『悪魔を殺してへーきなの?』
それはあの恐ろしい小鬼のような悪魔との戦闘終え、逃げるようにして自宅への帰路に着いた時だった。
アーケード街を出て人目も少なくなってきたところで、一人の女の子に声をかけられた。青いレオタードを着た、赤い髪の可愛い女の子。けれどその体はとても小さく……そう。彼女は正しく、『妖精』と呼ぶに相応しい容姿をしていたのだ。
背中から生えている虫のような…けれど何処か美しい羽をはためかせ、彼女は空中に浮遊している。…い、一体どうなっているんだ!何時から東京はこんなファンタジーな都市になったんだ!?
「き、君は…?」
『私の質問は無視?』
妖精さんの表情が険しくなった。まずい。なんか怒り始めたぞ!というか言葉通じるのかよ!ぱ、パスカル!今度こそ逃げるよ!
そう思って相棒の方に目を向けると、パスカルは大きな欠伸をしながら興味無さげに辺りを見回していた。あの小鬼のような『悪魔』と対峙した時とはえらい変わりようだ。…き、危険はないってことなのかな?
……仕方がない。一人で逃げても仕方ないし、ここは妖精さんと話をしてみよう。紳士的に、出来るだけ笑顔を心がけて…。
「ごめん。無視したつもりはなかったんだ。君みたいな…その、可愛い子に突然話しかけられたもんだから…緊張しちゃって…」
『……ふーん。なら許してあげる」
途端に妖精さんの表情から険がとれる。よ、よかった。
「えっと…君の質問なんだけどさ。悪魔っていうのはあの…気持ち悪い小鬼みたいな奴のことかな?」
『それってガキのこと?』
どうやら僕とパスカルが戦った悪魔は『ガキ』という名前らしい。
『あんたからは2種類の悪魔の匂いがするの。一つは…私なんかとは比べものにならない程の大悪魔。もう一つは矮小な悪魔の臭い。血生臭くて鼻が曲がりそうだわ』
な、成程。僕にはわからないけど、その血の臭いが彼女を警戒させてしまったんだろう。だけど大悪魔ってなんだ?僕が出会った『悪魔』といえばそのガキって悪魔だけのはずだけど…。
とりえあえず、ここは素直にあったことを話そう。
「大悪魔っていうのはわからないけど、僕はそのガキに襲われたから抵抗しただけなんだ。手傷は負わせたけど、殺してはいない。殺して平気かと問われれば答えはNOだよ。例えなんであれ、生物を殺して平気な訳が無いさ」
平穏無事な日々を送ってきた、日本の高校生なら大多数はそう考えるはずだ。
『なら、私の一族は殺さないって誓える?』
「その言い方だと…君も悪魔ってことでいいの?」
『そうよ。それでどうなの?』
「襲われなければ何もしないさ」
例え襲われたとしても…僕に小さな女の子のような妖精さんを殺せるわけがない。そもそも殺すだの殺さないだの物騒にも程がある。ただの高校生の僕には荷が重いよ。
『そっか。ならいいの』
妖精さんは表情を和らげ、満足そうに頷いてくれた。か、可愛い。こんなにも可愛いのに悪魔なのか。一族って言うなら彼女の家族?もみんな可愛いのかな。まぁそれはいいか。
「信じてもらえたようで何よりだよ」
本当ならこの不思議な妖精さんともう少し話をしてみたい。だけど今のは僕はいっぱいいっぱいだった。色々のことがありすぎて頭がパンクしそうだよ…。
「それじゃあ、僕はこれで」
話は終わったし、もう妖精さんに襲われるようなことはないだろう。早く帰ってベッドで横になりたい。そう思って妖精さんに背を向けた時だ。
『あ、待って!』
妖精さんに引き留められた。な、なんだろう。まだ何かあるのかな?振り返ると、妖精さん何処か真剣な面持ちで口を開く。
『…あんたはきっと強くなる。でも、まだまだ弱い。このままだと、きっと他の悪魔に殺されちゃうわ』
こ、怖いこと言わないでよ!
『私があんたの"仲魔"になってあげる。あんたが強くなるサポートをしてあげる。だから…』
いつの間にか、妖精さんは僕の目の前まで飛んできていた。小さな手が僕の頬に触れ、瞳を覗かれる。
『強くなったその時は、あんたが私達の一族を守って。出来るだけでいいから…』
それは交渉だった。自らの身柄と引き換えに、自分達の一族を…家族を守って欲しいという…捨て身の交渉だ。
「…どういうこと?」
『私達の一族は弱いの。数は多いけど、強い悪魔にはどうしたって勝てない。魔界では強さで全てが決まってしまうから…』
ま、魔界ってなに!?というかなんでそんな大事なことを僕に頼むんだ!?…とは思ったものの、妖精さんの必死なお願いを…無視することなんて出来なかった。
「君は…」
だって彼女は…泣いていた。大粒な涙をぽろぽろと流し、悔しそうに表情を歪めていたから…。
『ねぇ。私、頑張るから…だからお願い…』
「わかったよ」
『…え?』
それ以上は聞いていられず、遮るようにして返事をした。
色々あって、頭の中がごちゃごちゃになっているのは確かだ。だけどそんな僕にだってわかっていることがある。
夢の中での不思議な邂逅。悪魔の出現を示唆する、謎の人物からのメール。ゆりこさんとの会話。そして、実際に出会ってしまった…恐ろしい悪魔の存在。
きっとこれから、おかしなことがたくさん起こるんだろう。その中で家族を守りながら生き抜くには…力が必要だ。恐ろしい悪魔から自分を…家族を守るには仲間の……いや、"仲魔"の存在が絶対に必要なんだ。だから……。
「君の提案を受け入れる。僕は君のサポートを受けて強くなる。代わりに、君達を全力で守るよ」
これは"契約"だ。悪魔の力を借りて、僕は強くなる。それにこの妖精さんを味方につけることが出来れば、これから何が起こるのか多少なりともわかるかもしれない。母さんを、パスカルを、親しい人達を守る為なら、僕はなんだってするつもりだ。……ははっ。悪魔と戦った後だから気が大きくなってるのかもしれないな。
『あ…ありがとう!』
「こちらこそ!」
僕達は手を取り合う。
「僕はショウ。天満ショウっていうんだ。よろしくね」
『私は妖精ピクシー!今後ともよろしくね!』
不思議な一日の最後は、不思議な"仲魔"との出会いで締めくくられた。
『あ。今のあんたじゃ弱すぎて契約出来ないみたい…』
「……えっ?」
全く締まってないじゃないか!