新約:とある戦士達の黙示録   作:一条和馬

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第11話『ツンツン頭の男』

【1】

 

―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット支部『アナグラ』―

 

 

 アナグラ内部に存在する医務室。そこでは現在、テッカマンレイピア事、相羽ミユキの治療が行われていた。

 患者のミユキと、臓器転写の為に同席したDボゥイ、『ドッペルゲンガー』のフラグメントを持つイヴ・ノイシュバンシュタインの他に、アリサの主治医であるオオグルマ、ペイラーも加わっての治療行為は、開始から既に二時間程経過していた。

 

「……」

「……」

 

 医務室前に備えられた椅子に座って待機していたレナとヴァニラはただ一言も発する事無く、手術が無事終わるのを祈っていた。

 

 初めはなんとか会話して繋ごうかと思ったレナだが、あまりにも何を話したらいいのかわからず、現在に至るという訳だ。

 そんな沈黙を破ったのは、廊下の向こうから近づいてくる一つの足音だった。

 

「やれやれ、まるでお通夜ムードじゃないか。まだ、誰も死んじゃいないんだろう?」

 

 レナ達の前に現れたのは、白衣を着た老年の男性だった。

 心なしか、顔が少しカエルに似ている気がする。

 

「あなたは……?」

「僕かい? 僕は、ただの医者さ。今し方、榊博士に呼ばれちゃってね」

「お医者さんですか? でも……」

「あぁ、君。心配しなくても良いよ」

 思った疑問を素直に口にしようとしたレナの言葉を、カエル顔の医者は制止した。

 

 そしてこの数時間開かずの間だった医務室の扉を開けながら、ボソリと呟く。

 

「死んでさえなければ、僕に治せない病気はないよ」

「は、はぁ……」

 

 

 自信ありげに医務室へと入っていくカエル顔の男を見送った後、ほぼ入れ替わりで部屋から出てくる人影があった。

 イヴだ。額から玉の様な汗を掻きながら現れた彼女の顔は完全にやつれている。おそらく、殆ど休憩なしで治療に専念していたんだろう。

 

「イヴさん! Dボゥイさんとミユキさんの容態は……!?」

「あー、騒ぐなって。向こうはまだ修羅場なんだからさ。で、名前、有田だっけ?」

「有栖です!」

 どうやら、このイヴという少女は他人の名前を覚えるのが極端に苦手らしい。

 知古であるブレイドとギド以外の名前はことごとく間違って呼ぶのが彼女にとって普通らしい。

 

「そんな事どうでも良いんだけどさ、この辺で『スーパーゲル状デロドロンドリンク』売ってる場所ってどこかにないか?」

「それって……」

 

 どこかで聞いた。否、見た気がする。

 

 頑張って思考を巡らせる。

 

「そう言えば、部屋の前の自販機で売っていた様な……」

「流石はフカヒレの基地だな! なんでも揃ってる!」

「フェンリルって言いたかったんですか?」

 

 最早レナの訂正にも触れず、イヴは彼女に握り拳を差し出し、その手の中にあった物を無理矢理渡した。

 フェンリルが製造した、貨幣代わりの硬貨が数枚。

 笑顔で接してきた彼女の表情が、変わった。

 

「とっとと走って買ってこいゴルァアアアアア!!」

「ひゃあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 なんでキレられたのかわからず、涙目のままレナは件の自販機の元へと走り出す。

 

 

 

 

【2】

 

 

「……おい、どうなってるんだ。ここの自販機」

 アナグラ内部の通路に設置された自販機の前で、ツンツン頭の青年は絶句していた。

 

「なんで……なんで! 天下のフェンリル様の元で見た久しぶりの自動販売機の中に、これまた見知った学園都市の摩訶不思議飲料水が我が物顔で居座ってるんですかね!? しかも、なんか見た事ない奴増えてるし!!」

 普通のお茶とか水が欲しかったのにーッ! と喚く青年だったが、このまま立っていても仕方がないと思ったのか、渋々コイン投入口に硬貨を入れて、『ヤシの実サイダー』のボタンを押す。

 

 

 

 ガコンッ!

