新約:とある戦士達の黙示録   作:一条和馬

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第2話『銀の狐』

【1】

 

 バスターソードは斬る、というよりかは叩き潰す、位の気持ちで振ればいい。

 最後の一体にトドメの一撃を叩き込んだレナは、とりあえず他の事を考える事が出来る程度には調子が回復していた。どうやら無心で先輩を真似ている間に、心の整理が終わっていたらしい。

 

「……終わった」

 先程の様に絶望ではなく、安堵で腰を下ろすレナ。その傍らで、ソーマは別の方向を見つめていた。

 そこはエリックを喰らったオウガテイルが倒れている場所で、コアを抜かれて活動を停止したアラガミはゆっくりと崩壊を始めていた。

 

「……」

「ソーマ、さん?」

「ソーマで良い。あまりさん付けされるのは慣れてない」

「は、はぁ……」

「おい」

「えっ、は、はい?」

「あれはお前の知り合いか?」

「は?」

 

 ソーマに促された先は、廃工場の一角、その屋上だ。

 そこには、ボロ布をマントの様に羽織り、錫杖を持った人影が佇んでいた。

 顔は同じくボロ布で作ったフードを目深に被っていて確認することは出来ないが、銀色に光る錫杖を持つ手は色白の細い腕であることから、おそらく女性であるのだろう、と推測された。

 

「いや、知らない人の筈ですけど……」

 

 即答したレナだが、どこか心の中でモヤモヤするものがあった。

 無論、顔は見えてないので一概に知らない人物だと答えることは出来ない筈だが『知っているけど知らない』という既視感に苛まれた時の様な感覚がレナを襲っていた。

 

「明らかにこっちを見てやがるな……」

 彼の指摘する通り、人影は明らかにレナの方へと意識を集中させているように見えた。

「……」

 

 ボロ布の人影が、錫杖を持っていない方の手を布から表に出す。

 

 その手には、錫杖と同じ、銀色に輝くマグナム型の拳銃が握られていた。

 

 その銃口が、ゆっくりとレナの方へと向けられる。

 

「ッ! ヤバッ!」

 

 咄嗟に神機の装甲を展開し、防御の構えを取るレナ。

 神機はアラガミと同じオラクル細胞を基に作られた武器だ。

 

 能力や魔術の類を使わない物理兵器では、例え核兵器を使っても傷一つ付かない無敵の細胞。

 

 しかし、レナの中の既視感が強烈な警告を発し、彼女はそれに迷うことなく従った。

 レナが装甲を完全に展開し終えたのと、銀色の拳銃が吠えたのは、ほぼ同時だった。

 

 本来なら、数ミリしかない銃弾など、神機は軽く弾き飛ばせただろう。

 しかし、

 

 ドガガガガガガ!! という激しい激突音と共に、神機の装甲はガリガリと削られていくのだった。

 

「何!?」

 

 その光景に、一瞬追い付けていなかったソーマも理解が及び、驚愕する。

 ボロ布の人影は特に驚いた様子もなく、ただひたすらにレナに銃弾を浴びせ続けた。

 

「うぅ……何なのよアレ……!?」

 防御一辺倒ではジリ貧である事を理解したレナは、相手がリロードする隙を狙って装甲を解除し、真正面から突撃した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 先程の戦闘で体に馴染ませた『斬る』のではなく『叩き潰す』一撃。

 その重圧な攻撃は、確かに芯を捉え、文字通りの必殺になる筈だった。

 

 だが、ボロ布の人影はそれをギリギリで、尚且つ余裕すら見せる優雅な動きで回避してみせた。

 

 否、回避というよりかは、あれは最早舞い踊っていると表現した方が近いのかもしれない。

 そしてそのままの流れで、ボロ布の人影は銃口をレナの顔面へと照準を合わせる。

 

「しまっ……!」

 

 その時だ。

 

「フェルゼンアヴァランチ、発動ォ!!」

「!?」

 

 ボロ布の人影が迫りくる『何か』に気が付いた時には、既に遅かった。

 『何か』の正体は、レナの身体を裕に超える巨大な岩の塊。

 それが彼女の真横を通過し、ボロ布の人影を吹き飛ばしたのだ。

 

「今だ! アルカ!!」

「任せろザカート!」

 

 巨大な岩から声が聞こえたかと思うと、今度はその後ろを追うように一人の女性が現れる。

 アルカと呼ばれた女性は胸元が大胆に開いたセクシーな服を身に纏った、若竹色の長い髪の少女だった。アルカは真っ赤に燃える右拳を構え、体勢の崩れたボロ布の人影の懐へと突撃する。

 

 そして、

 

