパラシュートで脱出しており、そのまま雪積もる森の中へ消えていく。
そしてさらに、傷一つないオブジェクトを、影から睨む二人の男がいた。
「クェンサー! さっきのピンク色の光は何なんだ!? お姫様のオブジェクトが一撃でやられちまったぞ!?」
インテリ系軍人で貴族のヘイヴィアが、横にいた少年の方を見ながらそう言った
「こっちだって聞きたいさ! 何だよ今の!? 方向からして空……もしくは宇宙からだが、あんな兵器は見たことない! 実弾なのかレーザーなのかもサッパリだ!!」
クェンサーと呼ばれた少年も、ヘイヴィアの方を見ながら嘆く。
「とにかく、先にお姫様の救出に行こう! 俺達みたいな歩兵はともかく、お姫様は“エリート”だ! 敵に真っ先に狙われてもおかしくない! 行くぞヘイヴィア!!」
そう言ってクェンサーは先程パラシュートが落ちた場所に向かって走り出す。
ヘイヴィアも、少し距離を置いてクェンサーを追いかけた。
エリートと言うのは、オブジェクトのパイロットを示す言葉であり、このエリート以外の人間にはオブジェクトは動かせないようになっている。
オブジェクトを破壊しても、エリートが居たらまた新しいオブジェクトに乗ってやって来る……それを未然に防ぐには、エリートを殺す事……
そんなことはさせないと、クェンサーとヘイヴィアは、雪原を猛ダッシュで、なおかつ敵に見つからないように慎重に進んでいた
「ったく! せっかくアラスカに帰ってきたのに、とんだお出迎えだと思わねえかクェンサー!?」
「いや全くだよね。そういやアラスカでのあの一戦が、すべての始まりだったな……」
ふと、数年前の事を思い出すクェンサー
「あぁ、懐かしきかな俺たちの馴れ初めだ」
「は? やめてよ気持ち悪い」
「そういう事……クェンサー! あそこにお姫様が居るぞ! オブジェクトの野郎、お姫様の方に近づいてやがる…!」
「ッ!?」
クェンサーは、森の中に倒れていた少女の元へ走り寄り、抱きかかえた。
「大丈夫か!?」
「…………もんだいない。とりあえずだいじょうぶ」
少女の返答に、ホッとするクェンサー
「バカッ! クェンサー早く逃げろ!! オブジェクトに気付かれちまう!」
ヘイヴィアの怒声が響くと同時、三人の無線から上官の声が出てきた
「やあ英雄諸君、頑張ってるかい?」
無線の向こうの女性はフローレイティア、クェンサー達の上官である。大の和風オタクで爆乳お姉さんである。
「フローレイティアさん!? 今ちょっと緊急事態なんで、おふざけは無しの方向でお願い出来ませんかね!?」
「何言ってるのクェンサー。貴方達の方に援軍を送っておいたわ。嬉しいわよね? 嬉しかったら返事しろよ」
「は、はい!……って言うか、援軍なんて見えませんよ! なんですか、世界最小のオブジェクトでも完成したんですか!?」
「阿呆が。オブジェクトよりもっと恐ろしいものを呼んであげたわ」
「オブジェクトより恐ろしい…?クェンサー、お前わかるか?」
「皆目見当も……ん? あれは何だ?」
クェンサーの目には、雪原を猛スピードで移動している何かが見えた。
何かはわからなかったが、オブジェクトではないことは確かだった。
………それが、明らかに人間程の大きさしかなかったからである。
「フローレイティアさん! あれは一体何ですか!? パワードスーツとかテスタメントとか言ったりしないでしょうね!?」
「よく見なさい。あれのどこが機械よ?」
そう言われた三人は、雪上を走る物体を凝視した
「…………ひと?」
エリートの少女がそう呟いた
「そんな訳………えっ、マジで人間かよ!?」
驚愕の表情を隠せないヘイヴィア
同時、敵オブジェクトが高速で近付く人影に向かってコイルガンを数発放った。
コイルガンは正確に人影に向かって飛んでいき、そして見事に命中させてみせた。
だが、
轟! という音と共に、オブジェクトの巨体が揺らいだ
よく見ると、コイルガンを放った砲台が爆発していた。
引き裂かれた砲身はまるで咲いた花である。
だが、原因は暴発にはなかった
「…………ったくよォ。久しぶりの“仕事”が、こォんなガラクタ掃除かよ。ついてねェなァ……」
白い髪に赤い目の、少し細めの男性であった
怯える様に、オブジェクトから大小合わせた数百の砲撃が放たれる。大量の雪が空に舞った。
煙がたかる雪上から、先程の人間はゆっくりと現れる。
オブジェクトの攻撃をまともに受けた筈なのに、その身体には、怪我はおろか血すら出ていなかった。
もしここに、学園都市の人間がいたら、彼をこう呼んだだろう……
学園都市第一位、
クェンサーとヘイヴィアは、今までで唯一、“生身でオブジェクトを倒した”人間である。
それでも、敵のわずかな隙を突き、終始死と隣り合わせで戦っていた二人だが、一方通行は全長五十メートルの化け物を見ても全く動じる所か、やたらとつまんなそうな表情をしていた
「…………オイ」
「はっ……え?」
いきなり声をかけられたので動揺するクェンサー
「死にたくなかったらとっとと失せろ」
「ッ!? 何を言っている! お前は大丈夫なのか!? 確かに、コイルガンをどうやって退けたのかは知らないが、そんな奇跡なんども起きるものじゃないぞ!」
叫ぶヘイヴィアに一方通行は軽く鼻で笑った後、目だけをギロリと動かし、クェンサーの………正確には、エリートの少女を見た
(あれがエリートか……どォやら、お偉いさんは、相当女の子の戦いってのを見てェよォだな)
平和ボケした軍のお偉い方に失望しつつ、再びオブジェクトを見据える一方通行
「おいクェンサー! こいつマジでオブジェクトと生身で戦うつもりだ!」
「わかっている! ヘイヴィア! こいつが砲撃で蜂の巣になる前に、例の作戦行くぞ!」
クェンサーが叫んだ後、彼とヘイヴィアは二手に別れて走り出そうとする。
が、敵オブジェクトの砲台の一つはクェンサーにも向けていた。
(そりゃ、あんなにあれば集中狙いする必要とかないもんな!)
