新約:とある戦士達の黙示録   作:一条和馬

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神喰らう者と死神の聖剣(1)

 【1】

 

―『第97管理外世界地球』フェンリル極東ブラックスポット支部―

 

 

『支部長。照合中のデータベースから、新型神機(じんき)の適合候補者が見つかりました』

「そうか。名前は何という?」

 

 フェンリル極東ブラックスポット支部、通称『アナグラ』の支部長室で、女性オペレーターから送られてきたデータを男は軽くチェックした。

 

 資料の一項目には『有栖(アリス)レナ』という名前と、黒髪で眼鏡をかけた少女の顔写真が添付されていた。

 

「……ふむ、早速適合試験を受けてもらうとしよう。準備ができ次第、彼女を試験場へ案内してくれ」

『了解致しました』

 

 オペレーターとの通信を終わらせ、男……極東ブラックスポット支部の支部長ヨハネス・フォン・シックザールは懐から小型の通信端末を取り出し、いずこかに通話を開始した。

 通信の相手は先ほどのオペレーターとは別の男性で、彼の旧友だった。

「……私だ。新型の候補者が見つかった。そちらの準備はどうだ?」

『とりあえず、基礎設計は完成、生産開始の目途は経った。だが、目標数に対して資材が圧倒的に足りないと言わざるを得ない』

「学園都市の遺産とやらが使える様になれば、その問題は解決する筈だ」

『半世紀前の遺物か……そんな物に頼らないといけないとはな』

「しかし、必要な事だ」

『……シックザール。一応聞くが、考え直す気はないか?』

「既に地上はアラガミとラダムによって壊滅的な被害を被っているのだ。シメオンの様に、こんなご時世にも権力にしがみ付く連中がいる。今こそ人類は、選択を迫られているのだよ」

『……君の考えもまた理解出来る。だから、私は止めはしない。それに、この計画はどちらに転んでも後の人類には必要な事だ』

「相変わらず、抜け目のない奴だ」

『君ほどではない』

「フッ……っと、候補者の準備が整った様だ。それでは失礼する」

『わかった。成功を祈るぞ、シックザール』

 

 ほぼ事務的に進んだ会話を打ち切り、シックザールは支部長室から試験場となる訓練施設へと移動を開始した。

 

 

 彼が試験場の見学席に着いたのと、候補者が現地に到着したのは、ほぼ同時の事であった。

 

 資料では、年齢は今年で16歳とあったが、外見はもう少し大人びていた。過度な装飾はせず、肩口までで切り揃えられた真っ黒な髪と、男モノの無骨な眼鏡が彼女を見た目以上に大人に見せていたのだろう。

 しかし、眼鏡の奥の素顔はまだ幼さを残しており、それを隠す為の眼鏡なのかもしれない。

 

「長く待たせてすまない」

 試験場の入り口で呆然と立ちぼうけていた少女レナに、シックザールはスピーカー越しに言葉をかける。声に反応してこちらの方へと視線を向ける姿が見えるが、向こうからだとガラスの反射で良く見えない筈だ。

 

「さて……ようこそ。人類最後の砦『フェンリル』へ。今から対アラガミ討伐部隊『ゴッドイーター』としての適合試験を始める」

 

 シックザールは普段と変わらない口調で話していたつもりなのだが、レナは緊張しているのか、その場から微動だにせずに話を聞き入っていた。

「少しリラックスしたまえ。その方が、いい結果が出やすい」

 

 別段そんな事は無いのだが、話を聞いたレナは肩の力を抜き、小さく深呼吸していた。

 とりあえず、感情のコントロールが出来る人間なのだなと、彼の中でレナの評価が少し上昇する。

 

「心の準備が出来たら、中央のケースの前に立ってくれ」

 シックザールが指示した場所には、プレス機の様な赤い機械の間に挟まれた、一本の剣が存在した。

 鍔の部分の前方に小さな銃身が存在し、二つに分かれた小さな盾が左右に挟み込むように装備されている。

 しかし、その全長は一メートルを裕に超える、おおよそ可憐な十代女子には扱えなさそうな代物だ。

 

 

 これこそが、アラガミを切り裂き、喰らう事の出来る武器、神機。

 その最新型である遠近可変式の第二世代型だった。

 

 それから数分後、ヨハネス・フォン・シックザールは極東ブラックスポット支部で初めての新型ゴッドイーターの誕生の瞬間に立ち会う事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

「ああー……」

 『神機への適合試験とその後の健康診断』を済ませた有栖レナは、それから一週間程、神機の扱いについて朝から晩まで訓練漬けの毎日を送っていた。

 訓練の疲れを体の奥底に感じながら、自室のベッドから身を起こす。

 

 親兄弟もおらず、絶賛無職で生活に支障をきたしていたレナ。

 思い切ってゴッドイーターへの志願書を提出した所、あっさりと受理された上に『新型』とやらの適合に成功し、彼女の華々しいゴッドイーター生活が幕を開けたのだ。

 