「ヒートエクスプローション!!」

 無防備になっていた懐に、容赦なく燃え滾る熱い拳のアッパーを繰り出した。

 

「……ぅ!」

 今まで無言を貫いていたボロ布の人影が、初めて人の言葉を発した。やはり人間の、それも少女の声色だった。

 

「賞金首『銀狐(ぎんこ)』! 今日こそ決着を付けさせてもらうぞ!!」

 

 アルカは巨大な岩と共にレナを庇う様な形で立ちふさがり、ボロ布の人影……銀狐と呼ばれた少女を前に再び拳を構える。

 

「よう慌てん坊の嬢ちゃん。どうやら間に合った様だな!」

「バ、バーナード軍曹!?」

 二人の後を追うように現れたのは、大きな袋とアサルトライフルを構えたバーナード・オドゥール軍曹だった。

 今は酒が抜けているのか、しっかりと地面に両足を着けている。

 

「チッ。レジスタンスのニードレスがこんな所に来るのは変だと思ったが、まさかテメェの差し金だったとはな……」

 さり気なくレナの一歩前に陣取り彼女をカバーするソーマも現れ、形勢は一気に一対五(?)へと変化した。

 

「ッ!」

 流石に不利を悟った銀狐は跳躍でその場を離れる。

 

 地面を軽く蹴っただけで数メートルを超える高さまで飛び上がった彼女はレナ達に追撃する間も許さず、その場から消え去ってしまった。

 

 

【2】

 

 脅威は去った。だが、レナの目の前には手から炎を出したニードレスの少女アルカと、彼女と会話する謎の岩が残っていた。

 

「……取り逃がしてしまったか」

「相変わらず、何を考えているか分からん奴だ」

 

 さも当然の様に岩と会話しているアルカを不思議そうにマジマジと見つめていると、その視線とその意味を悟ったらしいアルカが、笑いを堪えながら岩をコンコンと叩いた。

 

「おいザカート。お前、このゴッドイーターに『喋る岩』だと思われてるぞ?」

「何だと!?」

 

 そう言うと、ただの岩だと思っていた塊が次第に瓦解し始め、中から筋骨隆々な大男が現れた。

 まるで獅子を彷彿させる様な力強い焦げ茶色の髪の男を見るや否や、レナは思った事をそのまま口に出してしまった。

 

「き、きび団子貰っても仲間にはなりませんから!」

「桃太郎じゃねーよ!!」

「ぷっ……ふははははは!!」

 遂に堪えられなくなったアルカが腹を抱えながら笑い転がり始める。どうやら、彼女のツボに入ったらしい。

 

「あー、可笑しい……おっと、自己紹介がまだだったな。私はアルカ。レジスタンス『ブラックスポット解放軍』の副隊長を務めているアルカ・シルトだ」

 握手を求められるアルカに応えようとするレナだが、その手が一瞬止まってしまう。

 

「? どうした?」

「いや、余熱とか大丈夫かなって……」

「あぁ。そんな事か。気にすることはない。私は炎のフラグメント『炎神の息吹(アグニッシュワッタス)』を持つニードレスだが、流石に自分のフラグメントの調整をミスるヘマなどしないさ」

 

 再度求められた握手に、今度はちゃんと応えるレナ。

 アルカの言う通り、その手は平熱より少し熱く感じるものの、炎を握っている様な感覚とは遠くかけ離れている物だった。いや、炎なんて握った事ないけどさ。

 

「レナです。有栖レナ」

「有栖レナか。よろしくなレナ。で、こちらの桃太ろ……フフッ、岩太郎だが」

「面白がって引っ張んなよアルカ。はぁ……俺はザカート。岩石の鎧を纏う事が出来る岩石崩(フェルゼンアヴァランチ)のフラグメントを持つニードレスだが、同時にブラックスポット解放軍の隊長としてシメオンと戦っている」

「シメオン? シメオンってあのシメオン製薬ですか?」

 

 

 シメオン製薬は、フェンリルと共に現在の地球を二分するほどの巨大企業だ。

 その名前は出てきた事にレナは困惑してしまう。

 フェンリルお膝元のアナグラに住んでいるレナはあまりこの会社の商品を見ないが、製薬会社を謳いながら数多くの事業にも手を出しているらしい。

 

「おっと、アナグラ育ちのお嬢ちゃんには、あんまりピンと来ない話だったよな」

「フェンリルは世界中でアラガミやラダムと戦いつつ私達の様な余所者にもギルドという形で働き口をくれているが、シメオンの方は極東、主にこのブラックスポット周辺を支配しようとする動きを見せているんだ」

