【1】
―『同盟世界トランスヴァール』エンジェル隊基地―
地球から、遠く、遠く。それこそ、幾つもの『世界』を跨いだずっと遠い場所に、その『世界』は存在した。
その世界に名前はない。だが、その世界は一つの星の元、全宇宙が統治されている事から、他の『世界』からは、こう呼ばれていた。
トランスヴァール。
かつて白き月、ポジティブムーンを始めとした超高度な、それこそ魔法にも見える科学文明を築いていたその世界は、遥か昔、クロノクェイクと呼ばれる未曽有の大災害によって、一度はその文化レベルを大きく衰退させる事になる。
全く用途不明の、というか存在価値すら見出せないガラクタや、星一つ破壊できるほど危険な兵器など、ロストテクノロジーには多種多様なものが現在も発掘され続けている。
文明崩壊より数百年が経った今現在、この世界は白き月の巫女『シャトヤーン』の加護を受ける惑星『トランスヴァール皇国』が全宇宙を統治していた。
そして、そのロストテクノロジーを捜査、回収保存をするのがトランスヴァール皇国近衛軍所属の特殊部隊『ギャラクシーエンジェル隊』なのである。
「おや、皆さんお揃いですね」
トランスヴァール皇国衛星軌道上、通称『エンジェル隊基地』。
ギャラクシーエンジェル隊が普段集まるエンジェルルームにて、集まった五人の少女と一個のぬいぐるみに、白い髭を蓄えた初老の男は話しかけ始めた。
彼の名はウォルコット・O・ヒューイ中佐。
一応、ギャラクシーエンジェル隊の上司という事になっている男性だ。
普段から昼行灯な行動が目立つ彼ではあるが、昔は『白き超新星の狼』と恐れられる優秀な皇国軍人であったらしい。
「今回のお仕事は少し特殊な任務となります」
「特殊な任務ぅ?」
黒の軍帽に赤い髪の女性、フォルテ・シュトーレン中尉が気だるそうに答える。
男勝りな性格で大の銃器マニアの彼女は、しかしエンジェル隊で一番スタイルが良い長身の美人だった。
隊長と言う立場にはあるが、モノクルの奥から見える眼光は、どうもやる気とは無縁の表情であった。
「あの……フォルテさん? どうしました?」
「どうしたもこうしたもないよぉ! 折角の休暇にいきなり呼び出しといて、気分が良い訳ないじゃないのさぁ!!」
恐る恐る質問するウォルコット中佐に対し、フォルテは椅子に深く腰をおろし、足を組んだ格好で反抗の意思を見せる。
階級的には圧倒的な差がある二人だが、この部隊内では特に珍しくない風景だった。
「私達に急ぎで回ってくる任務って大方、変なのとかしかないじゃない」
ブロンド髪の女性、
その声はフォルテ同様、やる気のないものだ。赤いチャイナ服の上からエンジェル隊の制服を羽織っていた彼女は、武術の達人でもあるらしい。
「猫探しにゴミ掃除なんてお仕事ばかり。これではわたくし達はロストテクノロジーを回収する特殊部隊というよりパシリですわ」
青い髪の少女、ミント・ブラマンシュ少尉も、会話こそ真面目に聞いてはいたが、前の二人同様にやる気のない返事だった。
耳の上に生えたウサギの垂れ耳の様な物がミントの声に合わせてヒョコヒョコと揺れていた。その耳は人の心を読むと言うが、本人はあまりこの能力を快く思っていないらしい。
『全く、フォルテさんも蘭花さんもミントさんもだらしないですね。もっとヴァニラさんを見習っておしとやかに、礼儀正しく美しくいる事は出来ないんですか? ねぇ、ヴァニラさんもたまにはガツンと言わなければいけませんよ!?』
「……今日は人にガツンと言ってはいけない日なので……」
ピンク色で熊なのか何なのか分からないぬいぐるみのノーマッドの毒舌に、ライトグリーンの髪を縦ロールにし、金属製のヘッドギアを付けた少女、ヴァニラ・H(アッシュ)少尉は短く答えた。
ヴァニラに関しては非常に口数が少なく、彼女の信仰する宗教の謎の戒律により度々奇行に走る以外、一切合切が謎に包まれた少女だ。とても謎に包まれているのだ。
因みに、ノーマッドの本体はぬいぐるみに内蔵された人工知能の端末で、元はロストテクノロジーである太古のミサイルに積まれていたものだ。
「あっ! そう言えば、お茶の用意がまだでしたね!」
唯一ウォルコット中佐の話を真剣に聞いていたっぽい少女、ミルフィーユ・桜葉少尉が唐突に席から立ち上がり、いそいそとお茶の準備を始める。
ピンクの長い髪の上に花の髪飾りをつけたミルフィーユはお菓子作りが趣味で、よくギャラクシーエンジェル隊の皆にもその腕前を披露しているのだ。
だが、彼女の最大の特徴はその運の強さだった。だが、同時に強すぎて幸運と凶運の両極を持つ、エンジェル隊の爆弾でもある。
「はい、ウォルコット中佐もどうぞ!」
