【1】
―『第97管理外世界地球』極東ブラックスポット『BS解放軍』アジト付近―
軽い怪我を負ってしまったレナの為に、一行はブラックスポット解放軍のアジト方面へと足を運んでいた。
「ねぇ、ソーマ」
「……なんだ」
「さっきの話、ちゃっかり聞いてたんだけどさ」
「そうか」
申し訳なさそうに離すレナとは対照的に、ソーマは最初に会った時の様な冷たい対応に戻っていた。
意識していなくても普段からこんな調子だからシュン辺りに『死神』なんて言われているのかもしれない。
「その、エリックさんってどんな人だったの?」
「……世間知らずの金持ちで、妹の事に戦うんだとしか言わない、どこまでの甘い馬鹿野郎さ」
「妹の為に、か。その気持ち、解るな」
「アルカさん?」
「私にも弟がいてな。世界一大事な弟だ。血を分けた家族兄弟の為なら、世界を敵に回しても良いと思えるのは別段不思議な事じゃない」
「外は化け物だらけ、内は派閥争いなんてしてるクソッタレな世界でもか?」
「関係ないな。家族とは、そういうものだ」
「あのクソ親父もそうなんだろうか……」
「……」
アルカとソーマの会話に、レナはただ黙って聞き入る事しか出来なかった。
物心ついた時にはアナグラの居住区におり、ゴッドイーターになるまでほとんどの人間と付き合いのなかった天涯孤独の彼女にとって、家族や兄弟というのは一番無縁の存在だったからだ。
「着いたぞ。ようこそ我らが基地へ」
そうこう話をしている内に、一行はレジスタンスのアジトへと到着した。
高低差のある大地を天然の壁とした入り組んだ地形の中に、幾つかの屋敷が立ち並んだこの場所こそ、ザカートやアルカ達が根城にする家であり、基地であり、また最前線でもあった。
基地には解放軍のメンバーらしき人物が何十人と常駐しているようで、そのどれもが凱旋するザカート達を歓迎していた。それ程に彼らへの人望と信頼が厚いのだろう。
「ザカート隊長! 姉さん!! おかえりなさい!!」
その中で、一人の少年が一際大きな声でレナ達を出迎えた。
年はレナより少し下だろうか、アルカの同じ若竹色の髪の少年は、元気に手を振りながら近付いてくる。
「クルス!? お前、ここは危ないから来るなといつも言っているだろう!?」
「僕だって姉さん達の力になりたいんだよ!」
クルスと呼ばれた少年は、先程会話に出てきたアルカの弟だろう。顔立ちもよく似ている。
「あぁ、この子がさっき言っていたアルカさんが世界一可愛いと言ったブッフェ!?」
すごいいきおいでくちをふさがれた。
「お、おいクルス! こちら、ゴッドイーターのレナだ! 悪いが、私がザカートやバーナード軍曹と話をしている間、怪我を見てやってくれ! くれぐれも粗相のない様にな!!」
「おぶぅ……」
「既に自分で粗相起こしちゃってるよ姉さーーーん!!」
「……良いか。弟にさっきの事少しでも話してみろ。燃やすからな」
羞恥心と怒りが混じった様な真っ赤な顔で脅してくるアルカに対し、レナは無言でコクコク頷く事でしか返答出来なかった。
【2】
「はい、これで何とかなると思いますよ」
「ありがとうクルス君!」
傷口に包帯を巻いてもらったレナは手当てをしてくれた少年、クルス・シルトに礼を述べた。
普段からこの基地に出入りし、裏方雑事に従事していた彼の手際は見事なものだった。
ただ、普段から長袖のレナにとって二の腕や太ももを晒して触られるのはかなり恥ずかしかったのだが、気にした様子もなくさっさと包帯を巻く彼に対し、少し女性として思う所があるのだった。やっぱりスタイルの良い姉を持つと貧相な体型の自分はアウトアブ眼中なのだろうか。
主に胸とかその辺。
「クルス君のお姉さん、アルカさんって素敵だよね。強いし、スタイル良いし」
「そっ、そそそそうですね!!」
カマかけたらわかりやすく動揺しよった。愛い奴め。
「で、でもレナさんも美人だと思いますよ。ここに来るゴッドイーターってソーマさんとかリンドウさんとか、とにかく男の人ばかりなので……」
「さり気なくフォローする所、得点高いぞクルス君! まぁ、私は訓練初めて一週間、実戦任務なんて二回目のド新人だけどさ」
「それでも格好いいですよ、神機を持ってアラガミと戦うゴッドイーター……憧れます」
「そんなに言うんなら、一度アナグラに来て適性試験受けてみれば?」
「実は何年か前に姉さんと二人で受けに行ったんですけど、見事に落とされてしまって……」
「ありゃ、なんかごめんね?」