「なんか、まだ実感が湧かないな……」

 適合試験の際に右手首に装着された赤い腕輪へ視線を向けながら、レナは一人呟いた。

 

 神機使いの鍵の様なもので、ターミナルと呼ばれる情報端末へのアクセスや、自分専用の神機との繋がりであるらしい。

 

 非常に重要な物である事は理解できるが、欠点は少々サイズが大きい事だ。

 巨大な手錠を掛けられている錯覚に陥るし、何より着替えの時に邪魔で仕方がない。

 

 最も『死んでも取るな』と最初に厳命された手前、月に一回あるメンテナンスの時以外は取り外す事は許されないそうだ。

 

「アラガミを喰らうゴッドイーター、かぁ……」

 

 アラガミとは、約20年前にこの世界に突如として現れた怪物だ。

 

 

 人類の天敵。

 

 

 絶対の捕食者。

 

 

 世界を破壊するもの。

 

 

 街ではそんな呼び名を多く聞いた。

 無論、レナもそう思っている一人だ。

 目の前で建物や人が食われ壊される光景を目撃したのは、何も一度や二度ではないし、今の世の中そう珍しい事もない。

 その度に、神機使い、ゴッドイーターに助けられたからこそ、今の彼女がある訳だが。

 

 加え、半年ほど前から姿を現す様になった怪物『ラダム獣』とやらの事もある。

 最初は新種のアラガミかと思っていたが、どうやらそうではないらしく、曰く宇宙の彼方からはるばる地球へやってきたエイリアンだという。

 どちらにせよ人類に害する存在である事に代わりはないので、街での扱いは同じ『化け物』括りだ。

 

 地上からアラガミが湧いてきたその日から、人類史は暗黒面を突き進んでいた。

 

 今更地球侵略を企む悪の宇宙生物が来たところでどうこうするほど、今の人類に日和見な奴はいないのだ。

 

『業務連絡。藤木コウタ、有栖レナ両新兵、一二〇〇までにロビー前にて集合せよ』

「うぉわぁ!?」

 

 部屋でぼーっとしようと決め込んだ矢先に急に流れたアナウンスに素っ頓狂な声を上げてしまうレナ。ここが一人部屋で良かったと思う瞬間であった。

 

 時計を見ると、指定された時間まで一時間ほど時間がある。

 だが、食事もまだだったレナは大急ぎで寝癖で爆発した髪の毛を直し、最初に支給されたフェンリル指定の赤い制服を身に纏う。

 式典の様な厳格な場以外で、フェンリル指定の服を着る必要はないと聞くが、彼女にとってゴッドイーターとしての最初の任務とは厳格以外の何物でもないので、身だしなみを整えるのに一切の躊躇など存在しなかった。

 

 

 決して、決して他にまともな服を持っていないとか。そんな事ではないのだ。

 

 

 食事を終わらせて程なくして、レナはアナウンスで呼ばれたロビーへと足を運んでいた。集合場所には既に一人椅子に座って待機している。

 

 年はレナと同じくらいだろうか、ニット帽をかぶり、袖なしのシャツとダボダボのズボンを穿いた少年は、上から下まで黄色で統一されたファッションに身を包んでいた。

 街で流行のバガラリー? とかいう昔の番組に出てくる服のレプリカ品らしいが、あまりレナはその辺りの事情に詳しくなかった。

 

 一見すると街のどこにでもいる少年と変わりないが、彼の右腕にはレナと同様の赤い腕輪があった。

 つまり、彼もゴッドイーターなのだ。

 

「あ、君が有栖レナ? 俺、藤木コウタっていうんだ。よろしく!」

「よろしく……」

 屈託のない笑顔で握手を迫られ、あまり慣れてないレナはぎこちなく返してしまう。

「聞いたよ。この支部で初めての新型神機使いなんだって? あ、でも俺の方が試験早かったらしいから、一瞬だけでも先輩って事で!」

 

 

「お、早速新入り同士友情を育んでいるようだな。良い事だ」

 その後根掘り葉掘り質問攻めをさせられていたレナだが、後ろから彼女達に話しかける男性の声を聞き、振り向いた。

 

 そこに居たのは、フェンリルの士官服に身を包んだ、長身の男だった。

 

 右腕に付けられた腕輪は、レナやコウタの真っ新なそれと違って所々に小さな傷が見える。間違いなくゴッドイーター、それも出撃経験のある人物なのだろう。どんな堅物なのだろうか、とレナとコウタは乾いた喉を唾で潤しながら次の言葉を待った。

 

「二人してそんな怖い顔するなよ。俺は雨宮リンドウ。形式上、お前たちの上官にあたる……が、まぁ、細かい話は省略する。とりあえず、とっとと背中を預けられる位には育ってくれ、な?」

「……」

「……」

 