 

 

 

 『スーパーゲル状デロドロンドリンク』が現れた!!

 

 

 

「待っておかしい」

 緑色のブヨブヨした物体が描かれた缶ジュース(?)を見つめながら、青年は呟く。

 

「あのインデックスですら飲むのを拒否する劇物だぞ……? 俺に、飲めるのか……?」

 

 ここで何かしら足掻いても、それ以上の『不幸』を予感した青年は、意を決して封を開けようとする。

 その時だ。

 エレベーターから降りて全力で走っていた少女が青年の前で体勢を崩し、そのまま青年にタックルする形で衝突した。

 

「きゃっ!」

「ぶっ!」

 

 少女が上に乗っかった状態で地面に叩き付けられた青年。

 肩口までで揃えられた黒髪に、男物の黒縁眼鏡をかけた少女は目を回しながらうなされていた。とっさに『右手』を差し出そうとした青年は、少女の右腕に付いた赤い腕輪を確認するや否や、その『右手』を引っ込めた。

 

 しかし、その時『右手』に意識を集中しすぎたせいで、左手が無意識に少女を押し退けようと彼女の胸の方へと伸びていたのだ。

 

 「あわ、あわわわわ……ご、ごめんなさい!」

 神機使いの少女は慌てたように身を上げた。

 

「……不幸だ」

「ひっ、貧相だとは思ってますけど不幸とは酷いじゃないですか!」

 

 顔を真っ赤にしながら少女は胸元を両手でガードしながら青年から距離を取った。

 

「……こんな状況で言うのもなんだけど、急ぎの用事とかあたんじゃないの?」

「あっ! そうだ!スーパーゲル状うんたらかんたら!」

 その単語にギョッと表情を変える青年など視界にも入れず、少女は自販機へと走る。

 

「えっと、スーパゲル状………えっ」

「どうしたんだ?」

 倒れた体を起こしながら、青年は少女に声をかける。

 

「ない……売り切れている……ッ!」

 自販機で展開されているドリンクの中で一際異彩を放っていたスーパーゲル状デロドロンドリンクの下には「売切」という無慈悲な単語が光っており、少女は思わず膝から崩れ落ちてしまう。

 

「そんな…だとしたら、イヴさんは、ミユキちゃんは……」

「ん? なぁアンタ。今イヴって……」

 

 青年が『とある少女』の名に反応した、その時だ。

 丁度、少女と、青年が手に持っていたドリンクの目線が合う。

 

「あった!!」

 先程セクハラ紛いのことをされた事も忘れて、少女は青年の眼前にまで急接近した。

 数多の女性とラッキースケベを起こしたという青年だが未だ心は純粋少年なのか、思わず顔を背ける。

 

「これ、譲って下さい! 人の命がかかってるんです!!」

「……これが?」

 思わず缶のパッケージに目を向ける青年。人を助けるようなデザインはしていない。

 

「お釣り、いらないんで!」

 困惑する青年などお構いなしにドリンクをひったくり、代わりに持っていた硬貨を渡す少女。

 青年が心の底から欲しいと思っていたらどうしていたのだろうか。

 

「おい、ちょっ」

 

 青年は声をかけて追いかけようとするが、少女はエレベーターに飛び込む様に消えていき、青年は一人置き去りにされてしまう。

 硬貨には、少女の汗が若干にじんでおり、ほんのちょっぴり男の、健全な青少年の色々が燻られる。そんな年ではないんだが。

 

 

 

「いや、よく見ると足りねぇじゃねぇか!!」

 

 青年の叫びが廊下にこだまする。

 

 ああ、今日も良い感じに不幸だな、と心の涙を堪えながら渋々不足分を自分の財布から取り出すのだった。

 

 今度は『黒豆サイダー』のボタンを押す。

 

 

 

 ガコンッ!

 

 

 

 

 

『スーパーゲル状デロドロンドリンク』が現れた!!

