新約:とある戦士達の黙示録   作:一条和馬

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第12話『なんでもないゴッドイーターの一日(前編)』

【1】

 

―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット支部『アナグラ』内部―

 

 

「いや、いやいやいや」

 肩口までで揃えられた黒髪で男モノの黒縁眼鏡をかけた少女、有栖レナは自室前に設置された自販機の前で一人、呟いていた。

 

 自販機には、先日売り切れになった筈の『スーパーゲル状デロドロンドリンク』がちゃっかり補充されていたのだ。

 

 悪魔の復活である。

 

 そしてその生贄として、他のドリンクの在庫が捧げられたのだ。

 

 つまり、こうだ。

「これ以外売り切れは流石に悪意を感じる……」

 真っ赤に光る『売切中』の文字を恨めしく見ながら、しかしレナの喉の渇きは進行するばかり。

 

 時刻は昼前だが、実は彼女、朝から何も食べていないのだ。

 

 実は美味しいのでは? そんな考えが一瞬よぎってしまったレナは気が付けば手に『スーパーゲル状デロドロンドリンク』の缶を握っていた。

 元々有ったコインは何処かに消えてしまった。これも悪魔の所業だとでもいうのか。

 

 

「いや、イヴはこれ好物って言ってたし、意外と、実は見た目に反して美味しいとか……?」

 これ以上抵抗しても仕方ない、と腹を括ったレナは、缶の蓋を開け、匂いや中身を確認する前に一気に喉に流し込んだ。

 

 

 

 ここで読者諸君にはしっかり説明しておかねばならないのだが、この『スーパーゲル状デロドロンドリンク』に対して、イヴ・ノイシュヴァンシュタインは一度として「これ美味しいから飲んでるんだよね」と言った事はただの一度もないのだ!

 

 

 

「まっずうぅぅぅぅぅぅぅぅ………ッ」

 

 

 

 レナは めのまえが まっくらに なった!

 

 

 

【2】

 

 レナが目を覚ましたのは、それから数十分後の事だった。

「うぅ……」

 

 非常に吐き気がする。丁度いい硬さの枕に顔を埋め、もう一眠りしてから部屋を出ようと誓う。

 

「ちょっと」

 

 不意に、頭上から女性の声がした。

 

 部屋に他の誰かがいるのだろうか?

 

 記憶を探る。そう言えば自分は、あの劇薬を摂取してぶっ倒れた筈だ。

 

 ではこの声は、自分を部屋のベッドまで運び、ずっと看病してくれていたのだろうか?

 

「意識が戻ったんなら、早くどいてくれると助かるのですが」

 

 どいてくれると助かる?

 

 つまり、ここは自分の部屋ではなく、彼女の部屋なのだろうか?

 

 それだったら失礼だな。

 

 それにしても寝心地の良い枕だな。支給品でないのなら、どこで仕入れたのか是非とも聞いてみたいものだ。

 

 と、そこまで何とか思考を繋げる事に成功したレナは、ゆっくりと目を開けた。

 

「……」

 視界いっぱいに、肌色の双丘があった。

 

「……? ???」

「足が痺れそうなんですけど」

「はぁ!?」

 双丘の正体がおっぱいで、枕の正体が太ももだと知ったレナは逃げる様に横に転んだ。

 

「いてっ!」

 そして、そのまま地面へと落ちる。

 

 ここはレナの部屋でも誰かの部屋でもなく、自販機の前だったのだ。

 

 休憩用に設置していた長椅子の上で誰かに膝枕されていたのだと、ようやく自分の状況を察することが出来たレナ。

 

「あの、ありがとうござ……˝いっ!?」

 膝枕をしていたのはなんと、あのアリサ・イリーニチナ・アミエーラだった。

 

 ギャラクシーエンジェル隊やスペースナイツが苦戦した空中のアラガミを一人で殲滅し、自分や雨宮リンドウを乗せたヘリを敵と誤認し攻撃し、己の命を預ける神機をボロボロにしても眉一つ動かさない、もう一人の『第二世代』。

 

「その調子だと、心配の必要はなさそうですね」

 スカートのシワを伸ばしながら席を立ったアリサは、ため息をつきながら自販機の前へと向かう。

 

 当然、『例のアレ』以外には『売切中』の呪いの言葉が浮かび上がっている。

 

「その飲み物はやめておけ! 死ぬよ!!」

「は?」

 レナの忠告を聞く前に、アリサは自販機にコインを投入し、ボタンを押していた。

 

 

 中から取り出したのは『ヤシの実サイダー』だ。

 

 

 

「え?」

「あぁ、これですか。ボタンの表示が故障してるだけで普通に買えますよ」

 親切に教えてくれたアリサ・イリーニチナ・アミエーラさんはその後一瞥もくれずに自室のあるフロアへと消えていった。

 

「……マジかよぉ」

 これじゃ無駄に彼女に貸しを作っただけではないか。と長椅子に座って真っ白に燃え尽きるレナだった。

 