「あぁ、いつもすいませんねミルフィーユさん……いや、そうではなくてですね?」
ミルフィーユに手渡されたティーカップを机に置き、ウォルコット中佐が話を続けようとする。
「今回はトランスヴァール皇国……いえ、この全宇宙に関わる深刻な事態なのですよ」
「……なんだい、いつになく真剣じゃないか中佐」
珍しく真面目な顔をしているウォルコット中佐に対し、フォルテも真剣な眼差しで応える。
「皆さんは『時空管理局』や『ミッドチルダ』という言葉を聞いた事はありますか?」
「ない」
「ないね」
「ないですわ」
「……」
『ヴァニラさんも知らないらしいですよ。まぁ、僕ですら知らないのですから、ヴァニラさんは気を落とす事はありませんよ!!』
「え? ミートパイが何ですか?」
「まぁ、そうでしょうな」
はっきり否定されることを織り込み済みだったウォルコット中佐は、そのまま話を続ける。
「実はこの宇宙とは別の世界が無数に存在し、その次元の海を統括するのが『時空管理局』。そして、その本国とも言えるのが『ミッドチルダ』と言うらしいです。最も、私もつい先日上層部からお聞きしたのですが」
「そんな大層な組織が存在しただなんて、全く知りませんでしたわ」
「えぇ。軍の上層部は昔から認知していたそうなのですが、どうやらこの世界の広さと軍事力の観点から『管理世界』や『管理外世界』とは別枠の『同盟世界』扱いで、今日まで最低限の交流に留まっていたそうです」
「で、そんな時空管理局ってのと、私達にどんな関係があるんですか?」
読んでいた雑誌を横に置きながらウォルコット中佐に質問する蘭花。
空いた手がミルフィーユの淹れた紅茶に伸びていた事から、話に興味がわいたとかではないようだ。
「ジェラール皇王陛下がその地位を退かれ、シヴァ皇女陛下に変わった事で皇国上層部内にいた交流推進派が勢力を拡大致しまして。管理局との交流の一環として別世界のロストロギア……あぁ、あちら側でのロストテクノロジーの名称なのですが、ともかく、その合同捜査をしたいと」
「ほぉ。別世界の私達みたいな部隊か! そりゃ、俄然興味が湧くねぇ!」
「奇遇ですねフォルテさん。私もですよ!」
フォルテと蘭花が席を立つのとほぼ同時、他のエンジェル隊も次々と席を立ち始めた。
「良いですか。これはトランスヴァール皇国の歴史が始まって以来初めての、正式な異世界交流です。当然、優秀な特殊部隊であるギャラクシーエンジェル隊の皆さんには、皇国を代表した真摯な対応を……」
「他の世界のお菓子って、一体どんなのがあるんでしょうね~」
「良い男良い男良い男良い男良い男………異世界で良い男をゲットしてやるわぁーッ!」
「この宇宙では存在しない銃を手に入れる機会があるんだろ? 良いじゃないか!」
「フフ、異世界にはどんな素敵なきぐるみがあるのでしょう。わたくし、楽しみで仕方がありませんわ!」
「わんこそば」
『あぁ、とても楽しみで仕方がないんですねヴァニラさん! どこまでもお供しますよ!!』
「…………」
やる気になってもらったのは大変結構な事ではあるのだが、ウォルコット中佐の内心は不安で仕方がなかった。
未知との遭遇とも言えなくもないこの貴重な重要な任務に、このギャラクシーエンジェル隊を行かせて、本当に大丈夫なのだろうか、と上司ながらに思うのだった。
最も、上層部も上層部で派遣部隊をくじ引きで適当に決めたというし、その天文学的な確率の引きをミルフィーユの強運で当ててしまったのだろう。
(これが吉と出るか、凶と出るか……)
夢と妄想が膨らみ、暴走を始めたギャラクシーエンジェル隊のメンツを見ながら、ウォルコット中佐はミルフィーユが淹れてくれたお茶に今日初めて手を伸ばす。
(頼みますよ娘達。今回の任務、ずっといつものノリで行けるとは思いませんからな……)
そう考えつつも、ウォルコット中佐はあまり深く意識はしていなかった。
飲んでいたお茶の上に、立派な茶柱が立っていたからだ。
今回も、トラブルは起こしても無事に帰ってくるだろう。
何かあっても来週の放送には無かったことにされるのだ間違いない。
何故か紅茶の上に立った茶柱を横目で見ながら、興奮状態がピークに達し、ノーマッドでバレーボールを始めたエンジェル隊を見ながら、彼は最後の一滴までお茶を飲み干した。
「あぁ、そう言えば中佐、私らがいない間、トランスヴァールの平和と秩序はどうするんだい?」
「そちらの方は、エンジェルツイスター隊が担ってくれるそうですよ。まぁ、ぶっちゃけますとトランスヴァール出てくるのこの話だけなので、つまりそう言う事ですな!!」
今日もトランスヴァールは平和である!