崩れた街のアミタ(1)
【1】
―『未観測世界エルトリア』中央大陸南部、先代文明遺跡―
惑星エルトリアは、元々は自然豊かな美しい星だった。しかし、資源の枯渇や度重なる環境汚染等、その他大勢の問題から、エルトリアの人々は故郷を離れ、その殆どが宇宙に建造された半自律型コロニーでの生活を余儀なくされていた。
「見つけましたよ、キリエ!」
荒野の中に佇む建造物の中で、赤い髪の少女が声を上げた。少女の視線の先には桃の髪の少女とオレンジ色の髪の少女が石版の前に立っていた。よく見ると、オレンジ色の髪の少女に実体はなく、立体映像だった。
「……もう縄から抜け出したの、アミタ?」
キリエと呼ばれた桃色の髪の少女は、その長い髪を揺らしながら余裕の態度を見せるも、数歩、赤い髪の少女、アミタから距離を取った。
「貴方が残した端末から、事情は察しました。幾らこの星を救う為とはいえ、よそ様の世界に迷惑をかける事なんて、お姉ちゃんは認められません!!」
「そうやって良い子ぶって言われたって、私は止まらないから! 何年も頑張ってエルトリア復興に尽くしてきたお父さんがあのまま……あのまま何も報われず死んじゃうなんて、私には我慢できない!!」
この二人は、元々仲の良い姉妹だった。しかし、父であるグランツ・フローリアン博士が体調を崩した辺りから、この二人には明確な溝が生まれ始めていたのだ。
少女の手にも収まる程の小さな拳銃型デバイスを取り出し、その銃口をアミタに向けたキリエは、目線だけを後ろにいた立体映像へと移し、小声でぼそりと話しかけ始める。
「イリス、準備はどう?」
「座標は完璧。だけど、本来予定していた時間軸より10年程ズレちゃうから、あまり簡単にはいかないかも……」
イリスと呼ばれたオレンジ色の少女の立体映像は、心配そうにキリエに視線を送る。しかし、キリエの決意の固まった表情に揺らぎは無かった。
「元より危険な賭けなのは解ってるよ。でも大丈夫。『永遠結晶』は必ず手に入れて、何としてもここに戻ってくるんだから……!」
「……聞くまでも無かったようね。キリエの下に後ろにゲートを開くよ。一瞬で良いからあの子の気を引いて……!」
「うん、わかった……」
イリスに促されるまま、トリガーに掛けた指に力を込めるキリエ。銃口からは針の様にちいさな弾丸が放たれ、アミタの足を狙う。つい先程、アミタはこの攻撃で不意打ちされて拘束された経緯があるので過敏に反応し、即座に横に飛んで回避した。だが、その一瞬の隙にイリスはゲートを開き、キリエの身体を光で包む。
「キリエ!」
しかし、アミタの行動は予想よりも早かった。
横にとんだ際の着地からばねの様に飛び、キリエの居るゲートの中へと飛び入る。
「しまった!?」
「さぁ、家に帰ります……ッ!?」
キリエの腕を強引につかんでその場を離れようとしたアミタだったが、彼女の身体も同様に光に包まれてしまう。
こうして、二人は遠く離れた異なる世界へと転移した。
しかし、向かう先がエルトリア以上の混乱に巻き込まれていた事など、今の彼女達は知る由もない――
【2】
―『第97管理外世界地球』旧極東地区ブラックスポット―
どこまでも続く青い空。そして、果てしなく広がる荒野の下、黒いマントを羽織った青色ツインテールの少女が、得体の知れない化け物に追い回されながら、大空を駆けまわっていた。
「うわーん! こいつら多い上にしつこいぞーっ!?」
対して、化け物の方は緑色の身体に白い牙や爪を生やし、赤い複眼を持った昆虫のような生命体だった。青い少女が手にした黒い斧の様な武器で何匹かは退治されたが、倒された分だけどこからか増援が飛来し、かれこれ数時間は経過していたのだった。
「くそぅ、こんな時にシュテルんや王様とはぐれちゃうなんて……」