「いえ、良いんです。魔術なんかにも疎くて、フラグメントも持たない僕でも姉さんを守れるような力を手に入れられるかも……って期待は見事に砕かれちゃいましたけど、今できる全力を尽くそうかと思ってます」
「そっかー」
左腕に巻かれた包帯を、腕輪の付いた右手でさすりながら、レナは呟く。
時刻は既に17時を越えており、茜色に染まる夕焼けが彼女達の横顔を照らしていた。
そこでふと、先程ザカートやアルカとの会話で出てきたある単語を思い出すレナ。
「ねぇ、クルス君。『ニードレス狩り』って、具体的にどんな事が起きているか知ってる?」
「僕も詳しい事は知りません。だけど、この極東のブラックスポットでしか誕生しないという不思議な力、フラグメントを持つニードレスをシメオンの社章を着けた人間や機械が襲撃して殺しまわっているんです。僕と姉さんも何度か狙われた事もあったんですが、命からがら生きのびて、今はこうして仲間達と共に戦っているんです」
「うん? クルス君も襲われたの?」
「はい。多分姉さんとずっと一緒にいたから、まとめて狙われたんだと思います」
「魔術師や学園都市の超能力者はその手の話聞かないけど、なんでニードレスだけ狙われてるのかな……?」
「それがさっぱりわからないんです。でも、ニードレスって確かに悪い人もいますけど、全員が全員そうじゃないんですよ。中にはちょっとそよ風を吹かせる程度のフラグメントしか持たない人だっていますし、強い力を持っていても優しい人がほとんどなんです。それを無差別に殺していく事が、例え何か正しい理由があったとしても、許される事だとは到底思えないんです……ッ!」
「……私さ、ゴッドイーターになるまではその日暮らしが精一杯の貧乏人だったから意識してなかったんだけど」
クルスの熱の籠った言葉に感化されたレナがふと、自分の胸に秘めた思いを露呈しはじめる。
普段ならそんな事絶対しない様な彼女であるが、今日一日の出来事が彼女に変化をもたらしたのかもしれない。
「今日ね、私の目の前で人が死んだんだ。きっと私よりも強くて、私よりも理不尽な世界で生きていく理由があるような、そんな一人のゴッドイーターが」
「……」
ただ沈黙で清聴の意志を示すクルスに内心感謝しながら、レナは続ける。
「第三次世界大戦って大きな戦争があって、アラガミやラダムが現れて滅茶苦茶な地球だけど、それでも皆で手を取り合って、昨日よりもっと、今日よりずっと明日を良い日にする為に皆で頑張ってると思ってたんだ。誰かが死んでも、その人が守りたかった『何か』はまだ残っているから、それさえ無くさなければその人の想いは死なない……まぁ、今のは上司の受け売りだけどさ」
だけど、だからこそ、とレナは言葉一つ一つに想いを込めながら、ゆっくりと吐き出していく。
「そんな中で、平気な顔して人を殺してる奴がいるなんて思うと、なんていうか、怒りもあるけど、悲しくなってくるよね……」
「……そう、ですね」
「何が一番悲しいって、人であれアラガミであれ、殺さないと生きられない様なこんなクソッタレな世界だよ。意思疎通の手段がないアラガミやわざわざ宇宙から地球侵略にやってきたラダムとは分かり合えなくても、せめて地球に住んでる人だけでも、仲良くなれれば、って思うよね」
「その話で、僕もレナさんに聞きたいことがあるんですけど」
「何かな?」
「もし、もしもですよ。意思疎通できるアラガミやラダム獣が現れたら、レナさん、仲良くできると思いますか?」
「……!」
それはクルスにとって、比喩表現を込めた言葉だった「例えコミュニケーションが取れても、相手が人外で殺し殺された間柄では無理でしょう? つまり僕達とシメオンはそういう関係なんです」という事を暗に込めた皮肉。
しかし、その言葉を聞いたレナは今までにない以上の眩しい笑顔を振りまきながら、クルスの両手をガッチリと掴んだ。流石に女の子に顔を近付けられている事になれていないのか、小さく頬を赤らめるクルスの事などお構いなしに、レナはグイグイと距離を縮めていく。
「クルス君!」
「なっ、なんでしょうか……?」
「それって、とても素敵な事だと私思うんだ!!」
信じていた『優しい世界』は砕かれようとも、世界がクソッタレのごみ溜めである訳では無い。まだ見ぬ未来の可能性をその言葉から感じ取ったレナは、今日一日の辛さを吹き飛ばす程の希望を初めて手にしたのだった。
【3】
―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット支部『アナグラ』内部―
