【1】
―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット支部『アナグラ』内部―
「今回の任務は鉄塔の森での小型アラガミの討伐任務ですね。同道するソーマさんとエリックさんは先に現地に向かっていますので、レナさんも準備ができ次第出撃をお願いします」
「はい!」
オペレーターの竹田ヒバリから指令書を受け取ったゴッドイーター第一部隊所属の新人神機使い、肩口までで切り揃えられた真っ黒な髪で、男物の無骨な黒メガネをかけた少女有栖レナは出撃用のゲートへと足を運んでいた。
「オウガテイル三体に、コクーンメイデン? 初めて見る名前だなぁ。そいつが二体っとおおぅ!?」
時間が圧しているという事もあるが、指令書に目を通したまま移動していたレナは、そのまま地面に転がっていた『何か』にぶつかって勢いよく転倒してしまう。
ながら移動というのは非常に危険で、本人が思っているよりも意識している視界が狭まる。やめよう。
「いったたたたた……何だよ誰だよこんな所にゴミ捨てたままにしてんのはよー……」
「おう嬢ちゃん……ヒック、人の腹蹴り上げて置いてゴミ扱いたぁヒック、感心しねぇな」
「ぎゃああああああ!?」
『何か』が急に喋って起き上り始めたので、流石に仰天したレナが指令書を投げ飛ばしながら悲鳴を上げた。
見間違いかと思って一度メガネをかけなおすが、何度見ても彼女が躓いたのは人間だった。
ヨレヨレの作業服に身を包んだ四〇から五〇代程の男性は、透明な液体が入った瓶を片手に立ちあがり、千鳥足でレナの方へと歩み寄ってくる。
「うわ酒くっさ……」
「……先に言う事ヒックあるんじゃねぇか……?」
「すませんごめんなさい急いでるんでハイ」
とにかくその場から離れたかったレナは、早口でまくし立てる様に言葉のマシンガンを打ち込み、その場から去ろうとする。
しかし、作業服の男に「おい」と呼び止められ、渋々ながらに視線を男の方へと戻した。
「あの、まだ何か……?」
「忘れ物だぜ、慌てん坊ちゃんよ」
そう言うと、落としていた筈の指令書をレナへと投げかける作業服の男。
「あ、ありがとうございます……?」
「バーナード・オトゥール軍曹だ。俺の名前ヒック、忘れんじゃねぇぞ……」
「ぐんじ……!? しっ、失礼致しました!!」
上司をガチで踏んづけてしまった事を認識してしまったレナは、半ばやけくそに逃げる様に出撃用のゲートへと向かっていった。
【2】
「ったく、最近の若いもんはヒック……」
噂の新型ゴッドイーターに腹を踏まれるという珍しい体験をしたバーナード・オトゥール軍曹はゲートを見ながらブツブツと小言を呟いていた。
レナのながら移動もそうだが、日中から飲んだくれて人の往来激しいアナグラのロビーで寝転がっている方も大概なのだが、酔っ払いっている彼はその事には気が付いていない。
「……おっと、こんなとこでヒック昼寝してる場合じゃねぇんだったな」
手にした酒瓶の向こうに遠い日の光景を想い馳せながら、バーナード軍曹は出撃用ゲートとは違う、別フロアへ移動する為の昇降機の方へと足を運び始めた。
果たして飲んだくれ千鳥足の彼は道を間違えたり吐いたりせずに目的地へと赴くことが出来るのだろうか……?
【3】
「よぉ新入り。さっきの見たぜ。最高だったな!」
「シュン先輩……」
上官(と思われる物)を踏んづけてしまったレナはケタケタと笑う先輩ゴッドイーター、小川シュンに肩をバンバン叩かれる度にそのテンションを急降下させていた。
今現在彼女らがいるのはゲートの先に構えている神機保管庫であり、ここに各々の神機使いの相棒が収納されていた。
すぐ近くには神機メンテ用の作業員が使用する工房が存在しており、ターミナルから情報を打ち込むことで作業員達が神機の改修修理を行ってくれる仕組みだ。
意気消沈するレナなどお構いなしに、シュンは自身の神機である旧型のロングブレードを肩に担ぎながら、尚レナの肩をバンバンと叩く。
これはセクハラではなかろうか?