逃走しながらも、斧で叩き、または青い雷を纏った光を放って化け物を撃退する少女だが、奮闘虚しく取り囲まれてしまう。
「……仕方ないな。あまりお前たちみたいな雑魚に本気を出したくないんだけど、これ以上仲間を呼ばれても面倒だし、何より晩御飯に間に合わないかもしれない」
少女の周りから青白い雷がバチバチと音を鳴らして光始めると同時、彼女の持っていた斧の上から水色の光の刃が現れた。
「元々僕は逃げるの隠れるのも性分じゃないからな! まとめてぶっ殺してやぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
光の剣を天に掲げた少女がその刃を振りかざそうとした、その時だ。
閃光が少女達を包み、その中から現れた二つの影の内の一つが、丁度少女の真上にあらわれた。
「え?」
状況が飲めないまま、霞む視界の中でよく見ると、それは人の形をしていた影だった。丁度、人間でいう所のお尻に該当する部分が、少女の顔面に容赦なく突き刺さる。
「ぶへっ!」
攻撃モーションの最中であったが為に完全に不意を突かれた状態になってしまった少女は受け身を取る事も出来ず、そのまま眼下に広がる荒野に叩き落とされてしまった。
「おい! いきなり人の上に落ちてくるなよ! 痛いじゃないかーッ!」
しかし、見た目以上に頑丈だった少女は頭をさすりながら、落ちてきた影に向かって声をあげた。
「ご、ごめんなさい!」
影の内の一体、少女にヒップアタックを喰らわせたのは赤い髪の少女だった。対になる様に向かい合っていたもう一つの影の正体である桃色の髪の少女と共に、それぞれ赤い髪の少女が青い戦闘服を、ピンク色の髪の少女が濃いピンク色の戦闘服を身に纏っている。
「まさかここまで着いてくるとはねアミタ……ッ! お姉ちゃん後ろ!!」
「!」
急に現れたアミタを後ろから強襲しようとした化け物の鋭い牙は、キリエのとっさの声に反応する事によって回避。そのまま背中を合わせる格好となる。
『キリエ、こいつらはラダム獣だよ!』
キリエが手に持っていた小型の石版からイリスの声が流れる。
よく見ると、石版はまるでテレビ画面の様に小型のイリスの映像を映し出していた。
「なんでこいつらがここに……?」
「諸々の話は一旦中断しますよキリエ! ラダム獣を放っておくわけにはいきません!!」
「流石にこいつら無視するわけにはいかないからね……エルトリアを滅茶苦茶にした連中を見過ごすつもりはないわ!」
「ちょい! ちょいちょいちょぉーい!!」
アミタとキリエが円形の機械を片手剣へと変形させてラダム獣と呼ばれた化け物に刃を向けたと同時、下から青い稲妻を纏って少女が彼女たちの前へと昇ってくる。手にした斧を両手でしっかりと握り、今にも噴き出しそうな怒りの表情をアミタ達に突き付けてきた。
「なんなんだよ! いきなり出てきた挙句に怪獣を目の前にして仲直りで共闘? そんな格好いい登場の仕方をされたら、僕の存在が霞んじゃうじゃないか!!」
「……えー」
全く見当違いな所で怒る青髪の少女に困惑するキリエだが、アミタの方は一瞬だけ悩んだ様な表情を見せた後、空中で器用に回転しながら移動し、青髪の少女に背中を預ける姿勢を取った。
「なっ、なんだよいきなり!?」
「悪の宇宙怪獣に取り囲まれた所を、突如現れた名も知らぬ人と共闘して倒す。これって、凄く格好いい場面だと思いませんか!?」
そう言い放ったアミタの表情は、屈託のない笑みで満たされていた。まるでヒーローを前にした少年の様な表情だ。
「いや、お姉ちゃん。流石にそれは……」
「確かに一理ある。この場合、主役は僕という事になるけど良いのか!?」
「私より格好良く決められる自信があるのではれば!!」
「よし、その話のった!!」
「あー……そっか。二人とも同類だったか……」
完全に話の流れを持っていかれた事を悟ったキリエは、渋々アミタと青髪の少女に背中を預ける。
