【3】
―『第97管理外世界地球』ブラックスポット西部―
「ごめんねレナ。コイツの言葉は忘れてもらって良いから」
「はぁ……」
現在、リンドウ、レナ、コウタ、ブレイド、セトの五人はフェンリルギルドのトラックの荷台で揺られながら、ブラックスポットの大地を駆け抜けていた。
本来なら関係者のみでの移動が望ましいのだが、任務の特性上特殊車両が使えず、従ってトラックには一般の乗客も何人か相乗りしている。
その為、ゴッドイーターの三人は素性がばれないように各々が大きなマントを羽織りフードで顔を隠していた。
神機はケースに収め、床に綺麗に並べられている。
「いい加減この縄を解くのです!! 私が何をしたというのですか!?」
「女の子を見境なく襲う様なお前はそれで充分だ!」
ロープでぐるぐる巻きにされ、まるで毛虫の様な格好で蠢くブレイドを、セトは容赦なく蹴りを加えて制裁を食わせる。
「少しやり過ぎでは……?」
「ほれ見ろ! レナたんの方がよっぽど人間が出来ている! マジ天使!!」
「たん……?」
「だったらせめて私に蹴られている間のその笑顔を止めるんだな!!」
セトの言葉通り、女の子に足蹴りされても、ブレイドは嫌な顔一つ見せる所か、むしろかなり喜んでいるようにも見えた。
これで神父なのだというのだから、この世界の神は死んだか休暇でラスベガス辺りに旅行に行ってそのまま帰らぬ人ならぬ、帰らぬ神となったのだろう。アラガミと間違えられて討伐されたのかもしれない。
「あ、あの……」
「あ?」
縄が解けそうだったので、更に強く縛ろうとセトがつなぎ目に手をかけたとき、相乗りしていた客の一人が彼女に声をかけた。
エヴァブルーの髪をツインテールにしたその少女は、セトの座っていた席の隣に置いてあった『それ』を指さした。
「この大きな剣……もしかして、貴方はゴッドイーターなのですか?」
それは、セトの背丈を大きく超える、巨大な両刃剣だった。
鍔の部分には、異形の髑髏と骨によって禍々しい装飾が施されている。
「いや、違うよ。僕はゴッドイーターじゃない。でも、死にたくなかったら近寄らない方が良い。君も死神に呪い殺されるよ?」
「えっ……し、死神……!?」
少女が表情を強張らせた、その時だ。
ドン! という乾いた音と共に、トラックの車体が大きく揺らぎ、勢いよく真横に横転した。
「なっ……何事です!?」
いつの間にか拘束を解除していたブレイドは、ちゃっかり少女とレナを両脇に抱えながら華麗なフォームで地面に着地していた。
「あ、ありがとうございます……?」
「なんで私まで……?」
「どうやら、ターゲットが自分から来たみたいだよ……」
身の丈以上の剣を軽々と持ち上げ、セトが応える。
彼女の視線の先には、トランプとダーツを持った手品師の大男と、デザートイーグルを構えた細身の男の二人がいた。
「御機嫌よう! ただの通りすがりのバスジャック犯だから安心してね♡」
「抵抗したらブチ殺すからのう!」
「きゃ……きゃあああああ!?」
「プ、
他に相乗りしていた男女の客が、二人の男を見ながら悲鳴を上げ、ブレイドの下へと駆け寄った。
「
「た……助けてください神父様!」
「あいつらはこの辺に現れる血も涙もない事で有名な野党です!」
まるでこの世の終わりにでも直面したような恐怖の表情で、男女がブレイドへと助けを求める。
「大丈夫です。恐れる事はありません。神もこう言っておられます……」
そんな彼らに対し、少女とレナを降ろしたブレイドは聖書を開き、迷える子羊を導く神父の如く、優しい声色で皆の不安を和らげた。
そして……
「御葬儀のレギュラープランは70000fcからとなっております」
「「葬式の心配なんてしてないわァーーッ!?」」
全く関係ない心配をされて、初めて会話した人に激しくツッコまれるブレイド。
しかし本人は至って大真面目なのだ!