「あのオッサンウザってぇんだよなぁ。元神機使いの百田ゲンってオッサンと同じで昔は暴れてた軍人らしいが、今じゃ完全に酔っ払いの変人だよ。正直新型ってだけでチヤホヤされてるお前の事も気に食わないが、さっきので見直したぜ!」
思った事は正直に言わないと気が済まない性質の人間なのか、聞いてもいない事もスラスラと喋るシュンに、レナはため息交じりに、
「で、先輩は私にその最高のジョークの感想を言う為にわざわざ来てくれたのですか?」
「お前もお前で結構棘のある言い方するよな!? まぁ、そんな事は良いんだ。お前、今回はソーマと一緒の任務なんだろ?」
「そうですね」
「アイツには気を付けなよ。ソーマと一緒に任務に行ったゴッドイーターの生存帰還率は滅茶苦茶低くてな……『死神』って呼ばれてるんだぜ?」
「死神……」
あ、ちょっと格好いいな。と思ったレナだが、話の腰を折りそうだったので心の中だけに留める事にした。
「ま、将来有望な『新型』サマには関係ない話だと思うけどよ、精々命は大事にするんだな!!」
背中を向けたまま空いた方の片手を振るシュンを見て「真意はどうあれ絶対友達少ないよなあの人」と思うのだった。
【4】
―『第97管理外世界地球』極東地区沿岸部『鉄塔の森』―
鉄塔の森。
それは、かつては何の変哲もない重工業地帯だった。
アラガミによる捕食により至るところに不規則な穴が開き、間を縫うように木々が生え始めた事から、この場所はその様に呼ばれるようになったという。
天然の森林が減少し、こういった歪んだ場所が若者に『森』と認識されるのは、皮肉が過ぎるという話だ。
「やぁ。君が例の新型クンかい? 噂は聞いているよ。僕はエリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデだ。君のせいぜい僕を見習って、人類の為に華麗に戦ってくれたまえよ?」
それが、彼の最後の言葉となった。
「エリック! 上だ!!」
「!」
エリックと名乗った少年は、突如飛び降りてきたアラガミ、オウガテイルによって食われた。
レナの、目の前で。
「あ、ああ……」
この世界において、人間とはかくも弱い生き物だ。
ニードレス、超能力者や魔術師であってもアラガミには食われるし、ラダム獣には踏みつぶされる。神機使いもその例からは外れない。
知識として理解はしつつも、レナは目の前で自分と同じゴッドイーターが一瞬で食われる光景を理解出来なかった。
否、脳が全力でそれを拒んだのだ。そのせいで、腰が抜けた彼女はそのまま座り込み、逃げるも応戦もすることなくその光景を見続けていた。
オウガテイルの鬼の様な顔が、ゆっくりとレナの方へと視線を移動させる。
まるで、次の得物を見つけたかの様なその仕草に未だレナは理解が追い付いていなかったが、その牙が彼女は届かなかった。
「チッ!」
オウガテイルは背中から巨大な神機に斬りつけられ、その活動を停止したのだ。
まるで闇の様に真っ黒な鋸型のバスターソードを肩に担ぎなおしたのは、白い髪に褐色肌のフードを被った少年だった。
年はレナと少ししか違わない筈だが、妙に大人びて見えたのは、彼の目がどこまでも悲しい表情をしていたからだろうか。
(死神……)
ふと、小川シュンが言っていた言葉を思い出す。
冷たく悲しい瞳で真っ黒な神機を構える様は、確かに死神を連想させるに足るものであった。
「……ようこそ、クソッタレな職場へ。言っておくが、ここではこんなことは日常茶飯事だ」
「わ、わかって、います……」
「そうか」
込み上げる吐き気を抑え、レナは神機を杖代わりに立ちあがった。
少年が持つ神機と同じデザインのバスターソードをたまたま装備していたレナは、嫌でも少年との力の差を思い知らされ、自分の未熟さを痛感してしまう。
「俺はソーマ。別に覚えなくていい」
「私は、うっぷ……」
「無理をするな。別に下がってくれても、俺はお前を恨んだりはしない」
「それは、出来ません……確かに、目の前で人が……私と同じ神機使いが死んじゃったのは辛いですけど、私にだって覚悟はあります。守られてばかりだった私が、今度は皆を守るんだって!」
「そういう覚悟か……良いだろう」
ソーマと名乗った少年は、今にも吐きそうな癖に決意だけは一人前と言わんばかりのレナを笑ったり、貶したりすることなく肯定し、端末に搭載されたデジタル時計に目を通した。
「時間だ。行くぞルーキー……とにかく死にたくなければ、なるべく俺には関わらない事だ……」
【5】
覚悟がある。なんて勢いで言ってみたはいいものの、そんな言葉だけで人間の体調が復帰する訳はない。
未だ引きずる吐き気を耐えられたのは彼女がゴッドイーターとなる時に体内に打ち込まれた偏食因子による体の強化からであろう。
こんな所で自分が普通の人間でない事を改めて認識させられたレナは、半ばやけくそ気味にバスターソードを振るう。
しかし、その攻撃はどれもこれも空回りし、その度にオウガテイルの反撃から命からがら回避する羽目になっていた。
「戦えないなら下がれ。俺一人で充分だ」
「くっ……!」
反論の一つでもしてやりたいレナだったが、悔しい事にその言葉が出ない程に状況は説破していた。
訓練で一通り動かしてみたとはいえ、バスターソードは他の種類の近接武器と違ってやたらめったら振り回せるものではない。
冷静になればもう少しまともな立ち回りが出来たはずのレナだったが、訓練を思い出そうと記憶の海に飛び込もうとすると、すぐ浅瀬にあるエリックの「死」を見てしまう事になる。それを躊躇ったせいで基本的な動きすらおぼつかなかったのだ。
(落ち着くのよ有栖レナ……この神機はただの重りなんかじゃない。ちゃんと当てれば敵を倒せるんんだ。ほら、同じ形の神機を使ってるソーマさんだってあんなに軽々と……?)
そこで、レナの思考が一瞬止まった。
同じ武器を使っている?
つまり、無理に訓練を思い出さなくても、目の前にいる『先生』を真似れば、動くことが出来るのでは?
【6】
「驚いた。いきなり動きが良くなったかと思えば、まさか真似をされていたとはな……」
地面から生えたアイアンメイデンを模したアラガミ、コクーンメイデンを斬りつけながら、ソーマはそう呟いた。
まともに動く事も出来なかったルーキーが敵に的確な攻撃を与え始めた事には最初驚かされたが、何度か攻撃をしている姿を見ると、彼女が明らかに自分の方へと意識を向けている事が分かった。
そして、自分の動きを数秒ずらしで再生している事に気が付いたソーマは、自分の目の前の相手と戦いながら、新米がそのまま真似ても大丈夫な立ち回り、というやけに高難度な動きを求められていた。
「チッ、これは新型旧型云々というより、アイツ個人の力量みたいだな……」
関わるなと釘を刺した矢先に真似をされるとは到底思っていなかったソーマだが、同僚が死なない事に越したことはないので、それ以上は言及しない事にした。
そして程なくして、作戦エリア内にいたアラガミはシンクロする二人の神機使いによって制圧される。