「何でここなんですか?」

「そらお前。ここは元『学園都市』だからだろ。今はほとんど廃墟だが、人によっては未だに宝の山なんだろうよ」

「で、私達はフェンリルからの物資提供を受けつつ、裏で『ニードレス狩り』を行うシメオンと日夜戦ってるって訳さ」

「ニードレス狩り……噂だけならアラグラの中でも聞いた事があります。目的不明の虐殺行為として、フェンリル本部でも話題になってるとか」

「ま、実の所はアラガミやラダム獣と殴り合ってる事の方が多いんだけどね」

 つまり、とザカートは会話のまとめに入った。

 

「俺らは自分の居場所であるブラックスポットを守る為、フェンリルと素敵な相互関係を築いてきたって訳だ」

「フェンリルとシメオンの抗争……」

 

 全く知らなかった話だ。

 今まではその日一日生きるのが精いっぱいで、どこの皆も湧いてくるアラガミと降ってくるラダム獣に怯えながら、人類仲良く手を繋いで前に進んでいると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 

「ねぇ、ソーマさ……ソーマはこの事知ってたの? って、ありゃ?」

 同じフェンリル所属のゴッドイーターの先輩としてこの事実についてどう思っているか伺おうとしたレナだが、そのソーマはレナ達とは少し離れた所で、バーナード軍曹と二人で会話を交わしていた。

 

「?」

 少し気になったので、アルカ達に断りを入れてから聞き耳を立てる事にした。

 

 

【3】

 

 

「……こんな所まで、一体何しに来やがった?」

「ん? 見ての通り、墓参りだよ、墓参り」

 

 ソーマに指摘されたバーナード軍曹はそう言いながら、持っていた袋から酒瓶や花束を取り出す。

 酒瓶の一本、花束の一束、そのどれもを丁寧に配置しながら、バーナード軍曹は独り言のように呟き始める。

 

「……ここは、ゲンの部隊と一緒に戦った最後の戦場でな。二人揃って部下をほとんど失って、ゲンの野郎も引退を余儀なくされちまったんだ……」

「……」

「それから一時期オービタルリング奪還作戦だとか何だとかでここを離れっきりだったからな。いつもより多めに持ってこねぇと、こいつらが酒を求めてあの世から這い戻ってきちまうかもしれねぇ」

 普段酒瓶持ってアナグラ内をフラフラしているオッサンと同一人物とは思えない発言だった。酒瓶だって今の時代貴重なはずなのに、バーナード軍曹はそれを死者への手向けとして何の遠慮もなくその場に備え続ける。

 

「……死んじまったら、何も残らねぇだろうがよ」

「そうだな」

 皮肉と自傷を兼ねてのソーマの言葉は、あっけなく寸断される。

 

 でもな、とバーナード軍曹はさも当然の様に言葉を続ける。

「確かに、死んじまったら何も残らねぇ。だが、残された俺達が連中の分まで戦わなきゃならねぇんだよ。誰かの為に戦って死んでも、そいつが守りたかった『誰か』はまだ生きていて、そいつを死なせちゃ本当に『連中』お終いだからな……最も、こんな窮屈な生き方してちゃ、守るものが増え過ぎちまうのがちと難儀だが」

「……」

「少し前、お前さんみたいな悲しい目をしたデンジャラスボーイに会ったよ。ま、あっちは何かを決意した良い目をしていたがな」

「……結局、何の説教をしたいんだアンタは?」

「説教? 俺がそんな優しい奴に見えんのか? 俺はただ、先にヴァルハラで待ってる仲間達との他愛もない世間話にお前さんを無理矢理巻き込んだだけさ」

「アイツが守りたかったもの……」

 

 アイツ、エリック・デア=フォーゲルヴァイデは変な奴な事で有名だった。

 

 

 神機使いとして可もなく不可もない腕前の癖にすぐ調子に乗り。

 

 

 

 トイレの正しい使い方も知らない金持ちのボンボンで。

 

 

 

 妹のエリナの話ばかりする馬鹿兄で。

 

 

 

 だが、そんな奴ではあるが。

 

 

 

 

 ソーマの事を『親友』と呼ぶ唯一無二の男だった。

 

 

 

 『死神』と揶揄されていた彼を一番に理解している男だった。

 

 

 

 「あいつは誰よりも優しいから」なんてクサい台詞をサラッと言ってしまう男だった。

 

 

「……」

 バーナード軍曹の『独り言』に少し思う所があったソーマは、しばし沈黙し、再び口を開き始めた。

 

「なぁ、バーナードのオッサン、少し頼みがある」

「なんだ?」

「花を一輪、譲ってくれないか?」

「一輪で良いのか?」

「良いんだ」

 

 名前も知らない白い花を渡されたソーマは、エリックが死んだ場所に花を添えた。

「……残りの分は、自分で用意するさ」

 

 

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