「そぉれ、全員亀甲縛りで連行よん♡」
「了解じゃアニィ! 腕がなるのぅ!」
アニィと呼ばれたヒゲを蓄えた手品師に指示されながら、細身の男が乗客を次々と亀甲縛りで捕えていく様子を、リンドウとコウタはトラックの物陰からひっそりと観察していた。
「まずい事になったな……」
「いや、絵面がシュール過ぎてイマイチ危機感漂ってきませんよリンドウさん! っていうか、レナの腕輪見られたら色々と不味いんじゃ……?」
「大丈夫大丈夫。今の俺達には『死神』が憑いているからな」
そう呑気に答えたリンドウは、胸ポケットから煙草とライターを取り出し、優雅に一服し始めるのだった。
「さて、そこのフードのお嬢ちゃんも、大人しく捕まっちゃいましょうねぇ♡」
「まて」
「「!」」
レナを亀甲縛りしようと彼女に滲みよっていた二人を、氷の様に冷めた声が制止させた。
「いつもこうだ……僕と関わる人間は皆、不幸になっていく……何故僕以外の人間が不幸に合うのか。その答えを探して旅をしているというのに……」
声の主……セトは大剣を持ったまま二人を見つめていた。
その瞳には光がなく、まるで死人のそれであった。
「何よアナタ!?」
「ぶっ殺されてぇのかネェチャン!?」
「ッ! やめなさいあなた方!!」
武器を向けて威嚇する男二人を、ブレイドが止めようと叫ぶ。
そう、彼は知っているのだ。彼女が『普通ではない』という事を。
「彼女は『死神』に取り憑かれているんです! 彼女を怒らせてはいけません!!」
「死神ィ?」
しかし、ブレイドの必死の言葉も男達には届かなかった様だ。
半分所か、欠片も信じている様子は無い。
「バカ言っちゃダメよ? こんな子猫ちゃん一人に何ができるって言うの!?」
ダーツの矢を構えた手品師が跳躍し、セトの元へと飛びかかる。
研ぎ澄まされた鋭利な刃が彼女の命を狩らんと近づいた時、男達の説得を諦めたブレイドは、静かに聖書を開いた。
「仕方がありません。セト、死神の発動を許可します」
その言葉と、男がダーツの矢を振り下ろしたのはほぼ同時だった。
「……あ、あら?」
疑問に最初に気が付いたのは、セトに攻撃をしたはずの手品師だった。
本来なら、この刃は生意気子猫ちゃん事セトの頭に突き刺さり、脳髄を滅茶苦茶にした事だろう。
しかし、男の下には人間の姿すら無かったのだ。
「消えた!?」
「……貴様等は既に死神に魅入られた。魅入られた者は最期の足跡がつく事は、ない」
消えた筈のセトの声が、男達の頭上から響く。
『死神』の力を解放したセトは、一瞬にして数メートル上空へと飛翔したのだ。
「と、飛んでる……!?」
「ア、アニィ! 大変だ! 足が……ッ!」
細身の男に指摘され、手品師の男も足元を見る。
その時初めて自らの状況を認識する事が出来たのだ。
自分たちの足が地面に付いておらず、地上から浮いているという事に。
「そっ、そんな馬鹿なッ!?」
「ヒィーッ! なんでじゃーっ!? 怖いッス!!」
何とか地に足を付けようともがく二人だが、その足が大地を踏みしめる事は無かった。
セトの言う通り、死神に魅入られてしまったのだ!
「……聖書には、こうあります。『汝の魂が既に、この世にない証拠だ』」
ブレイドの言葉の後、セトは大剣を上段に構えた。そして……
「判決、死刑」
「ぎゃあああああああああ!?」
上空で大きく剣を振り下ろすセト。
するとどうだろうか。先程まで浮いていた男二人が、まるで巨大な拳にでも叩き付けられたかの如く地面に突き刺さった。
だが、死神が気まぐれを起こしたのか、二人とも大きな怪我を負っている事は無かった。
「ひ、ひぃぃ! 撤退よ! あの子、本物の死神なんだわぁぁぁ!?」
「ア、アニィ! 待ってくだせぇ! 死にたくねぇぇぇ!!」
「……」
意外と元気だった二人は悲鳴を上げながら去るのを、セトはゆっくりと地面に降り立ちながら見送るのだった。
「皆さん、もう大丈夫ですよ。死神は封印しました」
ブレイドの言葉に、トラックに相乗りしていた乗客はざわつく。
無論、詳細を知らされていないレナもチンプンカンプンという様子だった。
「アンタのその力……まさか『ニードレス』なのか!?」
ニードレス。
それは地球上で唯一、ここ極東に点在するブラックスポットにのみ現れるという、不思議な力を持つ者たちの事だ。
半世紀程前の第三次大戦の折に滅んだ超能力者の街『学園都市』の生き残り達の子孫である、
又は大戦後に荒廃したこのブラックスポットに現れた神の如き力を持った救世主『ザ・セカンド』に祝福された人達に与えられた神の奇跡、