 

【3】

 

 あれからどれ程たっただろうか。

 

 自販機の前で茫然としていると、エレベーターから現れた人物と目が合った。

 

 テッカマンブレードことDボゥイと、最近はその腰巾着ポジションが定着した蘭花(ランファ)・フランボワーズだった。

 これに如月アキがセットになったトライアングルは、最近のアナグラの名物になりつつあった。

 

「……こんな所で何をしているんだ?」

「あぁ、どうもDボゥイさんに蘭花さん」

「うわっ、すっごい死にそうな顔。飲み過ぎ?」

「まだお酒飲める年じゃないです! ……これですよ、これ」

 

 そう言ってレナは、『スーパーゲル状デロドロンドリンク』の缶を二人に見せた。

 

 気を牛なっている時に落とした筈だが、ゲル状故か中身はほとんど残っていた。加え、時間経過で非常に温くなっている。

 

「これを飲んで気分を悪くして、その、アリサさんに介抱してもらってたんですが……」

「ほーん」

 

 良い事を聞いた、そんな顔をしながら蘭花は自販機に寄り、『スーパーゲル状デロドロンドリンク』を五本購入した。

 

「あの、話聞いてました?」

「えぇー、私が飲む訳ないじゃない! 面白そうだからフェルテさん達に飲ませて嫌がらせしてくるわ! じゃあDボゥイ様♡ また後でお会いしましょ♡♡♡」

「お、おう……」

 (格闘家としてのスキルを無駄に発揮し)五本の缶を両指で器用に挟んだ蘭花は、悪い顔をしながらエレベーターの方へと消えていった。

 

「……エンジェル隊の人って、昔からあんなのなんですか?」

「いや、俺もここに来る直前に会ったばかりだからな。なんとも言えない」

 

 横、良いか? と聞かれたので移動してスペースを確保すると、Dボゥイはレナのすぐ横に腰を下ろした。

 

「……ミユキは依然意識不明だが、とりあえず峠は越えたらしい」

「それは良かったですね!」

「あぁ。……だが、この話をしたかった訳じゃない。あのゴッドイーター、アリサの事なんだが……」

 

 一呼吸置いて、Dボゥイは口を開いた。

 

「あの子は危険だ」

「……そうですね。誤射された事は今でも」

「いや、そうじゃないんだ。彼女の『目』だ」

「目、ですか……」

「……アレは、復讐に憑りつかれた目だ」

「……」

 

 レナへと向けていた視線を逸らし、眼前の自販機を見つめるDボゥイ。

 

 しかし、瞳が見つめる先はずっと遠くに見えた。

 

 

「以前……いや、今でもそうだが、俺はラダムを憎んでいる。テッカマンを憎んでいる。連中を倒す為なら命を捨てる覚悟がある……だが、アキやノアル達、スペースナイツのメンバーや、テキサス支部にいた頃のゴッドイーターの仲間達と戦う中で、俺は『復讐』と『戦い』の違いを知ることが出来た。俺の目的はラダムの殲滅。……この手で父さんの仇を取る事だ。玉砕覚悟で挑んでいればラダムを倒せるだろうが、それだと志半ばで倒れるかも知れない」

 

「……その話が、アリサに繋がるんですか?」

 

「今のアリサは、昔の俺だ。ただ目の前の仇を前に何も考えず暴れ回る、孤独だった頃の俺だ。そして、俺はその時に一度負けて、心が折れそうになった。……その時はアキに助けられてなんとか復帰できたんだ」

 

 嗚呼、如月アキが言っていた「Dボゥイの30分を貰っている」という意味不明な告白の正体はこれか。と心の中で納得したレナ。なんとなく、この話題には触れない方が良いと思ったのだ。

 

「だから、レナ。アリサを支えてやってほしい。今戦えているのは、心の芯が堅くなっているからだ。心が折れれば、一人では立ち直れない」

「……」

 

 正直、有栖レナにとってアリサ・イリーニチナ・アミエーラの評価は高くなかった。

 

 他のゴッドイーターも感じていたように「他支部から引き抜かれたエリートの新型」という訳で馬鹿にされていると思っていたからだ。『死神』と呼ばれたソーマの事をちゃんと評価できたのは、レジスタンスのアルカやバーナード軍曹とのやりとりを聞いていたからで、アリサとはまだ、ほとんど会話をした事もない。

 

 だが、この男は。

 

 テッカマンブレードという強大な力を持ちながら、復讐という、怒りの哀しみの戦いに身を投じているこの男だけは、一度の共闘と、彼女の『目』だけで心の『闇』を見抜いたのだ。

 

「本当なら、俺がその役を負うべきだとは、思うのだが……」

 突如、Dボゥイの歯切れが悪くなった。必死に言葉を探している様だ。

 

「こういうのは、苦手でな」

「何が苦手なんですか?」

「……喋るのが、だ」

 