 意外と、というかかなり適当な挨拶に、堅苦しい上官を思い描いていた二人は思わず口を開けたまま硬直してしまう。

 訓練担当の雨宮ツバキ教官が鬼の様に厳しい人であった所以から、かなり身構えをしてしまっていたらしい。

 リンドウからすれば、会ったばかりの新人二人が同じ表情をしているのだから、内心笑いを堪えるのに必死だったに違いない。

 

 

 そんな微妙な間に気が付いたリンドウが何か口にしようとした時、丁度横を通りかかった女性がレナ達の下へ歩み寄ってきた。

 黒と緑で彩られたエプロンの様な衣装に身を包んだ女性は、リンドウよりも少し身長が低いものの、女性としてはかなり長身な上に、他のルックスも抜群だった。

 無頓着なレナでも、流石に大敗を感じずにはいられなかった。

 

「あら、もしかして新しい人達?」

「あー、今厳しい規律を叩き込んでいるんだから、あっち行ってなさいサクヤ君」

「了解です、上官殿」

 

 サクヤと呼ばれた女性は、リンドウの後ろでそっとレナ達に手を振ってから、その場から去っていく。

 

「……すっげぇ」

「男って本当に……」

 真横でぼそりと呟いたコウタに、レナは小さくため息をはいた。

 

 ここまでで分かった事だが、コウタは結構思った事をそのまままっすぐ口にする癖があるようだ。

 少なくとも、悪い人間ではないのだろう、とレナは心の中で一瞬だけ先輩コウタの評価を改めた。

 

「とまぁ、そう言うわけで、だ。早速お前たちには実戦に出てもらうが、今回の緒戦の任務は俺が同行する……のだが」

 

 ポリポリと頭を掻きながら、リンドウは周囲を見渡し始める。

「護衛対象の依頼主がまだ見えないんだよな。とりあえず、それまで待機って事で」

「あ、あの! 雨宮少尉! 質問良いですか!」

 

 その場から去ろうとしたリンドウを、コウタが呼び止める。律儀に右手を大きく上にあげて、まるで学校の授業風景の様だ。

 

「そんなかしこまらなくて良いぞ。リンドウさんとでも呼んでくれ。で、何かな?」

「護衛対象って言いましたが、任務は要人護衛ですか?」

「まさか。新入り一発目にそんな退屈な任務押し付けたりしないさ。ま、運動も兼ねた楽しいピクニックだとでも思ってくれたらいい」

「……ブラックスポットのピクニックはとても刺激的だよ?」

「そうそう。アラガミとの楽しい鬼ごっこに各種レクリエーションを織り込んだ……おっと?」

 

 いきなり会話に入ってきた声にリンドウは続けて応えるが、それがレナや、ましてコウタのものではないと理解すると、声の主の方へと視線を向けた。

 

 そこには、長く美しいブロンドの髪をポニーテールでまとめ、黒いシャツとミニスカートに身を包んだ女性と、銀髪でメガネをかけた長身の神父が立っていた。

 

「時間厳守とは、流石フェンリルギルドの名コンビは違いますな」

「僕たちが時間にうるさいんじゃなくて、君がルーズなだけだろう、リンドウ?」

 

 フェンリルギルドとは、フェンリルが運営する傭兵組織の様な物だ。

 

 正規の部隊として任務を与えられるゴッドイーターと違い、街での小さな問題や、アラガミ以外の荒事を対処する事が多い。

 

 その多くはアナグラ内部というより、その外に広がる広大な大地『ブラックスポット』で生活する住民の大切な働き口の一つだった。

 

「そう言えば、紹介がまだだったな。こちらの黄色いのがコウタ君で、そっちの眼鏡ちゃんがレナ君だ。新入り諸君。こちらが今回の依頼主、セト君とブレイド君だ」

「何そのキャラ? リンドウ、君ちょっと変だよ?」

「さて、何の事かな? 俺はいつでも大真面目で規律に厳しいフェンリルの士官でありますので」

「ビールと煙草が手放せない男が、よく言うよ」

「……」

 

 図星を指されたのか、つい明後日の方向へ視線を流すリンドウ。

 

 一方で、ブレイドと呼ばれた男は先程から一言も発さずに、ただレナを睨むように見つめていた。

 ブラックスポットは荒くれ者の住処、例え神父の格好をしていても、中身はゴロツキなのだろう、とレナは勝手に解釈する。

 つい一週間前までの日常ではよく目にした表情だ。

 

 無言で見つめ返してやると、ブレイドはゆっくりとレナの眼前へと近づいてきて、そっと、その両手を優しく握った。

 

 

 

「……結婚してください」

「「は?」」

 サングラスの上からでもわかる、どこまでもまっすぐな瞳と、どこまでもまっすぐなブレイドの突然のラブコールに、レナとコウタは思わず口をそろえて変な声を上げてしまうのだった。

 

 

 

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