クェンサーが心の中で悪態をついている中、敵オブジェクトの主砲、下位安定式プラズマ砲が放たれる。
辺りに轟音が鳴り響く
しかし、クェンサーの身体に傷はなかった
彼の前には、プラズマ砲が砕けたオブジェクトと、先程まで数メートル離れた位置にいた筈の一方通行であった
「え? えぇぇ!?」
ただただ困惑するクェンサー。
学園都市と、その能力者を知らない彼は、目の前の一方通行がオブジェクトと同じ……またはそれ以上の化け物に見えたのだろう。
「言っただろォが。死にたくないなら失せろ。邪魔なんだよ」
一方通行に襟首を掴まれ、オブジェクトとは反対の方向に投げられる
それだけで数十メートルとんだクェンサーは、ドサッっと、雪の上に落ちていった
それを見たヘイヴィアとエリートの少女は、クェンサーの元へ駆け付ける
「だいしょうぶ?」
エリートの少女がクェンサーに声を掛ける
「ああ、大丈夫だ。しかし野郎、いきなり吹っ飛ばしやがって……」
そう言いながらオブジェクトと一方通行がいた方向を見据えるクェンサー
そしてその目に映ったのは、何かで叩かれたのか、本体の一部がへこんでいるオブジェクトと、それを嘲笑うかの如く見ていた一方通行であった
(やっぱりこのタマネギ野郎は堅くて面倒だな……まァ、“楽な仕事”に文句いっても仕方ねェってかァ?)
化け物と化け物の戦いが今、始まった
雪原に数多の砲撃が放たれると、地面がえぐれる。
長い間雪の下敷きになっていた土が地上に顔を出し、土埃が舞う。
それでもなお砲撃を止めないオブジェクトと呼ばれる化け物によって、すっかりその姿は変わってしまった
ほんの数分で地形を変えるオブジェクトの攻撃を受けても、一方通行と呼ばれる化け物にはかすり傷一つ付かなかった
砲撃を避ける素振りも見せず、一方通行がオブジェクトに向かってジャンプした
小さなクレーターを作る程の大ジャンプで一方通行は、拳を構えなら突撃、その一撃をオブジェクトに当てる。
するとどうだろうか。
現存するミサイルや機銃は豆鉄砲扱いされ、核ミサイルすら防ぐその分厚い装甲は、まるで紙の様に破れ、砕けた
近くにいたクェンサー達は、見ている事しか出来なかった
(確かフローレイティアとかいう女の話では、ここら辺にコックピットがある筈なんだが………)
オブジェクトの真上に立った一方通行はそこから全体を見渡す
(………これだな)
ほんの少しだけ形状が違う装甲を見つけた彼は、本体と装甲の隙間に手を入れ、軽く剥ぎ取った
「ビンゴじゃねェか」
そこには、分厚いドアが一つあった
一方通行はそのドアノブを掴み、一気に引いた
ドゴォ!と音がしながら、ドアは地面に落ちていく
「…………ひっ!?」
中にいた“エリート”の少女は恐怖で何も言えないのか、ただ震えているだけだった
「ほォら、かくれんぼはお終いだクソガキ。命までは取らねェからとっとと…」
「う、うわぁぁぁ!来るなぁぁ!」
懐から取り出した拳銃で一方通行を狙う敵エリート
パン! パン! と二発ほど銃声が聞こえた後、オブジェクトのコックピットは鮮血に染まった
……勿論、それは一方通行の血ではなく、敵“エリート”の血である。
「………」
目的を果たした一方通行は、オブジェクトから離れ、その場を立ち去ろうとした
「………待ってくれ!」
クェンサーが一方通行を呼び止める
「礼なんて要らねェぞ。俺は殺人しかしてねェからな」
「いや、本当はお礼したかったんだが、先にそう言われるとな……だが少なくとも、俺達は助かった。ありがとう。アンタはヒーローだ」
「……ヒーローなんかじゃねェよ…」
一方通行は、ゆっくりクェンサー達の方を見る
「俺は悪人だ。とびっきりのなァ」
「…………」
そう告げた悪人は、ゆっくりと歩いていった。
クェンサーとヘイヴィア、そしてエリートの少女は、最早動かなくなった二体のオブジェクトの横を通っていく一方通行を見ているだけだった────