棒立ちしていると間違いなく「さぁ、キリエも一緒にやりましょう!」とせがまれることが目に見えていたからだ。
「僕はレヴィ。闇統べる王に仕える雷光のレヴィだ。お前たちは?」
「!」
「私はアミティエ・フローリアンです。アミタと呼んでください。こちらは、妹のキリエ」
「……よろしく」
「なるほど姉妹か。通りでそっくりな訳だな」
何気ない声色で呟く青髪の少女、レヴィの言葉にキリエは一瞬ムッと嫌そうな顔を見せるが、背中合わせが功を奏し、その表情を二人、特にアミタに見られることはなかった。
「さぁ、僕とその相棒、バルフィカスがお前たちを残らずぶっ殺してやるから、覚悟するんだな怪獣ども!」
数分後、レヴィの猛攻とそれを補佐するフローリアン姉妹の息の合った連携により、ラダム獣は一匹残らず叩き落とされる事となる。
「ふむ。人を従えて戦うというのは案外悪くない。いや、むしろ良いものだ」
荒野を埋め尽くす程のラダム獣の死骸を見ながら、レヴィは感嘆の声をあげた。
「さて、この星にラダムがいるという事は余計混乱させて迷惑をかける可能性もあります。今すぐ帰りますよ、キリエ」
レヴィから少し離れた所で、キリエに詰め寄るアミタ。
「……アミタ、悪いけど、私はまだ帰る気はないから」
「ラダム獣がいるという事は、『連中』もいる筈なんですよ!? そんな中で、手掛かりもなしに目的の物を探すなんて無謀にも程があります!」
「無謀なんかじゃないよ。少なくとも、糸口は見つけた」
「糸口……?」
困惑するアミタを強引に押しのけ、キリエは完全に呆けていたレヴィの方へと近寄り、彼女を抱き寄せる。
「お? なんだ?」
「私、レヴィの王様とお友達になりたくてここまで来たのよね~。ねぇ、紹介してくれないかしら?」
「キリエ!」
アミタの静止を無視して、レヴィに頭を優しくなでるキリエ。悪い気はしないのか、レヴィはその手を払いのけずに受け入れる。
「王様と? 別に良いけど、臣下である僕達よりも仲良くなることは許さないからな!」
「じゃあ、レヴィ達とも仲良くなりたいなぁ」
「む……ううむ、じゃあ、僕の臣下になるなら、考えなくもない」
「良いわよ。それでいきましょう」
キリエは抱き寄せていた体を離し、レヴィの前で膝をついた。
「うむ、苦しゅうないぞ。王様もこんな気分なのかなぁ」
その姿に、レヴィは上機嫌に何度も頷く。
「姉の方は僕の臣下になる気はないのか?」
そしてふと、アミタの方へと視線を送り、そう声をかけるレヴィ。
「……お友達になるのはとても素敵な話ですが、私は、妹のキリエを連れて帰らないといけないんです。出来れば、今すぐにでも」
「……と言っているが、妹の方はどうするのさ?」
「アミタの言う事なんて気にしなくて良いんだよ。私は、私の目的の為にここまで来たんだから」
「……なんだか色々あるみたいだけど、とりあえず僕に付いてくると言った妹の方の言葉を信じる事にする」
「それでレヴィ? 早速王様に会いたいのだけれど……ッ!」
「その場から動くのではないぞ、レヴィ!!」
キリエが言葉の続きを発そうとしたその時、空から謎の少女の声と共に黒い光の槍が無数に飛来。アミタとキリエがいた所に容赦なく降り注いだ。槍は器用にレヴィだけを回避し、周囲にあったラダム獣の死骸にも無慈悲に穴を開けていく。
「なっ、何なんですか一体!?」
「あーっ! 王様とシュテルんだーっ!!」
おーい! と元気に手を振る先にいたのは、黒い羽が生えた銀髪の少女と、左手にカギ爪の様な武器を装着した茶髪の少女だった。
「こんな所に居たのですか」
茶髪の少女は、カギ爪の付いていない右手でレヴィの頭を撫でた。キリエの時と同じ様に受け入れるレヴィだが、飼いならされた子犬の様に喜ぶ。仮に尻尾があれば勢い良く振り回す勢いがあったに違いない。