 

 

 

 

「だから何でだよッッッッッッッッッッッ!!」

 

 

 

 

【3】

 

 

「イヴさん! 買ってきましたよハイパーナントカ!」

「遅いぞ有田ァ! 一週間くらい待った!」

「流石にそれは言い過ぎだと思うな!!」

 息を切らしながら戻ってきたレナの腕からスーパーゲル状デロドロンドリンクをひったくったイヴは何の躊躇もなくゲテモノデザインの缶の蓋を開き、おおよそ飲料水では聞けないであろう音を立てながら一気飲みをする。

 

 文字に起こすと『ゴキュッ!』とか『ゴポォ…』とかである。

 

「ふいー…生き返った」

「…え?」

 てっきり医療行為に必要だと思ったレナは呆気に取られてしまう。

 

「あの、イヴ……さん? それって医療行為に必要だったり、必要なかったりするものなのじゃ……?」

「は?」

 レナの言葉に、イヴは固まる。

 

「そんな訳ないじゃん。疲れたから栄養補給したかっただけ」

「……」

 

 本当にただのパシリだった。

 

「じゃ、僕帰るから。ヴァジュラ、送迎よろしく!」

「……(コクッ)」

 名前を間違えられても特に問題なく意思疎通していたヴァニラに連れられ、イヴは格納庫の方へと去っていく。

 

 それと入れ違いで部屋の前へとやってくる二人の女性がいた。スペースナイツの如月アキと蘭花(ランファ)・フランボワーズだ。

 

「レナ。Dボゥイの様態はどう?」

「さ、さぁ? 私もここで待っていただけで内情には詳しくないので…」

「つっかえないわねー! ゴッドイーターって身体能力強化されてるんでしょ? こう、パパっと壁越しに見えたりしない訳!?」

「流石にそこまで便利じゃないよゴッドイーター…」

 

 通常兵器の全く通じないアラガミに対抗するため、人体にアラガミと同じ『オラクル細胞』を移植したゴッドイーターは、いわば『半分アラガミ』といって差し支えない。

 適合すれば、という条件こそつくが、その身体能力は常人を遥かに上回る。アラガミのみならずラダム、ラダムテッカマンに対する切り札として有能な彼ら彼女らではあるが、特段変った能力は持ち合わせていない。

 その手の領分は『学園都市』の超能力者や『ニードレス』、『魔術師』の分野だ。

 連中普通にアラガミやゴッドイーターに追随してそれ以上に暴れ回るので若干チート臭い所があるのでは? と超パワーを手に入れてもちっとも優越感に浸れなかった少女レナ。

 

「それはさておき、二人はいつもDボゥイさんと一緒に行動されてますよね。仲、良いんですか?」

 

「「誰がこんなヤツと!」」

 二人の言葉がハモる。

 

「私はほら、同じスペースナイツの仲間として変なストレスを抱え込まないように常に行動を共にしているだけで……ッ!」

「はっはーんそういう事言っちゃう? 私はもうDボゥイ様にゾッコンラブ♡なので例え火の中水の中因果地平の彼方でも付いて行くって決めたんだから!!」

「戦闘中邪魔になるでしょ!」

「これまでの戦闘で私邪魔になったかしらーん? むしろテッカマンブレードと私のカンフーファイターの相性は色合い的にも戦力的にも最高だと思うんですけど??????」

 

 医療の現場、その手前という事を忘れてやんややんやと口喧嘩を始める二人。

 

 色気より食い気で生きてきた万年貧乏少女レナには野菜に似た名前の宇宙人同士の超スピード戦闘を眺める地球人の如く困惑するしかなかったのだが、このまま騒がれ続けると医療行為に支障が出るのでは? という至極真っ当な結論に居たり、会話にメスを入れるべく頑張って一歩踏み出した。

 

「あの、つまりアキさんも、Dボゥイさんの事好きなんですか?」

「えっ、いやそのッ、そういう感情とはまた違うというか何と言うか……」

 なんか物凄い勢いで委縮していくアキ。

 

「普段は男勝りだけど心は乙女ってヤツ? でも現実は過酷なのよ。そうやってしどろもどろしている間に私みたいな積極的な女にイイ男を取られていくという事実を知っておくべきだと思うわ!」