「あ、そうだ」
任務を終え、神機を整備班に渡した有栖レナは残りの自由時間をどう過ごすか考えていた所で、ある事を思い出した。
「あの時のテッカマン、どうしてるんだろ……?」
華夏の村の一件で出会ったテッカマンレイピア事相羽ミユキは、体調不良が著しいという事もあって現在、このアナグラ内の医療施設へ搬送されていたのだ。
貴重なテッカマンの検体という事で本部は相羽ミユキの身柄を確保したがっているそうだが、先日本部将校のコルベット准将がテッカマンブレードを独断で拘束、監禁した事が他の支部に露見し、結果として彼女は極東支部で療養する事になったのだ。
「受付にいるヒバリさんなら何か知ってるかな」
本来、アナグラ内にテッカマンがいるなんて話は上官止まりだが、生憎レナは新米の癖して初任務でその姿を確認してしまったのだ。隠すより率き入れた方が何かと都合がいいと思われたのだろう。
そう言うわけで、彼女もまたテッカマンに会う事を許可された一人という事なのだ
「あ、レナさん。おかえりなさい」
「あれ? ヒバリさん今休憩中ですか?」
ロビーまで戻ってくると、受付横のテーブル席に座って珈琲を嗜んでいるヒバリの姿があった。神機使いとしての仕事を始めて一週間、彼女が受付の席を離れている所を見るのは初めてかもしれない。
「本当は明日も仕事なんですけど、先輩に無理矢理にでも休めと言われちゃいまして……」
「先輩……アナグラには他にオペレーター居たんですね」
「いえ、先輩はギルド所属の方で、なんていうか、私にイロハを叩き込んでくれた人、という方が正しいかもしれません」
「全く、いくらオペレーターの数が少ないからと言って、全部竹田さんに任せっきりなのは私どうかと思います!」
その言葉を発したのはレナでも、ヒバリでもない第三の人物だった。
身長はレナとあまり変わらない、黒色短髪で童顔の少女であったが、何よりも、頭に花壇があるのが目立ってしょうがない。花のついたカチューシャ、というのが正しい認識なのだろうが、それにしては多すぎだ。
「レナさん、ご紹介しますね。こちら、フェンリルギルド所属の超能力者、
席を立ち、件の花壇少女をレナに紹介してくれるヒバリ。
初春と呼ばれた女性はペコリとお辞儀してから、
「どうもー。巷で話題の新型さんですよね? いつも後輩がお世話になってますー」
「いえいえそんな私がヒバリさんに頼りっぱなしって言うか……って、超能力者!? もしかして学園都市の!?」
「えぇ、一応……」
レナの眩い程の眼光に、初春は若干ひきつった笑みで答える。
その間もキーボードを打ち込む手は高速で、しかも正確に動いているのだから彼女は見た目以上に優秀な様だ。
「私、初めて見ました!」
「えぇと、大変光栄なんですけど、私の能力って日常生活のごく偶に役に立つ程度のささやかなものなので、あんまり期待されちゃうと……」
「そ、そうだレナさん! 何か用事があって来たんじゃないですか!?」
まるで先輩に助け船を出すような形で話題を切り替えるヒバリ。もしかしたらあまり触れない方が良い話題なのかも知れない。
「ん、大したことじゃないんですけど、テッカマ……ゴホン、ミユキさんの容態が気になってですね……」
「あぁ、例のテッカマンに変身出来る女の子ですよね?」
頑張って訂正したのに、初春にサラッと流れで言われてしまう。
初春はディスプレイに新しいウィンドウを展開しながら早々とその情報を見つけてくれた。
「先程雨宮隊長さんが会いに行ってますね。今は熟睡しているという報告が来てますよ」
「そうなんですか? じゃあ、日を改めようかな……」
「予め言ってくれれば面会の許可取っておくので、遠慮なく言って下さいねー」
「はーい。じゃあ、私も夕飯食べて休もうかなー」
「あ、じゃあこれから御一緒にどうですか?」
ヒバリに誘われ、その場を去るレナ。
丁度入れ替わりで他の人達が初春に話しかけ始めたので、挨拶は軽く済ませて二人は食堂へと向かう。
「うーいーはーるー! ねーねーそこに居るとスカートめくれないんだけどっ!!」
「めくろうとしないで下さい佐天さんっ!!」
「甘いですわね佐天さん。わたくしの様に常にお姉様の下着を上下全て正確に把握しておかねぶぁぎゃごぁ!?」
「人が知らない所で何やってんじゃ黒子ォーーーーーーー!!」
後日。
『オペレーターの竹田ヒバリと二人で食事した』という事実がヒバリLOVE勢の防衛班隊長、大森タツミの耳に入り、どうやって誘ったのか執拗に聞かれたりしたのだが、それはまた別のお話。