 Dボゥイが口下手で、こんなに話すのは非常に珍しいという事をレナが知るのは、もう少し後の話である。

 

 

 

【4】

 

 

―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット地区周辺『贖罪の街』—

 

 ブラックスポット内部には『贖罪の街』と呼ばれるエリアがある。

 

 旧都心の一角だが、ビル群にはアラガミによって無残にも食い荒らされた『穴』が広がっていた。中央には巨大な教会があり、かつては『オルソラ教会』と呼ばれていたが、アラガミ登場後は荒廃、今やその名前を憶えている者はほとんどいない。

 

 その後、『アラガミを崇める集団』によって占拠され、誘拐された人間や信徒がアラガミによって喰らい尽くされる事件から、ここは『贖罪の街』と呼ばれる様になったのだ。

 

 レナは現在、アリサと共に任務でこのエリアに来ていた。リンドウと三人の任務で、我らが上官殿はいつも通りの『重役出勤』という訳だ。

 

「……あの、さ。アリサ」

「なんですか」

 

 赤いガトリング型の神機を片手に、アリサが露骨に嫌そうな顔をして見せた。空中で大立ち回りをしていた時の青い神機とデザインは同じだが、どうやら別物らしい。

 

 一方のレナは、手数を重視したショートソード、アサルトの装備だった。彼女の手に馴染むベストな組み合わせは未だ見つかっていない。

 

「いやその、さっきはありがとう……」

「……別に。感謝されるような事はしていません」

「そ、そうかな? いやぁ、アリサの膝枕は寝心地良かったから、また今度頼もうかなーなんて、えへへ……」

「……ドン引きです」

「うっ……」

 

 期待の『新型』二人。

 

 だがその間の溝は、あまりにも深い。

 

 

「いやぁ、すまんすまん!」

 その後もレナがなんとかアリサとの仲を良くしようと言葉を選んでいると、後ろから間延びした男の声が聞こえた。

 振り返ると、神機を肩に担いだリンドウがこちらに向かってきている。

 

「お、今日は新型二人とお仕事か。足を引っ張らない様に気を付けるんで、よろしく頼むわ!」

「旧型は、旧型なりの仕事をして頂ければいいと思います」

「……」

 リンドウの場を和ませるジョークにも冷静に返すアリサに、レナは言葉も出ない。

 

「はっは! まぁ、期待に添えるように頑張ってみるさ」

 

 しかし、そこは年長者にして場数を踏んだリンドウ。皮肉にも動じず、軽く笑い飛ばしながらアリサの肩に手を置いた。きっとソーマで慣れてるんだろうな、とレナが考えていた、 

 

 

 その時だ。

 

 

「キャアァ!」

「!」

 アリサが悲鳴を上げながら、後ずさったのだ。

 

 急に触れられてビックリした……という類ではない。一瞬だが、明らかに尋常じゃない脅え方をしていたのだ。

 

「あーあ……随分と嫌われたもんだなぁ」

「あ…あ、す、すみません! なんでもありません…大丈夫です……」

 

 なんとか取り繕うとするアリサだが、瞳孔は焦点が定まらず、手足も微妙に震えていた。

 

 流石に新兵のレナでも「これはダメだな」とはっきり断言出来た。

 

「フッ、冗談だ……んー、そうだなぁ……よしアリサ」

 

 空を見上げながら、リンドウは続ける。

 

「混乱しちまった時はな、空を見るんだ。そんで動物に似た雲を見つけてみろ。落ち着くぞぉ……それまでここを動くな。これは命令だ。その後こっちに合流してくれ。いいな?」

「な、なんで私がそんなこと……!」

「いいから探せ。な?」

 

 有無を言わさぬ圧力でアリサを黙らせるリンドウ。

 

 一方のアリサは渋々ながら、空を見上げるのだった。

 

 私も一緒に探した方が良いかな? とレナも空を見上げる。早速キツネに似た雲を見つけた。

 

「お前は良いんだよ、レナ。ほら、先に行くぞ」

 

「えっ? はっ、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

「あいつの事なんだがな。どうも色々訳アリらしい」

 エリアの索敵をしながら、リンドウはそう呟いた。

 

「アリサですか?」

「あぁ。……まぁこんなご時世、皆色んな悲劇を背負ってるっちゃあ、背負ってるんだが……」

 

 振り返ったリンドウと目が合う。いつになく真剣な表情だった。

 

「同じ新型のよしみだ。あの子の力になってやれ。いいな?」

「……はい」

 

 良かった、アリサを心配していたのはDボゥイさんだけじゃなかったんだ。

 

 そう思ったレナは安堵の息を吐く。そして、いつか皆で笑い合ってお喋り出来る時間が来るように祈った。

 

「うっし、じゃあ行くか!」

「はい! ……所でリンドウさん」

「なんだ?」

「私にアリサを任せるのって、喋るのが苦手だからですか?」

「ん? んー。じゃ、そういう事にしといてくれ!」

 

 適当に返されてしまった。


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