「わっ、私は!」

 

 レナの言葉に巧みに便乗した蘭花によってどんどん追いつめられるアキだが、顔を真っ赤に染め上げながら必死に反撃の言葉を捜している様だ。

 

 だからだろうか、普段彼女が言わなそうな積極的な台詞が飛び出してきたのは。

 

「私は、Dボゥイの30分を貰ってるんだから!」

 

 

「……は?」

「???」

 

 意味が分からず、困惑するレナと蘭花。

 

 ギャラクシーエンジェル隊と出会う前に自暴自棄に陥ったDボゥイを慰める為のいわば口説き文句だったのだが、無論その意味を正しく把握しているのは当の本人達だけだ。

 

 しかし、意味を知る本人にとっては投擲の失敗したブーメランの如く自分にだけ刺さったのか、若干涙目になりながらその場から走り去ってしまう。

 

 

 

「意味わかんない…」

 わかんないけど、と蘭花はそのまま続ける。

 

「今、すごく敗北を感じたわ……」

「私にはまったく理解できません……」

 

 

 結局、Dボゥイと相羽ミユキの手術が終わるまで二人はただ茫然と一人の少女が走り去った廊下を見続けるしかなかった。

 

 

 

 

【4】

 

―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット『照山一行の隠れ家』―

 

 

「いっつ……あの青髪の女、容赦なく人をぶっとばしやがって……」

 

 夜。

 

 街灯一つないブラックスポットの真ん中は正しく暗黒そのものだ。

 元々『夜景にぽっかり空いた黒い穴』がブラックスポットの語源であるから当然と言えば当然だが、アラガミやラダムの襲来によって今は地球上ほとんどがこの状態と言っても差し支えない。

 

 隠れ家として使っている洞窟の中ではかない焚火に照らされながら、照山最次は苦虫を嚙み潰したような表情を見せていた。

 

「人違いをしたとはいえ、問答無用で攻撃してくるというのは、向こうにも問題がありますね……」

 照山の話を聞きながら彼に傷の手当—本格的な医療道具がないので、近場の街で仕入れた簡素な包帯や消毒液で適当にその場しのぎ下だけだが—をしていた赤髪の少女、アミタの手がふと、止まる。

 

「今度は私も行きましょうか?」

「お姉ちゃんだけずるーい! 未央も遊びにいきたいー!!」

 

 二人の後ろで暇そうにぬいぐるみで遊んでいた未央も会話に参加する。

 

 かれこれ数日、三人は行動を共にしていたが、アミタが妹のキリエを完全に見失い、未央もまた友人とはぐれたままとなっていた。

 

 流れ者の照山ではフェンリル庇護下のアナグラには入れないし、シメオンに至っては仲間の仇だ。殴りこむならともかく人探しとして頼るなどもっての外だった。

 

「未央、遊びに行くわけじゃないんですよ」

「えーっ! でも悪い人じゃないんでしょ?」

「いや、話を聞く限り明らかに悪党の類だと私は思ったんですけど……」

「でも未央、聞いたことあるよ! 『きょーかいは困ってる人を助けてくれる場所』だって! 仲直りすればきっと野宿生活ともおさらば出来るかも!」

「それは、一理ありますね……」

「確かに、あのブレイドって男以外はマトモっぽかったしな。それもアリかもしれねぇ」

 

 だがな、と照山は続ける。

 

「奴が仲間の『仇』じぇねぇのはわかった。だが、このまま負けっぱなしなのは癪だ。傷が治り次第また挑みに行く。恥ずかしい話だが、今の俺じゃシメオンに一人乗り込むには力不足だしな……」

「好敵手見つけたり、って感じですね」

「そんな感じだ」

「それじゃあ余計に私達だけ教会にご厄介にはなれませんね、未央!」

「うん! おじさんが頑張って強くなるの、未央応援するお☆」

「だからおじさんじゃねぇ!!」

 

 絶望に満ちた世界、そのど真ん中で偶然居合わせた三人の笑い声が夜の帳に消えていく。

 

 夜空に煌めく星空が、今日は一段と綺麗に見えた。

 

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