という二つの説が有力であった。
その力は絶大で、神機登場前はアラガミを倒せる数少ない存在でもあったという。
しかし、局地的にしか現れない事や、その能力への畏怖の意味を込めて、ブラックスポットの外の人間たちは不要者という意味を持つ『ニードレス』の名を彼らに冠したのだ。
「ニードレスでもないよ。これは正真正銘、死神の力だ」
「そして私は、死神から彼女を救う為、半ば強制的に! 連行されている哀れな神父ブレイドと申します」
「呪うぞロリコン神父」
「ゴ、ゴッドイーターでも、ニードレスでもないのなら、何故あなた方はここに……?」
「フェンリルギルドから依頼だよ。『掠奪者から村を守ってくれ』ってね」
「え!? そ、それでは……貴女がセト様でいらっしゃいますか……?」
ツインテールの少女に名前を呼ばれ、セトとブレイドはお互いに顔を見合わせるのだった。
【4】
「何が『死神の聖剣』だ!! 我々が探していたのはニードレスなんだ!! しかも、神父と一緒だと!? 葬儀屋の間違いじゃないのか!?」
村の町長らしき男が、禿げた頭をまるで茹でタコの様に赤く沸騰させながら怒りのままに机を何度も殴っていた。
余程余裕がないのであろう。そこにニードレスを読んだのに、現れたのは訳の分からない少女と神父。
彼が怒るのも無理はない話だった。
「やはりそう見えますか。しかし彼女の死神の聖剣の力はエクソシストである私の力無しでは制御することは出来ません。えぇ、全く、好きで一緒にいる訳ではありませんとも」
「うるさいだまれアホ神父」
「良いか! 連中の背後にはニードレスと『テッカマン』がいるんだぞ!! 剣や銃で敵うとでも思っているのか!?」
「……待て。『テッカマン』だと? 聞いていないぞ」
怒り狂う町長の言葉を聞き流していたセトだが『テッカマン』と言う言葉に反応し、強引に彼の言葉を遮った。
テッカマンとは、ラダムと共に地球へやって来た、人型の宇宙人の事だった。
強固な鎧に包まれており、その素顔は誰も見た事がないという。
現在確認されているのは、ラダム獣を従えた人類の敵『ダガー』『アックス』『ソード』『ランス』『エビル』と、地球側に味方してラダムやアラガミと戦う『ブレード』の六体だった。
「そうですね。依頼を受けた際はニードレスだけだと」
「……つい先程得た情報だ。掠奪者は、テッカマンを味方につけたらしい」
「件の『テッカマンブレード』なのか?」
「いや、ブレードではないそうだ」
ひとしきり暴れて頭を冷やしたのだろう、冷静さを取り戻した町長がセトの疑問に答えた。
「どちらにせよ、割に合わないな。帰るぞ下僕」
「誰が下僕だコラ」
報酬の入った袋を置いてその場を去ろとするセト。
その金額は街のゴロツキ退治にしては破格の金額だが、相手がテッカマンだと言われると話は別だ。
二つ返事で簡単に請け負って良い仕事ではない。
「まっ……待ってください!」
部屋を去ろうとしたセトとブレイドを止めたのは、先程のツインテールの少女だった。
「お願いです! 私達ともにアイツ等と……ニードレスとテッカマンと戦って下さい!!」
「ソルヴァ!? 何を……!?」
少女、ソルヴァは町長に呼び止められるが、構わずに続ける。
「足りない報酬は、この身を売ってでもお支払いします……だから、その聖剣の力を、私達にお貸しください! もちろん、ニードレスにはニードレスでしか対応できない事や、テッカマンがどれ程恐ろしい存在かは充分理解しているつもりです! でも、あなた方なら……ッ!」
「……と、お願いされましたが、どうしますかセト? 無論、私はソルヴァたんのお願いは全身全霊を以て叶えたいと思う所存ではありますが」
「はぁ……わかったわかった。僕としても、相応の報酬が支払われるなら文句はない」
俄然やる気の溢れたブレイドの横で、セトはため息を吐きつつも、ソルヴァの提案を受け入れる。
「ありがとうございます……! 町長!」
「ソルヴァがそこまで言うのなら、我々も出来得る限りの協力をしよう」
町長の言葉の後、部屋に集まっていた他の住民も鍬や箒での武装を始める。
ニードレスとテッカマンに通用しそうな物は一切ないが、少なくともやる気だけはあるようだ。
「そう言えばセト様。御一緒していたゴッドイーターの三人はどこへ行かれたのですか?」
「……あぁ、あいつらは僕たちがここまで来るまでの護衛だよ。今は街の外でアラガミ討伐の任務に出ている筈だ。ま、心配はいらない。ニードレスやテッカマンなんて僕たちだけでも充分さ」